第9話 自衛の授業と彼女の扱いと
2016年4月
帰りのホームルーム。担任の先生よると、魔物の目撃情報が増えているようだ。被害はないようだが、気を付けるようにと言っていた。
「魔物、増えたの? そんな気がしないけど」
「俺にはわからねえな。なんてったって、昼の間はここ最近俺、うろついてねえしな。夜とか夕方だな」
「私に合わしているせい?」
「一緒に活動してくんねえと効率悪いし。それに、条件さえそろえばいつでも俺のタイミングで出せるしな」
「人為的に引っ張り出すのはともかく、そろそろ自然発生はしないの?」
「最近、ちょっと心配してる。気が緩んだらマジで勝手に発生しそうなほどリーチがかかってるとこが増えた」
「条件って、明確に決まってないの?」
「うーん。ところどころ勘が必要になってくるしな。全て言葉で説明でけたら俺も苦労はないんだが」
「そういえば、魔物って、色んな呼びかたされてるのね。ジャガーノート、魔物、世界の浄化作用、粛清者、フリーク。不思議ね」
「変わり者のフリークさんが見つけて、ほら吹きと思ったらマジだって、それからフリークって呼ばれてるって話があるな」
「中ボスはどういう意味?」
「仲間内で区別するためだけに呼んでただけさ。正式名称はあったらしいけど覚えてないや。狐も、モンスターボールも玄武もフェニックスも、全部正式名称じゃなくて、区別するためだけに呼んだだけ」
「ふーん」
「一週間後くらい、ちょっと久々に昼から散歩するわ。やっぱ気になるんだ」
「自然発生型?」
「たぶん。条件をぶっ壊してくるだけだから。んで次の日に無理やり条件満たせて引きずり出すから、そん時にまた協力してくれるか?」
「もちろん。少しでも弱くいてくれないと困るしね。この前の自然発生型と戦った時は今までのものと比じゃなかったものね」
「ははは。それでもくくりは一緒さ。多分、Cランクっていうのになると、また次元が変わると思うぞ?」
「次元が違うってよく他の人はいうけど、よくわかんないね」
「たとえるなら、『宇宙の外側』だな。将棋の強さの話に虎が出てくるような感じだ」
「貴方の例え、ぶっ飛びすぎて面白い」
2016年5月
彼女は学校にいる。しかし、三時限から五時限の間、彼女のそばに彼はいない。彼は魔物の対処でどこかへ行ってしまっているのだ。ちなみに彼が彼女のそばを離れるのは二年生になって初めての事だ。彼女は想像以上に不安に駆られてしまっていた。彼がいることで正しい判断ができるところは多くあった。今、彼女は随分思考能力が落ちているのだ。授業や小テストならばともかく、とっさに考えが必要となる場面では特にその傾向が現れる。会話や作業などだ。咄嗟に「右手はどっち?」と聞かれても、数秒考えないと答えられないところまで酷いのだ。
彼女は彼がいることで、思考の負担を半分担ってもらっていた。心の余裕という点でもだ。
彼女は彼がいないその間、どうか何もないことを祈っていた。しかし、現実はそうはいかない。
昼休みの間。彼女は机に伏して寝たふりをして過ごしていた。そこに誰かが彼女に話しかけたのだ。
「今、いいかい? 話がしたいんだ」
彼女の心臓は飛びはねた。トラウマを刺激する声だった。彼女は自分に関係ない、と言い聞かせて寝たふりを続行する。気のせいだ、気のせいだと何度も言い聞かした。
「いや、長田さん。無視してやんなくても」
またトラウマの言葉だ。最初から名前を呼べばいいものを、敢えて名前を言わずに彼女に向けて声を出す。反応したら、「お前じゃない。自意識過剰」、無視をすれば「聞こえているくせに。性格が悪い」だ。
