第12話
シアの長期依頼が終了した事で二人で組んで動けるようになったので、二日ほど休養を取ってから彼女の体力測定を兼ねた依頼を受ける事を考える洋太郎。
出来るなら採集系で、一日から三日前後の少し遠出するような依頼が良いと思いつつ終了票を受付に提出するシアの背中を眺める。
時間としては昼を過ぎているので、それなりの人数がギルド内にいた。
大体は依頼が終了の報告か、パーティを組めるような人材を探すと言った人間だ。
出来るだけ同じランクの冒険者と組んで、成長した方がいいというのが冒険者ギルドの方針だ。
しかし、洋太郎にはその気がないので熱い視線を送ってくる鉄の冒険者達を無視する。
洋太郎自身の腕がかなり立つというのもあるが、シアという余り人に知られてはいけない存在を連れているのだ。
慎重になるのは当たり前のことだろう。
先ほどのようにしつこい勧誘が来ないのは、ギルドの中だからだ。
強引な勧誘は注意され、酷いと警告される上にペナルティを科せられる。その為、ギルドやギルド加盟店などではできるだけもめ事を起こさないようにと、みな気を付けるのだ。
警告を気にしない者もいるが、ペナルティの重さに身を正すものの方が殆どだ。それほど、ギルドの警告というのは重きを置かれているのである。
まして、鉄位の冒険者が警告を受ければ今後の活動自体に支障が出てしまう。なので、彼らは洋太郎に話しかけるのを躊躇っているのだ。
その気配に苛立ちを抱くが飲み込み、空いている椅子に腰を下ろし洋太郎は腕を組み目を閉じる。
指で腕を叩きながら周囲の気配に苛立ちを募らせていると、ふわりと柔らかな香りが鼻腔を擽る。煩わしい視線に気を取られていたせいか、この香りの持ち主がそばに来ていたのに気が付かなかったようだ。
そんな自分に舌打ちしたい心持になりつつ目を開き、立ち上がる。
「終わったか」
「はい」
すぐ横にいたシアは頷き、洋太郎を見上げ小首を傾げる。
洋太郎はそんなシアにささくれた気持ちが癒されるような心持になりながら、自身の考えを告げる。
「とりあえず、今出ている依頼を確認するぜ。明日からとは言ったが、おめーは長期依頼が終わったばかりだからな。少しばかり休んでからでも俺は構わねぇ」
シアは洋太郎の言葉に考えているのか、ゆったりと瞬きをして口を開く。
「急いだ方がよいのかと思っていましたが……そうではないのですか?」
「別に、それほど急いじゃいねぇぜ。それに、体が資本の仕事だからな。無理をして死んじまったら、元も子もねぇ」
洋太郎の言葉に、シアが若干不思議そうな表情を浮かべる。
おそらく、彼女の中には自分を労わるという事がないのだろう。
元々自らを道具だと言い切っていたのを考えれば、納得できる推論だ。
もっとも、納得はしてもそれを許すつもりはない。
洋太郎はシアの自我を確立させ、一人の人間として扱っていくつもりなのだ。だというのに、自身を蔑ろにしてしまうような思考をいつまでも持っていてもらっては困る。
「自分を大事にしろ」
静かに命じると、シアはやはり不思議そうな表情だ。
だが、それでも彼女は頷く。
主である洋太郎が命じる事なのだから、シアにとっては絶対なのだ。
洋太郎はその事に苛立ちが腹の底から湧いてくるのだが、それを息を吐くことで逃す。
まだ、彼女に主体性が生じていないだけなのだ。
「依頼があるか、見に行くぜ」
「はい。良い素材が手に入る依頼があるといいです」
シアはそう言って、ほんの少しだけ口元を綻ばせる。
淡い、微笑みとすら言えないようなもの。
雰囲気だけではなく、表情も柔らかくなってきていると洋太郎は改めて実感する。
蝸牛の様にゆっくりとした進歩だが、それはそれでいいと洋太郎は小さく笑みを浮かべる。
「ああ」
頷き、依頼が張り出してあるボードの前に立つ。
鉄位の無花から銅位の無花の依頼を見ていると、シアはふっと一枚の依頼書を手に取る。
それは、薬師からの依頼だ。
ジャイアントビーの羽根を一定数取ってきて欲しいという内容で、シアは小首を傾げる。
「ジャイアントビーの羽根」
「確か、おめーの素材袋の中にあるはずだな。状態が悪いからな、売りに出さずにおめーの調合用にと思っていたんだが」
洋太郎の言葉に、志亜は小さく頷く。
「はい。まだ、処理はしてません」
「なら、こいつを受けてもいいな。持っている素材を譲るだけなら、特に問題はねぇだろう」
そう言って、洋太郎はシアに頷きかける。シアはそれを受け、ボードに貼られている依頼書を取り受付へと向かう。
洋太郎はその彼女の後ろをついていき、受付の仕事を眺める事にする。
