第3話 魔物と魔法と
2015年4月
彼女は今日、学校から随分と上機嫌で家に帰ってきた。
「給料日だよ! どのくらい入っているか気になるよね!」
彼女は上機嫌のまま玄関で通帳を読み上げようとして固まった。
「な、なにこの金額」つぶやく彼女。
「どうしたん?」応えるのは彼だ。
「わけのわからないところから大金が振り込まれてる。……研究協会」
「あ。それ俺だ。勝手に通帳借りた」
「え? なに? 何をしたの?」
彼は長くなると言って、自室で話をすることになった。
「フリークを捕獲して、持って行ったんだ。そのナントカ協会ってとこに。言っとくけど、悪い金じゃないぞ。ほら、俺らが幼い頃までタガメやタイコウチを博物館に持ってた時、図書券や金券にひきかえてくれたことあるじゃん。あれの延長だ」
「フリークって、なに? 捕まえるって? レッドリストとか絶滅危惧の何か? それで何十万もお金が入るの?」
「フリークって、たまにテレビで特集されるあの不思議な存在だよ。ほら、種によって人を襲う害獣だけど生物なのかわからない化け物だよ」
「魔物の事?」
「おお、ここじゃ魔物で通るのか。そうそれ。それを捕まえる。それを提供するんだ」
「でも、一匹でこの金額はおかしいよ! ずっと振り込まれ続けてるし!」
「まあ、毎日のように捕まえているし」
「毎日?」
「そ。俺に睡眠は必要ないし、夜はずっとフリークを探してる」
「そう……なんだ。何故そんなことを?」
彼は彼女が寝る前には、いつもどこかに行っているのだったが、ここでようやく納得した。
「それに毎日なんて。魔物なんて、ここにはあまりいないでしょ? そもそも私、見たことないし」
「いや、俺の街にこそたくさんいる。今はイタチやイノシシ、タヌキみたいな感じだけどな。いずれそれこそ、湧いて出てくるようになる」
「イタチもタヌキもイノシシも見たことないよ。それよりこんな大金、どうすればいいの? 困るよ」
「小出しにして父さんや母さんに渡してくれ」
「うーん。分かった。でもなんでこんなことしてるの? 危なくない?」
「ああ。フリークは危ない存在なんだ。お前が思っている以上に、本当に危険だ。だから俺が死に物狂いでフリークを探してる」
「死に物狂いって、死んでるじゃん」
「茶化すなって。まじめな話してんだから」
2015年5月
ある日、彼女は寝坊した。
「なあ。寝てていいのか? 父さんも母さんも仕事に行ってしまったぞ?」
「もうこんな時間! なんで起こしてくれなかったの! いつもは何も言わなくても起こしてくれるじゃない!」
彼女は慌てて身支度を整えていく。
「ほら、まだ汚れてる。寝癖もほら。遅刻に関してはどうにかしてやれるから。身だしなみはしっかりしとけって」
「自転車でどれだけ時間がかかると思っているの! ほらもう行かないと!」
「だから待てって」
結局彼女は彼に許可されるまで家を出ることができなかった。彼女も彼女で、しつこく彼に指摘してくるものだから完全にあきらめてしまった。
「よし。行くか」と彼が言った。
「絶対に間に合わないじゃん。って何を!」
悲鳴めいた声を上げる彼女。彼女は彼に背負われていたのだ。
「準備ゆしゆし」
「何ふざけてんの! ……え? なにこれ。私たち鏡に映ってないけど、何をしたの?」
「間に合うように俺が送ってってやるってんの。ちなみに姿が映らないのは俺の魔術よ」
彼は戸締りを確認したかと思えば、魔術か何かで高く飛び上がった。
「わ。わ。うそ、え」
彼女は呆気に取られて、意味の分からない言葉しか出てこなかった。彼は民家の屋根ほどの高さで空をかけていたのだ。しかも自動車よりもはるかに速い速度だ。彼の背中で流れる街の景色を見送る彼女は一種の感動さえしていた。
彼女は人目のない路地で下されて、余裕をもって学校に到着するのだ。しかし、一日中彼女は興奮が冷めなかった。