最初から無視してくれていたらいいのに。と思わずにいられないが、あいにく言い返せるほどの心の持ち主ではないのだ。
彼女は仕方なく声のしたほうに顔をあげた。
彼と同じほどに身長が高く、生徒の信頼も厚い男子生徒、彼の生前の友人の一人である八幡がそこにいた。見た目のいい顔つきである。ただ、彼女はこの男子生徒が嫌いであった。嫌いというより、恐怖の対象だ。
彼女はこの八幡という男子生徒に怒鳴られたことがあり、それ以来ひどく苦手意識を持っているのだ。確かに過去に、色々話しかけたりとうざかったかもしれない。それは後になってではあるが、彼女にも自覚があった。自覚があってから、関わらないようにしていた。しかし、忘れたころにそのことで一斉に多人数に責められたのだ。その時はちょうど親に物を捨てられたり他の事で凹んだ精神状態の時であった。ゆえに相当なダメージとなって、彼女の心に根深く傷を残してしまったのだ。その時の彼女を責め立てた筆頭が彼の友人である井口と八幡なのだ。
「すみません。反省してます」
ほぼ反射のように立ち上がった彼女は謝罪の言葉とともに後ずさっていた。
「は? 何が? 寝ぼけてんの?」八幡の隣には別の人が彼女の行動を笑った。別のクラスの生徒である。別のクラスの男子生徒は彼女に説明するのだ。「違うよ。ヤタが君に話があるの」
彼女は、わざわざ呼び出すことは何かしらで責め立てるのだと容易に想像できた。
しかも、何について責め立てられるのか予想ができないのがたちが悪い。せいぜい、怒鳴り散らされる覚悟をするしか彼女に対抗する方法は無いのだ。
「いやね。こいつ、ヤタがね、君にかばわれたって言ってんの。ってかちゃんとこの子、腕あるじゃん。ヤタぁ、お前頭おかしいんじゃねえの?」
彼女は完全に思考が硬直してしまい、受け答えもできずにいた。そんな様子に、先程から喋る見知らぬ男子生徒が律儀に説明した。
「いやね。このヤタ、四月くらいに魔物に襲われたんだって。そん時に女の子に庇われたらしくてね。それでヤタが言うには、君にそっくりだったんだって。しかもその例の女の子は腕に大けが負ったとかで腕が無くなってんだと。こいつどういうわけか、君が腕無しにみえたんだってよ」
「いや、間違いない。君だよな? お礼を言いたかったけど、遅れてしまって」
「おい。マジやめとけって。頭おかしいぞ。新手のナンパにしてもキモイって」
「いや本当に違いない。四月五日、あの前の通りの所だ。覚えあるだろ?」
彼女は確かに利き手を失っていた。しかし最近、どうにか彼の治療が完了したのだ。今はリハビリというところだった。決して八幡という男子生徒が見間違えたというわけではない。
彼女は八幡という男子生徒が言ったそのことについて覚えがあった。その日は、彼と魔物の封印を行っていたのだ。どうやら彼の弱体化結界からもれてしまい、数匹の雑魚な魔物が暴れようとしていた。そこにいたのが八幡という彼の生前の友人だ。
彼女は八幡という男子生徒は嫌いであったが、彼にとってはそういうわけではない。彼の目的はかつての親友を死なせないことにある。それを思えば、彼女はすぐに嫌いな生徒であっても庇うことができたのだ。
しかし彼女の助け方には問題があった。彼女は八幡を強く突き飛ばしてしまったのだ。しかも、彼女の血で多少なりとも汚してしまっている。怒鳴られる要因としては十分に感じられた。
そこで彼女は強引に、知らぬ存ぜぬを通したのだ。
「わ、わ、私じゃありません」
