第15話 共闘──神と剣鬼
レグナムより遅れることしばし。カムリと彼の配下の数名の騎兵がようやく港へと到着した。
彼らがレグナムより遅れたのは理由がある。
レグナムに貸した馬が一番の駿馬だったことに合わせ、彼の馬術が抜きん出て優れていたためだ。
カムリとて騎士であり、騎士である以上は剣と同等以上に馬術も訓練している。
そのカムリでさえ、レグナムに追いつくことは不可能だったのだ。
領主であり、兵団の最高指揮官という立場上、彼に従う部下たちを置いてレグナムの後を追うわけにもいかず、カムリは部下たちと共に港まで駆け抜けてきた。
そして、そこで彼は──いや、彼と彼の部下たちは信じられないものを見た。
後に、その光景を見たカムリの部下の一人は、その場に居合わせなかった同僚にこう語ったという。
「あれこそ、まさに美しき戦女神と剣の鬼だった」
と。
レグナムの
すると次の瞬間、その銀線に添うように空中に真紅の花が咲いた。
レグナムの剣に両断された魔獣は、血と内臓を撒き散らせながら息絶える。
横合いから伸びてきた魔獣の舌を、そちらを向きもせずに鞘に収まったままの
「カミィっ!!」
「任せるのだっ!!」
レグナムの身体の影から飛び出したカミィは、舌を踏みつけられて身動き取れない魔獣に飛び蹴りを見舞う。
どごん、という信じられない音と共に、彼女の細い足で蹴られた魔獣は、身体の一部を吹き飛ばされてそのまま絶命する。
そして飛び蹴りの着地の瞬間を狙われないよう、素早く移動したレグナムがカミィの周囲の魔獣たちを牽制する。
かと思えば、一瞬の隙を突いて鋭く踏み込み、大きく長剣を横に薙ぐ。長剣の軌道上にいた魔獣が三体、背骨と内臓を断たれて悶え苦しみながらやがて二度と動かなくなった。
だが、長剣を大きく振り抜いたレグナムの隙は大きい。その隙を狙って一体の魔獣が飛びかかる。
しかし、その魔獣もまたあえなく昇天することになる。
なぜなら、レグナムと魔獣の間に素早く割り込んだカミィが、魔獣の顔面にその拳を叩き込んだからだ。
小さな拳が魔獣の顔面に当たった瞬間、轟音と共に魔獣の頭部は岩を高速でぶつけられたかのように内側へとむけて大きく窪む。
そして頭部に叩き込まれた小さな拳が生み出した衝撃は、魔獣の身体中を破壊しながら全身に伝わり、身体中の骨や筋肉、内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
血と挽き肉の詰まった皮袋と化して、大地にびちゃりと力なく横たわる魔獣。
一瞬の内に数体の仲間を屠られた魔獣は、惨劇を撒き散らした二人を怖れるように後ずさる。
しかし、そこで手を緩めるほどレグナムとカミィは甘くない。
魔獣たちが後ずさった以上に踏み込むと、二人は次の獲物を見定めるかのように鋭い視線を魔獣たちへと向けた。
息の合った見事な連携。
レグナムとカミィは、互いに互いを庇い、支援し、死角を補い合いながら次々に魔獣を殲滅していく。
その戦い方は「倒す」とか「退治」するという言葉は生ぬるい。まさに、「殲滅」とか「破壊」と呼ぶに相応しい勢いで魔獣たちを骸へと代えていく。
二人の動きは、まるで長年一緒に戦って来た相棒同士のようで。
カミィに想いを寄せているカムリは、彼女と一緒に戦うレグナムに戦場にいながら羨望と嫉妬を感じずにはいられなかった。
おそらく、どんなに剣の修行を積もうとも、どんなに己を鍛え上げようとも、自分ではレグナムのようにカミィと一緒には戦えない。カムリは切実にそう思う。
もちろん、自分がレグナムに単純に戦闘力で劣っているのは事実だ。
先程の手合わせはほぼ互角だった。しかし、それはあくまでも手合わせの上でのこと。
手合わせである以上、どうしたって手加減は必要となる。
