第013話 雨
いつだって、雨の日は落ち着かない。沈んで暗澹とした気分になる。だけれど、これはひとえにぼくの幼い頃に由来する記憶が原因であって、別に天気が嫌いな訳ではない。いまもくっきりと彼の叫び声は耳に残り、雨がぼくに訴えかけている。このむせ返るような空気が。ガラスを打ちつける、激しい雨音が。
ぼくが小学校へ入学したかしないかという年のころ、ぼくには仲の良い友達がいた。ふたりは良く遊んでいて、お互いに打ち解けた関係だった。ぼくが少し落ち着いた子供だったのに対して、彼は活発な子供で、少しやんちゃとも言えるような、元気な小学生だった。季節は、いよいよ秋に移り変わろうかという頃で、ぼくらは学校の裏山にある場所へきて遊んでいた。そこには古井戸があって、なんとなく不気味なところがあったけれど、そんな秘密基地のような雰囲気がぼくらのお気に入りだった。
その日は急に天気が悪くなって、ポツポツと雨が降り出したかと思うと、すぐにその勢いを増していった。ぼくはもう帰るつもりになっていたのに、彼は井戸のふちに立って遊んでいた。危ない、と思った。ぼくは手を掴んで、彼を降ろそうとした。反射的に、彼は手を振り払った。その拍子に、彼はバランスを崩した。そのとき、彼のちょっと怒ったような表情が凍りつき、とっさに手を伸ばして、今度は逆にぼくの胸倉を掴んで、とどまろうとした。ぼくは、ものすごい勢いで井戸に引きずり込まれそうになり、自分でも信じられないような力で、彼の腕を引き払った。きょとんとした表情を浮かべる彼、一瞬遅れて絶叫、静寂、そして雨の音。
僕はその後のことをよく覚えていない。びしょ濡れで家に帰って、ひどい風邪で寝込んでしまったことは覚えている。彼はその後、学校に来る事はなかった。しばらくして、担任の教師が、彼は両親の都合で転校したと、どこかよそよそしい様子で語った。病院にでも入院したのか、それとも・・・。彼の家族はそのすぐ後に、遠くへ引っ越してしまった。
雨の日は、どうしてもこのことを思い出してしまう。もしかしたら、彼はいまも、この雨の中、井戸のそこでぼくが助けに来るのを待っているのかもしれない。僕は今もこの質問を尋ねることが出来ずにいる。僕はあのとき、ちゃんと助けを呼んだのだろうか。雨は無関心な様子で、僕には何も答えなかった。
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