第4話 彼の生前と彼女の今と

2015年4月~


「貴方ってば、どんな人だった?」

「『どんな?』って、俺はお前だったんだから、そりゃお前みたいなやつだよ」


 彼女は彼について何度か聞くことがあったが、彼女の知りたいような話が聞けることは無かった。気にはなっていたが、それほど焦って知ることでもない。機会があれば聞いていたい程度だ。そして彼女は今の自分と彼を比較してみたいと思うのだ。

 そう思いを少し抱きながら彼女は学校生活を送っている。


「ねえユウちゃん。さっきの授業、どういうこと? 教えて!」「長田さん。次の移動教室、視聴覚室一緒に行きましょ」「ごはん一緒に食べよう!」


 そんな彼女は中学生時代とは大きく違った扱いとなっていた。彼女は声をかけるよりも、声をかけられることが多くなったのだ。時間が経つたびに、彼女の信頼は厚くなっている。彼女は内心嬉しい反面、どうも戸惑ってしまうのだ。

 そのことについて彼女は彼に話していた。そんな彼はこういうのだ。


「それはお前の行動の結果さ」

「私、何かしたの?」 

「お前の行動には迷いがないし、間違いが今のところ無いしな。しっかり者に見えるんだろうな」

「『迷いない、間違いない』って! それは貴方が私に言ってくれているからであって!」

「他の生徒にはそんなん知らねえんだし。他の生徒も不安なんだ。皆もしっかりした誰かについていきたいんだ」

「それって、でも、騙しているみたい……」

「俺の座右の銘を一つ教えよう!」

「何?」

「『狂人の真似とて大路を走らば』」

「それ教科書に載ってた。言いたいことはわかるけども」

「そうか。んじゃ教科書に載ってたお気に入りの詩。『道程』とか。僕の前に道は無い。僕の後ろに道はできる。っつーか、これは俺の生き方の一つだな」

「生き方?」

「そう。俺の人生は常に過去にある。過去の為に今を生きてるんだ。他の人に言わせたらそれは暗い考えとバカにされたがな。過去に振り返った時、どういう自分であれたか。それが重要なんだ。ありたい自分が見つけれたら、生きることにおいて少しは難しい考えは減る。気がする」

「貴方の思いが少しわかった気がした。有難う」


 彼女が今、うまくいっているのは彼によるものだ。周りの人間にはそれを伝えることはできないが、せめてこの感謝の気持ちは忘れないでおこうと彼女は思った。感謝として、せめてばれるまでは、信頼される生徒を振る舞おうかと考えるのだ。


2015年5月


 彼女は入院した男子生徒のお見舞いに来ていた。彼女が模擬戦闘でぼこぼこにしてしまった相手だ。正しくは、彼女の体を奪った彼がぼこぼこにした。


「あ、あ、あの。本当に申し訳ありません。本当に申し訳ありません」


 彼女はそのぼこぼこにした男子生徒の様子を見て、それしか言葉が出なかった。その男子生徒はあまりにも重傷だったのだ。最先端の医療魔術を使った治療でも、最低でも二週間の入院、そしてリハビリが必要だったのだ。罪悪感が彼女を襲っている。

 彼女は精々、軽い怪我で検査入院程度と思っていたのだ。しかし見るからに重傷だ。お見舞いに手作りクッキーなんて情けない物を持ってくるのではなかったと後悔している。

 彼女は病院に出て家に帰った後、彼を怒った。


「何あれ! 大怪我じゃない! どういうこと!」

「どういうことも何も、見ての通りだけど」

「何があってああなったの!」

「だから模擬戦闘で」

「やり過ぎている!」


 やり過ぎも何も、彼女はその男子生徒以上に大けがを負っていたのだが、彼はそれ以上何も言わなかった。

 彼女は事情なんてしらない。彼女は怪我を負わせた結果ばかりにしか見ておらず、罪悪感から毎日入院させてしまった男子生徒を見舞いに行くのだった。


「ザキザキ君とは、あんな怪我しながらやり合うのなんて当たり前だったんだけどな」

「笹崎君とどういった関係だったのよ」

「ライバルだな。切磋琢磨しあった関係さ。色々俺が劣ってたけど」

「ふーん」

「何度も何度も模擬戦闘してた。俺は色々試して、負けないように負けないように工夫するんだけどな。ザキザキ君は初見は対応できないけども、二度目はなかなか無かった。振り下ろしの動作がさ」

