第022話 銅像

銅像は考えていた。自分はなんと醜いのだろうか、と。傍にある噴水に映る彼の姿は、なるほど彼の言う通り醜かった。表面はくすみ、彼自身が誇りに思っていた鮮やかな光沢は、ずっと前に失われていた。この銅像は街の中心地に建てられ、この街のシンボルだった。銅像は考える。自分は醜い。こんなおれは、もうこの街にはふさわしくないのだ・・・。いつものように彼は自分を卑下する。街の人間たちも、彼に見向きもせず、通り過ぎてゆく。忘れ去られた銅像。これが彼だった。


街は平和そのものだった。春は命の息吹を喜び、夏は陽気に笑い、秋は収穫を祝う祭りがあり、冬は静かに一年の終わりを過ごした。みなが季節を楽しみ、いつも活気があふれていた。人々からは笑顔が絶えなかった。銅像は憂鬱だった。自分がこの素敵な街にふさわしくない、そう考えていた。


あるとき、隣国が戦争を仕掛けてきた。国中が戦争に巻き込まれた。敵は破竹の勢いで進撃した。連日のように前線で敗退が続き、たくさんの兵士たちが戦線へ駆り出され、死んでいった。この平和な町も戦争から逃れることは出来なかった。敵がすぐそばまで近づいていた。街では戦火から少しでも逃れるために、住民が住み慣れたこの街を離れ始めた。


離れる者は、残る者たちと涙の中で別れを交わした。ある者が、街を離れる際に、銅像にハンカチを巻きつけた。離別する者たちとの、再会の祈りをこめて。他の者たちも、これにならってスカーフや、何かしらの布きれを銅像に巻き付け、涙ぐんだ目で、銅像をじい、っと見つめ、それから去って行った。銅像は胸が締め付けられるような思いだった。自分が人間のように涙を流せないことを嘆いた。大声で叫びたかったけれど、彼にはそれもできなかった。

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