彼は当たり前のように魔法を使っているが、現代人の殆どは魔力に関する体の組織は退化していっており多くが使えないはずなのだ。使うと言えば、ほんの一握りの者たちだ。
彼女は感動の半面、彼が彼女を自分と称するのが、疑わしく思えてしまった。
学校が終わり、彼が持ってきてくれていた自転車を押しながら歩いて帰っている。
「ねえ。今日はなんで起こしてくれなかったの?」
彼女は彼と二人きりで話ながら歩いているのだ。
「ああ。あれ、帰ってきたらあんな時間だった」
「何してたの?」
「フリークを相手にしてた」
「また魔物……。しかも何匹やってたの?」
「いや。一匹だけ。そのことでちょうど話があるんだ。今日のフリーク、当たりだったんだ」
「あたり?」
「そう。俺の探してたフリーク。危険な存在。たやすく街を破壊して、一つの存在で何万人も死に追いやった化けもんだ。俺の願いの一つにかかわる。それを相手にしてた。9時間も戦闘に時間をかけた」
「え? その魔物、どう、したの?」
「しっかり封印した。だから9時間もかかったんだ。本当にすごいフリークなんだ。それでだな。この世界ではたぶん、まだ新種の扱いだ。研究だとかで見せるつもりでいる」
「ちょっと待って。その魔物、死んでないの?」
「封印だからな。死んでない。……死ぬ? よくわからんが、復活は絶対にする」
「今、どこで保管してるの?」
「お前の部屋」
彼女は慌てて家に帰った。彼女には珍しく、焦ったような顔つきだ。
「なんでそんなもんを私の部屋に置いてんの⁉」
結局息切らしながら彼女が自室に蹴り破る勢いで入ることになった。その様からわずかながら怒りの感情も感じる。
「ほい。これが俺の探しているフリーク。俺らの仲間内では中ボスって呼ばれてる」
そう言って彼が出してきたのは、白くて小さい子ウサギのような物体だった。丸まっている様子で、水晶に入っている。
「はぁ、はぁ、これが?」
「そうだ。中ボス。その中でも俺らは狐って呼んでた」
「この、小っちゃいのが?」
「中ボスでは平均てきな大きさで小っちゃくないんだけどな」
「ショボ。焦って損した」
「おい。これをなんとか協会ってとこに持って話したじゃんか。お前もついてきてくんねえと!」
「はあい。分かったから大声出さないでよ」
彼女は彼がこういう口調で言うときは、絶対にこちらの意見を聞かないことを理解していた。彼女は無理やり彼に連れられて、よくわからない施設に連れていかれたのだ。
「貴方が言うもんだから、滅茶苦茶心配したけど、専門家から見てもたいしたことなかったみたいね」
彼らが持っていたところ、「はいはい受け取って調べてもらうよ」と軽い感じで終わったのだ。それでも彼は執拗に「マジでやばいんすから!」などと受付で喚いてしまうのだった。
「分かった! 分かったから! 後でまた様子聞きに来ましょう! めーわくだから! ほら! 大声出さないで! 恥ずかしいったらない!」
と彼女が彼を帰らせたことで、ようやく彼も喚くことをあきらめた。
数日後。
「新種、ランクDだって。ランクって何? というか、新種の発見って、私たちなのに」
「バカ言え。新種の発見て、どういう過程とおって認められると思ってんだ。論文書いて発表した人の手柄だろ。それに発見については報酬としてすでに振り込まれてるし」
「振り込まれてるたって、たったこれだけじゃん!」
「そんなもんだろ。それよか俺は、この危険な存在と認められただけで満足だし」
「ふーん。で、ランクって、Dって凄いの?」
「分からん。俺の生前の世界では一級災害とか警戒度とか数字であらわされてた」
「Dってしょぼいね。やっぱり」
「うん。俺の世界では、ヤバいフリークはたった一匹で国二つが飲まれてたからな。狐なんて、たしかにしょぼいな。でも人で戦える最高難易度なんだけどな」
「どれだけ凄いの?」
「俺の学校のエリートが5人から6人で囲んで、装備もできうる限りの最高のものをそろえて、命を投げ出す覚悟で、ようやくできるかどうかってところ」