「あの。聞いてないよ」

「剣の扱いもなかなかでさ。武器召喚発動させた時もな」

「聞いてないって言ってんじゃん」

「性格はカミソリみたいでさ。何がザキザキ君を怒らせるのかわからなくて扱いは難しかったな。でも戦闘だけは、心が通じてるって気がしてた」

「もういい。何も言わない。好きなだけ喋っていていいよ」

「あのザキザキ君がフリーク相手に俺の友達の中で一番最初に脱落したのはうそだと思ったよ。吹き飛ばされて即死さ。俺の負け越しのまま終わっちまったのが悔いで、もう手合わせできないと思ったらなあ。あの時はついつい力んでしまって」


 彼は友達の事を話す時、本当に楽しそうであった。彼の人生は友人の中にあったのだろうと思わせるほどに、友人の話をするときだけはイキイキとしているのだ。


2015年6月


 彼女はクラスで、随分と中心的存在となっていた。学校で行われた模擬戦闘の際に起きた事故も相まって、彼女に逆らうものは誰一人いなくなった。何も彼女が偉そうにしているわけではない。鶴の一声というべきか、彼女が何か言えば、それがクラスの意思となってしまうのだ。

 そんな彼女がより一層存在を確立させるのは模擬戦闘の授業だ。


「こうやって抑え込むんです。単純だけど、実戦はうまくいかないですよ」


 彼女は他の生徒に格闘技を教えている。彼が憑依しているのだ。暴走したり、相手を傷つけないことを条件に、彼女は彼に体を許していた。

 教えているさなか、彼女が「ギャッ!」と声を上げる。同時に、他の生徒の悲鳴が上がった。彼女の右腕が、肘が真逆に曲がっていた。教えている際に、折れたらしい。

 しかし彼女ときたら、「平気です。ただの脱臼です」とすぐに平然とした表情になる。そしてバキバキと音を出しながらその場で治療を行ってしまうのだ。

 彼女はどうやら、他の生徒や先生から治癒魔術を持っているように思われていた。固有魔術と同じくらいに希少な魔術である。勿論、そんな高尚な魔術なんて彼女も彼も習得していない。強引に治しているだけだ。

 彼女の体を乗っ取った彼は比較的おとなしかった。しかし、笹崎という生徒を前にすればそれは話が変わった。

 確かにふるまいはおとなしいが、戦闘は容赦がなかった。確かにけがはさせない。しかし、柔術はすさまじいの一言だ。速く、時に投げ、一度決まれば笹崎は逃げることもできない。


「あはは。やっぱり組技弱いですね。剣を持ってるんですし、リーチをもっと生かした方がいいですよ」と、彼女の体で彼が言う。

「リーチ関係なしに一瞬で間合いを詰めてるくせに、それをてめえが言うのかよ。しかもなんで全て見切られるんだ? 悔しい」と、笹崎という男子生徒は、彼女に対して怒っている様子もない風に返すのだ。模擬戦闘の時は誰が見ても怒り狂ったようにしか見えないと言うのに。

 笹崎とは随分と打ち解けていた。模擬戦闘の相手をすることも増えている。

 模擬戦闘の際に時折笹崎が、頭に血を登らせて魔術を使う時もあった。しかし彼女の体を乗っ取った彼は言う通りに傷つけることなく、かつ戦闘を行うのだ。

 しかし、戦うといつもやり過ぎてしまう笹崎はついに「マジでお前は戦うな! そしてけしかけんな!」と教師から鉄拳を貰いながら怒られていた。模擬戦闘そのものを禁止されてしまうのだ。

 この教師は二人のおかげで、給料の減額などの処罰を受けており、相当鬱憤もたまっていたようだった。

 教師の問題は笹崎だけではない。彼女も同じくらいに厄介な生徒という認識でいた。

 彼女の体で彼が教師と話している。


「怪我はさせた覚えはないのですが……」

「気を失ってるのが見えんのか!」

「そりゃ、首をしめて落としたのは私ですが?」

「だから!」


 彼にとっては脱臼や失神やすぐに治療可能な怪我は、怪我の内に入っていなかった。打撲も怪我の内には考えていないようだ。それがあって、一部の生徒からは『冗談言うようなノリで骨を折ってくる』と面白がってネタにされるのだ。


2015年6月


「俺のいた世界と随分違う。クラスメイトが特に。一組は進学クラスなんだ。だけど、ザキザキ君がいる。石田君も三矢もいない。あいつはいなくて当たり前かもしれないけど、石田君、ヤタ君、井口さん、鈴さんは話が別だ。あれだけ優秀なのに何でいないんだろう」