「はあ⁉ そんなわけないだろ⁉ じゃあ四月五日の時、君、どこに居たんだよ!」
八幡はつい、強く迫ってしまった。八幡はもともと、感謝を伝えたかっただけなのだ。問いただせば八幡の想定したような答えがかえってくると思っていたのだ。しかし彼女の答えは否定のものだった。もともと彼女に対しては話しかけにくかった。この機会を逃せば、まともに話しかけれるのはいつになるかわからない。ゆえに焦ってしまっただけなのだ。
「ごめんなさいごめんなさい」彼女は八幡の声に怯えて、そのまま窓際まで後ずさりする。「ごめんなさい本当に覚えていませんごめんなさい。記憶にないんですすみません」彼女の眼には涙が浮かび、膝は震えている。
「おいヤタ! お前おかしいぞ! この子が違うっていうんだから違うに決まってんだろ! しかも怯えてんぞ! ごめんね君」
残された彼女は、嫌なことは忘れるに限る、と、また机に伏して忘れることに尽力した。
2015年5月
彼女はクラスになれるどころかより一層孤立する傾向にあった。二人一組を作れと授業で言われると、どうしても彼女が余ってしまうことになるのだ。彼は見ていられなくなってしまい、彼は姿を現して生徒としてまぎれて授業に参加するのだ。幸いにも彼は気配消しの魔術を使える上に、もともとの服装が学校の制服なのだ。不思議とばれることはなかった。それを何度も繰り返すことから、次第に彼も彼女も慣れてしまった。それに別の生徒が使い魔を授業中に召還しているところを見て以来、彼も彼女も開き直ったのだった。彼もカテゴリーとしては使い魔なのだから。
それから、学校でも比較的、他の人にも見えるところで実体化することが増えたのだ。
彼と彼女は呑気に会話をしている。
「それにしても、もうすっかり体育の授業が無くなっちまったな」
「特別授業が割り込むようになってから、気が付いたら体育が変わっちゃったね」
「つまんねえな特別授業。学外から招いたわけわからん先生の下、型の稽古ばっかり。実戦がねえ」
どうやら、あまりに魔物の出没情報から、彼女の高校だけでなく、一帯の教育機関に自衛の指導が入るようになったのだ。しかも彼女の高校の生徒の誰かが魔物から一般人を救ったという話があり、調子に乗った我が校は魔物対策にも無駄に力を入れたのだとか言われている。もともと、この高校は部活動が盛んで、勉学よりも活動を中心に見ている点もあった。
そんな授業の時のこと。運動場で学外の先生が体育座りしている生徒たちに聞く。
「ここで魔物に遭遇した奴は手をあげろ」
先生は、いかに身近に魔物がいるかという話をしたかったのだ。そして流れでどういう対処をしたかという話になった。何名かは逃げた、通報したなどだ。
彼女も当てられて、答えることになった。
「遭遇する気配を感じた場合、銃刀法違反などの法律に違反しない必要最低限、かつ不足の無い準備しなおして。もう一度そこにいって対処します」
「違う。遭遇した場合の話だ」
「発現していたらおとなしく死を覚悟する以外に何もできません。もしくは存在を認識することなく私では死んでしまいます」
「もういい。君には聞かん」
その中で彼女のこたえは他の生徒たちに酷く笑われてしまう。しかも、しばらく生徒たちの間ではネタとして通るのであった。
「さっきの受け答え、実際に見たかのような喋り方だったな」
