第9話

 洋太郎は深い溜息を吐いて、襲い掛かってくるジャイアントビーを一撃で両断し直ぐに次のジャイアントビーを倒しにかかる。

 その背後では、シアが風と氷の刃を使ってジャイアントビーを屠っていた。

 シアの魔力量は無尽蔵に近いのではないかと思いつつ、洋太郎は物凄い数のジャイアントビーの奥にある土で出来た塚のような大きな建造物を見る。

 そこから、結構な数のジャイアントビーがまるで泉の様に湧き出でており、洋太郎とシアを十重二十重に囲んでいるのだ。

「洋太郎、殲滅しますか?」

「その予定ではあるが、こんだけの数のジャイアントビーを殲滅するのは正直面倒くせぇ」

 洋太郎はシアに返事をしつつ、腕を振る事で作ったカマイタチでジャイアントビーを二頭ほど落とす。

 素材の傷み具合などがちらりと頭をよぎるが、それよりも大事なのはシアの身だ。

 洋太郎の本質は竜であるため、ジャイアントビーがいくら襲い掛かってこようとも傷を負う事は無い。

 竜人の姿を取っていても、洋太郎の皮膚は竜体時と同じ強度を持っているのだ。

 普通の竜人とは違うが故に、シアの安全だけに気を配る事が出来る。

 さてどうするか、と言った所でシアが問いかける。

「洋太郎、殲滅はどのように?」

「でかい魔術を一発、と言いたいができるだけ森に被害が行かねぇようにしねぇとダメだぜ」

「嵐の魔術も不許可ですか?」

「威力が高すぎるぜ。もう少し、穏便なのはねぇのか?」

「……制御が少々困難ですが、雷撃の魔術を使いますか?」

 シアが最初のジャイアントビーに使った魔術を指定してきた事で、洋太郎はしばし考えてから頷く。

「数が多いが、行けるか?」

「はい、大丈夫です」

 淡々とした声音に微かな自信を含ませ、シアは返事をする。

 そのはっきりとした返事に洋太郎はにやりと笑い、告げる。

「俺に当てねぇように、気を付けるんだぜ」

 洋太郎はそう言ってから地面を蹴り、近くを飛ぶジャイアントビーを次々と屠っていく。

 派手に動き、ジャイアントビーの気を引くためだ。

 シアは無詠唱で魔術を発動させる事が出来るが、全てを彼女に任せるなど洋太郎の矜持が赦さない。

 仲間であるシアを頼るのは当然ではあるが、何もかもを任せるつもりはないのだ。

 シアは呪文を詠唱せずに、派手にジャイアントビーを攻撃する洋太郎を見ながら瞬時に魔術を構築する。

 範囲を広げ、威力を上げ、洋太郎に当てぬように制御しながら口を開く。

「洋太郎」

 シアの静かな呼びかけに、洋太郎は彼女が魔術を発動するのであろうと理解した。

 だが、それだけだ。

 動きを止めず、洋太郎は頷く。

「撃て!」

 洋太郎の一言に、シアは無言で応える。

 幾筋もの紫電がジャイアントビーに直撃し、黒い煙を上げて地面へと音を立てて落ちていく。

 ジャイアントビーの巣の入り口がジャイアントビーの黒焦げの死体に塞がれ、中から増援が出てくる事が出来なくなっていた。

「洋太郎、如何しますか?」

 ジャイアントビーの巨大な巣を前に、洋太郎はむっと唸る。

 討伐依頼は受けていたが、巣の駆除を依頼されたわけではない。

 だがしかし、どう考えても駆除しなくては蜜百合が採集できない状況であろう。

 洋太郎の鼻を擽る甘く爽やかな香りは、割と近い。

 竜眼で周囲を見渡せば、ジャイアントビーの巣からそれなりに離れた木陰に蜜百合が群生しているのが見える。

「……面倒くせぇが、女王を退治するしかなさそうだな」

 依頼主の意向を考えて、洋太郎は嘆息する。

 目の前にそびえ立つ蜂の巣は、大きな木を一本まるごと蜂の巣特有の壁で覆い隠していた。

 しかも、その壁は左右にある木にも伸び、半分ほど覆い尽くしている。

 巣を拡張しているのは、間違いない状態だろう。

