第8話 まるで別人のように

「おはよう」「おはよう」


「お、おはよう!!」


 朝、家からでて大きな欠伸をしていると目の前に長年片思いしていた人がいるというハプニング。

 ど、どうしよう。品の欠片もなく大口あけてあくびしてたの見られたよね? ……ああ、なんてこと……。そう思って内心絶望にうちひしがれていると

「昔みたいに、一緒に学校行かない?」

 優しい笑みを浮かべながられん兄がそういってくれる。

 あくびに関して触れないでくれるさりげない優しさにれん兄は変わらないなあ、と感じる。


「うん!!」

 そう答える私の顔はきっとめちゃくちゃニヤけてる。


 隣を歩くれん兄の肩は前よりずっと高いところにあって、大きくなったんだな、って思う。あたりまえだけど、なんか胸の奥がキュッてなる感じ。

 って、会話!会話しなくては……。

「あ、あの、れん兄はなんで引っ越じてきたの?」

 ……若干かんだ……。

 れん兄は優しくニコリと笑いながら、

「莉音に会いたくて。」

という。


「えっ?……」

 いや、え?そんな理由で転校する人いるの?会いたいって!?

 頰が熱くなっていくのが自分でもわかる。


「そう、そう。母さんから莉音へって肉じゃが預かってるんだよ」


「ほんと!?やったーー!」


 れん兄のお母さんが作った肉じゃがは小さい頃から大好きなのだ。

 なんか、はぐらかされたような気もするけど……。まあ、いっか。そう、思った。





「なにニヤけてんの?気持ち悪いんだけど」

 ともちゃんにそう言われて自分でもニヤニヤしているのを自覚しながら

「へへ。幼なじみが転校してきたんだよ。長年片想いしてた相手!一人暮らしらしいんだけど、……ってともちゃん!話聞いて!!」


「はあ?聞いてるでしょ」


「その顔は絶対聞き流してるよ〜」


「あ、くそ王子」


 ともちゃんの視線の先には女子に囲まれたナギ。


「人気者だねえ」

 うまく話を変えられたことに心の中で涙を流しながらそう言う。

 ニコニコして、女子と話しているナギ。

 なんでだか分からないけど、モヤモヤする。


「はあ。あんなののどこがいいのかしら。」

 そうため息をついて、イチゴ牛乳を飲むともちゃん。


「ナギ、イケメンじゃない?まあ、性格はおいといて」

 そうたずねると、ともちゃんは怪訝な顔で

「はあ?莉音に消えてほしいとか言ったやつよ。許すわけないじゃない。それにそんなやつはかっこいいもなにもないわよ」

 ともちゃんのその言葉に思わず泣きそうになる。

 ともちゃんのこういうところ、本当に敵わないなあ。




〜SHRにて〜

「今日は転校生が来てる」


 イケメン担任の一言に教室が騒つく。ナギ君が来たばかりなのに、また……。

 ああ、そういえば、この前ナギ君が僕の友達が転校してくるとかなんとか言ってたっけ。話をはぐらかすための嘘かと思ってたけど本当だったんだ。

 そう思って、斜め後ろのナギに視線をやる。

 が、目が合った途端に心底嫌そうな顔をしてそっぽを向くナギ。

 昨日のこともあって、少しは仲良くなれたと思った私がバカだった。

 何もしてないのに、その態度はどうよ。朝の女の子達には天使スマイル全開だったのに。

 ムスッとしながら前を向く。


「よーし。じゃあ、入れー」


 イケメン担任にそう言われて入ってきたのは……。


「「キャーーーーーーーー!!」」

 女子の悲鳴もとい、歓声に耳をふさぐ。

 なんだろう。デジャヴだ……。

 友達って……


「千崎ソラだよ。よろしくね!」


 ソラなのか……。


「じゃあ、そこの一番後ろの席な」

 イケメン担任にそう言われて、「はーい」と返事をするソラ。

 スタスタと長足で歩くソラをジトッとした目でみる。足、細い……。いいなぁ……。


 でも、女子達からは若干落胆のため息が聞こえる。一番後ろの空いてる席は、隣がないから。ちなみにいうとナギ君の隣はともちゃんである。


「よし、座ったな。じゃあ、ホームルームはじめるぞ」


「あの!」


 イケメン担任の声に重なるソラの声。


「なんだ?」


「ここだと黒板の文字見えないので、席を交換してもらえませんか?」


「ああ、いいぞ。どこら辺がいいんだ?」


 女子が騒つく。

 まあ、アイドルの隣の席なんて早々なれるものじゃないしね。


「じゃあ、莉音の隣の席で」


 は?……嘘だろ……。

 ソラの言葉に一瞬思考が停止する。

 女子のヒソヒソ声とか痛すぎる目線のビームとかもう嫌なのに……なんで、こんなことに……


「じゃあ、合田と千崎は席チェンジしろー」


「へーい」


 隣の席の合田くんが気だるそうに教科書やらなんやらを持って去っていく。


「莉音、よろしくね」


 若干放心状態で固まっていると隣に来ていたソラがにこやかな顔でこちらをみてくる。


「ヨロシクネ」

 片言でそう言って出来るだけソラの方を見ないようにする。

 なんで、こんな波乱な展開に……。




〜放課後〜

 部活も終わってオレンジ色に染まる海岸沿いをテクテク歩く。

 はあ……。今日は散々だったな。帰ったら、課題やってすぐ寝よう……。


「待って……」


「ん?」


 手首を掴まれて振り返ると、ハアハアと息を切らしたナギがいる。

 なんで、こいつが……。

 今日は、ええともの収録とかなんとかで早退したくせに。何故ここに。

 よくよく見れば、ナギの後方には黒い車がある。

 この間、ソラの別荘に行った時に乗った車だ。仕事帰り、ってこと?