「よくわかんない。たとえるなら?」
「包丁片手で興奮した象に挑んだり、素手で興奮したゴリラと殺しあう感じだってたとえられる」
「頑張ればできなくはなさそう。20回に1回くらいは勝機がありそう」
「残りのウン十回は死ぬ。げんに俺のクラスメイトも何十人も目の前でつぶれて死んだしな」
2015年5月
彼女は夜遅くに帰っていた。アルバイトの帰りなのだ。
「卵、安く買えたね。最近、違うメニューも考えてるし、どうしよ」
「なあ。頼みがある。回り道して先に帰ってくれ」
「いやよ。疲れるんだから」
「いいから離れろ!」
「え? 何をそんなに怒ってんの?」
「くそっ!」
「わかったってば……。違う道から帰るよぅ」
「もう遅い! もう俺から離れんな!」
「え? 何?」
「雑魚フリークだ! 数が多い!」
彼女は真夜中の空、高く飛んでいた。彼に抱きかかえられていたのだ。
グシャグシャガシャガシャと音がなったと思えば、真下で自転車が原型なく壊れていた。影がうごめいている。あと少し彼が遅れていてれば、彼女もそれに巻き込まれていただろう。
彼女は完全におびえてしまっており、声も出せずに彼にしがみついている。
彼は結局、呆気ないまでに魔物を魔術で殺していった。
「先に帰ってくれ。この数、中ボスの前兆に似ているから少しあたりを調べたいんだ」
と彼は言いかけていたが、彼女のおびえ様につい声を詰まらせた。
彼はそのまま彼女について家に帰った。ちなみに彼女が寝静まった頃にまた探索には出ている。
それから数日の事。家にいる時に彼女に彼が声をかけた。
「お前、フリークに対する自衛手段ってないんだな」
「あれが中ボスってやつ? そんなの対抗手段なんてあるわけないじゃない」
「魔力門。お前開いてんの? だったらなんでも戦い方なんてある。ただ、心持が大切なだけなんだ」
「魔力紋? 特殊能力とか異能とか発動するときの力の開き口のあれ? 貴方の単語、私たちと微妙に違ってて分かりにくい」
「まあ開いてるか。俺がいるんだし。俺が魔力門開いたの、夏休みくらいだからな。俺が遅いのかな?」
「いや、開いてないよ。検査で引っかかったこともないし」
「は? マジで?」
「うん。それが?」
その会話をしてから、彼から振る会話の内容が少し変わった。魔法に関した話題を振るようになったのだ。
ある日のことである。彼女は彼と並んで食器を洗っていた。彼女はなんとなく彼に言う。
「魔法って便利ね。こうしてお皿洗いしてるとつくづく思う。お風呂掃除、高いところの掃除とか家事にすごく便利」
「そんなもんじゃねえけど。魔法、俺が思うだけなんだが、習得する必要がある、と思う」
「うん。貴方が使っているところ見てて、すごくうらやましく思っちゃう」
彼女は、彼が魔法か魔術かを使っている姿を思い出す。そこからその姿を自分に挿げ替えてみた。やっぱり、どうしてもあこがれてしまうのだ。
「今晩、時間いいか?」
「いいけど、なに?」
「魔術を使えるようになってほしい。できればの話だ。部活の練習のほうが大変ていうなら強制はしないけど」
「何それ! 願ったりかなったりじゃない!」
その日を機会に、彼女は魔術の訓練をするようになった。ただつらかったのは、一番最初だけであった。あとは体力もいらず、次の日も支障をきたすことも、不都合など何一つなかったのだ。何より彼女は楽しくて仕方がなかった。
彼女は内心、彼に対して尊敬している点もあった。魔術がその一つだ。彼女は魔術に没頭してしまう。早朝のランニングの合間や就寝前、手当たり次第に練度を上げていくのだ。
「お前、もしかしたら俺の生前の時の力を軽く超えてる。多分、10倍はある」
「へ? 凄いの?」
「すごい。凄すぎる。精度は生前の俺と同等、力は圧倒的に上だ」
彼がこんなことを言うのもあって、調子に乗ってしまったのだ。
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