その場にいた若い体育教師の先生が授業が終わった後に「どんな魔物だった?」と尋ねたのだ。彼女はあろうことか、封印された中ボスを見せた。手に収まる小さな水晶にハムスターのような小さい白い物体が入った物だ。これは、彼女が初めて彼とともに封印に成功した魔物だ。彼女は記念にと、お守りであるかのように常に持ち歩いているのだ。それを先生に見せたのだ。
「これは?」
「私が対峙した魔物です。ランクDです」そこで先生が不意に水晶を手に取った。「ああ! 駄目です! 封印されてるだけで中は生きているんですから!」
「ははは。なにをバカな」
そういう先生の手にある水晶の中の白い物がうねっていた。
「うお! 動いている!」
「だから封印解けたらまた暴れだすんです。封印してくれた友達に、封印が壊れないか見てもらうので返してください」
そう言って彼女はその場を去っていった。
若い教師は彼女の言葉が不思議に感じ、彼女が見せた魔物について調べてみた。どうやらよくある魔物の変種だそうだ。
2016年6月
彼女はこの自衛授業ではあまり優秀ではなかった。彼女は彼から教えられた戦い方が染みついてしまっていたのだ。対魔物に特化しすぎるといってもいい独特のフットワークに、大振りな動作だ。精々まともな戦いができると言えば、彼の自己流で教えてもらった徒手格闘技。それを見せては指導の先生によく怒られた。そして周りの生徒もバカにするように笑い、貶していく。彼女はより一層動きがぎこちなくなってしまうのだ。
「違う! 長田、何だその動きは!」「そこで素振りをしろ! どうして教えたことができずにいるんだ!」
「どうして魔力があるのに、火を発現できないんだ! 初歩の初歩だろ!」
彼女は魔法でもほとんど駄目である。
授業が終わってから。そんな彼女に彼は言うのだ。「しょうがない」と。
「どういうこと?」
「俺もさ、属性魔術に関しては適正が無かったんだ。ってか、検査してねえの?」
「検査? 適正? 無いよ、そんなの」
「はえ? 無いの? まあいいや。適正はそれぞれあって、できねー奴にはできねーの。無理したとこで意味ねーから。できねーってだけで落ち込むことねーよ」
「そうなんだ。でも、何かできることがあってもいいんだけどな」
「『肉体魔法』。俺の適正はそれに向いてるんだと考えた。何事も考え方ってな。そんな属性はねえけど」
「確か、骨折治療からヒントに至って出来た魔法だったんだよね」
「おうよ! ついでに、そん時の副作用で身長も伸びたのさ。お前の治療してる魔法も、これが大半だからな」
「血液が無くなったらどうしようも無くなる駄目治癒魔術」
「うるへー」
今日の実戦自衛授業も彼女は怒られる。そして他の生徒たちからも、「なんだあれ」とバカにされるのだ。視線を気にする彼女は、どう動いていいかわからず、思考が硬直するのであった。そしてさらにぎこちなくなるのである。
ある自衛の授業の時、久しく別のクラスとの合同授業だ。
「やあ長田。久しぶりだな! 久々ついでに手合わせ頼む」
笹崎が彼女に話しかけた。一年の二月くらいに模擬戦闘をして以来であり、本当に久しぶりだった。ただ、彼女はこの笹崎に近づく事によって見知らぬ生徒に怒鳴られるのを避けていた。本当のことを言うと、笹崎自体は彼女は嫌っても恐れてもいない。しかし、笹崎に近づくことによって他の人から怒られるのが怖かった。ゆえに廊下で見かけても距離を取っていたのだ。
しかし、今回は困ったことに笹崎から彼女に話しかけていた。気配けしの魔術を使って、目立たぬようにしていたにもかかわらず。
「髪伸ばした? 眼鏡もかけてるし、雰囲気が変わってんな。まあいいや、実技テストなんだけど、相手が俺、いなくてさ」