 彼女の部屋でくつろいでいた二人であったが、彼が何気なく彼女に向けてしゃべりだした。彼女は律儀に会話に付き合うのだ。


「ふーん。生前の友達ね。笹崎君はわかるけど、他の人はどんな人?」

「ザキザキ君は切れるタイミングが分からなくて扱い難しいだろ? 石田君はどこかそれに似てるかな? 沸点が低いのかな? 時々むかつくんだけどな。ヤタ君は二年生から打ち解けた生徒なんだ。先生や他の生徒からも信頼の厚くて、リーダーのような存在さ。お前もきっと仲良くできるよ。困ったときは本当に助けてもくれるし、間違ったことは絶対にしない。一緒にいるのが申し訳なくなるくらいの人さ」

「へえ。そんな人がいるんだね。井口さん鈴さんって、女の子? さん付けだし」

「そ。二年生からはヤタ君、ザキザキ君、井口さん、鈴さん、俺の五人で色々固まってグループ作ってて行動してたな。俺をカラオケとかボーリングとかバイトとかひっぱってくれた。俺に青春を教えてくれた人たちだ。俺みたいなんかに構ってくれるどうしようもなくいい人たちだ」

「そうなんだ。石田君って人と三矢君はどしたの? ふふふ。忘れられてカワイソー」

「ははは……」



 彼が友達をとても大切な存在と思っているのは彼女でも感じ取れた。それに、笹崎だけではあるが、生前の友達と話すと彼はすごく嬉しそうにするのだ。

 彼女が彼の生前について聞いても、よくわからない。しかし、友達についてはよく喋った。「あの時は珍しくお調子者のような性格になってたな。俺の顔は落書きだらけ。『なんだよこれっ!』てオーバーに驚いて見せたけど、その時はヤタ君があんなことすることが一番の驚きだった」「忘れ物した時とか、ぶっきらぼうに宿題見せてくれた。ザキザキ君もぶきっちょながらよく俺を助けてくれた」などというのだ。

 彼女は彼が完璧な存在とばかり思っていたが、友達の話を通してみる彼は、とてもそんなものではなく、よく他人からからかわれ、うっかり者のような人柄であった。

 彼女は、彼から友達の話を聞くのが楽しく思えていた。

 そして彼女は実際に、生前の彼の知り合いなどに話しかけたりするのだ。

 そんな行動溢れる彼女に、彼はある時言った。


「やつとはそんなに喋らない方がいいぞ」

「何で?」

「最悪な女ったらしだ。見境なしだ」

「生前の友達、悪くいうのね」

「いや、友達ってほどでもない。というか、俺は友達少ないからな」

「ふぇ? 石田君とかヤタ君?とか、いろいろ自分で言ってたじゃない」

「確かに友達だけど、三矢に石田君ヤタ君ザキザキ君井口さん鈴さん。俺が胸張って友達って言えるのはこの六人だけ。俺は友達少ないの。俺を誰だと思ってるんだ。俺はお前だぞ?」

「……ごめん」


2015年10月~


 彼女、もしくは彼が何かしらミスをすると、事ある毎に『俺を誰だと思っている。所詮はお前だぞ?』『お前は自分を何と思っている。俺だからな?』『お前、本当に俺だな』と彼は言うのだ。当初、彼はこれを口癖としていた。また。彼か彼女のどちらか一方が馬鹿にすることを言えば、「それ、自分にも言っている」と返すのが約束のやり取りとなっている。

 二人がそんな関係になっている頃。教室の中では友達に囲まれている彼女がいる。彼女は随分クラスからの扱いに慣れてしまっていた。最初は『だましているようで』などとのたまっていたにも関わらず、今では積極的な性格となっていた。彼女はスポーツ万能で成績も優秀であり、あまり積極的でない性格の人にもよく声をかけていた。静かな性格の人に話しかける事に関しては、彼がどうしても『かまってあげてほしい』と言うのが理由なのだが、周りから見ればそんなことなどわからない。まさに非の打ちどころのない人間に見えてしまうのだ。


「ここ、新しいお店ができるみたい。私、この日が空いてるけど、誰か一緒に行かない?」「この激辛チャレンジメニュー。誰かに食べさせて是非とも反応見てみたい。誰誘っちゃおうか」「文化祭、これなんてどう?」


 これらの言葉は全て彼女からでてくるものであった。

 しかし、そんな彼女も時折陰口を言われてしまう。「中二病」「男に見境なく話しかけすぎ」などだ。しかし、「いちいち気にする必要はないし、自分を否定してたら、今まで私に気をかけてくれた人や関わった人に申し訳ないじゃない?」とあっけらかんとした様子で彼に言うのだ。この言葉には裏がある。彼女にとって深くかかわらない人間から放たれる言葉だからこそ、彼女は気にしないのである。


