QUEEN's FAIRNESS-残された手記より

ミーシャ

問題の手記

『(34頁冒頭)


改めて振り返ると、感慨深いものがある。


一国の女王とその支配の公正さについて、私は「記者」という立場から、彼女の素晴らしさと本質を、あますところなく、国民に伝えてきたつもりだ。しかしその結果が、女王の緩やかな老衰ではなく暗殺であったことは、遺憾と言う他ない。

 

今日の私は、昨日、女王の死を「突然死」として彼女自身の命数のように報じた、人々の感情を逆なでする目的で、彼女の死が、真実「暗殺」であることを公にした記者である。


証拠はある。私は女王を殺した犯人を知っている。また、その愚かな犯人を金で雇った、身分の高い著名な人間のことも知っている。暗殺を頼んだその御仁は、彼女のおかげでその地位に就いたにもかかわらず、彼女がいなくなれば、自分がより一層、権力にあずかれると考えている、これまた愚かな人間である。女王は存命中、そのお人についてこのように言っていた。


「私は、あのような人間が、この〈世の中〉には好かれると思う」


 この言葉を、額面通りに受け取ってはならない。私はこれを、女王の大好きな「皮肉」に過ぎないことを知っている。女王は、自分が持っているような公正さや、克己心、知性などを、国に住む多くの人間が理解せず、それどころか、それらの美点を無視する傾向が強いことを知っていた。だから女王は、その醜悪で、利権と欲にかられた不器用な男をもって、民衆の希望に沿うようにと考えたのだ。


しかし、くれぐれも、女王がその男を好いていたなどとは思ってはいけない。その男に関して女王が何か言ったのは、先にも後にもこれっきり。私の知る限りでとは謙遜してもいわない。女王は個人的には、その男に対して、さほど関心をお持ちでは無かったのである。


こうなると、まるで女王みずから、自身を殺させたような筋書きになってしまうかもしれない。いや、もしかしたら、それも考えられると、私は思っている。女王は、容易に他人には分からない「皮肉」を言うのがお好きだったが、「皮肉」というべき「状況」を楽しむ癖があった。


まだ、女王を殺した実行犯のことを言っていなかったが、かくもその犯人は、女王がかつて、本当の息子のように愛した、ある貧しい行商の息子である。彼も大人数の所帯を持つほどに歳をとり、私よりはまだ若いが、世の中の辛酸を十二分に味わったかと思う。その彼が、ひょんなことに、女王の「敵」に目をつけられることになった。


その彼の人生も、また数奇なものである。そもそも、女王に気に入られることになったきっかけも、偶然的なものであったが、最後まで彼は女王と深くかかわることとなった。


彼の名前をここで出すのは、自分の良心から、やめておこうかと思う。彼には家族もいることだし、何より私は彼を糾弾するつもりはないのだ。記事を書いた段階で、私のやりたいことは終わっている。なにより私は、女王が死んで「惜しい」などとは言っていないではないか。私は女王の生きざまを知り、また、死にも立ち会うことができて、幸せである。しかし、彼は・・・。


彼は事件を起こしてすぐの先週末に、雇い主と事前に話した報酬の倍額を受け取り、ある信頼できる知人に渡した。そう、その知人はこの私である。


そしてあろうことか彼は、「家族によろしく伝えてくれ」とだけ言い残すと、まるで死神にかどわかされた様な恐ろしい形相で、私の前から走り去ったのである。きっといまごろ、どこぞの深い川底に眠っているに違いない。


何しろ当の依頼人様は、簡単なことに目をつぶることができない神経質なお人であるから、彼の命は、もう無いものといえる。そう、彼は、そんなことを最初から予知していた。なにしろ、女王殺しは、たとえ彼が正規の裁判にかけられることになっても、即「死刑」の所業であり、誰もかれも、彼のことを「恩知らず」だとか、「悪魔」だとか罵り、しまいには彼の家族もろとも襲って、残酷な方法で殺してしまうほどの国民的規模の「怒り」を買うことになったであろう。だから私は、彼が何も言わずに立ち去ったことに対して、敬服の意を示したい。


"なぜ、彼は女王殺しを引き受けたのか"


それは大いに憶測を生む、楽しい質問である。私は自分の職業病から、簡単に、そしてとても解りやすいように皆さんに伝えたいと思う。しかし、ことはそう簡単ではない。私は女王のことを、それなりに理解してはいるが、彼女の心に直に触れたことなど、一度もない。女王が泣いたり、または笑ったりしたのを、いったいこの国の誰が見たと言うのか。


