8.好きじゃない。

「んで、その時、藤くんが言ったわけ。」

「〝先生、御 の字が間違ってるよ〟」

「え、凄い!なんでわかったわけ?!」

「同じクラスだから知ってるって」

「じゃあ、その後平田先生はなんて反論したでしょーう」

「〝これは俺のオリジナルだ〟」

「せいかーい!やるねぇ!」

なにこれ。

電車でたった数分のはずの道のりも、彼女と一緒だと永遠のように感じてしまうのだから不思議だ。

不憫なのは私だけではなく、たまたま同じ車両に乗り合わせてしまった、私たちのは何の関係もないサラリーマンや、学生達もだ。

いや、もしかしたら彼らも、私と同じく、この毎朝のやりとりに慣れてきているのかもしれないが。

三科から2駅先の「五條」という駅に、私達の通う私立校がある。

去年の4月に入学してから、毎朝同じ電車、同じ車両で通学しているわけなので、ひょっとしたら彼女の大きな声は、この3号車の恒例行事になっている可能性もある。

「そいえば、昨日の小倉さんの髪型どう思う?私はいつものストレートの方が似合ってると思うんだけどもぉ。」

一度、このTPOを弁えないデカイ声に対して、本気でやめろと凄んだことがある。

次の日から彼女は人が変わったように黙りこくっていたのだが、土日を挟んだ月曜の朝、すっかり元に戻ってしまっていた。もはや考えるまでもない。彼女はケロッと〝忘れた〟のだ。

「あ、ユーリちゃん、ついたよー、おりろぉー!」

ひなちゃんに手を引かれて、そこそこの人混みをかき分け、降車した。

邪魔になるので足元に置いていたクマは、これまた初めての満員電車にカルチャーショックを受けたようで、フリーズしているのが私にはわかった。

「コンビに寄るぅ?」

「あ、うん」

五條駅の改札をでると、すぐ目の前にコンビニがある。うちの高校の生徒は大抵ここでお昼ご飯を買っていくので、この時間は激混みだ。

「ユーリちゃんも寄るなんて、珍しいね!」

ひなちゃんは、人混みに吸い込まれる体質をお持ちなので、たとえその日、三科でコンビニに寄っていたとしても、必ずここに入る。

ちなみに私は、人の多い場所は苦手だから、いつも家の近所のコンビニで買っていくことにしているのだが、今日はクマの一件でいつもと違う道を選んで歩いたので寄れなかった。

普段なら外でひなちゃんを待っているので、店の中に入るのは新鮮だった。

菓子パンもおにぎりも弁当も、目新しいものが多くて多少悩んだが、煮卵おにぎりというのが気になったので、それをひとつと、ペットボトルのお茶を買った。

「あれ、今日少ないねぇ。」

「ちょっと金欠。」

昨日、思わぬ出費があったので。

「おはよう、田端さん。」

後ろからの声に振り向くと、同じクラスの林さんだった。

「おはよ。」

林さんはクラス長なんかもやってて、頭も良いし、良い人だけど、私は好きじゃない。

「おはよぉ!あかりちゃん!」

「あ、うん。じゃまたあとでー」

こういうところが好きじゃない。

「ユウリー!今日はバイト来る?」

「あ、うんいくよ。」

次はバイト先も同じ、笠井さん。

「ゆいちゃんだー!おはよぉ!」

「おはよ。 じゃ、ユウリ、放課後よろしくー」

笠井さんはバイトでは私の先輩。

仕事もできるし、明るくていい子。

「ゆいちゃん、髪切ったのかな?かわいー!」

「そうだね。」

だけど私は、笠井さんも、好きじゃない。

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