第5話 空気の読めない彼女と周りの扱いと
2015年9月~
彼女はあまり他のクラスからは良い印象は持たれていなかった。彼女にはどういうわけか、へんな噂が飛び交っていた。頭のおかしいとか、クラスでボスを気取っているとか、弱い奴には容赦がないとか、誰かを虐めているとかだ。その印象を持たれるようになった切っ掛けは言わずもがな、笹崎という生徒との模擬戦闘だ。
笹崎を病院送りにしたのが一番悪かった。たとえ笹崎が先生の制止を聞かずに、危険魔術を使い、彼女の方が大けがを負っていたと言っても、入院した方が被害者なのだ。しかも彼女が記憶もなく、説明のしようがない。
実際であれば、彼女の出方によっては笹崎を殺人罪まで追い込むことも可能だった。それほどに笹崎はやり過ぎていたのだ。しかし彼女は、「お互いさまだから」と一切騒ぎ立てることをしなかった。それを事情の知らない生徒は、病院送りにしておきながら何も無かったかのように笹崎と接するなんて罪の意識も持たない嫌な奴、という印象を彼女に持つのだ。結果の事だけを思えば、騒ぎ立てるべきだったのだ。
ちなみに教師が罰則を受けたのは、笹崎の親から強い声があったからだ。その対象が彼女にならなかったのは、もちろん彼女に非がないからである。生徒の一人が、二人の戦闘を動画に撮っていたのだ。笹崎の親もその動画を見てしまっていた。
この事実を説明しようとする者は少なかった。何故ならその時の二人の戦い方はグロテスクで衝撃的過ぎたのだ。彼女の戦闘後の状態といえば、片腕は折れてありえない方向をむき、血を吐いており、顔の一部の皮膚は剣先が引っかかって気持ち悪い程に裂けていた。勿論その時の顔面は血まみれだ。しかも極めつけは、彼女の泣き叫ぶ声だ。彼の憑依が解けた瞬間、「痛い! なんで! ああああ! 痛いいいい!」と聞くほうが堪えれないほどに泣き叫んでいたのだ。そんな様子にクラスの生徒たちはトラウマとなってしまい、話題を出すこともなくなった。彼女のクラスは、彼女が何事もなく次の日に登校した上に、明るい性格で払拭されてはいた。しかし、一組ではそういうこともない。進学クラスは別棟にあることもあって、最後の最後まで一生の傷を負っているのだと思っている生徒もわずかながらいた。それほどに悲惨な事故だったのだ。笹崎も笹崎で、あの後随分反省させられた。普通ならば殺している程の大けがだ。
笹崎にとっての救いといえば、彼女は彼の治療の魔術によって常人の比較にならない回復能力を持っていたことだ。後遺症も無く、さらに彼女本人から許してもらっていた。これがさらに笹崎にとっては申し訳ない気持ちもあり、恥ずかしくもあり、笹崎は誰に聞かれてもそのことについて詳しい話をしないのだ。
そんな彼女は、他のクラスから頭のおかしい奴というようにみられていることを認識しないまま、他の人とコミュニケーションを取ろうとした。彼の話に出てくる生徒と直接話をしてみたくなったのだ。特に、彼の生前の友達とはぜひとも仲良くしてみたいと思っていた。
笹崎という男子生徒は中学生時代から有名で、女子生徒からも人気があるのだ。そんな笹崎を病院送りにした長田という女子生徒は一組クラスと二組クラス以外からは酷く嫌われていた。もはや敵とでも言うべき程に嫌われているのだ。
そんな彼女が他の生徒と仲良くしようとしても、もちろん他の生徒は受け入れようとしない。それでも挫けずに彼女は話しかけていく。彼の生前の友達と話せば彼を喜ぶのだ。それに、彼の姿も友人を通して見えてくる。彼女はそれを求めていただけなのだ。
彼女はある時、井口という女子生徒に話しかけてみた。彼の生前の友達だ。彼の生前の友達の中では誰よりも優しい穏和な人だと彼から聞いていた。ウェーブをかけたふわふわの髪型で優しそうな雰囲気な女子生徒だ。しかし、話が違い過ぎた。
彼女はその女子生徒から怒鳴られてしまったのだ。彼女は何度かその井口という女子生徒に機会があるたびに話しかけていて、それがあまりにうざかったのだと反省する。その後、時を空けて何度か話しかけようともしたが、二度とその悪い印象は払拭されることなかった。彼女はそこで、信頼というのは取り返すことができないということを学んだのだ。
「井口さんと話したのか? 滅茶苦茶いい人だろ? もう聖女って言葉はあの人の為にあるようなもんさ」