 ある時教室にて、女子生徒グループが悪口を言い合いながら盛り上がっていた。そこに通りかかった空気の読めない彼女は、「でもそれって、貴方にも言える」とケラケラ笑いながら通り過ぎるのだ。

 正義感の強い生徒が「陰口を言うなんて理解できない」と彼女に漏らしたこともあるが、彼女は「仕方のないことだよ。聞く方が不愉快なのはすごくわかるけど」と返した。高慢で否定から入る生徒がいるのだが、その生徒は嫌われるも間違っているわけではない。こういった場合は不満が募る一方で、どうしようもないのだ。言っても言い返されてより正当化され、不満を持つものはより不満を持つ。だから陰口、他者と共感を得ようとしてしまう。


「みんな、貴方みたいに心が強いわけではないの。否定してくる人にも、陰口たたく人にも、何かしら理由があるの。それも理解してあげないと」


 正義感の強い生徒には、彼女の言葉が強く響いた。日頃から、孤立しようする生徒にも話しかけようとする彼女からの言葉だからだ。しかも、彼女からは決して誰かを孤立させようとはしたことがないし、冗談でも悪口は言わない。時折、天然ボケをかましてしまうこともあるが、それは愛嬌と言えよう。

 正義感の強い生徒はつい彼女に聞くのだ。


「あんた、不満を持ったことないの?」

「私、不満ばっかりだよ」

「じゃあ、その不満はどこに行ってんの?」

「カロリーと散財が物語ります!」

「……真剣に聞いたんだけど」



 傍らでずっと彼女を見ていた彼。彼は、彼女を自分と言うのが申し訳ないように思えていた。彼は生前では、今の彼女のように多くの友達に囲まれることなんてなかった。誰かを強く指摘できたためしもない。しかし彼女は誰かを率いて遊びにいったり、文化祭を成功させるために動いたりしている。クラスから頼られているのだ。自分の主張すべきことはしていてしっかりしている。


 そんな姿を見ては、生前に彼女のようにふるまえていたらと彼は思わずにいられない。

 他者の顔色ばかりをうかがい、本当に大事なものを犠牲にしてきた彼にとっては、今の彼女は彼にとってもはや尊敬の対象となっていた。


2015年4月~


 彼が発現して間もない頃の話だ。彼は勝手によく家の事をした。掃除とか片づけとかだ。彼女が未だに彼に慣れていないこともあって、それに対して彼女も掃除される前に掃除や片付けなどの家事をするようになった。

 以前ならば、手伝うことについては何かと不満ばかりだった。弟はゲームをしていて「何故自分だけが」と思うことも少なくない。しかし、二人で行えば効率もよく、不満も負担も少なくなった。しかも彼は食器洗いにしても洗濯物にしても魔法を使うことが多かった。彼女はそれに感化され、一緒に魔法を使うのだ。彼と一緒にする手伝い事は、魔法の訓練でもあり、彼女はそれが楽しくなるのだった。

 また、時間ができることもあってか、料理もするようになるのだ。


「自炊? 一人暮らししてたの?」料理を手伝ってくれる彼に対して彼女は尋ねた。彼は男のくせに、どうも手慣れているのだ。

「そうだよ。この家に一人。作ったところで寂しいもんで、友達を呼ぶ以外にはすぐに料理することもなくなっちまったけどな。友達の皆も家に一人暮らしだから、相応に家事能力備えてるし。できねーと恥ずかしい思いするぞ。ははは」


 彼女はそんな彼の挑発の言葉にのるのかの如く、無駄に彼の分の食事も作り、「この味付けはどう?」「このメニューはどう?」「お父さんように薄味で作ったこれは?」と聞くのだ。彼女は本を読んだりインターネットで勉強しているのか、確実に料理がうまくなっていく。しまいには、「お前、才能あるんじゃね? 本当に店に並んでてもおかしくないくらいに美味い」と素直に彼が認めるのだった。


「弟、そろそろ塾から帰ってくる頃かな? お父さんお母さんもそろそろ帰ってきそう。二人分も食器あったらおかしいし、早く片づけないと。ランニングする時間も無くなっちゃうし手伝って。ほらほら」


 彼女は日課にランニングや部活の練習をしている。しかし彼女にとっては日課というより、単にやりたくてやっているに過ぎない。運動に限らず、アルバイトも勉学も家事も遊びもやりたくてやっている。全てにやりがいがあった。彼女は周りが見えなくなって、調子に乗っていたのだ。

 子供のころから中学生まで、ずっと自分がどういった存在だったかを忘れていた。身の程のしらない状態になっていた。

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