3.
翌朝ジェイクは、シシーの大きな鼾で目が覚めた。のっそりと身を起こすと、あちこちが筋肉痛だった。
肩をほぐしつつ、朝の光に目を細める。眠った時間は短いようだ。鞄から、拳銃を一つ取り出し、装填されていた弾を抜き取る。あらかじめ、印がついていたものだ。
懐から出したナイフの先を器用に使い、弾の底を削るようにすると、底がぱくりと外れた。
ジェイクは中身を取り出さずに、ひとまず置き、拳銃を解体する。すると中から、ごくごく簡素な注射器のパーツが取り出され、それを組み立てると、弾の中に針先を入れ、わずかに引く。
きっちりと中のものを抜き取ると、弾は流しに投げ入れ、じっと注射針の先を見つめる。
「それにしても好く出来てる」
こういう細工物には、逐一感心させられるが、用も無く、持ち出せるものでは無く、私物にできないのが残念に思った。
ジェイクは、深い眠りに堕ちているシシーの顔を見ながら、針先を、彼の首筋にあてがい、慣れた手つきで先端を差し込む。
「俺は、これが殺人では無くて、君の自殺に見せかけた暗殺として成立する、と判断した馬鹿が許せないけど」
シシーの大きな鼾は、彼の喉が二回、低く鳴ると同時に止んだ。
ジェイクは、注射器をもともと収まっていたように、分解して片付けると、まだ赤みの残るシシーの顔をまじまじと見つめる。
「世の中の道理なんて到底、俺は理解できないな。
けど、別に人間が嫌いなわけじゃない。どう殺すかに違いなんてない。人は死ぬだけだ。生き方にもいろいろあるけど、そんなことで君は、僕を差別したりしないだろう?」
ジェイクは荷物を小さくまとめると、顔を洗い、歯を磨く。
扉を開けると、宿の親父がまるでアメリカ人のような恰好をして、娘のマリサと並んで立ち、期待のこもった目で彼を見つめた。
「おっと、食事はもう無しかい?」
「いや、そう言う訳じゃないが、確認しとかないと、どうにも心配で」
親父は、彼の出てきた部屋の中に入りたくて仕方が無いようで、マリサは、というと少しすねたような顔をしている。無理もない、彼女の趣味じゃない借り物の衣装で、着心地も良くなさそうだ。
「しっかりと彼の仕事を、聞いていただろう?それが大事なことだ。メモは残さない。あたまにしっかりと残せよ。そうじゃないと何の意味も無い」
「それはもちろん、で、あの男を引き渡せばいいんですよね」
「あぁ、今日中には来るだろ。それよりも腹が減った。勝手に作らせてもらってもいいか」
「あぁ、はいはい。すみませんね、これから少しばかり買い出しに行きたいんで」
親父はいそいそと出ていく。観光客にでも間違われないかと心配したが、まぁ、大丈夫だろう。
「ジェイク」
マリサは、こわごわと言う体で、ジェイクの服の裾をつかむ。
「父のこと、殺したりしないわよね」
ジェイクは、そんなことかと溜息を吐いて、マリサの頬をぱちぱちとたたく。幼い頃そうしていたようにである。
「まさか、親父さんはよくやってくれたし、俺みたいなのばっかりじゃないよ、これからマリサ達が行くのは、暗殺集団じゃないんだから。貢献度に応じた報償というのは、どんな場所でも大事な価値観だ」
「でも、あの人は殺されたわ、その…あなたに。それは、どう説明するの?」
マリサの目は真剣だった。知らないことに対する彼女の関心の高さは、ここを訪れる度、彼女の先生役を引き受けてきたジェイクにとって、好ましいものだった。
それは今も変わらない。喜んで答える。
「すべての生ける者は、常に誰かの邪魔になる。でも、死んだ者は、常に誰かの役に立てる。もちろん、土に還れば自然の役にも立つ。循環の思想は、仏教に濃いけれど、それが無いのは、ユダヤ教とキリスト教くらいだ。世界的に見れば、この思想はかなり普遍的だ。生きる者はすべて死なねばならない。死者は常に、この世界にとって喜ばしいものだから。
シシーはね、そういう喜ばしいものになった。マリサと親父さんを、ほんとうの故国に返せるきっかけに成れた。
彼は生きている間、そうなることを望むことはなかっただろう。もう、ほとんど仕事の役に立てなくなっている自分を知ることなく、彼の魂は暗闇に落ちていた。
もうそうなったら、どうにかしてやるしかないわけだ。シシーは邪魔になったんだ。これまで彼が為したことの対価として彼を生かすにも、足りなくなるほどにね」
マリサは、考え深そうにジェイクの話を聞いていた。そしてようやく口を開く。
「じゃああなたは、やっぱりものすごいやり手なのね。全然、幸せそうじゃないのに」
マリサの一言に、少し驚いたジェイクは、頭を掻いてみせた。やはり彼女は鋭いところがある。将来はいよいよ楽しみだ。
「マリサ、俺みたいなのは、どこにでもいるわけじゃない。ほとんどは、言われたことをやっているだけさ。でも俺は、自分の仕事を見つけるのが得意だから、生きていられる。
まぁ、それしか目的にしてないからな。もしマリサが幸せになりたいなら、親父さんを大事に。それから、世界に殺されないように生きることだ」
そういうとジェイクは、マリサの脇をすり抜け、すきっ腹を抱えて、厨房の方へのろのろと歩く。
「私、作ってあげるわ」
マリサは、はたと気づいてジェイクの背中を追う。ろくな食材が残っていないはずだが、彼女のとっておきの隠し場所があった。
「わたしやるから!座ってて」
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