「あのさ……」

 そういってくるナギを睨みつける。


 今日は、こいつの私への対応が散々だった。いつもより酷かったんだから相当である。理由は不明。

 少しでも、ナギの方を見ようものなら、嫌悪感丸出しの表情でこちらを睨んでくるものだから、イライラしっぱなしだった。


「何の用?」

 冷たい声でそういうと、

「その……だから……」

と口ごもるナギ。


 うじうじされるのは大嫌いなのだが。


「莉音、察してあげて」


「って、あんた、いつの間に!?」


 気づくとナギの隣に来ていたソラがニコニコ顔でそう言う。


「ほら、莉音、今朝先輩と登校してたじゃない?それに嫉妬してるんだよお、ナギは」


「は?……」


「な!違うから!!絶対、断じて違うから!!」

と必死になってるナギの頰は真っ赤だ。


 え?意味がわからない。


「嫉妬?」


「違う!あいつは危険だからだよ!だから、なんであいつといたのかなって」


 真剣な瞳でこちらを真っ直ぐに見つめるナギ。


「あいつって、れん兄のこと?」


「……そいつ。」


 むすくれてそう言うナギ。


「れん兄は、すごいいい人だし。バカみたいな事言ってる暇あるなら早く仕事でもなんでもしてきたら。」

 一日中溜まってた鬱憤をぶちまけるようにそう言うと、ナギは悔しそうな顔で

「わかったよ……どうなっても知らないから」

 そう言ってスタスタと去ってく。


 れん兄はすごいいい人なのに。危険とかデタラメいうなんて信じられない。

 そう思いながらクルリと方向転換して歩きだす。

 だから、

「もう、守ってあげられないから……。ごめん」

 そう、悲しそうにナギがつぶやいてたのなんてわからなかった。





 家に帰ると、風雅がどんよりとした雰囲気をまといながらソファに座っていた。


「どうしたの?ふられた?」


「誰にだよ!まずそんな相手いねえよ。つか俺、まずリア充だし」


「なっ!?マジ?」


 驚いてそうたずねると、風雅は呆れた表情で

「桜坂凛ちゃん。タメ。」


「……あんた、それギャルゲーの……」

 事情を察した私はそれ以上深入りしないことにした。


「だとしたら、なんでそんなに?」


「……なんでもない……」

 そう言って立ち上がり、スタスタとリビングを出て行く風雅を不思議に思っていると携帯がなる。


「はい。もしもし」


「蓮斗だけど、今、うちに来れるかな?」


 心臓がバクバクいいだす。今かられん兄の家……


「い、いきましゅ」

 思わず噛んでしまった……朝といい、今といい……その事にどんよりしていると

「ありがとう。じゃあ、早速来てもらえる?」

といわれる。


「は、はい!」

 そう返事をして、携帯をポケットにしまう。

 この格好で大丈夫だろうか。制服よりも私服の方が?……でも、今って言ってたし。


「風雅ー!れん兄のとこ行ってくるーー!!」

 そう叫ぶと急いで外に出る。


ーーあいつは危険だからーー。

 なんでこんな時にナギの言葉を思い出すんだろう。

 危険……。

 小さい頃から優しくて真面目で素敵な好青年だったれん兄が危険なわけないもん。そう一人納得して、急いでれん兄の家に向かにった。





