第3話 急接近

「で、なんで君がそこにいるのかな?」

「なに?なんか文句でも?」

 いつも朝一に学校に来ている私だけど、今日は先客がいた。しかも、その先客は私の机に座っている。

「ってアンタ、油性で落書きしたのーっ!?信じらんない!」

 私の机にかかれている明らかなる暴言の数々。まるで、いじめられっ子の机。

 怒っているかな、とは思っていた。

 けど、こんな子供じみた真似をするとは思わなかった……。

「昨日のことで怒ってるのは私も同じなんだけど」

 あやまろう、と思っていたけど本人を前にして怒りが沸き起こってくる。

「第一、なんで君さえいなければとか、あの日いったの?……」

 ずっと、疑問で。

 ずっと、傷ついてて。

 唐突だけど聞いてみたくなった。

「そう思ったから……でしょ……」

悲しそうにそういうナギ。

 さっきまでの挑戦的な瞳が嘘みたい。


 まるで、別人のようにーー。


「えっ?ナギ?⋯⋯」

「こっち見ないでよ。もう、いく……。その机、僕のと交換しときなね」

 大きな瞳にたくさんの涙をためたナギは戸惑う私を差し置きかけていってしまう。

 ……どういうこと!?

 えっ?なに今の。私が泣かせたの?ナギを?

「えっ……と……」

 思わずへたりこむ。

 とりあえず、意味わからんぞ、あの少年……。


 その後、落書きされた机はともちゃんに協力してもらって生徒会室にあった新しいものと取り替えた。

 ともちゃんがバレないわ、といっていたから大丈夫だと思う。

 バレても、裏ボスを相手にしたがる物好きはいないと思うしね。




〜放課後〜

「じゃーね、ともちゃん」

「ええ。また明日。」

 ともちゃんは茶道部で、学校から少し離れたところにある茶道部専用の部室にいく。

 一方の私は陸上部。もう少しで大会だから、今日の練習は一層厳しいんだろうな……。そう考えるとため息がでてくる。







「プハーッ!水、うまーいっ!」

 部活終わり、水道場で水をかぶ飲みする。この瞬間ほど幸せな時間はない。

 みんなはスポーツドリンクを各自用意してるけど、私は水道場でこうやって水を飲むのが大好きだった。

「水がうまいって馬鹿っぽいなあ。水って空気って感じだけど」

と後半不思議そうにたずねてくるのは……

「ナギ君……」

 振り返るとナギがいた。

 全体的に黒で統一された格好でモデルかなにかの仕事終わりにみえる。

「なんでここにいるの?」

「ここの生徒だから」

「そういうことじゃなくて……」

 ズンズンとこちらに近寄ってくるナギに思わず後ろに下がっていく。

 肩が壁に思い切りあたってズキリと痛む。

 そして、私の左右に伸びてくるナギの手。

 ……えっ?……これって俗に言う壁ドンっ!?

「君に会いたくてきたんだよ。それじゃ、ここにきた理由にならないのかな?」

 優しい、愛おしむような瞳にドキドキする。

「ほ、ほんとに……」

「なんていうと思った?」

 えっ?……

 さっきまでの表情が嘘みたいな、人を小馬鹿にするような笑み。

「宿題とかとりにきたの。で、『水がうまい』とか馬鹿みたいなことを叫んでいる人がいたからね。これはからかわなきゃ損だって」

「なっ……」

 怒りでプルプル震えている間にスタスタと去っていくナギ。

「〜〜っ!!」

 ドキドキした私が馬鹿だった!

