第083話 穴

ある日、穴が開いた。人が二人、いや三人ほど入れるかという大きさで、道の真ん中にあいていた。誰が見つけたでもなく、気づいたらそこにあった。そばには幾人かが集まっていた。一人が穴を覗き込むと、光が届く場所がわずかにあるだけで、その先は見えなかった。小石を投げ込むと、一度だけ壁に当たった小さな音をたてた後は、底に届いた様子もなく、何も聞こえなかった。


穴を調査しに降りた人間がいた。地上にはロープを降ろす人間が残り、一人がロープに繋がれて降りて行った。合図をして無事を確認しながら降ろしていった。不意に、降りている人間からの合図が聞こえなくなった。引き上げると、それはもはや人間と形容するにはあまりにも異様な肉塊になっていた。人間だったころのパーツは残っていたが、それでも人間というのはためらわれた。首が腹から生えていた。目が片腕にびっしりとついており、一斉にまばたきをした。手足は本来あるべき本数よりも増えて、そのうち幾本かは本来あるべき場所についていなかった。穴に降りる前は一人の人間だった。それが得体のしれない何かに変わっていた。


ロープもつけずに穴へ飛び込んだ人間もいた。自殺志願者だった。同じように人間ではない何かに変わってしまったのか、それともまだ穴を落ち続けているかもしれなかった。自殺志願者は増え続けた。穴の中へ飛び込んだ人間たちは、二度と帰ってこなかった。


誰かに呼ばれたわけでなく、ただ、自分の居場所がここにないという理由だけで、人々は穴へと入っていった。もちろん、どこかへたどり着ける保障などなかった。穴の先がどこかにあるとしても、そこに自分の居場所があると決まっていたわけでもなかった。それでも穴へ入る人間はやまなかった。穴もふさがる様子はなく、小石を投げ入れてみると、相変わらず壁に当たった音がするのみで、それ以外には底に届いた音も、落ちていった人間の叫びも聞こえなかった。

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