第20話 八幡の嫉妬そのに


20016年10月


 ある時のこと。彼女はいつものように、昼休みは三矢という男子生徒と一緒に過ごすのだ。今ではすっかり仲が良くなっており、どこか廊下ですれ違いでもすれば彼女から「今日はお茶がいい」「今日はコーヒー」と言う。すると三矢は昼休みに、彼女の要望通りの飲み物を用意するのだ。一方で彼女も、お弁当などを用意している。二人はそんな感じの友達なのだ。

 二人は互いに一緒にいることに慣れているようで、二人は随分近い距離で接している。なんてこと無い会話もよくするようになっていた。


「パーソナルスペースって知ってる?」彼女のどうでもいい話から会話が始まる。「え、わからないけど」「他者に踏み入れられるとストレスになる、自分だけの空間。例えば今みたい、私が貴方に密着するように座ってると気持ち悪くない? 顔とか近づけられたりでもしたら特に。結構ストレスでしょ?」「いや、特に嫌ではないけど」「でもパーソナルスペースって、意外と綺麗な円じゃ無いらしくて。視界に入らないと、意外とその領域に侵入をゆるしたりするんだって」「いや、そんな後ろから密着しなくても」「理論を実践中、兼、からかってみたり」「いやいやいやいや。いきなりどうしたのさ」「でもだって、貴方、凄くパーソナルスペース広い感じがして。ほら、この距離でもどうにかして距離とろうとしてるし」


「また、二人でどこか行きましょう」「まあ、前みたいにカラオケとかなら。というかけっこう歌うの好きなんだね。ノリノリだったし」「遊びならなんでも好きよ? ただ遊び相手がいないと寂しくなるの。どこか公園でキャッチボールとかでも凄く嬉しいから」「キャッチボールって、今時男子でもしないけどなあ」「グローブならあるよ」「そういう話じゃなくてね」


「貴方、好きな人っている?」「え、ん、まあ、いるよ」「え!? ……。ごめん、その、私、貴方が男の子を好きでも全然気にしないから!」「……ん? んんん?」「大丈夫! 私達友達じゃない? だからそんなことで軽蔑しないよ!」「待って! マジで待って! 何でそうなるの?」「気にしないで! むしろアリだから!」「話を聞いてよ!」


 八幡はそういう二人の姿を、何度か見かけるのである。明るい彼女の姿を見るたびに、八幡は、いいようのない苦しみに襲われるのだった。


 彼女の使い魔は、そんな二人から離れて頭を抱えている。

 八幡はある時、一人でいる彼女の使い魔に話しかけた。

「僕はもうわからない。どれが最善なのかわからない。楽しそうに笑ってるし、自殺してないし生きている。ごめん、ごめん、僕にはもうわからない」

 と、ひたすらに呟くばかりで会話にならないのだった。


2016年11月


 何気ない授業。グループディスカッション。そこで問題は起きた。

 議題は良くある何かである。肝心な問題についてであるが、それは彼女のグループでのコミュニケーションであった。彼女は何もしゃべる事もできず、討論に参加できなかったのだ。


 そんな時。

「もう少し主張するようにすれば? 元々の性格はもっと明るいんだろ? 何で、今暗いわけ?」

 そのようなニュアンスで言われてしまった。

 知らない誰かから言われたならば、大したことではない。彼女は勿論、彼も反応しなかっただろう。しかし発言者が問題だった。発言者は、彼女が苦手とし、彼の生前の友達である八幡だったのだ。


 そもそも何故八幡がそのような事を言ったかというと、複雑な感情があったのだ。八幡は、彼女と三矢という男子生徒が楽しげに会話しているのを見ていた。本当に、心から笑っているのだ。それなのに、それが八幡となれば話はかわる。八幡の前となれば、彼女にはただただおびえられ、謝られ、会話さえままならない。八幡はどうか、彼女とせめて他人程度には会話がしたかったのだ。しかし言葉は、八幡の思いとは違い、酷い結果となった。


「だから存在が不愉快なんだ!」

 八幡の発言のその直後。教室に、凄まじい怒号が響いた。教室どころか、校内に響く声は、彼によるものだった。彼の言葉は続く。

「明るく振る舞おうとも、空気に徹しようとも、とにかく不愉快なんだ!」

 彼は彼女の胸ぐらを掴み上げ、壁に押し付けていた。

 あまりの光景で、周囲の生徒は騒然とする。何故彼が、そこまでの大声で怒鳴っているのかわからないのだ。しかも彼女を掴み上げて壁に押し付けるとは、余程のことなのである。

 しかし勘のいい生徒の一部は、彼が我を失う理由を理解していた。

「頼むから俺の友達を、ヤタ君を不快にさせないでくれよ!」

 怒っているようにも思える彼だが、彼女を壁に押し付ける彼の表情は泣きそうに歪んでいる。「ましてや、俺が不快になんて思うと……。本当に頼むから」と、涙声にも聞こえる彼の声は、不気味なほど耳に残す。

