第2話 転校生
その衝撃的な日から2年ほどが経ち、私、愛川莉音は高校1年生になった。
それなりに頭のいい学校で、入学できたのは奇跡に近い。
そんな学校に入れたのはすごく良かったのだけど……。
「愛川、プリント」
そういってプリントを差し出してくるクラスの男子。この場から逃げたいという思いが胸を占め、男の子を直視することができずそっぽを向く。
「……」
「とんねーの?」
私はあの日以来、男子が極度に苦手になってしまった。それも時が経つほどに悪化している。こんなことになるなら女子校に通うんだった、という後悔をせずにはいられない。
プリントをとりたいのは山々なのだが……。若干震えている手を押さえ込む。
「はーい。あんがとね、剛田君。」
男子からプリントを受け取りひらつかせるのは親友のともちゃん。隣にやってきた温もりにホッとする。
「はい」
ともちゃんに差し出されたプリントを受け取り、あたたかい気持ちになる。
いつもこうやって助けてくれて……。
「ありがと、ともちゃん」
彼女は背が低いのですこしかがんでそういう。
「?よくわかんねえけど。じゃ、あんがとな、ともみ」
そういって去っていく剛田君にともちゃんは笑みを向ける。
「ううん。全然!気にしないで」
にこやかにそういったともちゃん。だけど彼が去ると真顔になり
「初めて喋ったのに呼び捨てとか、どう思う?莉音」
とたずねくてる。
「えっ……と……」
ともちゃんの怒りのオーラに威圧され答えられない。一応言っとくとともちゃんは短気な方でなおかつ怒りのポイントがよくわからない。
「ま、まあ、仕方ないよ!」
何が仕方ないのか、という感じだし、男子を庇うなんてと思うのだが……。怒らせたら校内で1番、裏ボスという異名まで持っている彼女の逆鱗を逆なでしたくはない。
「あっ、先生〜!!」
さっきまでの鬼のような表情など嘘のように満面の笑みを浮かべ駆けていくともちゃん。
その先にはイケメン担任がいる。
ヤンキーまで従えっちゃっている恐ろしい彼女の唯一の弱点、それがイケメンだ。
イケメン担任は手に大きなダンボールを持っていて、ともちゃんがそれをのぞき込んでいる。
私もともちゃんと先生の方に駆け寄ってダンボールの中をのぞき込む。
私達が普段使ってる教材のように見えるけど……。
「先生、これな〜に〜?」
そう問いかけるともちゃんにイケメン担任は
「転校生の荷物だよ。教科書とかいろいろ」
という。
転校生……今は4月の終わりごろ。こんな時期に転校してくるなんて珍しい。
「男、女どっちですか〜?」
「男の子だよ」
そういってふわりと微笑むイケメン担任にともちゃんはキャーキャーいう。
「でもでも、こんな時期に転校生とか珍しくないですか?」
ともちゃんも同じことを思ったらしい。
「彼、芸能活動しているからね。」
へっ?……芸能人!?
「すごーい!ね、莉音!!」
「う、うん……」
芸能人と同じクラスって現実にあり得るんだ……。
と、そこでイケメン担任にお呼びがかかる。
「斎藤先生!教頭先生が呼んででます!」
「あっ、はい!今いきます!」
そういってこちらを見てくるイケメン担任。
……嫌な予感……。
「愛川、これ教室まで持っていってくれない?」
ほらな。みんな、ともちゃんが怖いからって、隣にいる私にばかり雑用がまわってくるのだ。
「……はい……」
イケメン担任にどう思われようと構わないけど……。
イケメン担任の頼みを断ればお隣にいらっしゃる方の怒りをかうかもだ。
ということで……。
「先生、一度下に置いてもらえます?ちゃんと持っていくので」
「?分かった」
ダンボールを下に置くと
「じゃあ、教室まで頼んだ!」
そういって駆けていくイケメン担任。
「ふぅ〜」
一つ短いため息をつくとダンボールを持つ。
担任に一度下に置いてもらったのは少しでも触れてしまうのを避けるため。
「おっも……」
「まっ、ガンバレ。私、部長に用あるから、ついでに寄ってくるわ。じゃ」
そういって駆けていくともちゃんを見送る。
そのともちゃんをみてヒソヒソ話しながら道をあける上級生。
ともちゃん、芸能人並みに綺麗だし性格だってすごくいいと思うんだけどな……。まあ、ヤンキー従えてるし普通に怖いか……。などと思いながら廊下を歩く。
「あの、それ僕のだから持ちますよ?」
どこかで聞いたことがあるような声とともに私の手に添えられる、白く骨ばった…………
男の人の手。
「は、はなして!」
体全身に鳥肌がたち思わずダンボールを手放すが、後ろにいるその人が見事にキャッチする。
な、なんか、これ、後ろから抱きしめられてるみたい!?
