第72話 封神剣
頭上から流星のように、黄金の光の尾を引いて魂送剣が振り下ろされる。
それをレグナムは二振りの聖剣を交差させて受け止めた。
ずしり、と両腕に重圧がのしかかった瞬間、レグナムはそれを力で受け止めることはせず、そのまま勢いを逸らすようにして受け流す。
受け流された黄金の聖剣が大地を切り裂き、小さくはない裂傷を地面に刻む。
剣撃を受け流され、僅かに身体だが泳いだ隙を見逃さず、レグナムは赤神の脇腹に膝を叩き込む。
いくら代行者とはいえ、人間の膝蹴りを喰らった程度で赤神が痛痒を感じることはない。しかし、その人間風情に一撃入れられた事実が、彼の精神を揺さぶる。
怒りに燃える瞳で憎っくき人間を睨み付ける。
だが、すぐに赤神は心を落ち着かせる。ここで苛立ってしまっては敵の思うつぼだ。実力で劣っているあの人間は、あの手この手でこちらの調子を狂わせてくる。
そして、調子を狂わせたことで生じる隙を突いて、切り札を切ってくるに違いないのだ。
頭を冷やした赤神は、じっと目の前の敵が持つ二振りの聖剣のうち、
警戒すべきは
あの小聖剣は、御方がサンバーディアスに降りるため、彼女の大きすぎる力を封印するために造り出した「封神剣」である。
あの剣には、神の力を封印する力がある。そして、封神剣によって施された封印は、造り主たる
今、赤神は自らの力を自らで封印している。当然ながら、それは自らの意思で解除できるが、封神剣による封印は彼の力を以ってしても解除できないのだ。
よって、赤神にとって警戒すべきは不朽剣ではなく封神剣。不朽剣での負傷は致命傷とはならないが、封神剣での攻撃は一撃で致命的なものになりかねない。
そう判断した剣神は、白神の代行者が持つ小剣へと注意を向けた。
「ほう? さすがの剣神も、封神剣は怖いか?」
レグナムは、赤神の視線が封神剣へと向けられていることに目ざとく気づいていた。
「じゃあ……これならどうする?」
レグナムは両手の聖剣を、すっと鞘へと収めた。
「……何のつもりだ?」
赤神は目を細めながら、訝しげにレグナムに問う。
「さあ? 何のつもりだろうな?」
レグナムは不適に笑いつつ、剣を収めたままひょいと肩を竦めてみせた。
「ふん。また奇策か?」
レグナムが剣を収めても、赤神は油断することなく彼を見据える。
まさか、自ら負けを認めたわけではあるまい。となれば、また何か奇策を仕掛けてくるつもりだろう。
だが、どれだけ様子を伺っていても、レグナムから何かをしかけてくる様子はない。
──何を考えているのか分からんが、姑息な奇策など真正面から粉砕してくれる。
焦れた赤神は、鋭い踏み込みで無手のレグナムに肉薄する。そして、左下から掬い上げるような斬撃を繰り出す。
レグナムは迸る金閃の軌道を見極めると、黄金の剣閃を回避。そのまま地面すれすれまで身体を沈み込ませると、逆に赤神へと踏み込み今度はレグナムが下から抜き打ちの一撃を見舞う。
レグナムが抜いたのは小剣。赤神はそれを確認すると、振り抜いた魂送剣を強引に引き戻し、上からレグナムの小剣の刀身目がけて振り下ろした。
黄金の軌跡が銀色の刀身を見事に捉え、手に走った重い衝撃にレグナムは顔を顰める。それでも小剣を取り落とさないように、更に力を込めて小剣の柄を握り締めた。
それはある意味、意地と意地のぶつかり合いと言えるだろう。
相手の剣を打ち落とそうとする剣神の意地と、そうはさせるかという白神の代行者の意地。
二つの意地と意地は、互いが握る剣を媒介にしてぶつかり合った。
そして、辺りに響き渡る澄んだ金属音。
同時にレグナムの手元から何かが弾け飛び、くるくると回転しながら明後日の方へと飛んでいく。
それが何かを悟ったレグナムは、呆然とした表情を浮かべながら、自らの右手をじっと見る。
そこには、刀身を半ばから断ち切られた小剣があった。
刀身の折れた小剣を呆然と見つめていたのは、何もレグナムだけではない。
小剣を斬り飛ばした赤神もまた、思わずレグナムの手にある小剣の慣れの果てを見入ってしまった。
純白の始創神が造った聖剣が、そう簡単に破壊できるわけがない。だが今、レグナムの手の中には、彼が破壊した小剣が確かにある。
