第7話 真実

「ユータンのおごり〜♪」

 そういいながらルンルンで缶コーヒーをあけるヨウ。

「はあーあ。もう三本くらい欲しいなあ……」

 ユータから渡されたカフェオレをみつめため息をつく。まあ、もう三本なんて腹もちしそうだしいらないけど……

 さっきの仕返しとばかりにわざとらしくにらんでやるとユータの顔に青筋がはいり、

「おれの小遣いの金額なめんな、ドアホ!!」

 などと怒鳴られる。

「⋯⋯はあ?お小遣いなの⋯⋯」

 思わずどひもをぬかれる。

 国民的アイドルなんてガッポガッポ稼いでそうなのに。

「まあ、ユータンの彼女がお金管理してるからねえ」

「あれは彼女じゃねえよ、バカ!」

 からかうようにそういうヨウに、ユータが声を荒げる。

「おい、そこら辺にしろ。本題にはいるぞ」

「くっそ……」

 黙り込むユータとコーヒーをすすり満足げにするヨウ。こんな二人をまとめるネクは大変だろうな。

「時間もないしね〜、少し簡潔にはなすよ」

 そういって微笑むソラに「うん」と答える。

「つーか、俺だけ立ってるのおかしくねえか?」

「ユータ、黙ってろ」

「っ……」

 ユータ、かわいそう。まあ、少しだし気にもならないが。

「ソラはね、君に恋をして、悪者に協力しちゃったんだあ。」

 思わず飲んでいたカフェオレを吹き出しそうになる。

「そのせいで、ぼくたち海に帰れないんだよねえ」

「……」

 なにそれ……つまりはナギが私に恋をして悪者に協力したせいで皆んな人間に?