笹崎が一方的に彼女に喋る中、見知らぬ女子生徒が会話に入ってきた。
「笹崎君。私たち相手にしてくれない?」
「ん? 誰かわかんないけど、強い人でないとね?」
笹崎は遠回しに拒んだつもりに言った。しかし、彼女と笹崎が実技テストとして、二人でするのだと知ったら、言い方を変えてきた。彼女は強くない、そいつとするのであれば、私の方がまだマシだ、と。
「えーと」
と、戸惑う笹崎に他からの生徒にも「彼女は弱い」と言われる。その言葉で、笹崎は強引に彼女を引っ張るわけにもいかなくなってしまった。しかも、彼女からも「相手が見つかってよかったですね」と言われて、笹崎の前から消えてしまうのだった。
「ああああ! 足が! 足が!」女子生徒の声が響く。
全身鎧から、か弱い女子生徒にローキックを放った笹崎は、頭部の防具を消し、ぱちくりとした目であたりを見回して指をさす。「こいつ弱いじゃん」と漏らした。「え? 俺、何か悪いことした? 足の骨、折っただけだよ? へ? 長田なら手足の二三本折ったところでオオゴトにしなかったのに。なにこの扱い」
別の日の事。事件を起こした笹崎が、また彼女に戦闘の相手を頼みに来た。
「あれ? 実戦の相手、笹崎君、八幡君が相手になっていたのではないですか?」などと戸惑う彼女。
「まあそうだけど、なんか出し切れない感があって。それに長田は実戦、まだだって先生から聞いていて。それに先生からも、相手がいないだろうからって認めてくれた」と笹崎。
逃げ口上を塞がれていた。彼女は笹崎だけとは嫌だと明確に拒否してみたが、先生からついに怒られてしまう。「いい加減にしろ、甘えるな。お前で最後なんだ」と。彼女はしょうがなく、実戦の相手を笹崎に依頼するのだ。
先生からは、仏頂面で文句を言われてしまった。
彼女と笹崎は、実技試験の最後ということもあり、生徒という名の観戦者に囲まれている。そのグラウンドで、二人は相対しているのだ。
二人は完全に戦闘態勢に入っていた。笹崎は、武器召喚として全身鎧をまとっている。武器召喚という、戦いにおいては絶対の存在だ。武器召喚に対して勝利をもぎ取れるのは武器召喚、もしくは固有魔術でなければ不可能だという認識がある。
覆ることのない認識。それを彼女は一度覆した。
彼女の服装は体操服。装備をしているわけでもないし、武器も持っていない。素手のまま、ファイティングポーズをとっている。
戦闘が始まった。瞬間、笹崎の姿が消えた。気が付いた時には、笹崎は彼女にとびかかっているのだ。彼女は笹崎の一振りを掻い潜った。彼女は笹崎のまたのところを抱え、一気にたたきつける。彼女は笹崎を投げたのだ。
笹崎には早すぎて理解が遅れた。掴んでから投げが早すぎるのだ。
しかも、笹崎は剣を持っているほうの手を踏まれており、動けずにいる。
「降参しますか?」
彼女の言葉と同時に、笹崎は顔面を踏まれていた。笹崎がすぐに答える素振りを見せないとなれば、彼女は何度もばこばこと踏むように蹴りこみながら「降参しますか? 降参してください。でないと蹴り続けます」と言うのだ。
「ふううらあああああ!」
笹崎は自爆覚悟で魔術を放つ。それを彼女は察して飛び離れた。次は笹崎の攻めとなる。笹崎が剣を振れば、パックリとグランドが割れるのだ。斬撃はもはや生徒の目には留まらない。それを逃げながらであるものの、避ける彼女は異常だ。
一瞬、笹崎がのけぞった。かわしながらも、彼女は打ち込んでいるのだ。
隙を見せた笹崎は、その隙を付け込まれないように更に攻撃を行う。
――どうだ。距離をとれ!
