第16話 相談
ノラはその日、ローズの元を訪れていた。
孫娘のミザリーは市民を纏め上げ、コーラスメラ軍の補佐を勤めている。もう間もなく、ソルロの花がここに着くだろう。ノラの護衛兼監視役であるケンもその仕事を解かれ、今は祭りの準備に借り出されていた。
「お久しぶりです、ローズ様」
「ああ、ノラだね。なんだい、ちょっと見ないだけでずいぶん顔が変わったね」
「え、そうですか?」
驚いてノラは顔に手をやるが、別に何もおかしくないはずだ。
「いい顔になったってことさ。それで、どうしたんだい?」
「そうでした。実は相談があった参ったのです」
ノラがずっと抱えている不安、心配。ローズなら、明確な答を出してくれそうな気がした。
ノラはローズの腰掛ける椅子の向かいに腰掛ける。
腰と背中の曲がったローズに目の高さを合わせた。
「ニーリルグールのことです。今は準備を進めていますが、このまま進めても良いのでしょうか? 準備が整って、いざやるときになって、精霊は現れるのでしょうか?」
「なんだい、そんなことかい。気にしすぎだよ。精霊様のほうはちゃんと分かっているさ」
「でも人間が勝手にやっていることですよ? ましてや今は精霊は魔獣になっているのですし……」
「そうでもね。昔からニーリルグールをやるときは別に精霊を呼んだりなんてしていないよ。勝手にあっちからやってきたんだ」
「そうなんですか!?」
ローズはそうだ、と深く頷いた。
「だからわざわざ呼ぼうだなんてしないさ。精霊様のほうがちゃんと分かっているって。心配は要らないよ」
「ですが……」
ノラの抱える不安は拭い去れない。
「そうだね……」
ローズは表情の晴れないノラを何とかしたくて古い記憶をさらう。
「昔のことだけどね。巫女様は精霊を呼ぶことができたよ」
「え?」
巫女とはすなわち、精霊と心を通わせた者のこと。そうか、その人なら確かにそれぐらいやってのけそうだ。
「ニーリルグールのときにもそうやって呼んだことがあるのですか?」
「祭りのときじゃないさ。何でもないときだよ」
ローズは瞼を下ろし、その情景を思い出すように語る。
「何気ない仕草で目を閉じてね。空を仰ぐんだ。そしたらビュワッてとびきりに強い風が吹いて、傍から見ていたわしらでもよく分かったよ。それが精霊様だって。まるでいたずらする子どものような風だったね」
「精霊を呼ぶ、ですか……」
持ち帰った、巫女の手記に何か手がかりがあるかもしれない。
もしかしたら、ローズが言う通りノラの心配は杞憂かもしれない。でも、もしもに備えてより多くの情報を得て、手段を用意しておくのも悪くない。
ノラはローズにお礼をいい、すぐにホテルに戻った。
そして、魔獣に関する報告書や巫女の日記を隅々まで目を通す。
実際、祭りニーリルグールを再開するとはなったが、ノラにやれることはあまりなかった。その祭りをやったことも見たこともないし、説明されてもどう動いていいのかいまいちよく分からない。さらに小柄なこともあって、力もない。はじめは手伝おうとしたのだが、逆に邪魔になってしまったのだ。だからノラは準備ができたら呼ばれることとなった。
おとなしくしていることが、一番の手伝いとなったのだ。情けないことに。
だが、ノラが抱える焦りはじっとしていると疼きだす。
卒業試験の期日が一週間を切った今、何も出来ない自分がもどかしいのだ。何かできないか、何かしていないと落ち着かない。
報告書や巫女の日記に目を落とすも、文字を少し追うと、窓の外に目をやってしまう。
残念なことに、無理やり文字を目で追っても、精霊を呼び出すという画期的な方法の手がかりすらつかめなかった。
やはり巫女は巫女であるから特別なのだろう。
こうなったらローズたちの言う通り、準備が終わったら精霊があっちからやってくるのを待つべきなのだろう。過去からそうやって来たのだから、問題はないはずだ。しかし、ノラはなかなか納得できない。本当にそれで大丈夫なのだろうか。今は精霊は精霊ではなく魔獣なのだ。いつもと違う状態。それで、果たしていつもと同じ結果ができるだろうか?
ふと、ノーグル村で魔獣に遭遇したときのことを思い出した。
あの遭遇は偶然だったのだろうか?
魔獣は教会の中にいるノラたちを見ていた。そう、村の見つかりにくい教会の中にいるノラたちを。
偶然だと言い切るのは容易い。だけれど今は時間があって、何か考え事をしていないと焦りで気が狂ってしまいそうだった。だから少しでも関係のありそうなことを考えていれば、少しは気休めになると思った。
魔獣が出る前、何をしていたか。
そうだ、教会の中を魔法で掃除していた。それにテオも手伝ってくれて……。
魔法。
魔法とはすなわち、元素を意のままにする技術。そして精霊は元素を統括する存在。
もしかして……。
ノラは一つの可能性を導き出した。そしてその可能性は自信を引き出し、ノラの中で確信へと変わった。
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