第5話
魔道具屋でぐったりした心持になりながらもやるべき事を済ませるべく、洋太郎はシアと冒険者ギルドへと向かった。
実は昨夜泊まった香る緑の樹亭の近くに冒険者ギルドがあったのだが、シアの身なりを整える方が先だという事で後回しにしたのだ。
外套のすぐ下はネグリジェで、しかも魔術で幻影を張り付けている状態だ。腕のいい魔術師が居たら、シアが魔術を使っているとばれてしまいかねない。
塔の学院に所属していない魔術師は基本、追放された魔術師だ。何か悪い事をして追放された魔術師の弟子である可能性もあるため、普通の魔術師の弟子たちは塔の学院に登録をする。
そうやって、魔術師を管理しているのだ。
何よりも、シアは魔術の発動体を持っていないのに魔術を使っている。
これが問題だ。
無論、他の魔術師でも発動体を持たずに魔術を使う事は出来る。
だがしかし、発動体を使用した方が集中に入るのが早く、安定した出力で発動できるのだ。
シアの何が危険なのかというと、発動体もない状態で魔術を発動させ、安定した出力で維持し続けられるところだ。
これがかなり難しい事だと洋太郎は知っていたので、早々に身なりを整えさせたのだ。
不安は多いがこれで難癖をつけられる可能性は減ったと思いながら、洋太郎は冒険者ギルドの扉を開ける。
時間的には昼前なので、人は少なめだ。
それでも依頼が張られているボードを見ている人間は、それなりに居る。
洋太郎は彼らを横目に、いくつもある受付の一つに近づく。
「ようこそ、イグニスの町の冒険者ギルドへ! ご依頼の発行ですか?」
受付に座っていた眼鏡をかけたアルフの青年が、にこやかに問いかける。
金髪に緑の眼の中性的な美貌の青年に、洋太郎は頭を振る。
「冒険者登録をしたい。俺と、連れの二人だ」
「了解しました。では、お二人ともこちらの用紙にお名前と性別、種族をお書きください」
青年に促され、洋太郎は用紙に自身の名前と性別、種族を書く。
無論、竜などとバカ正直には書いていない。記入したのは竜人族と言う今の洋太郎と似た特徴を持つ種族の名だ。
竜の加護を得た人から派生した種なので、竜人族と言う名称が付いている。
全世界を探しても二百人以上三百人未満なので、かなり珍しい種族だ。
しかし、その姿だけは新聞という物で宣伝されているので皆が知っているという状態だ。
そこでふと、洋太郎はシアを見る。
彼女はじーっと用紙を見ているが、一向に書き出す様子が無い。
「どうした?」
「種族ですが……」
「人間だぜ」
シアの言葉を遮り、洋太郎は断定する。
「シア、人間、女。それだけ書いておけ」
「了解しました」
セプテムという部分まで書かせるつもりは、洋太郎にはない。
造られた人間だからどうしたとも思うが、それを喧伝して歩くのはバカのする事だ。
冒険者ギルドにも不正はあるし、正直に書けば要らぬトラブルを招きかねない。
それを考えれば、余計な情報など与えるべきではないのだ。
シアはさらさらと綺麗な文字で名前と性別、種族を書き込んでいく。
それを受付のアルフに渡すと、彼は小さな水晶板と大きな水晶板を取り出す。
小さな水晶板と大きな水晶板で書類を挟み、彼は洋太郎を見る。
「では、この板に手を乗せて貰っていいかな?」
「ああ」
洋太郎は手の平を水晶板の上に乗せると同時に紙が燃えあがり、熱のない炎が水晶越しに踊る。
「驚かないなんて、君は随分と胆が据わっているね」
「魔道具なら、何があっても不思議じゃねぇからな」
洋太郎はそう答えつつ、水晶の下で炎が消えたのを見て手を上げる。
アルフの青年は水晶の下にあった小さな水晶の板を取り出し、うんと頷いてもう一枚小さな水晶板を取り出す。
「今度はそちらのお嬢さん、お願いするよ」
「はい」
シアは素直に頷き、洋太郎と同じように水晶板に手を乗せる。
洋太郎と同じように水晶板の下で紙が燃え上がり、炎が踊る。シアはそれを、無表情でじーっと見ている。
無表情ではあるが、興味津々と言った様子に見える洋太郎は目を和ませる。
もっとも、受付のアルフは洋太郎以上に淡々として反応を見せなかったシアに対して何とも言えない表情を浮かべている。
熱そうな炎が薄い水晶板一枚隔てて踊っているのを見て、怯えたりする女性の方が圧倒的多数だろう。
まして、シアは見た目からして嫋やかだ。一度見ているとは言え、悲鳴を上げるなど何らかの反応を示すと思っていたのだろう。
「……お連れさんと一緒で胆が据わっているね、お嬢さん。これなら、冒険者として働くのに問題はないよ」
何とか笑みを浮かべて受付のアルフは言い、小さな水晶板を取り出す。
それぞれの水晶板には二人の書き込んだ名前や性別、種族が記されている。
