第3話

 洋太郎は不機嫌だと前面に押し出した表情で、町の入り口を守る兵士を見る。

 兵士は喉の奥で小さく悲鳴を上げながら、必死で洋太郎に告げる。

「で、ですから……こちらの馬車の持ち主のお話を聞かせていただかないと通す事は出来ないと上から命じられておりまして……」

「知らねぇ。森の中に放置されていたから、運んできたって言ってんだろうが」

「ですが、あちらの方から謎の閃光が見えているんです。その事も、何も分からないんですか?」

「俺は、馬の興奮している鳴き声を聞いたから森に入ったんだぜ。その前後を知っているわけねぇだろ」

 洋太郎はそう言い、舌打ちをする。

 彼の容姿はかなり整っている上に威圧的な雰囲気を持っている為、新人らしき兵士にはかなりの恐怖を与えている状況だ。

 洋太郎はそんな事に気が付きもせず、苛々と組んだ腕を指で叩く。

 ちなみに、シアは彼の隣に立っている。

 乗ってきた馬車は兵士たちに引き渡したので、彼の傍で待つ事を選択したのだ。

 靴は洋太郎の背負い袋の中に入っていた、替えの靴を履いている。

 服の方は、外套の下に幻影の魔術をかけて普通の服を着ているように見せかけている状態だ。

 例え魔術師が見ても、今着ている外套に付与されている魔術に気を取られ幻影の魔術に気が付く可能性は低い。

 中々町の中に入れない事に苛立つ洋太郎の隣で、シアは無表情で周囲をきょろきょろと見回している。

 目覚めたばかりな上、ケイン・ベルフェルナーが残していた枷が外れている状態なので景色自体が物珍しいのだろう。

 若干幼げな仕草に洋太郎はほんのり癒され、深く息を吐く。

 もしかしたら、元々最低限の知識を扱う為の自我や人格があったのかもしれない。そう考えながら、洋太郎はシアに問いかける。

「疲れてねぇか?」

「はい、大丈夫です」

 シアはこくりと頷き、今度は兵士を凝視する。

 無表情で凝視された兵士は何やら頬を赤らめ、直ぐにびしっと立つ。

 その兵士の後ろの門からもう一人、洋太郎が引き渡した馬車を持って中に入っていた兵士が出てきた。

「とりあえず、馬車の検分は終わった。小さい方はなんもわからなかったが、でかい方はこの町に支店がある奴隷商のエグサのもんだ。エグサは昨日この町に来て、取引があると今朝方に発ったそうだ。馬車の中にはかなりの金が積まれていたんだが……お前さん、本当に馬車のある場所に人はいなかったのか?」

