第4話 天然アイドル登場

 メンバー全員が凄まじい歌唱力を誇り、老若男女に人気を博す国民的アイドルグループ、SUNNY'S。


 リーダーであるユータは力強い歌声とワイルドな言動からオレ様キャラとして人気を博している。


 そのユータのおさえ役なのが、魅惑の低音ボイスであるネク。クール系でいつも冷静沈着な彼は家事全般をこなせることから主夫ともいわれる。


 一見チャラ男だけど実はしっかり者なヨウ。ユータのフォロー役でもある。また、甘い言葉で女性に人気。ネク、ユータとは幼馴染で甘い美声が売り。


 爽やか系天然アイドル、ソラ。爽やかスマイルから放たれる天然発言には定評あり。寝る事、食べる事が大好き。透き通るような歌声。ナギとは幼なじみ。身長がいちばん高い。


 グループの可愛い担当、ナギ。女の子顔負けな容姿と可愛い仕草には男性ですら心を奪われる。また、気配りがよくできる。優しい、心に染みるような歌声。


「ふわあ〜……」

 雑誌の記事を読んで、あくびと共に大きくため息をつく。

 すごく近くに感じていたけど、やっぱり有名人だなあ……。

 五人揃ってニコリと笑っている様子はアイドルそのもの。その中に、つい最近至近距離で話していた人がいるんだもんなあ……。

「姉ちゃん、そこで寝んなよ」

 雑誌を顔の上にかぶせて目をつぶった途端に話しかけてくる風雅。

「うるさいなあ……。別にいいじゃん」

 そうはいいつつも結局立ち上がる。

「これあげる」

 アイドル雑誌を風雅に押し付けて、ずっと同じ体勢だったせいで痛む首をまわす。

「いや、いらねえよ!?大体これ、姉ちゃんが買ったんだろ。なんで俺にわたすんだよ」

「いらないから」

 そういって無理やり雑誌を押し付けリビングを出ようとする。だけど……

「姉ちゃんが昨日いってた命の恩人云々ってナギのことだろ」

なんて突拍子もない言葉が弟の口から飛び出してきて思わず立ち止まる。

「なっ、違うし」

否定してみたけど私の言葉の端々から漏れ出る動揺具合から風雅は私が嘘をついてることを簡単に察する。

「そういうことにしときたいならいいけどさ。……好きな人が本当は遠いところにいるって認めたくないだけなんじゃねえの?」

そう言って雑誌をヒラヒラさせてみせる。

風雅の言葉は端的に私の本心を指してくる。

昔から鈍感なくせに変なところで勘が働くのよね。


 ……正直、図星だった。

 私はナギのこと全然気にしていないと思ってたし、そうでありたいと思ってた。

でも実際は、アイドルとして輝いている、遠い所にいるナギを見たくない自分がいる。


ついこの間までは遠いところにいるナギしか見てなくて、ただ単に元に戻っただけの話なのに、なんでこんな風にモヤモヤしちゃうのか自分でも訳がわからない。


「そうかもね。だとしても、好きとかはまずないから。」

 はっきりそういうと風雅は肩をすくめてみせる。

「じゃ、そういうことにしとくよ」

そう言われてまだ少しムスッとしてる私は気持ちの整理がつかず、結局雑誌を風雅に預けたまま部屋を出た。


 




 〜翌日〜

「はあ……」

 ここのところ、ため息ばかりついている。

風雅があんなこというから……。

朝一に学校に来て、誰もいない教室の窓を開けて朝の風を体いっぱいに感じると大抵の悩みなんてどうでもよくなるのに。

今も朝一に教室に着いて窓を開けたところだけど、いつもみたくときめかない。

「おはよ。しけた面してどうしたの?」

 何とも形容しがたい爽やかな香りと聞き覚えのある声がしてふとそちらを見やるとナギがいた。気づかぬ間に隣にいて、私の顔を覗き込んでたらしい。気づかなかった。それくらいにボーッとしていた。

 白いジャケットにジーンズ。制服じゃないところをみるとこれから仕事なんだろうな。

 いつも朝一に学校にくる私だけど、最近はずっとナギと同着くらいだ。

「……おはよ。別に、気にしないで……」

 ナギと目をあわさずにそういってスタスタと歩いていく。今は嫌味をいいかえす気もおきない。

 教室をでると、廊下が太陽の光を浴びてまぶしいくらいにキラキラ光っていた。

「……僕は…………」

「なんかいった?」

 つぶやくような声に振り返る。

 なぜだか、ナギとのたった三歩程で埋まるような距離がひどく遠く感じられる。

「あのさ、いいたいことあるならちゃんといってほしい」

 いつもナギは肝心なところをいってくれない。それだと、溜め込みすぎて辛くなるだけなのに。

「…………あした、僕の友達が転校してくる」

「ふーん、そうなんだ……ってそうじゃないでしょ!」

 気が滅入っていたのなんて忘れて大声で突っ込んでしまう。

「私は心の中にため込んでるもの、みたいな意味で」

「じゃ」

 私に背中を向けさっさといってしまうナギ。

 やっぱり、アイツ、腹立つ!!