思わず混乱する頭を瞬時に切り替えて、赤神は再び魂送剣を振りかぶった。
理由は不明だが、これで敵の切り札は消え失せた。あとは恐れる要因は何もない。魂送剣でそれなりの傷を与えれば、御方の心を惑わせた憎き人間の魂は再び「冥界の迷宮」へと堕ちる。
そうなれば、後はゆっくりと御方の目を覚ませればいい。時間をかけて説得すれば、御方もご自身の今の気持ちが一時の気の迷いであることに気づいてくださるだろう。
勝利を確信した赤神は、未だに呆然としたまま折れた小剣を見つめているレグナムに向かって踏み込んだ。
既に敵は射程距離の中にいる。後は振り上げた魂送剣を振り下ろし、敵の身体を斬り裂くだけ。
この時になって、ようやくレグナムが顔を上げた。だが、もう遅い。彼奴の身体能力は確かに高いが、それでもこの一撃を躱すことは不可能だ。
既に確定されたにも等しい勝利。だが、レグナムの顔を見ていた赤神の眉が、訝しげにきゅっと寄せられた。
なぜなら。
この期に及んでもなお、レグナムの顔にはあの不敵な笑みが浮かんでいたのだから。
──まだ尚、何らかの奇策があるというのか?
その思いが赤神の剣閃を僅かに鈍らせる。だが、動き始めていた身体はもう止まらない。止められない。
レグナムは頭上に迫った黄金の輝きを、左手で腰から引き抜いた不朽剣で迎え撃つ。
だが利き手ではない左手の一撃は、黄金の剣閃の軌道を僅かに逸らしたに留まった。
魂送剣の切っ先が、レグナムの左肩を浅く切り裂く。並の人間ならこの程度の傷でもその魂を冥界の迷宮へと堕とされかねないが、白神の代行者であるレグナムにはこの程度の傷ではそうはならない。
それでも、身体を真っ二つにするはずだった赤神の渾身の一撃を、そうさせなかったのは誉められるべき行為だろう。
しかし、それはレグナムの危機が去ったことにはならない。僅かに軌道を逸らされた黄金の閃光は、すぐに軌道修正して再び横合いからレグナムへと襲いかかる。
対して、レグナムは先程の攻撃を逸らしたことで、大きくその体勢を崩していた。しかも、防御のために繰り出した不朽剣を持った左腕は大きく弾かれ、彼の身体は今、赤神に背中を向けてしまっていた。
赤神にとっては絶対的な隙。レグナムにとっては致命的な隙。
互いに今の状況を悟り、すぐさま行動する。
赤神は軌道修正した魂送剣の速度を更に速めて、レグナムの身体を両断せんと。
レグナムは素早く振り向き、襲い来る魂送剣を迎撃せんと。
間近まで迫った黄金の刃を、レグナムは慌てて引き戻した不朽剣を両手で構えて迎え撃つ。
だが、不完全な体勢で赤神の一撃を受け止めたことで、レグナムは身体ごと大きく吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたレグナムの身体は、数ザームほどごろごろと地面を転がってようやく止まる。
対して、赤神もまた、なぜか魂送剣を振り抜いた姿勢で硬直したかのように動きを止めていた。
どれぐらい時間が経過しただろうか。
しばらくぴくりとも動きを見せることのなかった両者。
その両者が同時に動き出した。
寝転がっていたレグナムがふらふらと立ち上がり、硬直していた赤神がそのレグナムへと振り向く。
立ち上がったレグナムの手に、不朽剣はない。先程吹き飛ばされた時に手放してしまったのだ。
そして、振り向いた赤神の手には、相変わらず魂送剣がある。
この時、両者が浮かべた表情は実に対照的だった。
片や、勝利を確信して笑みを浮かべ。片や、敗北を悟って呆然とし。
そして、二人の対決をこれまでじっと見守っていた一同は、どうして両者がそんな表情を浮かべているのか全く理解できなかった。
なぜなら。
聖剣を失い、足元もふらふらなレグナムが笑みを浮かべ、得物を手にしたままの赤神が呆然とした表情を浮かべていたからだ。
「…………き……貴様……」
「オレの勝ち……だな、赤神……っ!!」
思わずその場で片膝を着く赤神。その胸には、深々と封神剣が突き刺さっていた。
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