「ああ、いなかった」

 きっぱりと洋太郎は答え、じろりと二十代後半くらいの兵士を見る。

 その視線を受けた兵士は困ったようにペンの柄で額を掻きながら、疲れたように問いかけてくる。

「……本当に、何も見ていないのか?」

 何度目かの問いかけに、洋太郎は青筋を立てるがふっと思い出した素振りで口を開く。

「そういや、でっけぇ竜を見たな」

「なんだと!?」

 洋太郎の言葉に、兵士は驚愕の声を上げる。

「見ての通り俺は竜人だ。それに竜を襲わない限り、攻撃される事はねぇ」

 だから竜を見た事を忘れていた、と洋太郎は告げる。

 見たわけではなく竜本人なのだが、それは言わぬが花だろう。

 兵士はごくりと喉を鳴らし、洋太郎に更に問いかける。

「その竜は、どこへ行ったのか見たか?」

「遠目からだったが、森の奥へと飛んでいったぜ。あの方向は、メイズ山脈だったな」

 この言葉で兵士はそうか、と頷き深い安堵の息を吐く。

 竜は危害を加えられたり、巣穴の財宝に手を出されない限り人を襲わない。

 亜種の竜はその限りではないが、基本人里に近い所まで下りては来ないモノなのだ。

 降りてくる理由は大概、財宝絡みである。

 竜が町ではなく山脈方向に飛んで去って行ったという情報は、誰かが竜の財宝に手を出したのではなく竜が新たな財宝を見つけたからだと兵士は判断したようだ。

 また、これで竜が財宝を得るために妨害したであろう奴隷商を殺して帰還したと判断されることは間違いない。

 本来であれば現場検証が待っているが、竜が絡んでいる以上それもない。

 竜には触れてはいけない、これはどの国でも不文律になっている。

 それ故、竜が何らかの痕跡を残していたとしてもそれを探ってはいけないと、塔の学院のみならず各国の王家からも通達されているのだ。

 これで、洋太郎は自分が不審者であるという疑いは晴れただろうと内心で息を吐く。

 もっと早く竜の話を出すべきだったと考えていると、隣のシアが若干ぐらぐらと体を揺らし始める。

 見てみれば、真っ白な顔色になっていた。

「おい……」

「はい、どうしましたか?」

 声を掛ければ顔を上げるが、瞳孔が開き目の焦点が合っていない。

 それを見て取った洋太郎はシアを抱き上げ、息を吐く。

「具合悪いなら、そう言え」

「ただの貧血ですので、具合が悪いと言うほどではありません」

「十分具合が悪いだろうが。体調の変化があれば、すぐ言え」

「……はい、了解しました」

 シアを叱りつつ命じると、若干の間の後頷く。

 その間は何なのかと問い詰めたかったが、洋太郎はぐっと飲み込みシアの頭を肩に乗せる。

「目を瞑ってろ。視界が回って、気持ち悪くなるぜ」

「はい」

 今度の命令には素直に従い、シアは洋太郎の肩に頭を乗せて目を閉じる。

 このやり取りを見ていた年嵩の兵士は、跋の悪い表情を浮かべて言う。

「長々と引き留めて、悪かったな」

「ああ。こいつを早く休ませてぇんだが、他に問題はあるか?」

「あ、こいつにサインをしていってくれ。今の話をまた聞かせてもらう可能性もあるからよ、こっちが指定する宿に泊まってくれるとありがたいんだが」

 年嵩の兵士の言葉に、洋太郎はむっと唸る。

「冒険者ギルドの宿をとる予定だったんだが」

「あんた、冒険者か?」

「予定だな。俺もこいつも、身分証を持ってねぇ」

「そうか……なら、ちょっと待ってくれ」

 そう言って、年嵩の兵士は再び中へと入っていき一分ほどで戻ってくる。

「ジズ、悪いが少し外すぞ。直ぐもう一人が来るから、しっかり仕事してろ」

「えぇ!?」

 新人らしき若い兵士が抗議の声を上げるが、兵士は流して洋太郎に話しかける。

「とりあえず、この町は初めてだろ? 冒険者ギルドと、そこのお奨め宿まで案内するぜ」

 先ほどの彼の言葉から、こちらの所在を知っておきたいという事なのだろうと洋太郎は推測し、頷く。

 面倒事が目白押しな予感しかしないが、左腕を占拠しているシアの事もあるのでこの町を飛ばして移動するのは難しい。

 この町と同じ規模の町まで、徒歩で一週間はかかる。

 無論、竜体になって移動すればあっという間だがそんな目立つ事は避けたいのだ。

 致し方ないと洋太郎は割り切り、促す兵士のやや後ろを歩く。

「悪いが、服を売ってるところも頼む」

「ん? ああ、良いぜ。あんたもその子も冒険者になるっていうんだったら、もう少し丈夫な服が必要になるだろうしな」

 肩を竦めて笑う兵士に、洋太郎は憮然とした表情を浮かべる。

 洋太郎の今の服は、かなり簡素なものだ。

 それでも、魔力で編んでいる以上その辺の下手な金属鎧よりも遥かに丈夫だ。

 だがしかし、魔力で編んでいる服は維持する為に常時魔力を消費していく。

