第10話

 ジャイアントビーの巣を駆除した洋太郎はシアと共に蜜百合の蜜を採取し、メェレビーの巣を探し出す事が出来た。

 それなりに大きな巣だが、メェレビーの姿は全く見当たらなかった。

 洋太郎の耳でも独特の羽音を聞く事が出来なかったので、メェレビーは巣を捨てたか全滅させられたのだろうと推測し、洋太郎は巣の殻を少しだけ壊して中を覗き込んだ。

 中にはたっぷりと蜜が残っており、どうやら破棄した直後なのだろうと思われる。

 メェレビーは危機感知能力が高いので、近くにジャイアントビーが来た時点で逃げだした可能性がある。

 ジャイアントビーが巣を見つけ出す前にメェレビーがいなくなったので、巣がそのまま放置されている状態なのではないかと推測を立てつつ大きな巣をできるだけそのままの形を残すように洋太郎はもう一枚の採集用革袋に納めた。

 革袋の口に触れただけですっぽりと入ったのを見て、シアはその革袋を凝視している。

「口に付与されているのは、空間を歪める類の物ですか?」

「ああ。どんなにでけぇ獲物も、この口に付けりゃ中に納める事が出来るぜ」

 かなり規格外な革袋にシアはなるほどと頷き、自身の鞄を見る。

「俺の背負い袋には、その辺の細工はしてねぇぜ。服やらなんやら入れるだけだしな」

 さらりと言い、洋太郎はメェレビーの巣を納めた革袋を背負い袋にしまう。

 これで受領していた依頼の殆どを終了したので、洋太郎は空を見上げる。

 森に入った時にはまだ東側にあった日がすっかり真上にあり、昼時だと洋太郎に知らせる。

 それと同時に洋太郎は自身のお腹が派手に鳴るのを聞いて、思わず頭を掻く。

「昼飯時だな。その辺でちょいと煮炊きするか」

 洋太郎は自身の背負い袋の中に入っている物を頭の中で確認しながら後ろに居るシアに話しかけると、きゅるきゅるという可愛らしい音が聞こえた。

 思わず振り返ると相変わらず無表情のシアが洋太郎を見ていたが、彼女のお腹のあたりからきゅるきゅると音が再び鳴っている。

 思わず吹き出しそうになるが、洋太郎はぐっとこらえてシアに近づき片腕で抱き上げる。

「洋太郎?」

 訝しげな声音で名を呼ぶシアに、洋太郎はくつくつを喉を鳴らして笑う。

「ジャイアントビーは片づけたからな、ちょいと移動して飯を食うぜ」

 さすがに、ジャイアントビーの死骸を放置した場所でご飯を食べる気はない。

 洋太郎はシアが要らぬ事を言うより早くさっさと足を動かし、移動し始める。

 魔獣が襲ってきたとしても、このような森の浅い所では余程でなければ洋太郎が片手で処理できるくらいのモノしか生息していない。

 周囲をそれなりに警戒しながら、洋太郎は草薮を踏み倒しながら移動するのであった。


 適当な場所でシアの魔術で草をざっくりと刈らせてから、洋太郎はそこで適当に拾った薪で火を起こし煮炊きをして腹を満たした。

 煮炊きをする際には、洋太郎はシアにやり方を教えながら味付けをしていた。

 簡単な物であれば、洋太郎でもできる。

 美味しい料理が食べたければ料理の腕を上げるべきなのだが、洋太郎はそれなりの味で食べれればそれで良いという頭がある。

 しかし、シアは若干思う所があるらしい。

 昼食が終わった後、彼女は汚れた食器などを魔術で洗いながら口を開く。

「洋太郎。料理とは、やはり習練が必要なのでしょうか」

 無表情ながら問いかけてきた言葉に、洋太郎はそうだなと頷く。

「美味いもんを食いたけりゃ、それなりの修業は必要だろう。舌も育てねぇとダメだろうしな」

 淡々とした言葉に、シアはこくりと頷く。

 シアがうっそりと醸し出す雰囲気に、洋太郎は笑いそうになるのを堪える。

 美味しい物が食べたい、と言ったその雰囲気はここ数日食べた料理のせいだろう。

 初日に食べた料理は香る緑の樹亭で、食堂の料理の美味さは評判だったらしい。

 そもそも兵士のガイが詰所からわざわざ食べに来るのだ、味が良いと言うのは疑いない。

 この後は香る緑の樹亭で買った持ち歩き出来る料理で、冷めても美味かった。

 さらに夜の食事は娼館ではあったが胃袋でも掴もうかと言うほど美味い料理が並んでいた為、ここ数日シアに食べさせた食事は全て洋太郎の舌を唸らせるものであったのだ。

 それを考えれば、そこそこの味である先ほど食べた野菜スープはシアにとっては美味しいとは言えない物であったろう。

 そう考えると若干腹立たしい物を感じるが、大人げなく怒る事はしない。