 なんなのさ!気を使っていったのに!

 まあ、うまくはぐらかされた私も私なんだけど……



「あんた、なんでそんな不機嫌なの?」

「ともちゃ〜ん!!聞いてよ〜!実は」

「あっ、先生〜」

 立ち上がりかけていくともちゃん。

「ひ、ひどい……」

 優しいけれど非情。そんなともちゃんのスタンスを理解していたはずなのに……

「ううっ……ともちゃんのおバカ……」

 机に突っ伏して腕と机のすき間から窓の外をぼんやりと見つめる。

 どんよりとした黒い雲。

 これは一雨きそうだな……。そんなことを思っているとともちゃんの生き生きとした声が耳に入ってくる。

 ともちゃん、私とイケメン担任への対応差激しすぎでしょ……。


 私にもその神対応してよー!と内心涙目になるのだった……




「うわっ」

 すぐそばを走り抜けた車のせいで、白い靴下にしみがつく。

「ああー、もう最悪ーっ!!だから、雨は嫌いなんだよ……」

 などとつぶやきながら、テクテク歩く。

 海沿いの道はカーブ続きでこんな視界の悪い日に通るのは非常に危ないんだけど……

「なんとしても早急に家に帰らなくては……」

 先程弟から送られてきたメールの内容を思い出してギリギリと歯ぎしりをする。

<録画してあったアイドル番組だけど、俺の生命の源のアニメとかぶってたから、録画解除しといたわ。ごめんな>

 おのれ、風雅。許すまじ。というわけで、家まで一番近い道を通って帰ることにしたのだ。危ないとかそういうことは今の私には関係ない。

「うう〜〜風雅めえ〜」

 風に押される傘を必死に支えながら弟の名を呼ぶ私は相当痛いやつだろう……。

「君!きてきて!!」

 はあー……スカート相当濡れてる。なんなら下着まで……。これ、明日までに乾くかな。

「ちょっとー!そーこーの、君ー!!」

 波、高いな……。

 あの日を思い出して、ギュッと心臓を掴まれたみたくなる。

 迫ってくる大きな大きな波にのまれる感覚はそう簡単に忘れられるものではない。

 苦しくて息を吸おうとしても、鼻からも口からも塩辛い水ばかりがはいってくる、あの感覚。思い出すだけで気分が悪くなってくる。

「ねー!そこの君ってば!!」

 ……呼ばれてる人はやく気づいてあげなよ……。そう思って傘をあげ、声がした方を見る。

「あー!やーっと気づいた〜。はやく、こっち来て、車乗って!」

「……」

 私はあんぐりと口をあけてその人をみる。黒い車の中にいるその人は見間違いでなければSUNNY 'Sの爽やか天然ボーイ、ソラ君。

 その人が私を呼んでいる?⋯⋯サーッと血の気がひいていく。

 思い当たる節がありすぎる。絶対あれでしょ。ナギさんへの態度がいけないとかなんとか……

 ゴクリ

「あの、すいませんが、連れて行かせてもらいます。」

 気づくぬ間に隣にきていたのは黒いスーツ を着た女の人。おそらくマネージャーさん。その人に腕を掴まれた瞬間に私は覚悟をきめた。

 土下座……するしかない。

 だって、みんなのアイドルと、不本意とはいえあんなに近づいた……。

「はい、はいってー」

 中から戸が開けられてマネージャーさんが運転席に向かう。

 私はしぶしぶ車に乗り込み、傘をたたむ。

 傘をたたみ終わり、きちんと座り直すと

「こんにちは〜」

 爽やかで素敵な笑顔を向けてくるソラ君。

 そうやって、油断させようとしたって無駄だよ。私……芸能界に消されるんだ……

 小さい音でクラシックが流れているが埋葬曲にしか聞こえない。

 運転席に座るマネージャーさんはできる女って感じの人で、カーブが続くこの道をすごい勢いで走り抜けている。

 おかげでさっきから右へ左へすごい遠心力が働いている。シートベルトをしていなかったら危うくソラ君に倒れ込んでいただろう。

 ありがとう、シートベルト。

「ねえ〜あそこいってー」

 あそこ……事務所とかかな。そこで今までナギくんと不本意に関わったことについて色々聞かれるのかも。

「駄目ですよ。人目のつかないところで、です。出来れば、誰にも気付かれないように」

 ぎゅっと傘の持ち手を握る。

 人目のつかないところって、もしかして暴力とか?!

 確か、ソラ君はナギの幼馴染。幼馴染に対する私の態度を聞いて怒ったの!?そういうこと!?