 洋太郎にとっては微々たる量だが、凄腕の魔術師が居れば彼の服がトンデモない物であるとばれてしまう。

 ねぐらから取り寄せた背負い袋には着替えも一式入っているが、着替え忘れていたのだ。

「まぁ、そうだな……」

「気を悪くさせちまったな、すまない」

 洋太郎の不機嫌さを感じ取った兵士は謝罪し、そうだと頷く。

「あんた、名前は? オレはガイ・アディンセルっていうんだ」

「俺は、洋太郎だ」

 名乗られたので、洋太郎は素直に名乗り返す。

「ヨータロウか、随分と変わった名前だな」

「ああ。名付け親が異世界人だったからな」

 洋太郎の返事になるほどと頷くガイは、ちらりとシアに視線を流す。

 彼女の自己紹介を待っているのだろうと分かった洋太郎は、内心舌打ちをしながら紹介する。

「シアだ」

「このあたりじゃちょっと聞かない名前だな。異世界人か?」

「こいつはたまたま拾っただけだ、そこまで聞いてねぇ」

 そう答えながら、洋太郎はくたりと体を預けるシアを見る。

「それはますます、異世界人の可能性も高いな。でも、さっき普通に話をしていなかったか?」

 いらぬところで良い記憶力を発揮する男に内心舌打ちしつつ、洋太郎は答える。

「ああ。まぁ、異世界人であろうともこの世界の言葉を理解して話せる奴もいるだろ」

「確かにそうだな。実際、異世界の魔術師が最初から会話出来てたっていう話を大分前に聞いたしな」

 ガイの返事にそうかと頷きかけ、洋太郎は眉を潜める。

「それは有名な話なのか」

「有名も有名だろう。塔の学院で、新しい門派を作った稀代の魔術師だぜ。なんでもそいつは、人そのモノを作り上げる事が出来たらしい。もっとも、オレは眉唾だと思っているがな。人を作るなんて、神でもなきゃ無理だろ」

 かんらかんらと笑うガイの言葉に、洋太郎はちらりと己の腕の中で目を閉じているシアを見る。

 十中八九、ガイの言っている魔術師はシアの制作者であるケイン・ベルフェルナーの事だろう。

「まぁ、中々信じられるもんじゃあないな。で、その魔術師はどの辺に住んでいるんだ?」

「オレが知るわけねぇだろ」

 あっさりとガイは洋太郎に告げ、すたすたと歩く。一瞬むかっ腹が立ったが、良く考えれば一兵士が知っているはずも無い話なのだ。

 新興の門派の研究所なのだから、秘匿されているのも常識だろう。

 洋太郎は自分がバカな問いをしたと嘆息し、シアを抱え直す。

 いつの間にかスヤスヤと寝息を立てている所を見ると、疲れていたのだろう。

 よくよく考えてみれば、シアは目覚めてまだ間もないのだ。

「……仕方ねぇか。おい、おっさん」

「おっさん言うな。どうした?」

 ガイは憮然と返事をしながら足を止め、振り返る。

「先に宿をとる。諸々の手続きは、後に回すぜ」

 洋太郎の突然の言葉に眉を潜めるが、ガイは洋太郎の抱えるシアに視線を流して頷く。

「その方が良さげだな。医者が必要ならここから西南方向にあるクミル神殿に行って見ろ、知識神の信徒は医学も修めてるからな。急ぎの癒しが欲しけりゃ、西に行った所にあるエルシル神殿へ行け」

 大雑把なガイの説明に洋太郎は了解したと頷き、彼を促す。

「わざわざ案内してもらっている途中で悪いが、そちらのお奨めの宿に案内してくれ」

「仕方ねぇだろ。具合悪い女の子がいるんだからな」

 肩を竦めて笑い、ガイは再び歩き出す。

 行先が全く変わっているように見えない事に洋太郎が眉を潜めると、ガイが口を開く。

「なんにせよ、ギルドお抱え宿に行った方がオレもお前も安心だろ。お高めだが、ギルドは町の治安維持にも一役買ってるからな」

「確かにそうだな」

 洋太郎は頷きつつ、ガイの後ろをついて歩きながら周囲を見て回る。

「そこの店は服屋だ。品はいいし、古着も置いてある。新しい服を買うのには最適な場所だ。右のあの看板は、武器屋だ。ヨータロウは竜人だから武器はいらねぇだろうが、お嬢ちゃんの護身用や剥ぎ取り用のナイフを買った方が良いぞ。防具屋は、武器屋の向かいだ。直ぐ移動できるように近くにあるんだぜ。あと……」

 親切心から、ガイは冒険者に必要な店を歩きながら説明してくれる。

 また、武器と防具の店にはギルド推薦の印が看板についていたので、良い目印になっている。

 分かりやすく作られている街並みに洋太郎は感心しながら歩いていると、ガイが足を止める。

「ここがギルド認定の宿屋、香る緑の樹亭だ。飯が旨い、良い店だぜ」

 ガイが紹介しながら、宿の扉を開く。

 からんっと金属音が鳴り、奥の方からパタパタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「あ、ガイさんじゃないですか。うちのお客が何かしました?」