「びっくりした〜。落としてたら君の足に怪我させるところだったよ。よかった」
優しい声で喋る度に耳に息がかかって羞恥に耐え切れず、かがんでそいつから逃れる。
その声に、もしかして、とは思った。
けど……まさか、なんで?……。
真正面からその人の姿をみて、息を飲む。
「ナギ……」
「久しぶりだね。君、ここの学校だったんだ。まあ、知ってたんだけどね。」
綺麗な顔をゆがませ人を小馬鹿にしたような微笑みを浮かべるナギをにらみつける。
「君さえいなければどれほどよかったか、とかいってきたのはどこのどいつ?」
「僕だよ。今だってそう思ってるし。じゃっ、はい」
そういってダンボールを押し付けてくる。
「はっ?さっき、自分のは自分でって……」
「だって、君が持つんでしょう?」
なっ、なっ……。
怒りに打ち震えている間に去っていくそいつに私は思い切りあっかんべーをしてやる。
子供っぽいとかいわないでほしい……。
〜翌日〜
「はあ〜」
深くため息をついて、目の前で「My girl friend」を歌うナギをにらみつける。
今は転校生歓迎会をカラオケ店でおこなっているところ。
私は全く歓迎していないので不参加を希望したのが「全員参加!」とこの会の発案者である女子一同にいわれてしまった。
「大丈夫?アンタ。死にそうな顔してるけど」
隣でたずねてくるともちゃんに「大丈夫」と返しながら、ナギをにらみつける。
「わあ〜、ナギ君、かっこいい!」
などといっている女子達に悩殺ウインク。
「ねえ、ねえ、次はこれ歌って〜」
そういわれてニコリと天使スマイル。
「いいよ。次はそれを歌うね」
……私と他の女子との対応の差ひどくない?めっちゃ傷つくんだけど⋯⋯。
そこでハッとする。あいつの言動で傷ついたりしてないし。そ、そうだよ。気にもならないし。うんうん。と勝手に一人納得する。
「莉音、ドリンクバーとりにいくよ」
ぶっきらぼうたけど優しいともちゃんの言葉に「うん」とうなずき立ち上がる。
もう少しでドア、というところで……。
「愛川さん、歌ったら?」
ずっとマイクを独占していたナギ君が唐突にこちらにやってくる。
な、なに?いきなり、なんなの!?
「愛川さんが歌ってるところみてみたいな」
そういって頭をポンポンし、手にはマイクを握らせられる。
女子の視線ビームかっ!痛すぎるんだけど。
そっか……これが目的?私をみんなから嫌わせるため?……。
「莉音に触ってんじゃねえよ」
いきなりの怒声にびっくりした直後キーンとマイクが落ちた音がする。
「ともちゃん……」
ナギの手を思い切り振り払ったともちゃんの背中がほんとにたくましくて、妙に心強くなる。
「もう、二度と話しかけてこないで!」
そういって、ナギの足を思い切り踏んづけてやる。
私とともちゃんはナギのうめき声と女子の悲鳴にも似た声を背にカラオケ店を出たのだった……。
「はあ〜……どうしよ……」
今日何度目かのため息をつくと二段ベッドの下に寝ている弟の風雅からお声がかかる。
「さっきからなんなの?うるさいんだけど」
私はむくりと起き上がり、下のベッドをのぞき込む。
「あのね、命の恩人があまりにも意地悪で『話しかけないで』とかいっちゃったのさ。しかも足踏みつけちゃったし……。でも、一応命の恩人な訳じゃない?その人がいなかったら、私ここにいないわけだし」
「……」
布団にくるまっていてよく表情が見えない風雅からはなんの返しもない。
「ちょっと!聞いてた!?」
「……ん?……寝てた……」
「ひどっ!」
「だって、姉ちゃんの説明長いし分かりづれえんだもん。まっ、ケンカしたんなら謝ればいいんじゃね?じゃ」
そういって寝返りを打つ風雅からはもう話しかけるなオーラがプンプンしている。
仕方なくベッドにゴロリと寝転がる。
明日、謝ろう。
あんなことをされたとはいえ、命の恩人に変わりはないし。
ああ、でも、ともちゃんになんて説明しよう……。
…………もう、ごちゃごちゃ考えずにとりあえず謝ろう。
そしたらいい感じにお互い謝まって、握手して、青春って感じの構図になるかも。
「よしっ!明日がんばるぞーーーっ!」
「うっさい、姉貴!はやく寝ろよ!!」
風雅にそういわれ、若干むくれながら私は眠りにつくのだった……。
明日からは初恋の人と仲良くできたらいいな、なんて淡い期待を自分でも知らないうちに抱きながらーー。
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