彼が面白おかしく井口という女子生徒の事を言う。しかし彼女はそれに何も答えることができずに、半笑いで誤魔化しながら「まだよく知らないし、わからないかな?」としか言えないのだ。少なくとも、彼女は優しい性格であり、同意を求められると否定できない考えを持っていた。
自分は間違えたことをしてしまったのだと、ひそかに思い悩むのだ。
2015年6月~
彼女は周りが見えていなかった。
彼女はただひたすら、たのしいことばかりをしていた。早朝のランニング、夜間認められるぎりぎりの時間までのアルバイト、部屋にこもって日記をかいたりなどだ。おかげで家族とのコミュニケーションは蔑ろとなっていた。
ある時、彼女の弟が友達を連れてきた。なんの事情か知らないが、泊まるのだそうだ。その日は、親が二人とも帰ってこない日でもあった。
「お邪魔します。お前んち、初めてきた。おお、高そうなロードバイク!」
「俺も。……って。かあやん、とおやん、家に帰ってこないんちゃうかった? テーブルに飯の準備できてるぞ」テーブルの上には料理が並んでいる。弟の友達はそれを見ていったのだ。
「あー。ユーコだ」
「ユーコ?」
「姉だ姉。引きこもりだから、父さん母さんが家に帰らないこと知らないんだ」
「ユーコさんっていうのか。どんな人?」
黙る弟。
「雄太にすげー似てるから! ビビるぞ。名前も、代々ユウって文字入れてるらしくて、名前の字の雰囲気も似てんだよ」代わりにこたえるのは別の友人だ。
彼女の弟は、彼女の事が恥ずかしくて仕方がなかった。弟から見る彼女は、人見知りで、喋ればドモリ、クラスで浮く存在だった。しかも見た目が似ていることもあって、より一層嫌だった。一緒にされるのも不愉快だった。
存在が気持ち悪く思え、姉弟とも思われたくなかった。あまりにイラついて、彼女に対して何度怒鳴ったかわからないほどだ。「見ていて気持ち悪いんだよ!」「その癖やめろ! 喋ることもできないのか」と。
彼女は言葉を頭で整理するのが苦手だった。感情ばかりが先走り、思考が硬直し、言葉が続かなく、どもるのだ。治したくても治せなかった。その姿が弟にはムカついて映った。
彼女の事を知られたくなくて、弟は無理やり話をそらした。
弟の友達が余るはずの夕食を食べ、そのまま泊まることになったのだ。
その夜。彼女の起床時間は早い。あさ3時から4時には起きているのだ。彼女が一階に降りる時に、弟の友人に会った。弟の友人はトイレに起きたようだった。
「? おはよう。雄太のお友達?」
「お、おはようございます」
彼女の見た目は、確かに目つきや体つきは弟に似ていた。しかし、彼女がまとう雰囲気は美人のものであり、友人はそれにたじろいだのだ。「『雄太を女装させたらそうなる』と笑っていたのに、とてもそんなんじゃないじゃないか! 凄く美人だ!」と。
「あ。晩御飯、食べてくれてたんだね。私、残してくれてたメモに気が付かなくて、晩御飯作ったままにしてて。食べてくれてありがとう。捨てるのももったいなかったし。どんなメニュー食べたの? 三種類それぞれ置いてあったんだけど?」
「三種類ちょっとずつつまんで食べました! おいしかったです。手作りだったんですか?」
「うん。よかったら、朝ごはんも用意しちゃうよ?」
「ほんとですか! 是非!」
「和食? 洋食? 何がいい? アレルギーとかは?」
「えと、和食で、卵焼きとかあれば嬉しいです」
朝起きると、確かに朝食が三人分作っておかれていた。
「あのくそ! 余計なことしやがって!」
弟がそれを見るや、早々に流し台に捨てたのだ。友人が気づいて「あ!」と叫んだが、もう遅かった。「ああ」と名残惜しそうに友人は流し台を眺めるが、弟は気にも留めなかった。
「……その、お姉さんはどこに?」
「あいつ頭おかしいから、もうこの時間には家にいない。休みだろうが学校だろうが」
「この時間で? マジかよ。やっぱ変わってんな」
「……俺が可笑しいのか?」
「は? 何が?」
「……いい。分かってくんねえし」弟の友人は本気で彼女に惚れたのだが、打ち明けられなかった。
翌日。彼女は部屋まで押し入られ、弟に怒鳴られることになってしまった。「余計なことをするな。恥をさらすな」と。彼女は怒鳴られたら、そのまま怒鳴られっぱなしの性格で、反論さえしないのだ。
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