暇すぎるのと、周りの人間のウザったい視線を避けるためだ。
受付の男性は洋太郎が付いてきた事にぎょっとした表情を浮かべるが、直ぐに状況を悟り苦笑を浮かべて手早く依頼書を改める。
依頼書の内容に目を通した彼は、若干心配そうな表情で口を開く。
「ジャイアントビーの羽根採集の依頼ですね。森の奥に行くことになりますので、貴方の今の実力では少々厳しいのではないかと」
「少々傷んでますが、ジャイアントビーの羽根を持っています。こちらに書かれている枚数分はありますので、検分をお願いします」
「なるほど。では、こちらの方に品を出してください」
シアの返事に受け付け笑顔で頷き、カウンターの上を示す。
鞄から素材袋を取り出したシアは、ごそごそと袋の中からジャイアントビーの羽根をだしカウンターに置く。
受け付けは、最初の一枚をカウンターの横に置いてあるモノクルをかけて検分し始める。
「これは確かに、少々傷んでますね。ですが完全な形ですし、大問題というほどの物ではありませんね。ジャイアントビーの羽根を完全な形で持ち帰るのは難しいですし、上等な方でしょう」
そう言いながら、シアが取り出す羽根を次々に検分していく。
数ある中で状態の良い物だけを規定枚数分をより分け、男性はまだ出そうとしているシアに声をかける。
「もう、十分ですよ。こちらの方は申し訳ないですが、状態があまりよくないので依頼の品にはなりません。買取もしますが……」
どうするのかと問いかける視線に、シアはゆるく頭を振る。
「いえ、持ち帰ります」
「そうですか」
何に使うのかと不思議そうな表情をする受付の男性に、シアが口を開こうとする。だが、それを遮るように洋太郎がシアの素材袋を取り上げ手早くダメ出しをされたジャイアントビーの羽根をしまう。
「シア、冒険者証を出せ。依頼達成だろ?」
洋太郎はそう言いながら、じろりと受付の男性を見る。
彼は洋太郎の有無を言わせない視線にこくこくと頷き、シアを見る。
「その通りです。これで依頼達成になりますので、冒険者証の方をお借りしますね」
そそくさとシアが差し出す冒険者証を受け取り、男性は依頼完了の手続きを始める。
洋太郎はシアに素材袋を返し、口を開く。
「これが終わったら、少し買い物するぜ」
「はい」
洋太郎の言葉にシアはこくりと頷き、小首を傾げる。
基本的に、シアの買い物は食材だけである。それとて下宿先のブラドの分も合わせるので食費に関しては折半だ。
純粋に、シアがシア自身の為の買い物は全くない。
「冒険者証、ありがとうございました。こちらが報酬です」
受付の男性が戻り、笑顔で冒険者証と報酬が入った袋を差し出す。
「ありがとうございます」
シアはお礼を言い、冒険者証と報酬を受け取り鞄にしまう。
「行くぞ」
「はい」
端的な命令に、やはり端的に応えるシア。
洋太郎とシアのそんなやり取りに受付の男性が若干眉を潜めるが、特に口を挟む様子もなく椅子に座る。
洋太郎は受付の男性をちらりと見てからシアを促し、冒険者ギルドから出て口を開く。
「何か、欲しいものはあるか?」
唐突に問われたシアはきょとんとした表情で、首を傾げる。
「欲しいもの、ですか?」
「ああ。なんかねぇのか?」
シアは洋太郎の問いかけに、やや困った表情を浮かべている。彼女が必要と思う物の基準がだいたい魔術・魔道具関係か、料理に関する物だけなのだ。
冒険者として必要な道具にも興味を抱くが、必要なだけであって欲求を抱かないのだ。
もう少し、女性としての嗜みを教え込んだ方が良いのかと悩む洋太郎。かといって、女性冒険者を仲間に入れるなどという事はしたくはない。
頭の痛い問題だが、とりあえず後回しにすることにする洋太郎。
「まぁ、季節がそろそろ春になるからな。春もんの服を揃えねぇと、おめーには辛いだろ」
「……はい」
洋太郎に言われ、シアはしばしの間の後小さく頷く。
この様子から、シア自身も最近暑いと感じていたのであろうことがうかがえる。
思わず眉間をもみながら、洋太郎は口を開く。
「おめー……暑かったらきちんと言え。俺はその辺の感覚がかなり鈍い。おめーがきちんと言わねぇと、分からねぇ事の方が多い」
「はい、わかりました」
シアは考える素振りを見せてから、こくりと頷く。
言わないと分からない、という事に何か思うところがあったのだろう。
洋太郎はシアのその姿に柔らかく笑い、改めてシアを促し以前世話になった服屋へと移動するのであった。
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