「なにか、できることないかな?」

 気づくと、そうたずねていた

 ナギが私に消えてほしい、そういった意味はわからないままだ。けど、僕はたくさんの人に迷惑をかけてここにいる、そういったナギの表情の意味が今やっと分かっ たから。

「そういうつもりでいったんじゃないよ。気にしないで」

 そういって困ったように微笑むソラに首をふり言葉を紡ごうとする。

「つーか、おまえ、ナギの人魚姿見たって本当か?」

 唐突に割り込んでくるユータにイラっとしながら、

「そうだけど?」

 と答える。

「じゃあ、人魚なのは確実、だね」

 そういってウインクするヨウに寒気を覚えながら

「何言ってるの?」

 とたずねる。

「人魚は人に見られると泡になって消えるんだよ。その意味がわかるか?」

 神妙な面持ちでそういうネク。

「……は、はあ!?私が人間じゃないっていいたいの!?」

「そのとーりっ」

 満面の笑みで答えるヨウ。

 体から力が抜けていくような気がした。

 信じられないことのはずなのに……

「じゃあ、私……の親は……」

「それが君、女王の子供らしいんだよね」

 そういってさっきまでとはうって変わったどこか冷めた瞳をむけてくるヨウ。

 ……ユータやネクがいっていたあの方って、その女王のことだろうか。

「ずっと昔、ナギが溺れた君を助けたでしょ」

「……うん」

「その時、君は確かに女王の証であり人魚の証でもある七色のサラサ貝を持ってた、ってナギはいってたよ」

 そういって試すような視線をこちらに投げかけるヨウ。

「そんな貝知らない……。見間違いじゃないの?」

「まあ、そうかもしれないし、そうじゃないかも知れないけどね〜。とりあえず、莉音が人魚なのは確かだよ」

 ……嘘みたいなことなのに、信じられちゃう自分がいて。

 時々、夢にでてくる光のあの人は実在したのかもしれない。

「けど……そんなの、そんなの……!」

 風雅や母さん、父さんと家族じゃないってこと……だよね……

 嫌だよ……ずっと本当の家族だと思って……たのに……

 ポロポロ涙がこぼれて、地面にしみができていく。


 ヨウの手が私の背中をそっとなでた、そのとき

「遅れてごめん!」

 その人の声がしてーー。

「じゃあ、僕達はいこうか〜」

 ソラのそんな声と、みんなが立ち上がる音。

 ひたすらに下を向いて、肩にかかるかかからないかの髪の毛で顔を見えないようにする。こんな顔見せられるわけないよ。

 涙で地面すら見えなくなっていく。

「またな」

 ユータのどこか暖かい声音。

「莉音ちゃん、辛くなったらいつでも電話してね」

 そういうヨウの声からウインクしている姿が思い浮かぶ。

「まあ、また会う日まで、だな。近々、会うことになりそうだが」

 ネクの声にギュと唇を噛む。

「じゃあ……」

 どこか悲しそうなソラの声。

 それから、四人が「任せたぞ」みたいなことをナギに言ってるのが聞こえて……。

「大丈夫?な訳ないよね」

 聞いたことないくらいの優しい声でそういうから、余計に涙がでてくる。

 右隣に暖かさを感じて、ナギが隣に座ったのがわかる。

「私、どうすればいいのかな」

 震える声でそういう。

 本当は家族じゃない人達のところに帰らなくちゃいけないの?嫌だよ……

 どんな顔すればいいのかもわからないよ……

「莉音がしたいようにすればいいんだよ。でも、それが辛いんだよね」

 そんなに、優しく話さないでほしい。

 余計に胸が痛くなる。

「辛くなったら僕にいってよ。いつでも、力になるよ」

「ありがとう……」

 しぼりだすようにそう言って立ち上がる。これ以上、弱ってる姿をみせたくない。

「今日は、あんた、案外いいやつだったよ」

 本当にいいたいことは別にあるのにな……。

 下を向き、公園の出口に向かい歩き出そうとする。が……

「ごめんね」

 強く手首をひかれて振り返るとそのままギュッと抱きしめられる。

 目の前に広がるタータンチェックのシャツ。優しくて懐かしい海の、ナギの匂いだ。

 開きかけた口を閉じる。

 何も言わないで、そう、ナギが言ってる気がしてーー。




「おかえり〜。つーか、姉ちゃんどこ行ってたんだよ。」

 リビングに入ると険しい顔でたずねてくる風雅。

「えーと、少し、ね。父さんと母さんは?」

 父さんと母さん、その言葉を発するだけで胸が痛くなる気がした。

「まだ帰ってねえよ。そろそろ帰ってくんじゃね」

 今は十一時。

 いつも、これぐらいの時間に帰宅してるし風雅の言う通りそろそろだろう。

「じゃあ私、寝る〜。」

「はあ?まだ十一時だぞ?」

「美容のためだよー」

 そういってリビングを出る。

 風雅といても、どんな顔すればいいのか分かんないのに。

 父さんと母さんまで来たら、顔ひきつりまくって筋肉痛になりそう。




 ベッドに寝転んで、スマホをいじっていると、電話がなる。

 ……知らない番号だけど。

 ともちゃんの子分とかだったら後が怖いしなあ……。

 仕方ない。出るか。

「はい、もしもし。どちら様で」

「もしもし、莉音?僕なんだけど」

「は?どちら様ですか?」

 なにこいつ。間違い電話してないか?

 あ、でも名前よんだしな。

「僕、本宮連斗だよ」

「なっ!……れん兄なの!?」

「そうだよ。莉音のお母さんに会ったから電話番号きいたんだ。ドッキリ仕掛けたいっていって」

 その声に心臓がドキドキと音を立てる。

 幼馴染で長年片思いしていたれん兄。

 声変わりしているけれど、真面目な感じの口調とか雰囲気とか全部そのままで……。

「カーテン開けてみて?」

「?うん」

 カーテンを開けてみると、隣の家のちょうど向かいの窓にれん兄がいた。

 大きくなったれん兄は余計にカッコよくて、ドキドキする。

 ハラハラと落ちる黒髪に、知的な黒い瞳が黒ぶちメガネ越しにこちらをみつめてくる。

「引っ越してきたんだよ。」

 耳元で囁くその低音ボイスにドキドキと高鳴る胸。

 二つの窓越しに見つめあうその時間がすごく長くて。

「また明日」

 そういって電話をきるれん兄。名残惜しそうにカーテンが閉められる。

 ツーツーとなるスマホをみつめ、呆然とする。

 れん兄がここに……。



 明日からの毎日に期待をはずませて私は眠りにつくのだった……。

 ただ、嬉しくてーー。

 でも、なぜか、こんな時にあいつの顔が浮かんできてーー。


 その意味が私にはわからなかった……。






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