 あいつはほんとに性格悪い!!仕返しとばかりに水がでたままだった水道の蛇口をナギの方に向けてやる。

「なっ……」

「ふーんだ!バカにした罰だ……って……」

 目の前でありえないことが起こって、呆然と立ち尽くす。

「な、なに、それ……」

 目の前に座り込んでいるナギの足元を凝視する。

 いや足元とはいわないのかもしれない。

 そこにあるのはナギの足ではなく、キラキラときらめく魚の尾。

 そう、それはまるで童話にでてくる人魚みたいな姿で……。

「えっ、人魚!?ほんとに!?」

 黙り込んでそっぽを向くナギ。

「お〜い、愛川〜!」

 遠くから聞こえてきた部長の声に思わずかけていこうとすると、足首をつかまれる。

「こんな状態の僕を置いていく気?」

「あっ……」

「お〜い!愛川、いないんかあ〜?」

 徐々に近づいてくる声に、私は慌ててナギと肩を組み、校舎裏にひきずっていく。


 なんとか校舎裏にたどりつくとナギを壁によりかからせる。

「お前もかくれなよ」

「へっ?」

 手首をつかまれ、思い切りひかれる。

「うっ」

 目の前に某人気アイドル。ファンにみられたら殺されてしまうのではないだろうか。

 ナギの息が顔にかかってくすぐったい。

 爽やかなミントみたいな香り。ガムでも食べてたのかな、なんて思っているうちに部長の声は遠ざかっていく。


 それから足にあたっていた魚の尾のヌルヌルとした感触が消え、布地のサラサラとした感触に変わる。

「あっ、戻った!ってか、ほんとなんなの?これ」

 そういってナギをみやるもナギは赤くなって黙り込んでいる。

「どうし……」

「これじゃ、女に襲われてるみたいじゃん」

「は、はあ!?元はといえば、アンタが引っ張ったんじゃない!!」

「そんなこといってる暇あったらはやくそこをどいてくれない?」

私はムスッとしながら立ち上がる。

どこまでひねくれてるやつ。

「はあ……」

 ため息をつきながら立ち上がり、服のほこりを払うナギ。顔には若干赤みが残っている。

「やっぱり……なのかな」

「んっ?なに?」

 耳に手をそえそうたずねるもナギからの返答はない。

「とりあえず、このことは秘密にしといてね。」

 そういって去っていくナギ。

 ほんとに意味がわからない。ナギが人魚になったのも今思うと幻覚のように思えた。




〜ナギ〜

 スタスタと歩きながら、まだあつい頰をさする。

 あんなことになるなんて思わなかったけど……。

 すぐそばにまできた彼女のあたたかさを思い出して余計に頰があつくなってくる。

 校門の手前に止まっている黒い車に乗り込むと

「用事は済んだんですか?」

と運転席のマネージャーにたずねられ、うん、とうなずく。

「あれでしょ〜。好きな」

 慌てて、隣に座る幼馴染の口をふさぐ。

「?今、なにかいいました?」

「むぐっ」

「な、なんでもないよ。ほら、はやく次の仕事いかないとだし。僕らのことは気にしないで、運転に集中してよ」

 ニコリと微笑むとマネージャーは「はあ……」と答え、ハンドルをきる。

 ほっとため息をつくと、幼馴染はムスッとして

「いきなり、なにするのさ〜」

といってくる。

「今のはソラが悪い」

「ええ〜、なにそれ〜」

 ふわふわ天然ボケした幼馴染のソラ。彼もまた、同じアイドルグループに所属している。

 爽やかなスマイルから放たれる天然発言には定評があって、バラエティーにもよくでている。

「ナギの好」

「だ・か・ら」

 口をふさぐとしばらく不思議そうな表情ををしたソラだが、いいたいことを理解するとうんうんと頷いた。

「そっか、そっか。なるほど〜」

 僕はひとつため息をつくと、窓の外に目をむける。ソラの方もここで聞く気はないようで、ポケットから取り出したグミを食べている。

 ソラは仕事以外はほぼ寝るか食べるかだ。そして、その時の集中力は凄まじい。

 ということでもう心配はいないだろう。ゆっくりと外をながめる。


 やっぱりあの子に会うとアイツが前面にでてくる。

 今日だってアイツのせいで、あの子のこと、すごく傷つけたんじゃないかな。

 特に、朝のなんて……

「うわあぁぁぁ」

「どうかしました?」

「う、ううん。なんでもない。」

 うっ。羞恥心のあまり、叫んでしまった。

 でも、ほんとなにやってんだろ僕。机に落書きとか。きっと、すごく傷ついただろうな。ごめんね。心の中でそっとつぶやくことしかできない。

 でも、そんな大好きなあたたかな気持ちも消えていく。

 そんな気持ち、元からなかったみたいに、アイツに支配されていく。

 消えればいいのに、目障りな女。


 二つの間で、揺らいで揺らいでいるのに、時は僕を待ってくれないーー。


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