多少の怪我は止むを得ないが、相手に大怪我を負わせたり、殺してしまうわけにはいかない。そのため、実戦同様な得物を使いつつも、どこかで遠慮しなくてはならない。
カムリは騎士であり、そのような手加減を加えた上での手合わせは日常茶飯事といっていい。
しかし、レグナムは傭兵である。もちろん傭兵とて鍛錬は必要だし、鍛錬をする上で手合わせも行うだろう。
だが、レグナムの戦闘方法は身体中を使ったあくまでも実戦重視のもの。単なる手合わせとなれば、その動きもどこか精彩を欠くのは明らかだ。
現に、魔獣を相手に本気で戦っている今のレグナムは、カムリとの手合わせの時以上にその動きは鋭い。
繰り出される剣撃は先程よりも確実に鋭く力強い。何の遠慮もいらない魔獣相手なので、レグナムは持てる力を存分に振るっているのだろう。
確かに先程の手合わせは互角だったかもしれない。しかし、あれが実戦であれば、ものの数分で自分は倒されていたに違いない。
それに、レグナムほどカミィと同調して戦うことは、カムリにはそもそも無理だ。
なぜなら、カムリはカミィを「守るべきもの」と思っている。
自分が生まれて初めて想いを寄せた女性だ。彼がそう思うのは当然であろう。
しかし。
しかし、レグナムはカミィを共に戦う「相棒」と認識している。
レグナムはカミィを信頼し、頼り、背中を任せている。あのような真似は、カムリには絶対にできない。
「……見事なものだ」
誰に言うのでもなく、カムリは戦う二人を見詰めながら呟いた。
今、彼の胸に沸き上がっているものは、諦念。
まるで一体の生物のように戦う二人の姿を見て、カムリは戦場にありながら生まれて初めての失恋という場違いな感情を味わっていた。
戦いながら、思わす笑みが浮かぶのをレグナムは止められなかった。
戦いやすい。
それがカミィと共闘し始めてすぐに感じたことだ。
彼は傭兵として、これまで何人もの仲間と戦ってきた。当然、息の合う者、合わない者など色々な連中がいた。
過去、レグナムと一番息が合ったのは間違いなくアリオンだ。そして、彼が傭兵を引退した後、彼ほど息の合う相棒には巡り合っていない。
しかし、カミィはそのアリオンを凌ぐほど、息の合う戦いやすい相棒だった。
言葉に出すわけでもなく、かといって目線や仕草で合図するわけでもない。それでいて、こうして欲しいと思った事を、彼女はまるでレグナムの心を読んでいるかのように実行する。
悪くない。
こいつと一緒に戦うのは悪くないな。
レグナムは剣で魔獣を両断しながら、足で魔獣を蹴り上げながら、自然と浮かぶ笑みを止めることができなかった。
この感覚はなんだろうか。
カミィは戸惑った。
これまで、彼女はずっと一人だった。
彼女に
だが、こうして肩を並べて一緒に戦う者など、これまで一人たりともいなかった。
カミィは戸惑いつつも、同時に心の奥から歓喜が沸き上がってくることにも気づいていた。
誰かと一緒にいることが、こんなに楽しいことだとは。
誰かと共に何かをするということが、こんなに満ち足りたことだとは。
カミィは、隣で一緒に戦う傭兵の青年と出会ってから今日までのことを思い出す。
自分に対し、言いたいことをぽんぽんと言って寄越す不遜な奴。
自分に対し、平気で拳骨を落とす不敬な奴。
それなのに、彼と一緒にいるとなぜか心が踊った。
同時に、どこか懐かしいようなものも感じる。なぜそんな思いを感じるのか、彼女にもよく分からない。
だが、悪くない。
こうして、こやつと一緒に何かを成すのは悪くないのだ。
カミィは魔獣の頭を拳で砕きながら、蹴りで魔獣を吹き飛ばしながら、自然と浮かぶ笑みを止めることができなかった。
「大事ないか、レグナム?」
カミィは背中合わせになって魔獣と対峙する相棒に、振り返ることなく問いかけた。
「ああ、大丈夫だ……と言いたいところだが、流石にバテてきたのは事実だな」
そう答えるレグナムの息は荒い。
