第7話

 洋太郎は防具屋へと移動し、とりあえずシアの防具を整えた。

 魔獣の革で作られた革のベストと、シルクスパイダーで作られたローブを購入した。

 その際にシアが欲しがったシルクスパイダーの糸と、シルヴァンモリと呼ばれる魔獣の幼生体が吐き出す真銀糸を購入している。

 どちらも魔力との親和性が高く、魔術師のローブを作るのに持って来いの素材だ。

 特に真銀糸はこのあたりでは高価なので、これを使ったローブを作るのに銀貨が五十枚ほど必要になるほどだ。

 外套もシルクスパイダーと真銀糸を混ぜて織り上げた物を購入し、シアに与えてある。

 これで、シアが着ていた外套をやっと洋太郎が着る事が出来るようになった。

 洋太郎の服は落ち着いた黒い服で、僅かに色の違う黒糸で刺繍を施されている。

 この糸も服の材質も、実はオリハルコンで出来ている物だ。

 ズボンもオリハルコンで作られており、下手な鎧よりも遥かに防御力の高い物である。

 ギルドで受付をしていたアルフは、洋太郎の身につけているものが全て己の種族が作り上げた最高の服である事に気が付き、忠告してきていたのだ。

 見る人が見ればわかるその服は、市場になかなか出回らない貴重な服だ。

 王族でも持っている人は少ない上に、製造法は全てアルフの秘術。

 下手をすれば白金貨を出してでも買おうとするほど、希少性が高く防具としても最高の服なのだ。

 無論、防具屋では一目で洋太郎の服が何であるかを見破られた。

 しかし、良心的な防具屋であったおかげか、大っぴらに着て歩かない方が良いという忠告を受けてしまった。

 なので、シアに防具と共に外套を買ってやり、シアが着ていた外套を早々に身に着けたのだ。

 取り敢えずの買い物を済ませ、洋太郎は保存食などを購入してから武器屋に戻った。

 そこで部屋の契約などを済ませ、暫く借りる部屋でシアの荷物やら洋太郎の荷物やらをしまってから一息つく。

 依頼を受けたはいいが、準備だけでほぼ半日が潰れてしまった。

 今から行くべきかと考えていると、シアが口を開く。

「洋太郎。私の防御力に少々の不安がありますが、如何しますか?」

 この問いかけに、洋太郎はむっと唸る。

 それなりに良い防具を与えたとはいえ、不安が残るのは当たり前だ。

 シアは体力が無い上に、戦闘などもした事が無いはずだ。

 洋太郎はしばし考えてから、ふっと思い出す。

 彼のねぐらに、以前色々と拾った財宝や物があったはずだと。

「少し待っていろ」

 洋太郎はそう言って、部屋に鍵をかけてから空に円を描く。

 以前やった、空間の一部を洋太郎のねぐらに繋げる空間魔術だ。

 洋太郎は基本、集めた財宝は一纏めにしておいてある。

 更にそこに、洋太郎が望む物がすぐに手に飛び込んでくるという魔術をかけてあるので比較的安易に取り出す事が出来るのだ。

 洋太郎は望む物が数個手に飛び込んできたのを感触で確認してから手を穴から引き、無造作に備え付けのテーブルの上に置く。

 穴を閉じ、洋太郎はテーブルの上に置かれている物を眺める。

 美しい緑の宝石が付いたイヤリングと、シンプルな白金の指輪。

「……精神や物理的な物への耐性、防御能力が付いたペリドットに、癒しを込められたミスリルのイヤリング。こちらは消耗を少なくし、魔術の発動を助ける指輪型発動体ですね」

