第話八幡の嫉妬

2016年9月


 あの男子生徒に彼女は言いなりにされている。八幡は何故かそう判断するのだ。彼女は見るからに男子生徒に、すなわち彼に馬鹿にされていた。彼と彼女のやり取りの一面だけ見ていると、八幡に限らず、そのように解釈してしまうものなのだ。

 八幡は例の男子生徒を見かけたら、一言強めに言ってやろうと思った。しかし、その男子生徒は不思議と姿を見かけないのだった。


 ある実践授業の時。八幡は彼女と同じグループであった。このグループで、後輩側のグループと教えあったりするのだそうだ。

 彼女が一緒だということに八幡は嬉しく思う。どうか、話す切っ掛けになればと思った。


「魔法って、凄くつい最近の学問と言われてます。まだまだ研究の余地があるとか無いとか。実例が無いと研究しようが無いですもんね。ケミストリー、化学と比べると同じ結果を出しにくいってのが進展しない理由だとかで。でもでも」

 彼女が後輩だろうか、名も知らぬ生徒としゃべっていた。随分と口がまわっている。それを見た八幡は無理矢理に近い形で入り込んだ。

「魔物の存在が魔術の発展を促している。ここ最近」

 八幡は知識を補足する。しかし説明が終えて、八幡は彼女の方を見たのだが、既に彼女は何処かへ行っているのだった。

 というのも彼女は魔法の知識はあまり無かったのだ。知識が無いというより、正確に教える自信が無かった。魔法とか魔術とか簡単に言ってくれるが、全く理解できないくらいに難解なのだ。彼女は間違った事を教えて怒られるのが怖かった。

 それを理解しないまま、八幡は彼女に近づこうと必死になる。そして彼女も、おそれるあまりに行動をとらなくなってしまい、悪循環に陥いるのだ。


 次第にストレスが溜まっていく彼女。そこでほんのわずかな休み時間、つい彼と殴り合い、もといじゃれあいをしてしまった。彼と彼女のじゃれあいは、対人戦闘の経験の少ない一年生から見ると、立派な戦闘に見えるのだ。ましてや派手な魔術が飛び交うのだから尚更だ。彼女のストレスもそれなりにあって、ついついやり過ぎる寸前となるのだ。

「降参しろって」

「ううーー!」

 彼が彼女を押さえつけている時、タイミングが悪い事に八幡が戻ってきた。


 八幡が運動場に戻った時、その場にいた生徒達の雰囲気がおかしい事に気が付いた。その多数の生徒の視線の先には、押さえ込まれている彼女がいた。その踏みつけているのはいつかの男子生徒。

 八幡は気がつけば、自身が大声を上げていた。弱い相手につけこんでこんで、酷く痛めつける姿がムカついたのだ。


 しかし、怒っている八幡を前にして、本人は不思議そうな顔をする。彼どころか彼女も、二人で困ったかのような、「どういうこと?」と言いたげに顔を見合わすのだった。

 そこで八幡も少し冷静になれた。頭の片隅で、八幡の友人が彼女について面白おかしく話していた事を思い出す。彼女は殴り合いが好きだったこと。

 あの笹崎をして、彼女には弱すぎてどう戦えばわからないと嘆いていた。それに雨の日に、楽しげに誰かと物騒な物を振り回していたような気がする。相手は誰だっただろうか。ああそうだ、こいつだ。

 頭が急速に冷えていくのを感じたが、しかし、ここまで怒鳴り声をあげていては引っ込みがつかなくなっていた。八幡は「弱い者相手にいい気になるな、でなければ自分が相手になる」と彼に言う。そしてそのまま去ろうとした。

 しかしその瞬間。そいつは気持ち悪いほどに嬉しそうな表情に変え、是非とも一手手合わせしたいと言ってくるのだ。

 どうも腕に覚えがあるようで、八幡は調子に乗っている彼の鼻をへし折ってやりたいと思った。最悪、使い魔をけしかけてやろうと思ったのだ。


 八幡は彼の挑戦に受けてたつのだ。しかし、八幡は彼と彼女の事を正しく認識していなかった。彼と戦う事は、彼女とも戦う事だった。

 彼は彼女の使い魔であり、時として体をのっとるのだ。


 尋常ならぬ様子で高笑いしたり狂った声をあげる彼女を前に、八幡は戦い拒む事しかできなかった。得体の知れない存在に、八幡は完全に萎縮していた。



2016年10月


 彼女はとても上機嫌に、例の男子生徒、彼にまとわりついていた。

「ねえ! ねってば! 今どんな気持ち? ねぇ、言葉にして見せて! 本気でやって私に一本いれられたことについてさ! ほら、『もっかい!』って言わないの?」

「頼むよ、ほっといてくれって、わかったから。言っとくけど、俺の戦い方は魔法使いであってな、剣はあんまりなんだ。何も言うなって」

 彼は酷く落ち込んでいる。その理由であるが、模擬戦闘で彼は彼女に負けてしまったのだ。それをさっきから彼女はからかっているのだ。


 教室から遠目で二人の姿を見るのは八幡である。今の彼女の姿は、とてもではないが精神異常者なんかには見えない。むしろ明るい性格だ。

 八幡は隠れるようにしゃがみこみ、壁を背にした。おもむろに携帯端末に保存してある映像を再生させる。今は既に放課後なのであるが、八幡は周りを気にした後、食い入るように映像を眺めはじめた。


