第53話 第二王子
笑みを崩すことなく、レグナムを弟と呼ぶ青年。
そんな青年に、ぶすりとした表情を隠すこともしないレグナム。
そして、そんな二人のやりとりを何も言わずに見守っているカミィとクラルー。
やがて、レグナムたちを追っていた兵士たちが追いつき、彼らを包囲するように身構えた。
「ん? 先程よりも一人増えているな。仲間か?」
兵士たちの指揮官なのだろう。中年の兵士が一人、左手に松明、右手に抜き身の
ある程度近づいた彼は、新たに増えた男の顔を確認しようと松明を掲げる。
そして、兵たちの指揮官は、松明に照らし出されたその顔を見た途端、赤い松明の灯りの中でもはっきりと分かるほどに青ざめた。
「い……インプレッサ王太子殿下……」
指揮官のその呟きを聞いた兵士たちが一斉にその場に跪く。
指揮官も慌ててそれに倣おうとしたが、王太子の前に不審者がいることに改めて気づき、跪くのを止めて王太子とレグナムの間に身体を割り込ませ、手にした剣をレグナムへと突きつけた。
「お下がりください、王太子殿下! こやつらは王城に侵入した不審者で、武器まで所持しております! さ、お早くっ!!」
兵士たちも状況を思い出したのか、素早く立ち上がって指揮官と同じようにレグナムたちへと剣や槍を向ける。
だが、当の王太子と呼ばれた青年は、相変わらず涼しげな笑みを浮かべたまま、兵士たちが更に青くなるようなことをさらりと言ってのける。
「ああ、大丈夫。彼らは私の弟とその連れの方たちだ。決して不審者ではない」
「………………………………は?」
指揮官は王太子の言葉が瞬時に理解できず、不審者と思っているレグナムたちから視線を逸らし、背後の王太子へと振り返ってしまった。
「で、殿下……? し、失礼ですが、今……何と仰られましたか……?」
表情というものが抜け落ちた顔で、指揮官はまじまじと王太子を見る。
「彼は私の弟……つまり、現在王位継承権第二位のこの国の第二王子、レグナム・ラグレイト・ラブラドライトだ」
まがりなりにも王族に対して剣を突きつけたと理解した兵士たちは、すぐさま剣や槍を収めてその場に跪いた。
「し、知らぬこととはいえ、第二王子殿下へ刃を向けた無礼なる行ない……平に……平にご容赦を……っ!!」
地面に額を擦り付けんばかりにその場で平謝りする兵士たちに、レグナムは苦笑を浮かべながら声をかける。
「いい。気にするな。どうせ、オレたちをここに追い込むための誰かさんの策略だろうからな」
そう言うレグナムの目は、兄であるインプレッサ王太子へと向けられた。じっとりとした視線を実の弟から向けられつつも、インプレッサはどこ吹く風でにこにことしている。
幼い頃、レグナムと兄のインプレッサ、そして妹のステラは、よく後宮を抜け出しては王城の中で遊んだものだ。
その際、兵士などに見つかれば後宮に連れ戻されかねないため、彼ら三人はいつも兵士たちの少ない場所を発見しては、そこを逃走経路としていた。
そんな過去の経験から、インプレッサはレグナムが城に侵入する経路をある程度予測していた。
具体的な方法までは分からないが、インプレッサはレグナムが何らかの方法で湖を渡り、絶壁を乗り越えると確信していた。後は幼い頃に一緒に隠れ鬼をした場所に、王太子の権限で以て重点的に兵士たちを配置したのだ。もちろん、侵入したレグナムを中庭に誘導するため、あえて警備の甘い場所を残しながら。
結果、レグナムたちはインプレッサが描いた筋書き通り、こうして中庭へと誘導されたのだ。
「私からも、この場での振る舞いは大目に見るように弟に言っておこう。ただし、王城に侵入したのが我が弟であったことは誰にも言うな。不審者は取り逃がしたとでも上へ報告せよ。そのことで、おまえたちに何らかの責任が及ぶようなことはないよう取り計らっておく。よいな? 分かったら直ちに持ち場に戻って職務を遂行せよ」
「はっ!!」
再び深々と首肯した兵士たちは、そのまま持ち場へと戻って行った。
王城の中庭に残されたのは、インプレッサとレグナム、そしてカミィとクラルーの四人のみ。
レグナムは背後のカミィへとちらりと視線を向け、ばつが悪そうに頭をがしがしと掻きながら告げた。
「あー、その、何だ。別に隠しておくつもりじゃなかったんだが……」
「気にする必要はないのだ。我輩は神だぞ? その我輩からしてみれば、貴様が王族だろうが貴族だろうが庶民だろうが対して差はないのだ。貴様は貴様。我輩の第一の信者であるレグナムなのだ」
「そうか……そうだよな」
にっこりとした笑顔と共にカミィにそう言われ、レグナムもまた笑顔になる。
そんな弟と見知らぬ少女とのやり取りを、インプレッサは微笑ましげに眺めていた。彼らの会話はまではインプレッサにも聞こえない。それでも二人を包む雰囲気が、彼らが単なる旅の道連れではないことを示している。
「さて、レグナム。いろいろと話はあるだろうが、今日はもう遅い。それは明日にしよう」