「失礼しまーす」

 整理整頓された素敵なお部屋にドキドキしながら室内にあがる。


「そこ、座って」

 グランドピアノの前のソファをすすめられて

「はい」

と返事をする。


 やばい。緊張で体がガチガチだ……。一体なのんの用なのだろう、そう思ってソワソワしてるとれん兄がグランドピアノの前のイスに座る。


「実は最近、作詞作曲するのが趣味でさ。莉音に聞いて欲しい曲があるんだけど、聞いてくれる?」


「も、ももも、もちろん!」


「ありがとう」


 優しい笑みを向けられて頰が熱くなる。

 作詞作曲なんて出来るんだ!

 流石だしかっこいいし、ほんと素敵だなあ。


「いくよ……」


 優しい表情でピアノを弾きはじめるれん兄。


♪深い海の底で 目覚めの時を 待つ者達よ……♪


「……!」

 なんでだろう。胸が痛い。嫌な曲調だと感じてしまう。


 あれ?なんか、意識……が……

 まどろむ視界で見たのは今みでに見たことがない、冷たい微笑を浮かべたれん兄で。

 なにか、つぶやいていたけどわからなくて……




「ん……あれ?ここは?」


「俺の背中ですよ、お嬢さん」


「あ、風雅!え?あれ……私……」


「⋯⋯あいつのピアノで寝ちまったんだろ。連絡あったから俺が行ったの。」


 そっか……。あの、れん兄の笑みも見間違いだったのかも。

 ……弟におんぶされるのは中々に恥ずかしいのだが。


「おろして。ほら、もう家だし」

 そういった途端にズキンと胸が痛む。

「……別に、たまにはいいだろ……」


「は?」


 悔しそうにそういう風雅の表情の意味がよくわからない。

「いいから、部屋まで」


 私が調子悪いの分かってくれてるのかな。

 長年一緒にいたからこそ分かるものってあるから。

 たとえ本当の兄弟じゃなくても、その時間は変わらないんだ。

「じゃあ、お願いね、召使いさん」

 クスクス笑いながらそう言う。

「な、お前なあ……」



 自分のことで大切な人達が涙を流してること、この時の私にはわからなかった……。


「お、おはよう!!」

 朝、家からでて大きな欠伸をしていると目の前に長年片思いしていた人がいるというハプニング。

 ど、どうしよう。品の欠片もなく大口あけてあくびしてたの見られたよね? ……ああ、なんてこと……。そう思って内心絶望にうちひしがれていると

「昔みたいに、一緒に学校行かない?」

 優しい笑みを浮かべながられん兄がそういってくれる。

 あくびに関して触れないでくれるさりげない優しさにれん兄は変わらないなあ、と感じる。

「うん!!」

 そう答える私の顔はきっとめちゃくちゃニヤけてるんだろうなあ。


 隣を歩くれん兄の肩はすごく高いところにあって、すごく大きくなったんだな、って思う。

 って、会話!会話しなくては……。

「あ、あの、れん兄はなんで引っ越じてきたの?」

 ……若干かんだ……。

 れん兄は優しくニコリと笑いながら、

「莉音に会いたくて。」

という。

「えっ?……」

 いや、え?そんな理由で転校する人いるの?会いたいって!?