 やや若い女性が、ガイに声をかける。

「いや、オレはお客さんを案内して来ただけだ」

 そう言いながら、ガイは後ろを振り返り洋太郎を手招きする。

 若い女性の声に洋太郎は若干渋い表情を浮かべてしまうが、仕方が無いと割り切って中に足を踏み入れる。

 ガイより少し小さい女性が洋太郎を見て若干頬を染め、微笑む。

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

 やや弾んだ声音に洋太郎は内心でげんなりしながら、ぶっきら棒に告げる。

「二人だ。相部屋で頼む」

「あ、はい!」

 二人と言われて、女性は初めて洋太郎の腕で眠るシアに目が行ったのだろう。慌てて頷き、宿帳と、鍵が入った箱を引き出しから取り出す。

「こちらにお二人の名前と、ギルド証の色を明記してください」

「ギルド証はまだねぇ。とりあえず、今日一日分だけ頼む」

「少しお値段が上がりますが……」

「構わねぇ」

 洋太郎は名前を書きながら、女性の態度に感心する。

 見惚れたような様子があったが、自身の仕事をしっかりとしているのに驚いたのだ。

 はるか以前、洋太郎が宿屋に泊った時惚れた腫れたと言って迫ってきた宿屋の娘が居たので、それ以来宿をとる時はできるだけ若い娘が居ない宿をとっていた。

 今回の宿は当たりかもしれないと考えつつ、洋太郎はペンを置く。

「では、宿の料金は前払いでお願いします」

 更に二人分の料金を合わせた値段を告げ、女性は鍵を一つ箱の中から取り出す。

 その間に洋太郎は背負い袋から財布を取り出し、料金を支払い背負い袋にしまう。

 女性は硬貨の枚数を数えて頷き、鍵を笑顔で差し出す。

「はい、ではこちらをどうぞ。お部屋は、二階の215号室です」

「分かった。案内助かったぜ」

 洋太郎は女性から鍵を受け取り、ガイに一言礼を言う。

「いや。こっちも仕事だったからな」

 ガイは苦笑しながら言い、受付した女性と会話をし始める。

 今日のお奨めの定食などを問いかけている声を背中に、洋太郎は早々に部屋へと移動する。

 ガイが立ち去っていない理由は、洋太郎が部屋に入るのを確認する為だ。

 ギルド認定宿の受付と知り合いと言う事は、この宿屋の主人とも知り合いである事は間違いないだろう。

 客観的に見て己が怪しい人物である事は理解しているので、洋太郎は気にしない事にした。

 部屋番号を確認して、洋太郎は鍵を使って中に入る。

 思ったよりも広くてしっかりした作りの部屋と、大きめの二つのベッドが目に入る。

「……いい部屋だな」

 思わず独り言を呟きつつ洋太郎はシアを左側のベッドに寝かせ、部屋の点検を始める。

 二つある窓の作りを確認し、ベッドのすぐ横に置かれたチェストを開き鍵がかかるかを確かめる。

 室内にあったもう一つの扉を開くと、また左右に扉があった。

 左の個室がシャワー室なのはすぐにわかったが、右の個室が何であるのか理解するのに少し時間がかかった。

 備え付けられていた設備を簡単に調べたところ、どうやらトイレの様だ。

「ほんとにいい部屋だな。三百年前とは、何もかもが違うぜ」

 洋太郎が知っている宿屋には、寝場所と荷物を預けるチェスト以外はシャワー室もトイレも備え付けられていなかった。

 全て、共用だったのだ。

 また、トイレの様式もすっかり様変わりしていた。洋太郎が知っていた形は汲み取り式だったのだが、これは水で流す事が出来るらしい。

 最新の設備なのかとも思ったが、室内の壁を調べてみるとそれなりの年月が経っている事がわかる。

 何度か補修をしたり、手を加えて作り直したりしたのだろう。

 人の進歩には目を見張るものがあると洋太郎は感心してから、すよすよと寝息を立てているシアをちらりと見る。

 彼女は熟睡しており、本当に疲れていたのだろうことが分かった。

 洋太郎は部屋の鍵をかけ、背負い袋の中から着替え一式を取り出す。

「もう少し、良い子で寝てろよ」

 そうシアに囁き、洋太郎はシャワー室へと入っていくのであった。

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