「ごめん。ごめんね。頑張るから」

 一方で彼女は、おびえると言うより、本当に申し訳なさそうに謝るのだ。

「頑張る? 頑張るだと? じゃあ、じゃあ」


 彼は、まるで彼女を責めるように彼女に問う。

「じゃあ、お前は、ヤタ君と仲良くできるのか? 井口さんとも仲良くできるのか?」

 彼女は言葉につまり、目を反らす。壁に押し付けられているというのに、彼女は抵抗する様子を見せない。ただ困ったように黙り込んで目をふせるのだ。

「そもそもお前は仲良くしたいと思っているのか? 何か答えろよ! なあ!」


 その時、聞いていた八幡はどうしようにもないほどに耳を覆いたくなった。

 彼女は威圧に負けてか、ぼそりと呟く。

「仲良くしたくないです」

 八幡は彼女からのそんな言葉を聞きたくなかった。

「そら! だったら、せめて関わらないでくれ。ヤタ君に不愉快な思いをさせたくないんだ。頼むよ」

 違うんだ。八幡は叫ばなければならないと感じた。

 叫ばなければ。しかしそれよりも早く。彼は彼女の髪を掴み、床に顔を叩きつけていた。

 何度も何度も何度も。

「黙って静かにしようともムカつくし、遠慮無く喋ろうとする姿も不愉快なんだ! つまるところお前が生きているだけで不愉快なんだ! そこまで言わないと理解できないのか! だったらせめて関わるな! 関わるな! 関わるな!」そう叫びながら彼は彼女を打ち付け続けるのだ。

 女子生徒の叫び声で教室は満たされる。

 止めようとするが、訳がわからなくなり、言葉を失う八幡。彼と目が合った時、彼はピタリと動きを止めた。

 一言「今まですみません」と八幡に言うのだ。

 そして彼の姿は見えなくなっていた。残った彼女は、彼とは違うおびえた声ですみませんと言いながら八幡から距離を取るのだった。


 彼は使い魔でも特異で、使い魔で言うところの契約、すなわち未練が果たせないとなると強行に走る存在だ。それを八幡は知っていた。ゆえに強行に走らせた理由は自分なのだと八幡は感じた。

 そして八幡は理解した。己が、以前の彼女、今の彼女、全てを否定してしまったのだと。ただ八幡はもう一度チャンスが欲しかったのだ。それがこの事態を招くとは思っていなかった。


 学校はこの騒動を、ちょっとしたハプニングという事で呆気なく片付けたのだった。


2016年11月


 八幡はある時以来、長田に、彼女に話しかける事ができなくなってしまっていた。八幡はどうか、彼女と話がしたかった。しかし、過去に八幡が彼女に向けて放った言葉がそれをできなくさせていた。「うざい」「関わるな」と。


 当時は八幡は色々勘違いをしていて、長田に辛くあたってしまった事があった。あながち噂は嘘では無かったが、言ってしまえばお互い様のような部分があったのだ。それを無関係の第三者である八幡が強く出てしまっていた。

 おかげで真に受けた彼女は、ほとんどの人に対して暗い性格になるのであった。そして特定の人物にのみ明るく振る舞うらしいのだ。八幡はそれを見る度に、あてつけのようにも感じ、明るくいるように彼女に言う。

 そこで放った言葉。その言葉が、完全に彼女と関われなくなるのだ。


 八幡の言葉を曲解したのは、なにより彼女ではなく、彼女の使い魔の方だった。使い魔である彼は、彼女の存在こそ八幡を不愉快にさせているのだと解釈した。それからというもの、使い魔の彼は完全に彼女を八幡と関わらないようにさせるのだ。


 何故、彼女の使い魔、彼がそのような事をするのか。

 彼女の使い魔である彼は、契約というより未練が行動原理となる。そしてこの使い魔、彼は生前、どうやら八幡と仲が良かったらしいのだ。八幡に限らず、笹崎、女子の井口という生徒とも仲が非常に良く、この使い魔が持つ未練には、「生前の親友がどうか幸せであってほしい」というものがあるらしい。

 生前の親友が不幸になっていたとする。その親友らを不愉快にさせている原因がわかれば、たとえ宿主たる契約者であろうと、この使い魔はありとあらゆる手を使って制裁を加えるのだ。(よって長田はひどく使い魔に殴られていた)。

 因みに彼女、長田はこの使い魔の特性を良く理解しているらしく、殴られても気にしていなかったりしている。どうやら、それほど使い魔というのは見返りが大きいらしい。

 それと、その事件の直後、彼女が言うには使い魔は泣いていたらしい。それを彼女は滑稽だと腫らした顔で笑うのだ。


 八幡は、彼女が明るく振る舞う生徒の中に、使い魔の生前がいるのではと考えているのだ。八幡はその人物とコミュニケーションをとろうとも考えている。


「なあ白鳥。何かいてんの?」

 そこで白鳥という男子生徒は、キーボードに打ち込んでいる手を止めた。

「ある人物から相談受けたんだけど。うまく自分で客観的に見れなくてな。取り敢えず文章にしてるんだ。長田も八幡も、俺とは普通にしゃべってる相手だから。どうしても一方に感情が移りそうになってな」

「長田の事だろ? 長田は井口と八幡が嫌いって言ってるし、使い魔は不愉快にさせるくらいなら関わるなって言ってるんだろ? 既に解決してるじゃんか」

「……いや、えと。相談相手が八幡でな。謝りたいんだと」

「今更。いくらなんでもどうしようもねえだろ」

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駄目な主人公に使い魔ができました 18782代目変体マオウ @18782daimehentaimaou

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