 しないがしかし、むっとしてしまうのは否めないだろう。

「おめー……しばらく料理でも勉強してぇのか?」

「はい。美味しい物を作れる方が、洋太郎が満足するはずだと昨夜の女性が言っておりました」

 料理の味もあるが、変なところからの入れ知恵がある事が今発覚し、洋太郎は思わず渋面を浮かべる。

「娼婦の言う事をいちいち真に受けんな」

「ですが、美味しい物を食べたいとバルドも言っていました。であれば、私が料理できた方が洋太郎もバルドも良いのではありませんか?」

 シアの言葉に、洋太郎は絶句する。

 そこまでの物をシアに求めているつもりはなかった洋太郎。だがしかし、彼女は自分で考えそこに至ったのだ。

 洋太郎とて、美味しい物を食べたいという欲求はある。

 だが、生まれたての赤ん坊に近いシアにそれを求めるつもりは本当になかった。だからこそ、バルドのシアに料理をして欲しいという言葉を切って捨てたのだ。

 若干頭痛がしてきそうな洋太郎は、それでも深い溜息を吐くだけで反対する言葉を口にはしない。

「……街中の依頼で、そっちに関わりがありそうなもん探すぞ」

 帰ってからの方針が決まったと、洋太郎はこめかみを押さえながら言う。

 シアの魔術師としての力量が泣く方向性なわけだが、体力をつける為にあえて街中での依頼を受けるというのはありかと考え始める。

 長時間立っていると貧血を起こしてしまうほど、シアは体力がない。ゆっくりと慣らし、その後に外へと連れ出す方が遥かにシアにとってよい事ではないかと思ったのだ。

 無論、シアと自分の利害が一致したというのもある。

 ちらりとシアを見れば、なんとなく機嫌が良さそうな表情を浮かべているように見える。

 何とも言えない心持であった洋太郎は、彼女のその様子に気持ちが楽になる。

「しばらくは、俺が一人で外回りの依頼を受けるだけでいいな。おめーは、体力をつける事を考えろよ」

「はい」

 素直に頷き、シアは焚き火に水をかけて消火して鞄を肩にかける。

「洋太郎。できれば薬草なども採集していきたいのですが、いいですか?」

「……そういや、おめーそんな事言ってたな。あんまり時間をかけねぇなら、構わねぇぜ」

 洋太郎の返事に、シアはこくりと頷き直ぐ近くの草むらにしゃがみ込む。

 どうやら、ここの草を刈る時から目を付けていた薬草があるようだ。

 鞄の中から採集した草花などを入れる袋を取り出し、シアはせっせと薬草を入れる。

 ちなみに、洋太郎はその薬草を知っていた。

「キズリ草だけでいいのか?」

「他にもあると思いますが、キズリ草が目についたので採集しているだけです」

 そう言いながら、シアは草をかき分けキズリ草とは違う草を採集する。

 洋太郎も駆け出し冒険者の頃に調べた薬草類を思い出し、シアが視界から消えない位置に移動し薬草が無いかを探し始める。

 この辺りはあまり薬草などを採集されていないのか、結構な種類の薬草や毒草が生えているのに洋太郎は気が付いた。

 毒草を使った薬などもあるとは思うが、洋太郎はそれらを無視して薬草だけを採集する。

 下手に毒草を採集して、面倒な事になるのは勘弁して欲しいのだ。

 シアは何も言わずに黙々と作業をしているが、不意に立ち上がる。

「洋太郎、小さなものは採集してはいけないと本に書いてありました」

 それでいいのか? と問いかけてくる彼女に、洋太郎はああと返事をする。

「採り尽すわけにはいかねぇからな。俺達は森から恵んでもらってんだ、程々にしておくのがベストだぜ」

「わかりました」

 シアは洋太郎の言葉に頷き、自身の革袋の中を確認して頷く。

 どうやら、それなりの収穫があったようだ。

 また、蜜百合の蜜も自分の分を採集しているので、帰ってから薬を調合するのだろう。

 洋太郎はシアがそんな事を考えているのだろうと想像し、小さく喉を鳴らして笑いながら自分の収穫分を鞄から袋を取り出し入れる。

「夕飯前に町についておかねぇと、美味いもん食えねぇぜ」

 洋太郎は革袋の口を閉めるシアにそう言うと、彼女は物凄く真剣な表情でこくりと頷く。

 昼食の味がそれほどショックだったのかと内心苦笑しつつ、表面は無表情を装って革袋をしまいシアを抱き上げる。

 シアは洋太郎の腕に抱かれてから慌てて鞄の中に革袋を入れ、洋太郎にしがみつく。

 それを合図に、洋太郎は街道方面に向けて歩き出すのであった。

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