第087話 眠り姫

街路樹たちは急速に成長し始め、その根でコンクリートを割り、毛皮でも着込んだかのように枝一杯に葉をつけて、まるで吹雪のように葉を落とした。落ちた葉はすぐに新しい土になり、そこからまた新しい植物たちが生まれた。草は踊るように茂り、足元を絨毯のように埋め尽くしたかと思うと、すぐに足を飲み込むような草原になった。街路樹はもう高く見上げなければならない程になり、それを追いかけるようにして様々な木々がぼくの背を越して伸びていった。


草をかき分け、際限なく広がり始めた森を奥へ奥へとはいってゆく。光を呑み込み始めた、うっそうとした森の中に校舎があった。外壁は蔦が絡みつき、窓は割れ、もう何十年も経ったように朽ち果てていた。苔で覆われた階段を上ってゆく。差し込む木漏れ日が校舎の中を照らし、剥がれ落ちた内装や建物に根付いた植物たちは、どれほどの時間が過ぎてしまったのかを思わせる。


しばらく歩き続けて、ぼくたちの教室があった場所へ着く。そこに眠り姫はいた。彼女は、その身を包むようにして咲いた真っ赤なバラのベッドの中にいた。久しぶりに、本当に久しぶりに見る彼女は、ぼくの思い出そのままの姿で、気持ちよさそうに眠っていた。そばのバラたちを、そっとかき分けて彼女に近づいた。長いこと、そのあどけない寝顔に魅入っていた。しばらくして、ぼくは胸にナイフを突き立てて、そしてお別れのキスをした。

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