それなりの変化

第11話

 ジャイアントビーの巣の駆除を終わらせてから、シアは半年以上香る緑の樹亭で厨房兼ウェイトレスをして働いていた。

 ジャイアントビー関連の報酬でかなり懐が温かくなったわけだが、シアは美味しい料理が食べたかったようで我を通したのだ。

 また、香る緑の樹亭の長期依頼をこなしている間に大分感情や表情が芽生えているのも感じられていた。

 下宿先のバルドも何事かを感じているのか、最近のシアは愛想が良いと洋太郎にこぼしたりもした。

 良い事ではあると思いつつ、洋太郎は何となく気に入らないという心持ちになった。

 しかし、ほんの僅かなささくれだったので直ぐにそれを忘れ、洋太郎の日常に埋没していった。

 元々シアは魔法薬を作る事が出来るほど器用だった為、料理の基礎を知りレシピを知るとあっさりと料理の腕が上達した。

 美味い料理を毎日作るので、地味に毎日の食事が楽しみになってきいる。

 ちなみに、洋太郎はシアが香る緑の樹亭で働いている間は街中の依頼や、周辺の森の依頼を受けていた。

 短期の肉体労働系は特に有難がられており、新たな水路を作る仕事に洋太郎は今従事していた。

 冒険者は何でも屋に近い物があるので、短期集中の労働者としての戦力も期待されているのである。

 その中でも洋太郎は力も強く、体力もあるので現場では引っ張りだこだ。

 今日もまた、気持の良い労働をして洋太郎はバルドの店に戻り、一風呂浴びてから食事を取りに香る緑の樹亭へ来ていた。

 空いているカウンター席にたまたま手が空いていたシアが案内し、お冷を置いて口を開く。

「限定で、ドド鳥のハーブソテー定食もありますがどうしますか?」

 今日のお奨めを口にするシアに、洋太郎は一つ頷く。

「エールと、そいつを頼む」

「はい、少々お待ちください」

 注文を取ったシアはぺこりとお辞儀してから、カウンター奥へと注文を伝えに行く。

 丁寧なその所作は、冒険者ギルド推薦店であっても大衆向けの宿にあっては少々異質だ。

 他の女性店員はその場で大きな声を上げ、注文を厨房へと伝えている。

 その落差に洋太郎は苦笑を浮かべつつ、シアが置いて行ったお冷に口を付けながら周囲を見る。

 昼時を少々過ぎたくらいなので、店内には結構な客が居る。

 冒険者から街の人間、自警団や兵士たちの姿もあるのはこの香る緑の樹亭の料理がかなり美味いからであろう。

 洋太郎とて、この店の味は美味いと自信を持って言えるほど料理人は突出した腕を持っている。

 自我の薄いシアが初めて食べて、思い入れが強くなってしまうのは仕方のない事なのであろう。

 そんな事を思っていると、再び店内に姿を現したシアを見つける洋太郎。

 接客をしており、ぎこちない笑顔を浮かべ客を案内している。

 初々しいその姿はどうやら常連客達の間で人気らしく、シアが案内している男は若干嬉しげに彼女を見ている。

 その事に僅かな苛立ちを感じたが、何故自分が腹を立てるのかと眉をひそめる。

 洋太郎はもう一度お冷に口を付け、気を落ち着けていると彼の前に大きな皿が置かれる。

「ドド鳥のハーブソテー定食と、エールです!」

 やたらに気合の入った声でメニューを言いながら、愛想笑いとは違うやや媚の含んだ声音でウェイトレスがパンとサラダとスープを配膳する。

 大きな皿の上にはドド鳥のモモ肉が乗り、塩や胡椒、ハーブで味付けされている。

 付け合わせの野菜も含め、かなりのボリュームがある一品だ。

「こちら、途中で味を変えたい時にお使いください!」

 ウェイトレスはそう言って、数種類のソースが入った小皿とエールを置いて若干名残惜しそうな表情を浮かべて離れていく。

 洋太郎は彼女の言葉に頷き、聞いていたのを示してからナイフとフォークを手に取る。

 鼻腔をくすぐるこの美味そうな匂いに、食欲が刺激されたのだ。

 先ほどの苛立ちは腹がへっているからなのだろうと解釈した洋太郎は、猛然と大きなモモ肉に挑みかかる。

 ドド鳥は元々かなり肉厚で、きちんとした下拵えをしなければ焼くと硬くなってしまう食材だ。