笹崎はそう念じながら力強く振りぬく。それに合わせて彼女は大きく距離をとった。しかしそれは彼女の反撃の合図だった。大きく取った距離を一瞬で詰め、飛び蹴りを放ったのだ。しかも、魔術か何かによるものなのか、笹崎が彼女の蹴りを剣で受け止めても勢いは収まらない。そのまま笹崎は力負けするかと思わせたが、どうにかして踏ん張り、彼女を吹き飛ばした。
彼女が戦い方を変えた。吹き飛んだ彼女は着地と同時に踏み込んだ。ロングパンチからつながるフック。速さをいかした連続攻撃だ。凄まじいコンビネーションで翻弄し、嫌がって力任せに振りぬく笹崎の一撃も一瞬だけ距離をとってさばく。息をつかせる間も与えずにまたインファイトに持ち込み、ひたすらに彼女は攻める。
ついに笹崎が隙を見せてしまい、彼女の体当たりで大きく吹き飛ばされた。車にはねられたかのように笹崎が軽々と飛んだのだ。吹き飛んだ笹崎は、観客と化した生徒の群れに突っ込んでしまう。
誰か幾人の生徒の悲鳴が上がるが、彼女は気にしない。彼女は吹き飛んだ笹崎にまた距離を詰める。体勢を整えられる前に追い打ちとして蹴りを放ったのだ。突き飛ばすような重い蹴りだ。流石に笹崎も怯んで素早く動けなかった。
彼女は仰向けに倒れる笹崎を踏みつけていた。
「貴方のこの武器召喚による剣って、本人にもヤバいんですよね? どういう概念かわからないですが」
彼女は、笹崎が手放そうとしない剣の刃を踏みつけ、笹崎の顔の近くまで押し込もうとしていたのだ。勿論笹崎も、剣が危ないという認識があるのか、押し込まれまいと抵抗している。
「武器召喚、解除しないと危ないですよ? ほら降参してください」
剣に触れている彼女のスニーカーは、酸にでも焼かれたかのようにズタズタだ。先程からじゅうじゅうと彼女の足から嫌な音もしている。しかし、彼女は力を抜く様子はない。
女子どころか男子も騒ぎ始めた。
そこに先生が乱入するように制止に入った。審判をしている先生ではない。別の先生だ。
「バカ野郎! やめろ長田!」
彼女を笹崎から離し、笹崎を立ち上がらせる制止に入った先生。二人の間に立って 「このど阿呆!! またやりやがったな!」と拳骨を二人に見舞った。この先生直々に、一年生の頃から「お前らは戦うな」と言いつけられてあったのだ。
「お前らはまた俺の給料減らす気か! 戦う度に大怪我しやがって! 鼻血たらしながら殴り合ってからに! それに長田! 腕が折れてるじゃないか! 中端先生も、なんで二人を戦わすんですか! 長田は要注意人物だと言ったじゃないですか! 長田! 何故懲りない!」
怒られる彼女は、表情を見るからに歪ました。眉をひそめた、泣きそうな表情だ。
「何故ですか! 私、ちゃんと手加減したのに! 中端先生からは手加減するなって言われるし! 強制されるし! どうすれば良かったんですか! そもそも、笹崎君、すごく弱いのに! 手加減するのも大変なくらい弱いのに! 私は嫌だと言っているのに! どうすれば良かったんですか! どうしたらよかったんですか!」
彼女は鬱憤が溜まってしまっていたのか、叫んでいた。本当に、どうすればいいのかわからなかったのだ。しても怒られ、しなくても怒られる状況なのだ。感情が抑えれなかった。
怒鳴っていた先生はたじろぎ、「ああ悪かった。もう行っていいぞ」と解放した。説教は笹崎と審判をしていた教師に向けられた。
説教は二十分にもおよんだ。「でも長田って、怪我なんてすぐに治りますし」「お前、壊れない玩具か何かと勘違いしていないか?」そんな説教の中、女子生徒の悲鳴が上がった。説教を中断し、先生たちが駆け寄った。
なんてことはない。彼女が治療をしていただけだった。
「……な、な、何やってんだ、長田」
「治療です。笹崎君殴ったり蹴った時に、骨が突き破ってしまって。邪魔じゃないところならいいかと思ってしまって。すみません。隅の方でします」
「いや、え、いつもみたいに治癒の魔術使えば」と笹崎が言う。
「治癒魔術なんて使えなくて。といいますか、いつもこういった治療ですが」
「骨、むき出しじゃないか。やばいよ。痛くないの?」
「まあ、泣き叫びたくなる程度には痛いです。でも、貴方と戦った後はいつもこうですし。一番最初にやられた怪我と比べたら大したこともありませんし」
「……」
周りの生徒は悲鳴を上げるか言葉を失うか、失神するくらいしかしなかった。数名、ゲロを吐いていた。彼女はそこで、また、何かしてしまったのだと気が付いた。しかし、何をやらかしたのか、その原因もよくわからないのだ。彼女の思考能力は酷く落ちていた。
余談であるが、彼女は次の授業になるころには、普通に歩いているのである。
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