 シアの言葉に、洋太郎は頷く。

「俺のねぐらに転がってる中ではそんなに良いもんじゃねぇが、下手なもんを身につけて目をつけられるよりはましだろ」

 洋太郎の言葉にシアは小さく首を傾げ、とりあえずそれらを手に取り身に着ける。

 ペリドットのイヤリングはシアが説明したように精神的な攻撃や物理的な攻撃を緩和し、更に体力や疲労を癒す効果があるイヤリングだ。

 指輪の方は、実は魔力を蓄える性質がある珍しい魔術の発動体だ。

 常に身に着けていると使用者の漏れ出でる魔力を蓄え、魔術を使う際に消耗する魔力を軽減する事が出来る。

 シア自身には魔術の発動体は要らないとは言え、事前に話した通り普通の魔術師として振る舞うのには必要となる。

 塔の学院に登録させれば発動体を購入できるが、シアの魔術的知識を考えるとそれも考え物だ。

 塔の学院は魔術師以外には閉鎖的なので、下手に登録をしてシアの事がばれればただでは済まないだろう。

 特に、シアの制作者であるケイン・ベルフェルナーという男が作った門派には変な恨みを持たれる可能性もある。

 蹴散らす事はできるが、シアの事を考えると下手な事をしない方が良いと結論付ける。

 魔術の発動体の数は塔の学院が管理しているが、これのように遺跡から発掘された魔術の発動体はその数に入らないからその点も問題ない。

「さて……今は何時だ?」

「昼を回ったくらいです。これから依頼を終える為に移動すると、野宿をしなくてはならなくなります」

 洋太郎の問いに、シアは依頼のことまで考えた返答をする。

「……片道四時間超と考えりゃ、少し時間をとりすぎたな。ジャイアントビーの依頼もあるからな、明日の早朝に出るか」

「はい。では、私は工房に魔力を満たす儀式をします。良いですか?」

「ああ」

 シアは洋太郎が頷いてすぐ、行動に移す。

 工房の部屋へ行き、部屋の中心部分に立ち指輪を嵌めた左手を揺らす。

「満たせ満たせ、大気に漂う魔力よ。部屋を守る四つの宝玉に満ちて溢れろ。溢れた魔力は径を巡り、眠れる宝玉を目覚めさせよ」

 シアは独特の韻を持たせた詩を謡い、工房の中を急速に魔力で満たす。

 洋太郎は自身の知らぬ魔術を使うシアを壁に寄り掛かって眺め、彼女の引き起こす現象を見学する。

「起動せよ、黄龍の玉」

 シアの言葉と同時に、工房内の魔力が可視化し縦横無尽に光の線が走る。

 そして東西南北の位置にそれぞれ青・白・黒・赤の丸い円が現れ、部屋の中心には黄色に輝く円が現れた。

 シアはそれを見て頷き、部屋の隅に置かれたテーブルを一生懸命引っ張る。

 非力な彼女では持ち上げる事が出来ない重厚なそのテーブルを、洋太郎は無言で持ち上げ目で問いかける。

「黄色い円の上に、このテーブルが収まるようにおいてください」

 シアの指示に従ってテーブルを置くと、それぞれの円から一筋の光が注がれる。

 テーブルのちょうど中央に光線が集まっており、シアは魔道具屋で買った魔宝石の原石をそこに置く。

「これから魔宝石を削ります。音がうるさいかもしれませんが、現在工房が起動していますので防音されているはずです。我慢できなければ、隣室へ移動してください」

 シアはそう言って、バルドが貸し出してくれた魔道具の一つ、短刀を手に取る。

 かなり良い鉄で作られたそれを、五色に彩られる原石に当てる。

 小さな短刀程度では決して削られない原石を、シアはまるでバターを削るように容易く切った。

 目を見張る洋太郎を気にも留めず、彼女は更に原石の要らない部分を手早く短刀で削り落とし、宝石をカットしていく。

 拳大であった屑魔宝石はシアの手で見る見るうちに小さくなり、シアの親指の先くらいまでの小ささになった。

 そこでシアは口を開く。

「力を与えよ、黒の守護。美しさを与えよ、赤の守護。循環を与えよ、青の守護。速さを与えよ、白の守護」

 シアの言葉に従い、呼ばれた色の光が磨かれていない宝石を照らす。

 本来ならくすんだ光を放つはずの宝石は、見る見るうちに澄んだ輝きを宿し夕焼けのように美しい色を宿していく。

「安定を与えよ、黄の守護」

 テーブルを貫通していた黄色い光はふわりと宝石を包み、全ての色が消える。

 シアは完成した魔宝石を手に取ってみて、うんと頷く。

 若干暗い室内で、洋太郎の眼にはシアが作った魔宝石は物凄い光を放っているように見えた。

 元々少ない魔力を内包していたが、シアがカットし、何らかの儀式を行った事で魔力が桁違いに跳ね上がったのだ。

 元々、魔宝石はカットや儀式次第で驚くほど内包する魔力が変わる。

 シアはそれを、短時間でやり切ったのだ。

「今のはなんだ?」

「工房の性能を確認していました。一から作る事を考えていましたが、こちらの工房はかなりの容量をお持ちのようです。もっと質の良い魔宝石も、こちらで加工する事が出来るでしょう」