 さすがと言うべきか、ここの料理人はその難しい食材を見事に調理していた。

 肉の厚さはそのままに、ジューシーな肉汁と柔らかいがしっかりとした歯応えを残している。

 下拵えが下手だと、肉汁が逃げてしまっていたりただ柔らかくなっているという事が多々あるのだ。

 しかも、ハーブが旨味を引き立て見事な調和を奏でている。

 付け合わせの野菜も味付けをしっかりと考えられており、どれを箸休めに食べても主菜の邪魔をしない。

 今口にしているドド鳥のハーブソテーは、洋太郎が今まで食べたドド鳥の料理の中でシンプルではあるが大した逸品であると記憶に刻まれた瞬間である。

 時折味を変えるソースを使ってみるとソレもまた美味で、洋太郎はものすごい速さで定食を平らげ、やや温くなったエールを飲み満足したと息を一つ吐く。

 唇に付いた肉汁や油を親指で拭い、備え付けのふきんで拭う洋太郎。

 そんな洋太郎に、隣に座っていた壮年の男性が馴れ馴れしく声をかけてきた。

「いや、兄ちゃん良い食べっぷりだったな」

 洋太郎はほんの少しだけ眉をひそめ、壮年の男を見る。

 満面の笑顔を浮かべた男は剣を刷き、見るからに冒険者と言った風貌だ。

 目つきはやや鋭く、所作もそれなりにできる方であると洋太郎は見て取った。

「竜人族は珍しいからな、兄ちゃんかなり目立ってるぜ。お目当ての女でも居るのか?」

 にやりと笑った男に、洋太郎は今度はあからさまに眉を顰める。

 それを見た男は悪い悪いと笑いながらエールのジョッキを煽り、言葉を続ける。

「兄ちゃん、立派な体してるじゃねぇか。冒険者だっつーのも知ってるわけなんだが……何で、雑用系ばっかり受けてんだ? せっかくの戦闘力が勿体ねぇじゃねぇか」

 洋太郎は男の言葉に、嘆息交じりに口を開く。

「連れがここで雑用系の仕事を受けている」

 端的な答えに、男はきょとんと眼を丸くし食堂内を見回す。

 香る緑の樹亭での雑用系依頼の殆どは、厨房ないし給仕係の募集だ。

 初心者中の初心者が受け、体力を付けてから次へと行く為の職場となっているのが鉄と銅の共通認識になっているのだ。

 そんな素人に毛が生えた程度のランクの人間と、竜人族で即戦力になる洋太郎が組んでいるのが不思議なのだろう。

「もっと儲けたくねぇのか? 兄ちゃんほどの竜人族なら、どこでも即戦力だぞ?」

 壮年の男の言葉に洋太郎は眉間に皺を刻み、じろりと睨み付ける。

 しかし、男もまた胆が据わっているのか洋太郎の眼光にひるみもせず真っ向からその視線を受け止める。

 男の問いかけは好奇心の色が強く見えるが、その鋭い目に浮かぶ色はぎらついた光だ。

「要らねぇな。今のところは間に合ってるってぇのもあるが……俺にとって連れが成長する方が他のやつと組むよりも楽だからな」

 洋太郎はそっけなく告げ、ジョッキを持ち上げて眉をひそめる。ジョッキの中のエールは先ほど飲み干してしまったので、酷く軽い。

「エールを一杯くれ」

「はい」

 取り敢えず近くを通ったウェイトレスに声をかけると、やや硬質な声音が静かな返事をする。

 見れば、シアが立っていた。

 彼女はぺこりと頭を下げ、やや足早に厨房へと向かいエールを汲みに行く。

「おいおい、連れの成長を待つなんて悠長な事考えてんのかよ。年単位になっちまうぜ? それより、勧誘に乗っちまった方が楽だろう」

「稼ぐならな」

 洋太郎の言葉に男は更に勧誘の言葉を口にしようとするが、壮年の男の隣に座るもう一人の男がおいっと声をかける。

「それ以上はやめておけ。強引な勧誘してるのがばれると、警告されるぞ」

「だがよ……」

 どうやら仲間らしい男の忠告に、壮年の男は何かを言おうとする。

 そこに、シアと厨房から店主が一緒に現れる。

 シアは洋太郎にエールを置き、食堂内に仕事をしに戻ったが店主は洋太郎に話しかける。

「ジョータローさん、半年ものあいだ仲間を拘束して悪かったね。けれど、僕が納得するほどの腕前になったから今日の昼の仕事が終わったら依頼終了証明書をだすよ。良ければ、それまで待ってもらって良いかい?」

