第9話 波乱の体育祭
澄み渡る空には雲一つなく、五月の新緑の風が頬をなでてくすぐったい。
「ふわあぁぁ!めっちゃ体育祭日和!!」
「うるさい莉音。」
「ええ?なんで、ともちゃんそんなテンション低いのさ〜……」
今日は体育祭!運動部の輝く日!
「体育祭とかマジだるいし。第一、アンタそんなテンション高いけどリレーとかでないんでしょ?」
「うっ……」
痛いところをつかれて黙り込む。
実は体育祭のリレーのために走り込みをしていた際に思い切り足首を捻ってしまったのだ。それに加え、この間れん兄の歌を聞いてから胸の辺りがズキズキと痛む。
なので、リレーは他の子がでることになり……
「なんだっけ。玉入れと、借り物競争よね。アンタがでるの」
「そうだよ!基本は応援頑張る!!」
と意気込むと眩しそうに目を細めるともちゃん。
「その元気の意味がわからないわ……」
気だるそうにそういったともちゃんだけど遠くにイケメン担任を発見し、
「ちょっと行ってくるわ!!」
とすごい速さで駆け出す。
めっちゃ元気じゃん……。
ただの体育祭なのに外野が多い。
まあ、アイドルがいるからなんだけど。正直、黄色い声があちこちで聞こえてきて耳が痛い……。
「おい」
いきなり、肩をつかまれ振り返るとサングラスをかけたいかつい男の人がいた。
え?……カツアゲとか?……
「お前」
「お金持ってないんで!!」
そういって体をよじりその手から逃れ駆け出す。
が、すぐに追いつかれて手首をつかまれてしまった。
「おい、俺だ」
「はあ?あの、あなたみたいな人」
無理矢理にでも手を離させようとするのに、力が強くてびくともしない。
イラっとして振り返ると、そいつはサングラスをずらして気の強そうなルビー色の瞳でこちらを睨んでくる。
「あんた……」
自分でも分かるくらいひきつった表情でそういう。
「アイドルさんがなんでこんなところにいらっしゃるのかな」
嫌味ったらしくそういうと、ユータは白い歯を見せて笑った。
「高みの見物だぜ」
なんというか、腹の立つ言い方だな。
つくづく、俺様が苦手だと思う。
嫌味の一つや二ついってやろうと口を開くとアナウンスがなる。
「生徒のみなさんは整列してください」
「……っ!」
「残念だったなあ」
そういってニヤニヤするユータ。
私が今まさに嫌味を言おうとしていたことに気づいていたのだろう。
私は嫌味のかわりに、ユータの足を思い切り踏みつけて整列場所に向かった。
「いってえええ!」
ユータのその悲鳴を聞きほくそ笑みながら。
面倒くさい準備運動が終わるといよいよ競技が始まる。
「第一種目、借り物競争に出場する生徒は規定の場所に整列してください。」
「え?第一種目だったの!?」
「あんた、知らなかったの?とにかくはやく行きなさいよ」
ともちゃんに背中を押されて、早足で整列場所に急ぐ。
はあ。第一種目とか……まだ皆んな疲れてなくて、むしろ元気すぎてテンション上がってる時……。せめて第三種目くらいが良かったな。それならやる気もでたんだけど。と朝の元気が嘘のようにげんなりしながら整列場所につく。
「今年は例年と違う点があるんですよ〜」
「そうなんですかあ。それはどういう」
生徒が並んでいる間に喋るアナウンス。
正直どうでもいいので聞き流しておく。
ズキン
いきなり胸を貫くような痛みが走る。こういう痛みを感じるようになったのはれん兄の歌を聞いてから……なんだけど……
考えすぎなのだろうか。あの歌のせいだなんて……。
「位置についてよーい」
バンッ
ピストルの音がして一列目の子が駆け出す。
私は次の次。同じ列には文化部の子しかいないという奇跡。
不調な上に怪我をしているとはいえ負けられない。
て、ん?……なにあれ……
「せ、先生、ずっと前から好きでした!」
我がクラスのイケメン担任が借り物のお題だったと思われる女生徒はゴールするとマイクを渡され涙ぐみながら告白している。
「ごめんね」
苦笑いでそういうイケメン担任に膝から崩れおちる女の子。
こんな公衆の面前で告白したんだもん。そりゃ、緊張するよね。
「なるほど。これが今年からいれられたカード、ですね」
アナウンスの冷めた声に一瞬耳を疑う。
いれられたカード?……
「はい。好きな人、です」
いや、何冷静に解説してんの?
おかしいって。
好きな人は物じゃないし
そういうのは少女漫画の主人公しか望んでないんだよ。心の中でそうつぶやくも……。
実際はというと私の周りの女子全員がキャーキャーいっている。
ああ……お願いだから「好きな人」とかきませんように。
好きな人ーー。そう聞いて最初に思い浮かぶのは何故かあいつの顔だ。
なんで、れん兄じゃないんだろう……。
胸がモヤモヤする。
このモヤモヤの意味が私にはまだわからない。
って、次!?気づくと、二列目は走り終わっており、ゴール付近には涙しながら……男子生徒の腕に絡みつく女子生徒が。
告白成功ってこと?