彼はカムリと手合わせを行った直後、休む間もなくこの戦場へと立った。
カムリとの手合わせは、大きな怪我こそ負わなかったものの、精神的、肉体的にはかなりの疲労を要した。そして、その直後にこの無数の魔獣との戦いである。レグナムの体力が尽きかけてしまっても、彼も人間である以上は仕方のないことだろう。
それでもレグナムとカミィ、そしてカムリと彼が率いる兵士団の奮戦により、さすがの魔獣たちも徐々にその数を減らし始め、残すところ五十体強といったところまでその数を減らしていた。
そして、ある時を境に魔獣は上陸して来ない。魔獣とはいえ無限ではないのだ。おそらく、これ以上魔獣の数は増えないだろう。
「我が兵士たちよ! 魔獣の新手はもはや現れはしない! あと一息だ! 《戦女神》と《剣鬼》と共に、残った魔獣を駆逐せよ!」
二人から少し離れた所からカムリの檄が響く。そして、その檄に応える兵士たちの声もまた。
港に到着した時は思わず呆然と二人の戦いに見入ってしまったカムリだったが、すぐに我に返って兵を率いて魔獣と交戦し始めた。今では彼も兵と共に相当数の魔獣を討っている。
「カムリの言う通りあと少しだ。これが終わったら美味いものを腹一杯食べさせてやるからな。楽しみにしていろ」
「本当かっ!?」
戦場にありながら──全身を魔獣の返り血で赤く染めながら、「美味いもの」という言葉にカミィはその金の瞳を輝かせた。
そんな彼女にやや呆れながら、レグナムは心の中で「きっとご領主様がいくらでも食わせてくれるだろうさ」と付け加えた。
既に、魔獣は自分たちからレグナムやカミィに仕掛けてこない。殆どの仲間をこの二人に屠られた魔獣は、二人を「獲物」ではなく「脅威」と見なしたようだった。
明らかに逃げ腰になっている魔獣たち。だがこの場から逃げ出さないのは、逃げれば追撃をくらうことをそれとなく察知しているからかもしれない。
それでも自分の命を優先する、という本能に抗えなかった魔獣の一体が、レグナムたちに背を向けて海へと駆け出した。
その一体が逃げを打った途端、残った魔獣たちは雪崩の如く一斉に逃げ出す。
「敵は逃げ出した! 追撃せよ!」
魔獣が逃げ出したのを見たカムリが、配下の兵士たちに指示を飛ばす。
しかし、レグナムとカミィは魔獣の追撃に参加しなかった。兵士たちが魔獣の追撃を任せてゆっくりと息を吐きながら体を弛緩させる。
カミィはともかく、レグナムは流石に限界だった。逃げ出した魔獣を追撃するような力は残っていなかったのだ。
思わずその場で腰を下ろしたレグナムに、カミィは彼の傍に立って期待に満ちた目で彼を見下ろす。
「さあ、戦いは終わったのだ! すぐに美味いものを食べに行くのだ!」
「まあ、待てって。おまえはともかくオレは疲れてんだよ。それに、おまえだってその格好で飯を食いに行けねえだろ?」
そう言われて、カミィは自分の姿を確かめた。
全身魔獣の返り血やら体液やらを浴びており、それらが渇きつつあって酷い有り様だ。
更には下着しか着ていなかったということもあり、魔獣との交戦中に痛んだらしい下着の薄布は、あちこちが破れて今にも下着としての役目を放棄しそうである。
しかし。
しかし、カミィはどこまで行ってもカミィだった。
「気にするな。我輩は全く気にしないぞ?」
「俺が気にするんだよっ!! ってか、おまえも気にしろっ!!」
呆れつつもそう言い返したレグナムの耳に、ぴぎゅいぃという魔獣の断末魔が聞こえた。
そういや、魔獣の追撃はどうなったのか、と今更ながらに思い出したレグナムが声のした方へと振り向けば、彼はそこで異様な光景を目にした。
それは、海から飛び出した薄灰色をした細長い何かが、魔獣の一体を絡め取ってそのまま海の中へと引きずり込むというものだった。
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