かの女王は、国民にこう呼ばれていた―『笑わない女王』と。そしてこうも言われていた―、『作り物の女王』と。


彼女は統治者として非常に秀でた才能を持ち、評価も高かった。国内よりはむしろ、国外において、彼女の「友人」は多かった。彼女が言ったことや、行ったことについて、理由のないものはなく、大いに他国の君主や政治家を震え上がらせたのである。彼女はまことに隣国から見れば、「やりにくい」女王であり、鉄壁の強さでもって、この国の繁栄と幸福を守った人であった。


しかしその反面、彼女が「やさしい」とか、「愛情深い」というのは、まったくもって、不適切な言葉であった。国内において言論の自由が認められている以上、女王は何とも気楽な「批判の的」であり、そのときには概して、彼女が本当は血の通った「人間」ではなく、夜な夜な人の子を盗んで食べている「魔女」だという説が罷り通っていた。


まさか、知識人たちを含め、この国の治安に貢献し、また直に彼女に会ったことのある商人ギルドの長たちは、女王のことを「魔女」だとは思っていないだろう。しかし、それは彼らにとってこの上なく、ナイスなジョークであった。なにせ、あの完璧な女王に対して、いったい何が本当の批判であろう。


また、そのようなありふれた女王批判の言説に対して、女王を擁護する立場の人間も、このようなジョークで応酬した。


「少なくとも女王の治政が始まってから、国民の数は漸次、増え続けている。だから、彼女が子供を食べているなどというのはでまかせだ」。


このように言うと些か語弊があるが、国民たちはその実、自分たちの女王との「付き合い方」を、よく心得ていたのである。街中で新聞を売る男たちは、よく私にこんなことを言ったものである。


「自分たちが何か言ったからと言って、あの女王が本当に困るようなことを、言えるだろうか。いや、言えっこない。だから、なんでもいい。何を言ったって、女王は気にしないのだから。他人のことを悪く言って商売をしている自分たちは、大いに楽をさせてもらっている。


女王は、自分たちが期待する以上に働き、自分たちの知らない苦労もしているかもしれないが、女王は弱音を吐くのがお嫌いだ。だから、誰も彼女を人間だとは言えないのである。それは、彼女が自分のことを何も言わず、またなんでもやってしまうから、そう言うしかないのだ。


彼女がもし〈魔女〉だったとして、いったい何がいけないだろか。こんなに完璧な女王が「魔女」ならば、俺たちは「魔女の何たるか」について、おおいに認識を変えなくちゃあいけない。」


国民たちは満足していた。女王は、まさに完璧な女王である。彼女は自分たちに何かを要求するとき、その理由を説明し、その過程において不純があったときは、すぐさまわかりやすい方法で、処断した。


彼女には「お気に入り」というものが無かった。どんなに魅力的な人間でも、どんなに彼女を賛美し、媚びを売ったものでも、ついぞ彼女を「口説き落とす」ことができなかったのである。


彼女が常に習慣としていたことは、適宜、必要なことに必要なだけの人間を注文し、用が済めば、次の用事があるまで、そこに待機する様、命じることだった。しかし、注意深くも彼女は、自分の国民はおろか、臣下の誰一人として、奴隷扱いしなかった。


彼女は、おおくの人間が、彼女に比べてあまりに脆いことに注意していた。彼女の臣下や国民たちは、労働というものに対し、大いなる抵抗感を持っており、それは彼らが疲れやすく、倦みやすいことから起因していることも、女王は忘れなかった。


また、彼らが目先の利益のために、簡単なことで「誘惑」されることも知っていた。終いには、あらゆることに飽きて、途方もなくばかげた理由で命を落とすことさえ、知っていた。


かれこれの人間が、どのような性質と能力を持ち、またいったい何において彼女の治政に貢献できるかを、女王は熟知していた。それが女王であった。


もちろん、彼女の前任者たる伯父上は違っていた。しかし彼女は、その堕落した血筋などお構いなしで、彼女の為すべきことを、為すべき形で片付けていた。終わりのない所業。彼女自身が疲れることは、はたして無かったのかどうか。私は、その疑問にこそ、答えるべきであろうかと思う。


(以上42頁まで)』

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