彼はそれを確認してから、笑顔を浮かべて二人に告げる。
「今、こちらのカードの加工をしてきますのでお二人ともあちらにある椅子に座ってお待ちください」
そう言って奥へと行ってしまったので、洋太郎はシアを促し椅子に座る。
大人しく隣で座るシアは、時折瞬きをしながら周囲を観察している。
無表情なシアは人としての精気が足りない上に、愛らしい顔立ちが酷く人形めいている為、人目を引いていた。
ボードを見ていた冒険者の何人かが、シアを見てひそひそと話をしているのが洋太郎の耳に届いている。
彼らの声色に良いものを感じられなかった洋太郎は、じろりとその冒険者達の方に視線を流す。
ひそひそと会話をしていたのはそれなりに経験を積んでいるであろう青年たちで、その目つきがまるで品定めをしているかのようだ。
その厭らしい目つきに洋太郎は苛立ちを覚え、ぎろりと竜眼を利かせて睨み付ける。
青年たちは洋太郎のやや怒りを含んだ眼差しにびくりとするが、直ぐに目くばせをしあって口元に笑みを刷き近づいてくる。
「可愛らしいお嬢ちゃんを連れて冒険者登録とか、羨ましい御身分じゃないか。竜人族の兄ちゃん」
「そうそう。オレらにも、おすそ分けしてよ」
にやにやと笑いながら無遠慮にシアの肩を抱こうとする冒険者の手を、洋太郎は強く掴む。
「い、いてぇ!」
「おいてめぇ、何しやがる!」
「手ぇ離しやがれ!」
口々に怒鳴り、仲間を助けようと一人が剣の柄に手をかけた瞬間。
「そこまでにしてください。もちろん、双方ですよ?」
と、受付のアルフがいつの間にか声をかけてきた冒険者達の後ろに立っていた。
にっこりと笑う顔は優しげだが、妙な威圧感がある。
しかし、洋太郎はその威圧感をものともせず口を開く。
「仕掛けたのはこいつ等だぜ」
「でしょうね。女性の冒険者は近年、少なくなっています。新人で女性連れである貴方が羨ましかったのでしょう。ですから、これ以上その腕に力を入れるのはやめてくださいね?」
笑顔で言うアルフに、洋太郎は小さく鼻を鳴らし手を離す。
手を掴まれていた青年は物凄い表情で洋太郎を睨み付けるが、アルフが笑顔で釘を刺す。
「君たちが突っかかって行ったのは、受付の皆が見ています。しかも、抜刀しようとしたのまでしっかりと目撃しました。これ以上このお二人に絡むようでしたら、警告を出しますよ」
この言葉にぐっと唸り、彼らは無言でギルドを出ていく。
それを見送りもせず、洋太郎はアルフに声をかける。
「冒険者証が出来たのか?」
「はい、こちらになります」
アルフは笑顔で二人に冒険者証を差し出し、手渡す。
洋太郎はその冒険者証を手に、まじまじと眺める。
水晶板は透明で、先ほど用紙に記入した内容が表面ではなく水晶板の中に封じ込められている。
そして、名前の横には鉄のコインが嵌っている。
洋太郎が物珍しげに眺めていると、アルフが説明を始める。
「この冒険者証は持ち主の犯罪歴や依頼の達成率などが書き込まれますが、それを確認できるのはギルドのみになります。悪質な犯罪を犯した場合、この冒険者証が剥奪されることになりますのでお気を付けください。このプレートに嵌っているコインは、持ち主のランクを印しています。鉄・銅・銀・金・白金とランクが上がるごとにコインの色が変わります。そしてこのコインは、持ち主が一定の評価を得る毎に決められた花の模様の花弁の一片が掘られ、花が完成するとランクが上がるという仕組みになっています。また、依頼の難易度もこの花弁の数で表しています」
洋太郎はアルフの説明になるほどと頷きながら、自身の冒険者証のなにも彫られていないコイン部分を眺める。
「今はまだ評価を得ていないので、無花ですね。この冒険者証は持ち主以外は使えないように加工されておりますので、無くされた場合は再発行を願い出てください。ただし、その際にはお金がかかります。ちょっとお高いので、無くさぬようお気を付けください。依頼を受ける際は、ご自身のランクより一つ上の無花の依頼まで受けられます。ですが、ご自身の力量を見誤らぬようお気を付けください。とりあえずのご説明は、以上です。詳しくお知りになりたいのでしたら、小冊子をお付けしますがどうしますか?」
アルフの問いかけに、洋太郎はいらないと言いかけてシアを見る。
話を聞いているそぶりはあるが、きちんと理解しているかがわからない。
「悪いが一冊、こいつにやってくれ」
「了解しました」
にっこりと笑顔で頷き、アルフは一旦受付まで行ってから小さくて少々厚い本を持って戻ってくる。
「はい、お嬢さん」
「ありがとうございます」
シアは無表情でお礼を言いつつ小冊子を受け取り、冒険者証と本を眺める。
その姿を見ていたアルフはくすりと笑い、こそっとシアに話しかける。