 頰が熱くなっていくのが自分でもわかる。

「そう、そう。母さんから莉音へって肉じゃが預かってるんだよ」

「ほんと!?やったーー!」

 れん兄のお母さんが作った肉じゃがは小さい頃から大好きで、テンションが上がってくる。

 なんか、はぐらかされたような気もするけど……。まあ、いっか。そう、思った。





「なにニヤけてんの?気持ち悪いんだけど」

 ともちゃんにそう言われて自分でもニヤニヤしているのを自覚しながら

「へへ。幼なじみが転校してきたんだよ。長年片想いしてた相手!一人暮らしらしいんだけど、……ってともちゃん!話聞いて!!」

「はあ?聞いてるでしょ」

「その顔は絶対聞き流してるよ〜」

「あ、くそ王子」

 ともちゃんの視線の先には女子に囲まれたナギ。

「人気者だねえ」

 うまく話を変えられたことに心の中で涙を流しながらそう言う。

 ニコニコして、女子に話しているナギ。

 なんでだか分からないけど、モヤモヤする。

「はあ。あんなののどこがいいのかしら。」

 そうため息をついて、イチゴ牛乳を飲むともちゃん。

「ナギ、イケメンじゃない?まあ、性格はおいといて」

 そうたずねると、ともちゃんは怪訝な顔で

「はあ?莉音に消えてほしいとか言ったやつよ。許すわけないじゃない。それにそんなやつはかっこいいもなにもないわよ」

 ともちゃんのその言葉に思わず泣きそうになる。

 ともちゃんのこういうところ、本当に敵わないなあ。




〜SHRにて〜

「今日は転校生が来てる」

 イケメン担任の一言に教室が騒つく。ナギ君が来たばかりなのに、また……。

 ああ、そういえば、この前ナギ君が僕の友達が転校してくるとかなんとか言ってたっけ。話をはぐらかすための嘘かと思ってたけど本当だったんだ。

 そう思って、斜め後ろのナギに視線をやる。

 が、目が合った途端に心底嫌そうな顔をしてそっぽを向くナギ。

 昨日のこともあって、少しは仲良くなれたと思った私がバカだった。

 何もしてないのに、その態度はどうよ。朝の女の子達には天使スマイル全開だったのに。

 ムスッとしながら前を向く。

「よーし。じゃあ、入れー」

 イケメン担任にそう言われて入ってきたのは……。

「「キャーーーーーーーー!!」」

 女子の悲鳴もとい、歓声に耳をふさぐ。

 なんだろう。デジャヴだ……。

 友達って……

「千崎ソラだよ。よろしくね!」

 ソラなのか……。

「じゃあ、そこの一番後ろの席な」

 イケメン担任にそう言われて、「はーい」と返事をするソラ。

 スタスタと長足で歩くソラをジトッとした目でみる。足、細い……。いいなぁ……。


 でも、女子達からは若干落胆のため息が聞こえる。一番後ろの空いてる席は、隣がないから。ちなみにいうとナギ君の隣はともちゃんである。

「よし、座ったな。じゃあ、ホームルームはじめるぞ」

「あの!」

 イケメン担任の声に重なるソラの声。

「なんだ?」

「ここだと黒板の文字見えないので、交換してもらえませんか?」

「ああ、いいぞ。どこら辺がいいんだ?」

 女子が騒つく。

 まあ、アイドルの隣の席なんて早々なれるものじゃないしね。

「じゃあ、莉音の隣の席で」

 は?……嘘だろ……。

 ソラの言葉に一瞬思考が停止する。

 女子のヒソヒソ声とか痛すぎる目線のビームとかもう嫌なのに……なんで、こんなことに……

「じゃあ、合田と千崎は席チェンジしろー」

「へーい」

 隣の席の合田くんが気だるそうに教科書やらなんやらを持って去っていく。

「莉音、よろしくね」

 若干放心状態で固まっていると隣に来ていたソラがにこやかな顔でこちらをみてくる。

「ヨロシクネ」

 片言でそう言って出来るだけソラの方を見ないようにする。

 なんで、こんな波乱な展開に……。




〜放課後〜

 部活も終わってオレンジ色に染まる海岸沿いをテクテク歩く。

 はあ……。今日は散々だったな。帰ったら、課題やってすぐ寝よう……。


「待って……」

「ん?」

 手首を掴まれて振り返ると、ハアハアと息を切らしたナギがいる。

 なんで、こいつが……。

 今日は、ええともの収録とかなんとかで早退したくせに。何故ここに。

 よくよく見れば、ナギの後方には黒い車がある。

 この間、ソラの別荘に行った時に乗った車だ。仕事帰り、ってこと?