成功したら……カップルってこと……か……
それ、いいなあ……ってうわあ!!何考えてんの、私!
〜莉音の場所から三mほど離れた木陰〜
「莉音……カードを焼くような熱視線だな…………」
そうつぶやくのはネクで、この爽やかな五月の日にコートにマスク、サングラスという異様な格好をしていた。
「それにしても……ユータとヨウはどこにいったんだ……。ろくに変装もしないまま……」
そうつぶやき、深くため息をつく。
「ねえ、りほちゃーん!みて、あの人ーー!!」
「なあに?あーっ!学校で先生がいってた変質者だあ」
子供の甲高い声に振り向くと、小学一、二年生と思われる女の子二人組がいた。
なにか、多大な誤解を受けている気が……。
「あ、あのな、俺は変質者とかじゃなくて」
「絶対、変質者だよー!」
話している途中で子供が甲高い声でそういう。
「あのお姉ちゃんのことめっちゃ見てたしい」
「い、いや、それはだな……」
「お母さあん!!」
子供のその声に周囲のひとが振り返る。
それと共に、その子供の親とみられるひとがこちらにやってくる。
「なあに、みほ。」
「この人、変質者なんだよお」
「い、いや、あの」
母親の鋭い瞳を一身に受けて汗が止まらなくなる。
クール系アイドルで通っているのにこんなところで通報なんてされたら……
俺は覚悟をしてマスクとサングラスを外した……。
〜校舎二階にて〜
「勝手に来ちゃったけど良かったのかなあ」
そういってペロキャンを頬張るヨウ。
「別にいいんじゃね。つーか、あの女……!」
「なになに、どうしたのさ、ゴリラン。」
「ゴリラじゃねえよ!それに、あの女にだな……」
ユータは話している途中で深くため息をつき窓の先にいる莉音をみた。
「あいつ……なんか怖くね?」
「うん……。なんか、カードを睨みつけてるね〜。『好きな人』ってお題あるらしいし」
「……それでくっつけばいいのにな……」
「ん?なんかいった?ユータン」
「いってねえよ。ほら、始まんぞ」
〜ナギ〜
「莉音だけ、真顔だねえ。」
そういうソラに
「そうだね……」
と答えながら、バクバクいう心臓をおさえる。
自分がやるわけでもないのに。
そっか。僕は期待してるのかもしれない。莉音が「好きな人」のカードをひいて僕を選んでくれないかなって。
バカバカしい……。
君が僕を選んでくれても、僕は君を選べないんだからーー。
「位置についてヨーイ」
バンッ
やった!走り出し成功!
今のところ一位だけど、足首と胸のあたりの痛みがひどい。
簡単な物なら一位になれそうなんだけどな……
「………………」
手に取ったカードを持ったまま、しばらく停止する。
日光に照らされた白いカードは反射していてよく見えない。
だけど、これだけは読みとれた。
「好きな人〜絶対告白 異性に限る〜」
ふざけすぎだろ……。
だから、あの子達告白してたの!?
頭の中が真っ白になってなにも考えられなくなる。
とりあえずは走り出すが、ランニングペースだ。外野に目をやる。
……あいつは、どこにいるんだろう……
「うわあっ!!」
「え?……」
いきなり外野から飛び出してきたのはネク。
「な、なに、どうしたの?」
そういって、ネクの後ろの方をみやり、状況を理解する。
こちらに手を伸ばしているおばさん方。
なんかやばそう。
「走るよ!」
「え、いや」
「ん?」
ネクの目線が、私の手にあるカードに注がれている。
「あ、これはその、ネクのことを好きとかじゃななくてね。いや、すきなんだけど」
思わずしどろもどろになっていると、ネクが少し悲しそうな優しい笑みを見せる。
「待ってろ」
そういって外野に駆け出すネク。
えっ?……ちょ……一人立ち尽くしていると、今まで緊張しすぎて聞こえなかったアナウンスの声がハッキリと聞こえてくる。
「残るはD組の愛川莉音さんだけですね〜」
「はい。彼女が例のカードですね」
……こっちの気も知らずにのん気に話して……
アナウンスにイライラしてると
「ちょ、ネ、うわあっ」
外野から飛び出してたのはナギで、その後ろでネクがニコニコしている。そのまた後ろにギラついた目をした女の方々がいるんだが……。
「なに、ボーッとしてんの。ゴールしなきゃ終わらないよ……」
少しムスッとしながらいうナギだけど、耳が若干赤い。それに合わせるように私の体温も急上昇していく。
「う、うん」
そう頷いたその瞬間、視界が揺らいで……。
バタリと倒れる。痛い……。
ゆらゆら揺れる視界いっぱいにナギの顔があって。
こんな時なのにあの日みたいだな、って思えて微笑んでしまった……。
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