「ああ、分かった」

「ありがとう」

 店主は柔和な笑顔を浮かべ、洋太郎に頭を下げて厨房へと戻っていく。

 どうやら壮年の男の声が大きくなっていたらしく、厨房まで声が聞こえていたようだ。

 それに気が付いた壮年の男は跋の悪い表情を浮かべ、手に持っているエールで口を湿らす。

「もったいねぇ」

「おい、いい加減にしろ。飲み過ぎだぞ」

 壮年の男に仲間らしき男が注意し、深いため息をつく。

「竜人族の兄ちゃん、悪いな。こいつ、ちょっと酔っぱらってるんだ」

 そう言って彼は頭を下げ、近くを通りかかったウェイトレスにエールを二つほど頼む。

「詫びの印だ。オレ個人の奢りだから、飲んだからと言ったってパーティに強制参加とかはないから、安心してくれ」

 彼は苦笑を浮かべながら言い置き、運ばれてきたエールの一つをグビリと飲む。

 壮年の男は憮然とした表情のままウェイトレスにエールを頼み、口を挟まずに空のジョッキを手持無沙汰にいじる。

 何処か子供じみたその仕草に男は肩を竦め、洋太郎にエールを勧める。

 男の様子から、お詫びに奢るという言葉に嘘はないと洋太郎は判断し有難くエールに口を付ける。

 下心があったとしても、洋太郎は跳ね除ける気満々である。

 男は洋太郎のその行動に安堵したように笑みを浮かべ、エールを飲む。

「お待たせしました~!」

 ウェイトレスがそう言いながらエールを壮年の男の前に置き、笑顔で仕事へと戻っていく。

 それを見送る男と壮年の男の二人を眺めつつ、洋太郎はシアが戻ってきた後の予定を考える。

 暫くは初心者の採集系を受け、シアがどれだけの体力をつけたのかを計りながらランクを上げる事に専念すべきだろう。

 洋太郎のランクはそれなりに上がっており、花弁が既に三つほど掘られている。

 しかし、シアは最初の採集とジャイアント・ビーの討伐による功績だけなので未だ一つしか彫られていない。

 今回の長期依頼で評価がどうなるか分からないが、店主の様子を見る限り感触は悪くないだろう。

 今現在のシアは自我がまだ薄いが、気質は真面目で勤勉だ。

 本人は気が付いていないのだろうが、シアが“好き”と感じている行動なのだ。手を抜いた仕事もせず、本当に頑張って料理を習いウェイトレスの仕事をしていたのだろう。

 考えれば微笑ましい話だと、洋太郎は思わず小さく笑いエールを煽る。

 機嫌良くなった洋太郎に気が付いた男は顔をしかめ、舌打ちをしながら呟く。

「……竜人族のくせに、ちいせぇ男だな」

 聞こえるであろうと理解している声の大きさに、洋太郎の機嫌が下降する。

 ぎろりと竜眼を利かせて視線を送ると、男はざっと青ざめ硬直する。

 竜人族は、誇りを大事にする。

 まして洋太郎の本性は竜だ、逆鱗に触れた者を八つ裂きにしても余りあるほど怒り狂う。

 怒気を感じ取った仲間の男は慌てて、愛想笑いを浮かべるがそれすらうっとおしく感じる洋太郎。

 緑の竜眼を怒りに光らせ口を開こうとした時、涼やかな声がそれを止めた。

「洋太郎、店主から奥へ来てくれと伝言を頂きました。どうしますか?」

 事務的な口調と声音ではあるが、ほんの僅かだけ気遣いが感じられる。

 洋太郎はシアに声をかけられた事で怒りが逸れ、ああと返事をして席を立つ。

 若干青ざめた男二人を強く睨み付けてから、シアに頷きかけるとさらに彼女は問いかけてきた。

「私もこれで終わりだという事なので、証明書の発行があるそうです。明日からは、どのような依頼を受けますか?」

「おめーがどれくらい体力をつけたのかを確認するようなもんを受ける予定だ、大丈夫か?」

「はい、大丈夫だと思います」

「そうか。ならさっさと店主の所へ行って、今後の準備をするぜ」

「分かりました」

 シアはこくりと頷き、厨房へと洋太郎を先導する。

 二人のやり取りを見ていた男達は何とも跋の悪い表情で、残っていたエールを飲むのであった。

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