 そう言いながらシアは魔宝石をテーブルの上に置き、他の魔道具を作るための道具を確認し始める。

 シアが欲しがった、ミスリルの針もしっかりとここに置いてある。

 それを見たシアは魔術で明かりをつけ、今日購入したばかりの真銀糸とシルクスパイダーの糸を持ってくる。

 更にそれを入れていた新品の鞄に財布、ローブに外套も持ってくる。

「……それを、どうするつもりだ?」

「すべて、魔術を付与します」

 あっさりと答え、シアは手早く細工する為の準備を始める。

 なぜそこまで細工するのに拘るのかと思った瞬間、洋太郎は服を買ってからの会話を思い出す。

 無限袋を買う、という話をしていた事を。

 そして、シア自身が防御力に不安があるという事を言っていたので、シアなりに考えて万全の態勢をとろうとしているのだ。

「……時間は、どれくらいかかりそうだ?」

「全て終わるのに、五時間から六時間ほどはかかります」

 シアの淡々とした返事に洋太郎は深い溜息を吐き、部屋の隅に置かれている椅子を二脚持ってくる。

「立ってやるもんじゃねぇだろ、座れ」

「はい」

 シアが頷いてからテーブルの上の宝石屑とただの岩を分けてゴミ箱に入れていると、どんどんと扉が叩かれる。

 洋太郎は鍵を開けて扉を開くと、バルドが居た。

「ヨータロウ。契約の一部だ、鍛冶場の方へ来てくれ」

「ああ、そうだったな」

 洋太郎はすっかり忘れていたが、バルドにとってはかなり重要な事だ。

「シア、バルドの鍛冶場へ行ってくる。部屋から出るんじゃあないぜ」

「はい」

 シアは洋太郎の言葉に頷き、黙々と魔術を付与する準備をする。

 その姿に安堵と若干の苛立ちを感じつつ、洋太郎は鍛冶場へと移動する。

「店は寂れているが、ここは立派だな」

「当り前だ。こっちは仕事場だからな」

 バルドは洋太郎の失礼な感想に当然の事だと返事をし、種火を保管している容器を持ってくる。

 ゆらりと揺れる炎は美しく、バルドの愛情が注がれているのが分かるほどだ。

 洋太郎はその種火の器を受けとり、蓋を開けて力を込めて息を吹きかける。本当はもっと小さく込めるべき力を、心持ち多くする。

 ほぼ初対面だというのに、何が気に入ったのかは知らないが下宿をさせてくれる感謝の気持ちを込めたのだ。

 すると、赤かった炎は魔力を帯びて青白い炎へと変化した。

 どう見ても高温で、そして力強い炎だ。

「……お前さん、すげぇな」

「まぁな」

 目を丸くしたバラドの言葉に洋太郎は淡々と頷きながらも、内心では少々やらかしたかもしれないと思っている。

 炎の色は赤よりも青の方が高温だ。

 火種からして高温なのだが、窯に火を入れてから鍛冶師が加減をすればある程度温度を操作する事が出来る。

 なので、この辺はバルドの腕の見どころだろう。

「魔力も随分と帯びているな……お前さん、相当加護が強いんだろうなぁ」

 感心しながらバルドはウキウキと火種を窯へと移し、火を入れる。

 窯の中で燃え上がる炎から火種を取り出し、大事に火種を保存する容器に入れ棚に飾る。

 それからバルドは手早く火の加減を行い温度を落とし、武具を打つのに丁度良い温度を見極めていく。

 全身から汗を流し、温度を調節するバルドの表情は真剣そのものだ。

 その背中からは鬼迫が伺え、洋太郎は何も言わず壁に寄り掛かってバルドの作業を見学する。

 先ほどから他者の作業を見学しかしていないような気にもなったが、直ぐにどうでも良いかと思った。

 バルドは準備してあった鉱石を窯に突っ込み、ハンマーを叩き付け製鉄していく。

 ハンマーの音を聞きながら、洋太郎は声をかけようとしてやめる。

 既に集中し始めているのだから、下手に声をかけて気を反らすのも良くないだろうと思ったのだ。

 しかし、そんな洋太郎に気が付いているのか背中を見せているバルドが声をかけてくる。

「昼は食ったのか?」

「そういや、すっかり忘れていたぜ」

 バルドの問いかけに、洋太郎は食べていないのを思い出す。

 お腹がぐうと鳴り、お腹がへっているのを洋太郎は自覚する。

 飯を食いに行くのを考えるが、シアも腹を減らしている事を考えれば手軽に食えるものを買って来るべきであろう。

「おめーは食ったのか?」

「いや、まだだが」

「そうか……手軽に食えるようなもん買って来てやるぜ」

「悪いな、頼む」

 バルドの言葉を背中に、洋太郎は朝まで居た香る緑の樹亭に行くことにする。

 宿ではあるが、酒場としての機能もあるのだ。

 この町に来て知っている酒場はあそこしかないので、持ち帰りが出来ない場合はどうするかを考えつつ裏口から武器屋を出て大通りに出る。

 そのまま、意外と近所にあった香る緑の樹亭へと足を向けるのであった。

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