 これをこのまま放置しておけば、間違いなくジャイアントビーが大量に徘徊する森になるだろう。

 人が踏み入る浅い場所に、このように大きな巣を作られてはたまらない。

 人間が困るというのもあるが、ジャイアントビーは同じくらいの大きさの動物を捕食する肉食な為この付近の小さい動物が全滅させられる可能性が出てくる。

 駆除するのが妥当だろうと、洋太郎は溜息を噛み殺しシアに視線を流すと、彼女は白い肌を若干青ざめさせていた。

「魔力は大丈夫か?」

「問題ありません」

 洋太郎の問いかけにシアはしっかりとした声音で返事をし、呼吸を整えている。

 体調が悪くなっている場合には報告するようにと厳命しているので、若干顔色が悪い程度の現在は声高に悪いというわけではないのだろう。

「まぁ、休んでる暇はねぇからな……」

 洋太郎はうんざりした声音で呟きながら、目の前の巨大な蜂の巣をどうやって壊すかを思案する。

 本性に戻るのは論外なので、とりあえず殻を引き裂くために鉤爪に魔力を通す。

 仄かに青く輝きながら、爪が鋭く伸びる。

 巣の中に居るジャイアントビーが洋太郎の害意に反応したのか、死骸の山ががさがさと動き始める。

 巣穴を塞ぐ死骸を始末すべく、動き始めているのだろう。

 防衛に出る事が出来る蜂が、まだまだいるという事実に洋太郎はうんざりした表情を浮かべつつ身をかがめる。

 巣の殻を壊すのは下策だと分かっているが、これ以外の方法を思いつかない。

 それに何より、ジャイアントビーの大半を屠っているので巣穴の中にはそれほど残っていないだろう。

 洋太郎の耳に聞こえる羽音が先ほどよりも少なくなっているのがその証明だ。

 だがそれでも、二十匹ほどいるのは間違いない。

「殻を壊して、中のやつらを外に出す。おめーに負担を強いるが、出てきた奴を頼んだぜ」

「はい、洋太郎」

 シアは淡々と、しかしどこか嬉しげに返事をする。

 自身の願望かという突っ込みをしつつも、シアが感情らしきものを発露するのは洋太郎的には嬉しい。

 思わず口の端に笑みを乗せ、魔力を乗せた鉤爪をふるう。

 蜂の巣の殻をやわらかいバターの様に切り裂き、内側に張り付いていた数頭のジャイアントビーの命も屠る。

 ジャイアントビーの巣の殻は、並の剣では弾いてしまうほどの強度を持っている。それを容易く切り裂いた洋太郎は、殻に空けた穴の前から素早く退ける。

 背後で魔力が高まっているのを感知したからだ。

 シアは洋太郎が場所を開けたと同時に、殻に開いた穴へと無言で魔術を叩き付けた。

 ゴウと音を立て、炎が蜂の巣の中へと流れ込んでいく。

 その様は、まるで激流が流れ込むかのようだ。

 赤い炎は巣穴を駆け抜け、蹂躙していく。

 さすがにその魔術を予想していなかった洋太郎は驚きで目を瞠るが、意識は目の前の蜂の巣からは離さない。

 炎によって燻された蜂の巣は内側から黒い煙を吐き出しながら、沈黙した。

 洋太郎の良く聞こえる耳にも羽音が聞こえない。

「……思ったより早く終わったな」

 嘆息交じりに呟き、洋太郎は炎に焙られた巣穴の殻に手をかける。

 中に居た蜂は全て死んでいるが、死骸はそれほど焦げ付いていない。

「とりあえず、この巣を解体するか」

 そう呟きながら、洋太郎は魔術を放ったシアを見る。

 彼女は先ほどの顔色から更に蒼くなっていたが、しっかりと自身の足で立っている。

「おめー、簡易結界張ってその辺で座って休憩してろ。こいつは、俺が解体するぜ」

「……はい」

 大きすぎる蜂の巣を解体するのは、さすがにシアにも無理だ。ひらりと手を振って魔獣除けの結界を張り、その場に彼女は座る。

 かなり大きな結界を手を振っただけで張ったシアに洋太郎は若干渋い表情を浮かべつつ、沈黙したハチの巣に向き直る。

