第11話 波乱の体育祭3
「……っ」
目を開けると保健室の白い天井とソラの不安げな顔が飛び込んできた。
本日、二回目の保健室……。
「大丈夫?」
そういってギュッと手を握ってくるソラ。
ああ、前よりもずっと胸のあたりが痛いんですケド。
「大丈夫?苦しいの?」
「別に、全然……平気……って、今四時!?あれ、私、一時頃にナギを……」
そんなに時間経ってるんだ……。もう、体育祭終わりじゃん……。
そんなことを思ったのも束の間。
カーテンの外から騒がしい声が聞こえてくる。
「ああ?お前、誰に口聞いてんだよ。」
「はあ?あんたこそ誰に口きいてんの。ぶっ飛ばすわよ」
とても平和的とはいえないその会話にヒヤヒヤしながらカーテンの方を見ているとソラがカーテンをあける。そこにはケンカ真っ只中という感じのユータとともちゃんがいた。
いかにも相性あわなさそうな二人だが。
「あ、あの~……」
恐る恐る声をかけるとどこからか現れたヨウが二人の間に割ってはいる。
「ほらほら、莉音ちゃん起きたよ。ケンカは後からね」
「そうね。後から、ね」
そういうともちゃんの顔は笑っていない。
「ああ。後から、な」
そういうユータの笑顔も恐ろしい。
「で、莉音大丈夫なわけ?」
こちらをみつめるともちゃんの表情は優しい。
「うん。平気。なんか、ごめんね……最近」
そういったところでナギが後方にいるのをみつける。
「あ、ナギ、さっきは……」
なにも言わずにぷいっと顔を背け保健室をでていくナギ。
「え……」
「気分悪そうだったし、気にしないであげて、ね」
そういって肩を抱いてくるヨウの手を振り払う元気もない。
なんで、なんにもいってくれなかったんだろう。
そればかりが気になって泣きながらナギが廊下をかけていってたことなんて気づきもしなかった。
ましてや、それを満足気に見つめる人がいたなんてなにもきづけないくて。
ほんとうに私は無知だったんだーー。
黒ブチメガネをかけたその人はスタスタとナギの走っていった方向へ歩んでいった。
ナギは彼の予想どおり中庭の池のほとりにいた。
彼に気づいたように声を上げるナギ。
「僕……もうやだよ……こんな自分がやだ」
そういって苦しげに胸をおさえる。
「きづくと、『あいつ』が彼女の……彼女の」
「別にいいじゃないか。彼女のあれをとりだしたところで彼女は死なない」
「でも……莉音は、すごく苦しそうだった!僕、こんなのやだよ……」
二つの人格をもってしまった彼に一人の女性を愛し通せるはずがない。
彼はクイッとメガネをおしあげ、微笑んだ。
「平気ですよ。もう一人、味方がいますからね」
閉会式も無事終わり……。SUNNY'Sファンも無事帰り……。
「ふう〜、疲れたあ。」
本来なら3時には帰れたのだが、SUNNY'Sファンが帰らないために警察が交通整理までして帰宅時間は結局7時になってしまった。
「じゃあね、莉音。途中でぶっ倒れるんじゃないわよ。」
「ん、うん。ともちゃんそっちから帰るの?なら、私も」
「すこし、やることがあるのよ。まあ、気にしないで」
その朗らか極まりない笑みに状況を察する。これから保健室でのユータとの喧嘩の続きをするんだろうな。
ともちゃんVSユータのドリームマッチを見物したいところではあるけど、興味本位でいけば確実に巻き添えをくらうことは目に見えてわかっている。この状態で喧嘩の(しかもともちゃんとユータの)巻き添えになるのはごめんだ。
「じゃあ、私いつものほうから帰るから。じゃあね」
「ええ。またね」
そういって手を振るとともちゃんは軽やかなスキップで体育館裏につながる道を進んでいった。
今日なんか面白い番組あったかなあ……。
そんなことを考えなからテクテク歩く帰路。
「莉音!一緒に帰らない?」
そう唐突に声をかけてきたのはれん兄で、心臓がドキンと飛び上がったのが自分でもよくわかる。
「う、うん!帰ろ!!」
どうしよ。なんか話さないと……
「れん兄、今日疲れた?」
「うん。まあ、疲れたかな」
そういってはにかむれん兄を夕焼けが照らす。
ああ、やっぱりかっこいいよなあ⋯⋯。
「推薦で実行委員にもなっちゃったしね。やることがたくさん。」
実行委員だったんだ。しっかりしているれん兄らしくて思わず微笑む。
それにしても、れん兄は大人だなあ。SUNNY'Sのヤツらとはまず雰囲気が違うもん。
こんな素敵な人の隣を歩けていることが嬉しくて思わずニヤけてくる。
「ん?どうかした?」
「う、ううん!なんでもないよ!」
慌ててそういうけど、今のニヤケ顔見られたよね……。自分でも分かるくらいのニヤケ顔だもの。どう取り繕えば……。
「れん兄、肩ももっか?」
でてきたのはそんな言葉。
れん兄は一瞬驚いたような表情になったけどすぐに優しく微笑んだ。
「じゃあ、お願いできる?帰ったら莉音の家にいくよ」
私が「うんっ!」そういって笑いかける。そんな時、私とれん兄の間に割って入る白く細い手。
「先輩……ちょっとこいつ借りていいっすか」
え?後ろにいたのはナギくんで、私の腕を掴む手に力がこめられる。
……ナ、ナギ君目がこわい。怒ってるの?って爪!!爪が食い込んでる!!
れん兄の眉が一瞬ピクリと動いたような気がしたけどれん兄はすぐに優しく微笑んだ。
「どうぞ」
どこか冷たい声でそういうれん兄に焦っているとれん兄がこちらを向いてニコリと微笑む。
「じゃあ、また後でね」
「う、うん!!」
そのたった一言が嬉しくて思わずしどろもどろになる。
スタスタと去っていくれん兄に見惚れていると後頭部に思い切りデコピンされる。
「いった!!なにすんのよ!!」
「あいつは危険なんだよ……」
後半消え入るようにそういうナギ。
「前もそんなこといってたけど、どこも危険じゃないから!!」
ムスッとしてそういうと、ナギは悲しそうな表情になる。
「まあ、僕がいえたことじゃないしね。」
え……なんでそんな急に弱気っていうか元気ないの……。
普段だったら口喧嘩になるのに。焦ってなにかいおうとしているとナギが先に口をひらく。
「僕の家にきなよ。」
「………………」
?なんていったの、こいつ。……聞き間違いだよね……
「あの……もう一回いってくれない?」
「だから、うちに住めっていってるんだよ」
徐々に赤くなっていくナギの耳。
え、マジなの!?
「ええええ!?」
「うっさい、バカ」
「え、だ、だっていきなりすぎない!?同居ってことでしょ!?」
もう脳内パニックである。
「お前の家は危険だから。僕の家のほうがまし。僕たち、SUNNY'Sでかくまう、ってそういう話」
いや、え、全然わかんないし。
「あの……まさかかとは思いますが家にご両親は?」
「いないけど」
「兄弟とかペットも!?」
「いない。みんな、海の中だよ」
「あ、そっか……」
……だとしたら二人で一つ屋根の下っていう状況に……
ナギはハアーと深くため息をつくと困ったような表情でこちらをみつめてくる。
「お前のこと、少しでも守りたい。僕にできることは限られてるけどね」
夕日に照らされて薄茶色になったナギの目はとても真剣で。
なにから守りたいのかなんて全然わからないし、ナギがなんでそんなにも悲しそうなのかわからなかったけど私はうなずくしかなかった……。
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