4. 愛らしいキミに若干ヒく。
「お、戻ったか。」
クマは私の勉強机の上であぐら、らしき体制をとって、背を向けたまま言った。
手元が動いている。何かしているのか?
「たくよぉ、ようやくあの店から出られたってのに、お前の部屋、ほんとなんもねぇのな」
机の上に、昔使っていた筆記用具やら、友達との続かなかった交換日記やら、ファンシーな絵の描かれたポケットティッシュやらが散らばっていた。
たしか、左側の引き出しに入れたものたちだ。
「なにしてるの?」
「んぁ、お前が飯食ってる間暇だったんで、なんかねぇかなぁと思って、色々調べてたんだ。」
机の上の現状を見ると、調べていたというより
物色していたと言う方が正しいような。
「お前飽き性なのか?いくら嫌いな友達が相手だったとはいえ、交換日記が4ページってのはよぉ〜。」
どうやらこのクマ、ご丁寧に交換日記まで読み込んでいたようだ。
「なんで嫌いな友達だってわかったの?」
「ほれ」
クマは小さく折りたたまれた紙片を、こちらに投げた。
広げると、愛らしいウサギのイラストが書かれたハート型のメモ帳に、勢いのある汚い字で〝ひなちゃんまじうざい〟とだけ書かれていた。
「お気の毒なことだな、このメモ紙も。」
確かに、ひなちゃんとは表面上仲が良かった。でも私は、ひなちゃんの強引さというか、少々押し付けがましい所が、文字通り〝うざかった〟。
交換日記を始めようといったのもひなちゃん。このノートを買ってきたのもひなちゃん。元からごちゃごちゃうるさかった表紙に「ユーリとひなの仲良し日記」なんてタイトルを書き足したのもひなちゃんで、1ページ目の〝ふりぃすぺぇす〟に「永遠心友★」とダサい四文字熟語を書いたのも、ひなちゃんだ。
「えー、なになに…きょおからわたしたちのなかよし日記がはじまったねぇ!きょおはね、やまうちくんがお休みでブルーだっだあー(泣)… この、やまうちくんってなんだ?」
甘ったらしく、舌ったらずに交換日記を読み上げ始めたクマは、あの頃のひなちゃんによく似ていた。
「ひなちゃんが好きだった男の子だよ。」
脳天にげんこつを落としたい衝動はなんとか抑えた。
「ほーん、で、それに対するお前の返信が… し知ってる。同じクラスでしょ… ってこれお前…冷めてねぇか。」
「そうかな」
ひなちゃんが交換日記に書いたことといえば、やまうちくんの件以外に、「明日は体育があるんだってぇ」、「先生がきゅーしょくを残した井上さんをしかってた」、「ユーリちゃんと一緒に帰った!」 と、こんな感じだった。
ひなちゃんと同じクラスだった私は、もちろんこのことを全部知っているわけで、わざわざ日記に書き起こされたところで、「そうらしいね」「そうだったね」「うん、そうね」としか返事できなかった。
でも、ひなちゃんはそれに納得いかなかったようで、「次はもっと可愛く、たくさん書いてね!」と念を押しながら私にノートを託したのだった。
《ユーリちゃん!今回でなんと、きねんすべき3回目の日記だよぉ〜!★めざせ100回!★先生、今日はやまうちくんを怒ってたねー!やまうちくんはなにもわるいことしてないのにぃ!ぷんぷん!》
これを見た私は、結果的に最後のページになってしまった日記を書き始める。
《わぁ、ひなちゃん!そうなんだ!こんかいで3回目!すごぉおおおおおおおい!うん、100かいまでがんばろおおおねえええええ!やまうちくんは、サッカーボールを校長先生の頭にぶつけたうえに、「はげー!づらー!」って叫んだから怒られたんだよ、じごうじとくだよおおおおおおお!!★★★》
そして、耐えきれなくなった私は手元にあったハート型のメモ帳に「ひなちゃんうざい」と殴り書いて、恨みを込めて折りたたみ、ノートにはさんだ。
結局ノートは回さなかった。このメモ紙を見られることより、日記に書いた文章を見られることが嫌だったから。
次の日からひなちゃんはしつこく催促してきたが、1週間だんまりを続けていたら、彼女の口から日記という言葉が出ることはなくなった。
多分、忘れたんだと思う。
「あぁ、嫌なこと思い出しちゃったじゃん。」
「そのひなって奴、だいぶ面白いな。」
クマは意地悪そうに笑って、ノートを置くと、またくるっと私に背を向けて、手元を動かし始める。
さっきから何を真剣に…。
気になった私は首を伸ばして、クマの手元を覗き見た。
ああ、また懐かしいものを引っ張り出したものだ。
「おし、できた」
それは、小さい頃よく遊んだビーズのオモチャだった。カラフルなビーズをドット絵みたいに並べて、霧吹きで水をかける。そうすると、ビーズ通しがくっつくのだ。上手くやれば、立体もできるし、アクセサリーにもなる。
「どうよこれ」
クマはそのビーズを並べて、魚の形を作っていた。平面的だが、その太い指でよくここまで器用に並べたものだ。
「水をかければ、くっつくよ。」
「なぬ!そうなのか!おい、ユウリ!水もってこい水!」
予想外に食いついてくるので若干ヒく。
「専用の霧吹き、捨てちゃったんだよね。」
霧吹きの中の液体を吹きかけると、ビーズがくっつくのが不思議でたまらなくて、カラになった時、一体何を入れればいいのかだいぶ悩んだ。まさかあの液体がただの水だったなんて思いもしなかった私は、最終的に 液体のり に行き着き、家中の液体のりをかき集めたのはいい思い出だ。
その霧吹きが数日後、再起不能になったときは、もうあの不思議は見られないのだと思ってワンワン泣いた。
不思議の種は、ビーズの方にあったというのに。
「…そうなのか。」
あからさまにシュンとしたクマを不覚にも愛らしく思ってしまった私は、家の中のありとあらゆる霧吹きを思い浮かべたが、さすがに風呂掃除の霧吹きも、トイレ掃除の霧吹きも、ビーズを溶かすにはうってつけかもしれないが、くっつけることは出来なさそうだ。
「水をかければいいんだから、別に霧吹きじゃなくてもいいんだけどね。」
たしか、霧吹きを失った後の私は、手に水をつけて、パッパと掛けていた気がする。
効率は悪いし、そこらじゅう水っぽくはなるが、一番いい代用法だ。
「そうか、なるほどな!」
スクッと立ち上がったクマは、机の上から、魔法少女の絵が描かれたポケットティッシュをとって、薄ピンク色のテイッシュを一枚取り出した。謎の甘い香りがモワッと広がる。
「ティッシュでどうす」
「バクショイ!!」
「え。」
甘い香りのティッシュは、こよりになっていた。
「ベィクショイ!!!!」
鼻の穴はそこにあったのか。
「ユィシッショイ!!」
いやそんなことより、まさかこれは、
「ダァーショイ!!!!」
これは…
「ンラーショォイ!!」
ブルーの身体にピンクのウロコ、かわいらしい形をしたビーズの魚は、
「ッイシ…ふう、こんくらいか?」
予想外の水分を吸い込んで、くっつき始めていた。
「ツバとか出るんだね」
「ん?にひひ、まあな。」
私は今、この不思議生物の思考回路に、若干ヒいている。
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