第084話 闖入者

誰かがおれの部屋で死んでいた。無論、おれが殺したわけじゃない。鍵は確かにかけていたはずだが、帰ってみるとこの有様だ。


最初は部屋を間違えたかと思った。慌てて外に出て部屋番号を確認すると、確かに自分の部屋である。とすると必然、部屋にいるのは住人であるおれの許可を得ずに勝手に入り込んだ侵入者に違いないのだ。強盗だろうか、それなら警察に通報してしまおうか。面倒なことを聞かれるかもしれないが、こちらには何もやましいことはない。だが、おれは侵入者は床に倒れていたことを思い出し、酔っぱらいの類かもしれないな、とも考えた。用心しながら近づいてみるが、身動きする様子はなく、倒れたままである。おい、と声をかけるが、反応はない。倒れているのはどうやら中年の男でスーツを着て、手足を適当に投げだしていた。


扉が開く音がした。何やら騒ぎ立てながら、五、六人が上がり込んできた。


「やあ、よかった、まだ始まっていないようですね。間に合った」そのうちの一人が言う。


「ええ、なかなか見られないことですからな。こういった機会は貴重ですよ」もう一人が続いた。おれは新しい闖入者たちに驚きながらも、ここで部屋の主人たる自分の存在を示そうと言葉を発した。


「なんだい、ここはあなた達の部屋じゃあないよ。勝手に入るのはやめてくれ」


「まあまあ、あなたもそう言わずに。これは本当に大変なことですよ」大変なこと、と言われてぎくりとする。床に横たわっている最初の侵入者に対して何ら責任を負っていないにもかかわらず、なにか自分が悪いことでもしたような気分になる。


「やあ、しかし暑いですな、すみませんが、窓を開けさせてもらいますよ」言うが早いか、別の男が部屋の窓を勝手に開け始めた。


「本当なら発見した我々だけで独占したいところですが、せっかくだし、部屋の主であるあなたにも見てもらおうと考えまして」もう一人が続いて言う。


「まあ、みててごらんなさい、ほら、もうすぐですよ」三人目は倒れている闖入者を指さした。


倒れた男の背中から、小さな芽が出た。緑色で、みずみずしい鮮やかな発色をしていた。闖入者たちは、おお、と小さく歓声を上げた。すぐにその芽は小さな幹になり、それが葉をつけ、樹になり、その枝が部屋中に広がった。樹が生えている男は干からびてミイラのようになり、おそるおそる触ると、脆い砂の塊が崩れるように、触った場所はその形を失った。



「素晴らしいですな、予想以上だ」誰かが言う。


「ええ、これほどとは思いませんでしたな」誰かが応える。


「間に合ってよかったですな、これを逃すと、次はいつになるか分かったものじゃない」闖入者たちは口々に感想を言い合っていた。そのうちの一人が、思い出したかのようにおれに向き直った。


「やあ、しかし失礼しましたね、おかげで大変助かりましたよ。それでは。」その言葉が合図だったかのように、連中は引き上げ始めた。


すると、樹は急速に枯れはじめ、茶色くなった葉を落とし、脆くなって自重を支えられなくなった枝が折れ、地面に落ちた。樹の風化はさらに激しく進んだ。最後の闖入者が満足して部屋を去るころには、樹だったものは、まるで砂でできていたかのように崩れ落ちた。閉まる扉から勢いよく吹き込んだ風で、倒れていた男と、崩れた樹はもはや形を保てなくなり、小さな粒子になって窓から飛んでゆき、そして消えてなくなった。

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