 映像には彼女が映っている。どこかのローカル番組で、彼女は取材を受けていたらしい。それをインターネットから落とし、保存してあるのだった。

 実際報道されたのは、編集されたものが十分だけ流れただけなのだそうだ。しかし八幡の保存してある動画には、未公開の物まで入ってあった。

『ねえ。女の子は子供を産んだりするんだし、もっといたわらないと』と、取材側の質問に、彼女は明るく返す。『もうとっくに子供なんてできるような体じゃありませんって。それどころか一年、生きられるかどうかですし』『ああ、人工内臓うんぬんだね。だから病院で治療したりした方がいいって。県外なら手足無くなる怪我なら病院に行っても、怒られたりしないしさ。と言うか、鉄パイプ貫通しておきながら治療もしてくれないこの地域は本当におかしいってば』

 彼女はそのような会話をしながら、裂けたももの皮膚を縫い合わせたりしているのだ。頭がおかしいようにも思えるが、カメラの前で彼女は、病院に行って怒られたりしている。「そんな程度の怪我で騒ぐな」と。


 理由はわからないが、彼女はその異常な世界で生きているのだ。八幡は彼女の言葉を聞くのが嫌で早送りする。何せ、八幡もその異常な存在とされる要因の一人なのだ。何故か気が付くことができなかった。


『貴方の名前、何て言うの? そろそろ教えてくれても良くなーい?』『だから言わない。墓場まで持ってくんだよ』『だから死んでるじゃん』『この世界では俺は生きてんだから!』『関係無いじゃん』『関係あんの! 俺を呼ぶ時は、おい、とか、なあ、でいいんだって』


 映像には、何のとりとめもない会話がある。八幡はそればかりを眺めていた。


『握力がにじゅうきゅう……。酷いよ。私、魔法無しで八十はあるし』『頼むから何も言うな』『貴方の指、細くて長くて綺麗』『オメーも俺とかわんねーだろ』『何言ってるの? 私の指、こんなんじゃないよ。もっと短くて太くて。貴方みたいな手じゃ無かったもん。と言うか、貴方、身長がもともと低いって、……か弱いなんて女の子みたい、羨ましい』『うるさい! それを言うな! それを言われるのは本当に嫌いなんだ!』『ごめんってば、つい。でもそう思っちゃうんだし』『お願いですから言わないでください』『貴方が言う、筋肉だー、肉体だー、ぷろていんだー、びーしーえーえーだー、って、要するにコンプレックスだったのね』『すみません。わかってるんです。もう言わないで』『ふてくされないでよー。私、貴方みたいにうまれたかったくらいなのにー!』『俺もお前みたいにイケメンで高い身長でうまれたかったよ。女みたいだって言われたかない。お前みたいにカッコいい目付きに顎とかはなだちとか羨ましくてしゃーないよ。お前は弟君みたく、男として産まれるべきだったんだ』『そう言う貴方も女として、……。待って! お互い変なこと言ってる!』『! 本当だ!』


 彼女につきまとう男子生徒は、彼女の使い魔なのだ。未来の世界で死んだ、この学校の生徒の誰か。この彼は、彼女の理解者なのだ。彼を批判するような事を言ったのが恥ずかしくて仕方がない。


『この人。未練を前にしたら暴走するんです』『なんというか、面目ないです。まあ悪霊のサガと言うか』『まあ、私が拒まない限りは問題無いです』

 拒んだらどうなるの? と取材が聞く。

『未練の度合いに比例して、暴走します。例えば容赦なく顔面殴ってきたり、髪の毛引っ付かんで言うこと聞かされたり、体を乗っ取られたり。でも、あまり最近そういうの無いよね? どしたの?』『いや、実は殆ど未練、晴らしてもらってるし。キャンプしたし、花火したし、カラオケしたし、あんまりもう思うことも無いしな。最初は俺の生前の友達と仲良くしてもらいたかったけど、そんなのは最初から居なかったし。うん。でもちょっと心残りかな?』

 魔物と戦うのは? と取材側。

『え? それはむしろ私の願いに近いかも、です。すみません。私、魔物、怖いですし。少なくとも、この人にもう、魔物と戦う意味なんてないです。だから、やっぱり、頭がおかしいって言われるかもしれないですけど、私が戦う理由は自己満足につきます』『お前、魔物と戦う以外にストレスの発散の仕方、わからなくなってるんだよ』『私だってカラオケとか旅行とかもっとしたいと思ってるもん! 猫カフェ行きたいし買い物したいし話題の店にもいきたい! でも、お金のこと考えたら、これが一番だし……』『悪い。その状況がわからなくなってるんだ……。すまん。俺もどしたらいいかわからんけども』

 この地域じゃ君たち以外でも魔物と戦う人って結構いるらしいよ、と取材側が言いながら何かの雑誌を見せようとする。

『おいでー。わふわふ』『飼い犬にちょっかい出すなって』『わふわふ。わわわ! 本当にこっち来た!』『せめて今井さんの話を聞けって』



 八幡は、彼女が使い魔に依存しすぎているように思えた。学校ではあれほど暗い性格だというのに、彼のそばにいるときに限ってあのような明るい性格になるのだ。

 

 八幡は、彼女がどうか、使い魔の前以外でもあのような性格になってほしかった。

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