「あのさ……」

 そういってくるナギを睨みつける。


 今日は、こいつの私への対応が散々だった。いつもより酷かったんだから相当である。理由は不明。

 少しでも、ナギの方を見ようものなら、嫌悪感丸出しの表情でこちらを睨んでくるものだから、イライラしっぱなしだった。

「何の用?」

 冷たい声でそういうと、

「その……だから……」

と口ごもるナギ。

 うじうじされるのは大嫌いなのだが。

「莉音、察してあげて」

「って、あんた、いつの間に!?」

 気づくとナギの隣に来ていたソラがニコニコ顔でそう言う。

「ほら、莉音、今朝先輩と登校してたじゃない?それに嫉妬してるんだよお、ナギは」

「は?……」

「な!違うから!!絶対、断じて違うから!!」

と必死になってるナギの頰は真っ赤だ。

 え?意味がわからない。

「嫉妬?」

「違う!あいつは危険だからだよ!だから、なんであいつといたのかなって」

 真剣な瞳でこちらを真っ直ぐに見つめるナギ。

「あいつって、れん兄のこと?」

「……そいつ。」

 むすくれてそう言うナギ。

「れん兄は、すごいいい人だし。バカみたいな事言ってる暇あるなら早く仕事でもなんでもしてきたら。」

 一日中溜まってた鬱憤をぶちまけるようにそう言うと、ナギは悔しそうな顔で

「わかったよ……どうなっても知らないから」

 そう言ってスタスタと去ってく。

 れん兄はすごいいい人なのに。危険とかデタラメいうなんて信じられない。

 そう思いながらクルリと方向転換して歩きだす。

 だから、

「もう、守ってやれないから……。ごめん」

 そう、悲しそうにナギがつぶやいてたのなんてわからなかった。





 家に帰ると、風雅がどんよりとした雰囲気をまといながらソファに座っていた。

「どうしたの?ふられた?」

「そんな訳ないだろ。俺、リア充だし」

「なっ!?マジ?」

 驚いてそうたずねると、風雅は呆れた表情で

「桜坂凛ちゃん。タメ。」

「……あんた、それギャルゲーの……」

 事情を察した私はそれ以上深入りしないことにした。

「だとしたら、なんでそんなに?」

「……なんでもない……」

 そう言って立ち上がり、スタスタとリビングを出て行く風雅を不思議に思っていると携帯がなる。

「はい。もしもし」

「蓮斗だけど、今、うちに来れるかな?」

 心臓がバクバクいいだす。今かられん兄の家……

「い、いきましゅ」

 思わず噛んでしまった……朝といい、今といい……その事にどんよりしていると

「ありがとう。じゃあ、早速来てもらえる?」

といわれる。

「は、はい!」

 そう返事をして、携帯をポケットにしまう。

 この格好で大丈夫だろうか。制服よりも私服の方が?……でも、今って言ってたし。

「風雅ー!れん兄のとこ行ってくるーー!!」

 そう叫ぶと急いで外に出る。


ーーあいつは危険だからーー。

 なんでこんな時にナギの言葉を思い出すんだろう。

 危険……。

 小さい頃から優しくて真面目で素敵な好青年だったれん兄が危険なわけないもん。そう一人納得して、急いでれん兄の家に向かにった。





「失礼しまーす」

 整理整頓された素敵なお部屋にドキドキしながら室内にあがる。

「そこ、座って」

 グランドピアノの前のソファをすすめられて

「はい」

と返事をする。

 やばい。緊張で体がガチガチだ……。一体なのんの用なのだろう、そう思ってソワソワしてるとれん兄がグランドピアノの前のイスに座る。

「実は最近、作詞作曲するのが趣味でさ。莉音に聞いて欲しいんだけど、聞いてくれる?」

「も、ももも、もちろん!」

「ありがとう」

 優しい笑みを向けられて頰が熱くなる。

 というか、作詞作曲なんて出来るんだ!

 流石というか……

「いくよ……」

 優しい表情でピアノを弾きはじめるれん兄。

♪深い海の底で 目覚めの時を 待つ者達よ……♪

「……!」

 なんでだろう。胸が痛い。嫌な曲調だと感じてしまう。


 あれ?なんか、意識……が……

 まどろむ視界で見たのは今みでに見たことがない、冷たい微笑を浮かべたれん兄で。

 なにか、つぶやいていたけどわからなくて……




「ん……あれ?ここは?」

「俺の背中ですよ、お嬢さん」

「あ、風雅!え?あれ……私……」

「⋯⋯あいつのピアノで寝ちまったんだろ。連絡あったから俺が行ったの。」

 そっか……。あの、れん兄の笑みも見間違いだったのかも。

 ……弟におんぶされるのは中々に恥ずかしいのだが。

「おろして。ほら、もう家だし」

 そういった途端にズキンと胸が痛む。

「……別に、たまにはいいだろ……」

「は?」

 悔しそうにそういう風雅の表情の意味がよくわからない。

「いいから、部屋まで」


 私が調子悪いの分かってくれてるのかな。

 長年一緒にいたからこそ分かるものってあるから。

 たとえ本当の兄弟じゃなくても、その時間は変わらないんだ。

「じゃあ、お願いね、召使いさん」

 クスクス笑いながらそう言う。

「な、お前なあ……」



 自分のせいで大切な人達が涙を流してること、この時の私にはわからなかった……。


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