 ありえなくはない話……だよね。

 私はぎゅっと唇をひとかみするとキッと前を向く。

 そうだ。ちゃんと、受け止めなくては。




「え?マネージャーさんは車にいるの?」

「うん。そうだよ。ほら、入って入って!ここは僕の別荘、みたいな?」

 これから別荘で、個人的にアイドルから報復うけんのか、私。ある意味すごい……。

 泣きそうになりながら、木でできた素敵なお家を見上げる。別荘とかいってたけど三階……いや、四階建てかも。

「鍵がこれ〜」

 今気づいたけど、ソラ君すごい格好だ。 真っ黒のカッパってを着ていて、しかもそれが全身を覆い隠すやつだから真っ黒で不審者みたい。車の中では着てなかったのに。

 そもそも車から家までの短距離でも濡れるの嫌なのかな。なんか不思議。

「あいたよ〜。どうぞ〜」

「あっ、うん!!」

 慌ててお家に入る。

 木の優しい香りと長い間使われていないことを感じさせるほこりの香りにどこかホッとしたのも束の間。

「こっちきて。ゆっくりできるところがあるんだ〜」

 というソラ君。

 それを聞いてゆっくり痛めつけられるってことかな?なんて考える私は相当人間不信になってる気がする。

「はーい、そこに座っててねぇ〜。今、紅茶いれるから」

「……どうも……」

 そうやって、お茶までいれて油断させたいのか。

 しぶしぶ落ち着いたブラウン色の木でできたイスに腰掛ける。目の前には同じ色合いの木でできたテーブルがあって、使われていない証拠にホコリがうっすらとたまっている。

「ふふ〜ん♪ふふふ〜ん♪」

 鼻歌を歌いながら、キッチンで作業しているソラ。

「……!」

 ぎゅっとこぶしを握り、覚悟を決める。

 スッと立ち上がった私は傘やリュックをイスに置き、ソラの元へスタスタと歩いていく。

「んっ?どしたの?おトイレなら、廊下でて……」

「ごめんなさい!!」

 思いっきり頭をさげる。

「へっ……?」

「私がナギに対してあんな態度とってたから」

 まあ、ナギくんの言動が元でそうなっていた部分もあるけど、うちのお母さんがよくいう言葉『喧嘩両成敗』ってやつだ。

「だから、本当にごめんなさい!!」

「ちょっ、君……」

「あの、お望みとあらば土下座でもなんでもいたします。でも、君じゃなくてナギにした方がいいかな」

「……」

 不気味な静寂が辺りをつつんで私はソラくんの返事も待たずに膝をつく。

「この度は」

「ちょっとー、いきなり何をいいだすかと思えば……」

 ソラくんのクスクスという笑い声に顔を上げる。

「君、変わってるね。名前は、なんだっけ?今までは興味なかったから、覚えられなかった」

「はい?……怒って……ないの?」

「怒るってなにに?」

「ナギとの……こと……」

 そういうと、目を見開くソラ。今初めて知ったとかかな。

 ああー、失敗。言わなければ良かった。

「ああ。ナギとの熱愛がバレて怒られると思ったの?」

クスリという小さな笑いと共にそういうソラくんに先程まで緊張していたのもあって一気に気が抜けて間の抜けた返事を返す。

「……はい?」

「えー?違うの?」

 ……なんか色々、

 怯えてた私がバカみたいじゃん!!勝手に怯えてただけだけど勘違いも甚だしくて恥ずかしくてこの場にいることに耐えられそうにない。

「あの、私、帰りますっ!」

 熱愛って……実際は熱愛どころかめちゃめちゃ険悪だわ!

「まって」

 去ろうとした私の手首をすかさず掴んでくるソラ。もう、帰らせて。恥ずかしいし私のアイドル番組があ……

「名前、教えて」

ソラくんの顔を見たらなんだかすごく真剣なお顔をしていた。よくわからないけど……。

「愛川莉音」

 ボソッと無愛想にいったのに、ソラは満面の笑みをこちらに向けてくる。

「そっか、莉音ちゃんっていうんだ!可愛い名前だね」

 そんな純粋な笑顔を向けられるのには慣れてなくて照れる。

 私はきびすを返して自分の荷物を全て持つと玄関に向かう。


 玄関につくとドロで汚れたローファーに、これは明日行く前に泥落とすの面倒だなあなんて思いながら足をいれる。


 ……ん?ちょっと待って。ナギのことじゃないとしたら、今日、私がソラに呼ばれたのって何のため?


「僕ね、実は北太平洋のマーメイドプリンスなんだよ」

「……」

 振り返り、ソラの顔をまじまじとみつめる。ニコニコとしているが、ウソをついているようには見えない。

 それに加え、この間ナギが人魚になったことが現実味を増させる。

「今日、莉音をここに読んだのは僕達の秘密を話すため、だよ」

どこか儚げな笑顔と共にそう告げられる。

 ゴクリ

 そんな私のつばを飲み込む音が、人気のない別荘に響いたーー。

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