第020話 後悔


私が戦争を望んだのではない。戦争が私を望んだのだ。政治家はそう答えた。その翌日、彼は拳銃で自分の頭を撃ち抜き自殺した。



―――よく夢にうなされると言っていたよ。彼はあるとき戦場の兵士を激励し、その兵士は後日戦死した。故郷の母を守ると語った頑強な彼も、物言わぬ死体になってしまったんだ。夢にも彼が出てくるんだそうだ。そして兵士は何も言わず、生前とは打って変わって、生気のない青白い表情で彼をじ、っと見つめるんだ。せめて自分を口汚く罵ってくれればいいと彼は思っていた。兵士たちを戦場に駆り立てたのは、彼だったのだからね。国民の熱狂に突き動かされたといって彼は自分をその責任から逃れようともしていたよ。でも、そうしたところで、最終的にそれを決断したのは彼だったのだから、同じ事さ。彼も本当のところは、それを分かっていたのだと思うよ。


激励した兵士が戦死したのを彼が知ったのは、その兵士の母親からの手紙だったらしい。その手紙には、母と息子の他愛無い思い出がつらつらとあり、最後に息子が兵士として至らなかったことへの短い詫びと、息子が国民の役に立って死んだことへの感謝の言葉が書かれていた。その手紙を読んだとき、彼は戦争で人が死んでいるということを本当に理解したようだった。自分が発した命令に関わる命の重み、それを実感したんだ。でも、わかるかい、だからこそ、戦争を途中でやめることなどできなくなってしまったのさ。


すべての責任を彼らに押し付けるのは簡単だったと思う。事実、上の連中が権限を持っていたのだからね。だから諸々の計画を立案したり、その計画を実行していた連中は、自分が慕っていた者への恩義も忘れて、上へ上へと責任をなすり付けていった。そして、上の連中も、それを喜んで受け入れた。自分が罪をかぶれば、少なくとも下の連中は助かるのだからね。毒を食らわば皿まで、というわけさ。そんなわけで、責任のある地位にいた者たちの罪は雪だるま式に膨れ上がっていった。そして処刑された際、罪を逃れた連中のうち、幾人かが後を追って自殺したのさ。上の連中が引き受けた罪のうち、後になってそれはまったく事実無根のものもあったという話だ。不憫だと思う。彼らが、あの世でもいわれのない罪で裁かれていないといいのだがね・・・。


戦争へ行った人間で、戦争へ行く前と同じだったものはいない。殺し、殺され、殺し返す。この単純な繰り返しの中に、むせ返るような硝煙の匂いがあり、傷口から絶えず流れる鮮血があり、勇敢な若者の魂があった。


戦場では、死ぬよりも生き残る方がつらいことだ。出会った人間はみな死んでしまうからね。死ぬのは、不注意ではない。戦争は作戦計画とは違って、誰もが予測できない大きなうねりの中へ投げ込まれるということなんだ。私の友人たちはそこへ吸い込まれていって、帰ってこなかった。いまでも後悔しているよ。あのとき、どうして私は彼らと一緒に行けなかったのだろうってね。そうすれば、少なくとも、こんなにつらい思いをすることは無かったのだから。

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