「いや、オレは用件さえ済ませれば、すぐにでも城下の宿屋に戻るつもりだ。だからさっさと用件を片付けよう」
そう言う弟の言葉に、兄は呆れた顔をする。
「おいおい。おまえはこんな夜遅くに連れのご婦人方を連れて城下の町を歩くつもりか?」
「そんな心配は無用だ。こいつらはそこらの騎士や傭兵よりよほど強いからな」
「それでも、だ。こんな時間にご婦人を連れ回すなど、ラブラドライト王家の沽券に関わる。そんな真似を兄として許すわけにはいかない。だから今晩はこのまま王城に泊まり、明日になったらゆっくりと話をしようじゃないか」
こう言い出した兄が絶対に引かないことは、これまでの長いつき合いでよく知っているレグナムである。それにここで彼の機嫌を損ねれば、聞きたいことを教えてくれなくなる可能性もある。
そう悟ったレグナムは、仕方なく兄の言葉に頷いた。
「安心するがいい。おまえの部屋は、おまえがいつ帰って来てもいいように常に万全の準備をさせてある。だからおまえは自分の部屋で休めばいいとして……そちらのご婦人方のために、すぐに客室を用意させよう。申し訳ありませんがご婦人方、しばし、レグナムの部屋ででもお待ちいただけますかな?」
インプレッサは初対面であり、更にはどこの誰とも知れぬカミィとクラルーに対して、丁寧に一礼してそう告げた。
それは彼女たちが弟にとって大切な存在であることを見抜いた上での対応だったが、ここでカミィがとんでもないことを口走った。
「その必要はないぞ、レグナムの兄よ。我輩とクラルーはレグナムと同室でよいのだ。これまでもずっとそうだったのだ」
「ほほう」
ちらり、とインプレッサはとってもいい笑顔で弟を見た。
「
「ちょ、ちょっと待て、兄貴! こいつらとは……カミィとクラルーとは別にそういう関係では……」
「安心しろ、レグナム」
インプレッサは、笑みを消すことなくびしっと右手の親指をおっ立てた。
「このことは父上には黙っておいてやるからな」
「全然分かってねえだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
深夜の王城に、数年ぶりに帰還した第二王子の絶叫が木霊した。
数年ぶりに戻った自分の部屋。
その部屋をぐるりと見回して、レグナムは困惑したように呟いた。
「……こんなに広かったっけか、オレの部屋って……」
広いだけではない。部屋の中に置かれた丁度品一つ取っても、それらは最高級の品質のものばかり。一国の王子の私室ともなれば、当然といえば当然なのだが。
確かにそれらは、数年前と何も変わっていない。間違いなく、ここは以前にレグナムが暮らしていた部屋だ。
だが、もう長い間傭兵として市井で暮らし、庶民の生活が身体に染み込んでしまったレグナムには、この部屋の方が違和感が強かった。
「……まあ、そんなことを言っていても仕方ねえな。それに予定も少しばかり変わっちまったが、明日になったら兄貴から話を聞いて、親父たちに見つかる前にさっさと城を出るとしよう。そうと決まればカミィにクラルー。早いとこ寝て……」
レグナムが二人へと振り返れば、当の二人は部屋の主の許可もなく、早速寝台へと上がって寝る気満々だった。
当然、彼女たちはいつものように全裸。レグナムがあれこれと今後の予定を考えている間に、さっさと着ていた服を脱ぎ捨てていた。
「ふむ。広い寝台なのだ。これなら三人で寝ても大丈夫だな。よし、クラルー。今日は特別にさし許す。三人で一緒に寝るのだ」
「ほ、本当でございますかっ!?」
クラルーの顔がある種の期待に輝く。
頬は紅潮し、鼻息も妙に荒い。彼女が何を期待しているのか、聞くまでもないだろう。
「ささ、レグナム様。お早くこちらにどうぞ」
妙に浮き浮きとした様子のクラルーが指し示したのは、寝台の真ん中やや右側。どうやら彼女の魂胆としては、カミィを中心にして自分とレグナムがその左右を固めた状態で寝るつもりのようだった。
だが、カミィの意見は少々違う。
「愚か者が。この部屋の主人はあくまでもレグナムなのだ。よって、レグナムが真ん中で寝るのが当然であろうが」
「えー、そ、そんなぁ……」
人差し指の先を咥え、ものすっごく残念そうな顔をするクラルー。それでも主人であるカミィの言葉は絶対なのか、しぶしぶながら寝台の上でその豊満な身体を横たえていた位置をずらした。
「さあ、レグナムよ。おまえも寝るがいいのだ」
カミィがぽんぽんと寝台を叩く。その場所はカミィとクラルーの間。
右側に全裸のカミィ。そして左側には同じく全裸のクラルー。
そこは間違いなく、ある意味男の桃源郷。そして同時に、レグナムにとっては生殺しの地獄でもあった。
「そ、そんな状態で眠れるわけがねえだろうがああああああああああああああああああっ!!」
この日、第二王子の二度目の絶叫が王城の中に轟いた。
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