「冒険者証を落とさない様に、この左側の端っこにある穴に紐を通して首からかけるといいよ。で、できるだけ急所を守る所に入れておいた方が良いからね。このプレート、かなり固いから」
「はい、ありがとうございます」
シアは無表情で礼を言い、プレートをじっと見る。
その様子がまるで、おもちゃを与えられた子供のようにも見え洋太郎は表情を和ませシアの頭を撫でる。
「きちんと礼を言えて、えらいぜ」
大きな掌で撫でられたシアは、それを受けながら洋太郎をじっと見る。
若干憮然としているように感じるのは、シアが年頃の女性の外見をしているからかもしれない。
洋太郎はそんな事を思いながら立ち上がり、自身の冒険者証を服の内ポケットにしまう。
その彼を眺めながら、アルフは声を潜めて問いかける。
「その服を晒して、鉄の冒険者証を見せて歩くのはおやめになった方が良いですよ。性質の悪いものは、貴方を殺して奪い取りかねません」
「その心配は無用だぜ。俺を殺せるような奴は、この世にそんなにいねぇ」
アルフの忠告を、洋太郎はにやりとした笑みで無用の心配だと断じる。彼は何とも言えない表情を浮かべ、ゆるく頭を振ってから業務用の笑顔を浮かべる。
「では、本日のご用件は以上でしょうか?」
「……ボードを見てから決めさせてもらうぜ」
「はい、では依頼を受ける際は受け付けにお願いいたします」
そう言って、アルフの男性は受付へと戻って行った。
洋太郎は彼を見送らず、椅子から立ち上がる。
「シア、ボードを見るぜ」
「はい、洋太郎」
シアが頷き立ち上がると、洋太郎は彼女の手を引き依頼が張り出されているボードへと移動する。
壁から上半分がボードで占められているのは、それだけ依頼が多いのだろう。
もっとも、今はその大半が見えている状態になっている。
早朝から割の良い依頼を求めて人が来るため、この時間帯はボードの地が見えるほど依頼の紙が少ないのだ。
洋太郎は張られたどの紙にも花の模様が付いている事に気が付き、目を細める。
「なるほど、模様がそのまま描かれてるのか」
昔に比べて分かり易くなったものだと頷いた後、洋太郎は取り敢えずシアの体力を鍛えるために難易度の低そうな採集系の依頼を探す事にする。
そこで鉄と銅の依頼を確認していると、丁度良さそうなものがあった。
鉄ランクで三片が描かれており、森の奥に自生する蜜百合と言う花の蜜を採集して欲しいという内容であった。
蜜百合は花の奥に蜜を貯めこんだ大きな花弁を持つ。その蜜の味は甘いがさっぱりしており、熱さましなどの材料にもなる。
お茶に入れて楽しむ事も出来るので、栽培している人間も多い。
わざわざ自生している野生種の蜜が欲しいというのは、何か事情があるのだろう。
「これでいいか?」
「はい」
シアは頷き、洋太郎から手渡された紙をじーっと見る。
洋太郎はその間に、他にも似たような依頼が無いか確認していて気が付く。ジャイアントビーの討伐依頼が出ている事に。
しかも、その生息域は丁度蜜百合が自生していると指定されている森の中だ。
銅ランクで無花のその依頼も取り、洋太郎は先ほど受付をしてくれたアルフの所へ行く。
「おい。この依頼、同じ奴か?」
「ああ、そうですね。依頼主が気になるのでしたら、ご自身で一度お顔を合わせてみるのをお勧めします」
「……そうだな。この採集依頼と、ジャイアントビーの討伐依頼を受けるぜ」
洋太郎はそう言いながら自身の冒険者証を取り出し、シアにも出すように促す。
シアはごそごそと鞄の中から冒険者証を取り出し、洋太郎に渡してから作業を始めるアルフを凝視する。
無表情で凝視する姿はある種の異様さを感じさせるのだが、洋太郎の眼には好奇心で観察しているようにしか見えない。
洋太郎は目を和ませ、シアの頭を優しく撫でながらアルフの作業が終わるのを待つ。
「ご一緒に受けるという事で、パーティとして登録もしました。パーティ名が出来ましたら、申請してください。では、こちらお二人の冒険者証です」
そう言って、アルフは冒険者証を差し出す。
洋太郎は冒険者証を受け取り、シアの分を彼女に渡しながらアルフに問いかける。
「依頼人はどこに居る?」
「ああ。でしたら、そこの大通りを少し南へ行った所にある雑貨屋の店主に蜜百合の依頼を受けたっていう話をすれば依頼人を呼んでくれますよ」
「そうか。邪魔したな」
そう言って、洋太郎はシアの手を引いて歩き出す。雑貨屋に行くついでに、シアに持たせるべき道具の事も相談してもいいかもしれない。
洋太郎はそんな事を考えながら、ギルドの扉に手をかけるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます