第4話 護衛

 モーリスの失敗するだろうという予想は覆された。

 翌日、ノラはモーリスの元を訪れて言った。

「セイトリームを狩ったのですが、あまりに大きいのでとてもここまで運べませんでした。羽だけでも持ってきたのですが、どうしましょうか?」

 確かにノラの手には特徴的な色彩の羽がなぜか三本も握られていた。セイトリームはあの羽を一羽につき一つしか生えていないはずなんだが。

 モーリスは確認のためにアドンを遣わした。

 アドンはノラがセイトリームを狩ったとは全く信じておらず、その確認役を喜んで引き受け、そして驚きのあまり、言葉を失った。

 ノラの言う通り、彼女はセイトリームを狩っていた。

 それも三羽も。

「お前が、本当に狩ったのか?」

 よくセイトリームが水を飲むという池の周りに三羽のセイトリームが血を流し、横たわっている。この池はセイトリームがいるからまず誰も近寄らない。もしノラが狩ったのではないとしたら、セイトリーム同士の喧嘩かもしれない。

 アドンはまだノラを信じられなかった。

「はい、私が狩りました。えっと、お伝えしていなかったのですが、私、風の魔法が得意なんです。だから鳥を狩るなんて簡単だなって思っていたんですけど、この鳥、結構強いんですね。狩れたから良かったんですけど」

 アドンはノラに疑いの目を向けていた。

 ノラもそれに気づいてか、どうやって信じてもらったらいいだろうかと首を傾げた。

 すると、丁度視界の端に、池にくちばしを差し込む新たなセイトリームの姿が。

 ノラはアドンの背を叩いて、新たなセイトリームに注目するように言った。

 ノラは一瞬目を閉じて、その間に風の元素に干渉する。何かと繋がる感覚。瞬間、ノラは風を捕らえた。

 そして、捕らえた風を迷うことなく、水を飲むセイトリームの首にやり、風の刃で首を切った。

 セイトリームは鳴き声を上げる間もなくその場に倒れこみ、それまで飲んでいた池の水を自らの血で赤く染め始めた。

「マジかよ」

 アドンは魔法の威力に呆然とした。


 アドンから報告を受けたモーリスも言葉を失った。

「セイトリームを四羽も? 嘘だろう?」

「いいや、本当だ。最後の一羽は俺の目の前で仕留められた」

「魔法とはそこまでできるのですか」

 コナーも驚いていた。

 彼はコーラスメラ生まれでコーラスメラ育ち。一度西部の中心地の学校に通っていたが、魔術師や魔法に関わることがなく、魔法がどれほどのものか知らなかったのだ。

「ともかく、こっちの出した条件は満たしたんだ。魔獣が出たら連れて行くしかないだろう」

「死んだらどうしますか」

「俺が責任を取る。それしかないだろう」

 モーリスは腹を括った。

 見習いとはいえ、魔術師は国の宝だ。魔術師であるだけで地位はその辺の領主、それこそモーリスよりも上になることもある。いくらアカデミーの課題とはいえ、死なれると責任問題が発生する。

 モーリスはそのややこしいことが嫌だったのだ。

「ノラさんは?」

 コナーが聞いた。

「ひとまず今は泊まっているホテルに待機させています」

「セイトリームはどうしましょうか?」

「あの池はここからも近い。野生動物が町に入ってきても困るから、早いところ回収してくれ」

 モーリスは本当に久しぶりにセイトリームを食べられることを内心喜んでいた。

「四羽もいるなら私ももらえますね」

 計算高いコナーがすかさず言った。

「待ってくれ。働いた奴らにもくれてやってくれよ」

 アドンが訴えた。

 ノラが狩ったセイトリームは、彼女の預かり知らぬところで分配が決まっていった。


「わぁ、美味しい!」

 ノラは思わず叫んだ。

 ノラの元に届けられたセイトリームはすでに解体、精肉され、あとは調理を待つばかりの状態だった。だからノラはそれをホテルの調理人に渡し、その日の夕食にしてもらったのだ。

 渡した肉の量と調理され、出された量は違う気がするが、きっと気のせいだろう。いや、もっと言えば、ノラは四羽のセイトリームを狩ったのに、片手で抱えるだけの分の肉というのはもっとおかしい。

 だが、そんな疑問も肉料理の美味しさに比べればどうだっていいことだった。

 王都という、各地から様々な食材が集まる地で、名門ダノーサ家に生まれたノラは十分に舌が肥えていた。それでも、これほど美味しい肉は食べたことがない。

 いっそセイトリーム専門の狩人になろうかとすら考えた。

 それにしても、四羽はやりすぎたかもしれない、と心の片隅で思っていた。出された課題は一羽で、結果はその四倍。成果がいいと、喜ばれる反面、期待を抱かせてしまう。

 ノラの本当の目的は魔獣で、魔獣にはまだ会ったこともないし、魔法を行使したこともない。これでもし駄目だったら、期待を抱かせた分、失望が激しいのだ。

 駄目な子のノラはそれをよく知っていた。

 ともかく、軍への同行は認めてもらえたのだから良しとしよう。

 ホテルの小さなレストランで、セイトリーム料理に舌鼓をうっていると、一人の若い兵士がノラの下へやってきた。

「お食事中失礼致します。魔術師のノラ様でしょうか?」

 兵士はノラの知らない人だった。ノラと同じくらいの年の頃で、腰に剣を下げているが、その剣もまだ新しいようだ。制服もそうなので、どうやら彼はまだ軍に入って間もない身のようだ。

 ノラはナイフとフォークを置いて居住まいを正した。

「はい、私がノラです。どうされましたか?」

「自分はケンを申します。アドン隊長よりノラ様の護衛を命じられまして、これからよろしくお願いします」

「護衛を? ありがとうございます」

 別にいらなかったが、こちらの関係者がいるのといないのでは大違いだ。ひとまず、アドンとすぐに連絡が取れそうな彼の存在は重要だ。

「それでですね、隊長より預かり物がございまして、こちらです」

 と、ケンは分厚い紙束を差し出した。

「拝見しても?」

「もちろんです」

 ノラはそれまで食べていた料理の皿を脇に寄せ、紙束をそこに置いた。

 何てことない、魔獣の報告書だった。

「これは助かりました」

 話を聞きに行こうと思っていたから、報告書を用意されるとは助かった。

「実はアドン隊長より依頼がありまして、この報告書を読んだら、魔術師としての意見を伺いたいとおっしゃいまして」

「なるほど。分かりました。でもすぐに読みきれないので待って貰ってもいいですか?」

「もちろんです」

「ところでケンさんは護衛、なんですよね? ずっと私に付かれるのですか?」

「大丈夫ですよ。領主様からホテルに話が言っているので、隣の部屋を取らせて貰いましたから。さすがに部屋の中までは入りませんからご安心を」

「そうですか」

 それならいいのだ。ノラは頷いた。

 そして、料理を手早く片付けて、そのまま借りている部屋に下がった。

 ケンは、何かあったら呼んでくださいね、と隣の部屋へ。

 元々コーラスメラでは他所の人が来ることはあまりないらしく、ホテルもこの一軒だけだった。この一軒でもノラたち以外にあまり他の利用者を見なかった。

 本当に外とのつながりの薄い土地のようだった。

 ノラは部屋の一人掛けソファーに身を沈めて、分厚い報告書に目を通し始めた。

 魔獣ノーグルは四年前、コーラスメラの西にある、ノーグル村に出現したという。魔獣の名前はここから取られ、この村は魔獣によって壊滅してしまったのだとか。何とか生き残り、隣の村まで逃れた人の証言が書かれていた。

 魔獣は馬を横に二頭並べたような大きさで、黒い体をしているという。奇怪な叫び声を上げて、その巨体で体当たりしたり、人を踏み潰したり。見た目は大きな黒いナメクジのようだが、その動きは俊敏で、突然現れて、突然消えてしまうのだそう。

 魔獣はとても生物のように思えなかった。

 何でも領土の端から端までをたった数刻で移動したという証言もあるのだ。

 その証言は過去に一回だけ、一日の間に二度魔獣が出現した日のものである。ふと、これは魔獣が二体いるからではないかと思ったが、他の証言を見ても、どうやら一体しかいないようだという結論に落ち着いた。

 忽然と姿を消したり、パッと現れたり。遠いところまで一瞬で移動する。

 確かに魔法でしか説明できない現象である。

 では魔法に関する生物かというと、ノラの知る限り、こんなものはいない。

 大体、瞬間移動、もしくは転移など魔法でできると言われても、それをするにはかなりの技術と技量と集中力が必要だ。そうポンポンできるものではない。ただ、そう見えるだけで、全く別の現象かもしれない。

 最も、実際に魔獣を見てみないことには何とも言えないのだけれど。

 魔獣には、もう一つ奇妙な特徴があった。

 魔獣は全身が黒いとは言うが、これは黒い毛が覆っているわけでも、黒い革が張っているわけでもないらしい。何か分からない表皮がパラパラと剥がれ落ち、剥がれ落ちた表皮がさらに細かくなって、魔獣はまるで黒い霧、もやを放っているように見えるのだという。

 そして、全身の表皮を散らしながら動くのにも関わらず、その散らした表皮は採取できないのだという。

「目に見えているだけで、物質じゃないのかしら」

 採取できないから表皮が何か、ひいては魔獣とは何か、全く分からないのだという。

 報告書に目を通し、四年間アカデミーで様々な論文や本を読んできたノラであったが、結局、ノラにも分からないという答しか出せなかったのだ。

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