 鉤爪に青い魔力を纏わせながら、手早く巣の解体を始めていく。

 一本木の枝葉を喰らい、柱としたその巣はかなり大きかった。

 大きな六角形の穴が大量に並んだ巣を壊しながら、洋太郎は近くにそれらを積み上げていく。

 割と乱暴な積み上げ方をしているが結構硬いので、乱暴に扱った所で壊れたりはほとんどしないのだ。

 六角形の大きな穴の中にはジャイアントビーや幼虫などが入ったまま死んでおり、一般人なら生理的嫌悪を催す光景だ。

 だが、洋太郎はそんな光景に何も感じる事もなく、枝葉が無くなったかつて木であった物のてっぺんへと昇り手早く解体していく。

 その洋太郎は一旦手を止め、小休止を取る。

 解体を始めてから既に結構な時間が過ぎているので、少々疲れたのだ。

 そこでふとシアを見ると、彼女は大ぶりのナイフを片手に黙々とジャイアントビーの死骸から素材を回収していた。

「おい、休憩してろと言ったはずだぜ」

「はい。十分体を休めたので、素材を回収するべきだと思い行動していました」

 シアの淡々とした返事に、洋太郎は渋い表情を浮かべてしまう。

 だがしかし、巣の解体中なのだからシアが素材を回収するのは時間的な事を考えたらありなのだ。

 大丈夫だというシアは、洋太郎の竜眼で見てもまだ顔色は悪い。

 だがしかし、既にシアの素材袋は大きく膨らんでおり、結構な時間素材回収をしていた事を物語っている。

 洋太郎が解体に夢中になっている間に、シアもそれなりの時間死骸を解体していたのだろう。

 思わず嘆息してから、洋太郎は口を開く。

「おめーのその袋が一杯になったら、もう一回休むんだぜ。いいな」

「……はい」

 淡々としているくせに不服そうな返事をするシアに、洋太郎は何とも言えない表情を浮かべる。

「帰りの体力も考えておくんだぜ」

「……はい」

 洋太郎の忠告にシアはまたも若干の間をあけてから返事をし、やはりどこか納得していない雰囲気を醸し出す。

 仕方ないと彼は嘆息し、大きな穴の中で他の蜂よりも若干大きい蜂を掴む。

「シア、ちょっと待ってろ」

 そう言って、蜂を掴んだまま洋太郎は木から飛び降りる。

 かなりの高さから無造作に飛び降りた洋太郎は、音もなく蜂の死骸が殆どない地点に着地しシアの傍へと行く。

 ジャイアントビーの死骸から顔を上げる彼女の前に、持っていた蜂を置き鞄の中から剥ぎ取り用のナイフを取り出す。

「こいつはジャイアントビーの女王だ。解体をよく見とくんだぜ」

 そう言って、洋太郎はシアの前で黙々とジャイアントビーの女王を解体していく。

 翅を剥ぎ取ってから胸から腹部を切り離し、切開する。

 慎重に開いた腹部の中に針と毒腺、そして他のジャイアントビーには無い袋状の何かがあった。

「こいつは匂い袋だ。女王だけが持つもんで、中にはすんげぇくせぇ液体が入ってやがる。この女王の縄張りを、他の奴らに示すもんだな」

 そう解説しつつ、洋太郎は器用に腹の中にあったその器官を取り素材を入れる袋へと突っ込んでいく。

 シアはそれをじっと観察しながら、洋太郎の解説にも耳を傾けていた。

 真面目なその様子にふっと笑い、頭を撫でてやろうとして思いとどまる洋太郎。

 何せ、今の彼の手はジャイアントビーの体液に塗れている。

 何とも言えない心持になりながら洋太郎は解体を終え、立ち上がる。

「巣の解体に戻るが、おめーも無理するんじゃあねぇぜ」

 それだけ告げて、彼は地面を蹴って一息で先ほどまで壊していた箇所へと跳躍する。

 そして再び、巣の解体に精を出す洋太郎なのであった。

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