第010話 森

ここは命が宿る森。一人ぼっちの生態系。


この森の樹には、果実はならない。代わりに生物が実るのだ。この木には、ネコ。幸せそうな顔をしている。枝にたわわに実ったネコから小ぶりなものを見つけ出し、やさしく撫でる。この子は、少しくすぐったそうに体をよじり、また落ち着いた表情でもとの眠りについた。この木にはウマ、この木にはイヌ。他の木には、それぞれの動物たちが実っている。みな、気持ち良さそうな寝顔だ。けれど、彼らが目覚める事は決してない。


私は船員だった。積荷を輸送する途中で嵐にあい、この島へたどり着いた。風雨で霞む視界の中、私は沈んでゆく船を見た。同僚たちはみな、死んでしまったのだろう。私と同じようにこの島に流れ着いた者もいたようだが、私が見つけたときには、息絶えていた。私がこの島に流れ着いてから、どれくらいの月日が経ったのだろうか。船が難破した事は知られているのだろうか。捜索は今もされているのだろうか。私には、知るすべはない。いつしか月日を数えるのもやめてしまった。


この森で動物たちの姿を眺めるのが私の日課になった。ここの森には、本当に様々な動物たちがいる。図鑑で見たことしかないような、珍しいものも、よく探せばいた。だけれど、彼らは目覚めない。いつまでも気持ち良さそうに眠っているだけ。枝から切り離すと、死んでしまうのだ。厳密に言えば、そのときだけ目覚めている。彼らは眠りから起こされた混乱とも、自分が死んでしまう運命を悟った悲しみとも取れるような表情をして、寂しそうに鳴き、私を見つめ、そして死んだのだった。


ここはひとりぼっちの生態系。生きているのは私だけ。でも、そんな私にも、ひとつだけ希望があるのだった。ある日、うっそうと茂った森の奥で、見つけたのだ。人間のなる木を。そこには、たった一人だけ実っていた。彼はぼんやりした表情を浮かべ、同じように、幸せそうに眠っていた。私はその日、彼の傍に寄り添い、静かに眠ったのだった。私は知っている。彼もまた、目覚める事は無いと。だけれど私は、ある日彼が目覚めて、ここが孤独な森でなくなることを夢みて眠るのだった。そして目が覚めて、またひとりぼっちの現実と対面する。そうして私は、幸せそうな眠りを覚まして、彼と話してみたいという誘惑に駆られるのだ。

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