第15話

 二学期、後期に入ってから、時々一年生と二年生が一緒に自衛の授業を受けることがあった。今までのやり方は良くなかったと判断し、学校側も自衛の授業について手探り状態で色々模索しているのだ。

 振り回される生徒達だが、随分面倒やら迷惑やら困惑したりしている者の中にも、後輩達にいい格好を見せようと張り切る者がいる。

 実のところ、彼女は張り切る側なのだ。一年生は、彼女に変なレッテルやら印象があるのを知らない。それが理由で一年生と共に行う自衛授業を楽しみにしているのだ。

 しかし、彼女は実際に一年生と共に行う授業について勘違いしていた。彼女は一対一でペアを組むのだとばかり思っていた。しかし、実際はある程度の人数が集まり、グループとなって教え合う形だったのだ。しかも、彼女が割り振られたグループの中には、彼女が苦手とする八幡という男子生徒がいた。彼女は見るからにがっくりと肩を落とすのだ。

 彼女はグループの中で空気と化していた。教えたくても、八幡だとか他の人がまとめて指導したりするのだ。おかげで彼女にはすることがない。自分の技を教えてみたかったが、でしゃばるのも良くない気がしたが。何か変な事を教えてしまって、咎められるのも想像できてしまうのだ。

 鬱憤ばかり溜まってしょうがない。彼女は授業中、溜め息を吐く事しかできないのだった。


 幾度目かの自衛の授業。彼女は完全にこの授業が嫌いになっていた。教えようとしても駄目で、何もしていなくても駄目。ただひたすらに戦い続けろと言われた方がどれだけ楽しいか。しかしそう思うも、結局彼女には何も変えられないのだった。本来好きな運動も許されず、毎日溜まるフラストレーション。



 ある時。自衛の授業に休憩があった。二時限も使われる自衛の授業。そんな十分の僅かな休憩。

 彼が彼女を誘った。

「スペースが空いてる! 少し動こう!」と。彼女も動きたかったもあって、誘惑に負けてしまうのだ。



「なははは。対人戦弱すぎ。取り敢えず降参しろって」

「ううー!」

 気が付けば毎度のような模擬戦闘を行っている二人。今、彼女は彼に頭を踏みつけられて抑え込まれている。しかし彼女は諦める様子もなく、逃げようともがいているのだ。こんな二人だが、彼は勿論、彼女も戦闘は楽しんでいる。確かに抑え込まれている状況は不愉快だが、武器を振り回し、技が決まる瞬間は爽快で堪らなかった。彼女も好きで彼に付き合ってやっているのだ。


 つい先程まで自衛の授業。特に彼女にとっては鬱憤のたまる最悪な時間だ。それもあって、憂さ晴らしという意味合いでも彼女にとっては、遠慮のいらない彼との模擬戦闘は欠かせなかった。でないと腹立ってしょうがないのだ。


「お前! 何をやっている!」


 しかし怒られてしまった。休み時間だというのに。

 怒っている男子生徒は、彼がヤタ君と呼ぶ生前の友達だった。彼と彼女は流石に戦闘を止めた。彼女と彼は衣服に付いた土埃も気にしない様子で、不思議そうに、怒鳴る八幡の顔を見つめるのだ。


「手加減をしないのか、やめてやれ!」


 等と言うのだ。二人は八幡が怒る理由がわからずにいた。スペースを二人で勝手に使ったのがいけないのか、と思っていたが、怒鳴っている内容は全く違う。手加減しろと怒っているのだ。無理に付き合わせるな、とか、嫌なら拒否しろ、と彼女に言ったり。

 実際、「手加減しろ」と言うが、彼は彼女に手加減してばかりいる。地面に叩きつけるのも、蹴り飛ばすにしても、うまく痛くないようにしてくれているのだ。

 これで止めるならば、何故今までの笹崎との戦闘では止めてくれなかったのか。八幡の発言は、彼女にとって色々思うところがあった。


 五分ほどの説教の後、「弱い者いじめをしていい気になるなよ。どうしてもしたいなら、俺が模擬戦闘の相手してやる。なんなら今、相手してやってもいいぞ」と八幡は言うのだ。

 要するに、ふざけた事をするようであれば、手荒なことをするという意味だ。


 彼と彼女は、凄まじいまでの天然なボケどもなのである。特に彼は、先程ヤタ君の放った言葉の意味そのものに食い付いた。

「マジですか!? 相手していただけるんなら是非とも!」

「私はいいよ。今日だけ特別に体、貸したげる」


 売り言葉買い言葉というにはあまりにずれた問答のもと、二人は戦うことになった。チャイムは既に鳴っており、授業中に行われる模擬戦闘という形になっている。

 彼は随分機嫌が良さそうに、「真ん中のグラウンド、丁度良いですね。審判は公平に知らない誰かで良いですね。ルールは魔術ありでいいんですか?」言いながら移動して行くのだ。


「どうした? 来いよ」


 八幡が言う。八幡には自信があった。使い魔を使役していた。魔術がありならば、使い魔もまかり通るのだ。最悪、使い魔で威圧することができ、武器召喚も八幡にはできた。魔術師として、この差は歴然足るものだ。


「はい。行きますよ」


 それに応えて、彼女が、グラウンドに踏み出した。向かい合う二人。しかし八幡は、その様子に戸惑っている様子だ。八幡に向かって対峙しているのは、彼ではなく彼女であるのだから。

 彼は、彼女の体をのっとっていたのだ。八幡が声を出す前に、何も知らぬ審判役の生徒が開始を告げていた。


 開始と同時にパァン! と弾けた音がした。彼女側の攻撃だった。魔力をのせたジャブ。速さ威力リーチ、どれをとっても申し分ない。最早、決め技にも匹敵する彼の強力な得意技だ。


「たはは。なめてます?」

「待て! 何故君が?」

「んーん? 気付いてません? 中身は僕ですよ。ひひひ。こいつの体だからって、侮んない方が良いですよ。はひひひひ」


 喋り口調から気が付いた。目の前にいる女子生徒は、たしかに長田という女子だが、明らかにおかしかった。


「久々の肉体! まさに快楽の塊! この疲労も、痛みも! っしゃあああ! ぞぉっ!」


 長田という女子生徒が、このように叫び声や雄叫びをあげるのもおかしかった。


「お前、誰だ!」

「はい? 僕は俺ですぜ! 言うなればこいつの使い魔だ! やっぱり、戦闘は肉体あってこそ! だから借りてる! ははっ! 全力だ! らっ!」


 おかしい。そう判断した八幡は、武器召喚を行う。なだめるのは様子から難しいと考え、短期決着に頭を切り替えた。異常なまでの冷静な判断だった。

 気絶させようと、最速で短刀を振り抜いた。誰一人、破られた事の無い、絶対な技だ。

 しかし、八幡は目を見開いた。


「ほら。まだなめてる」


 その八幡の視線の先では、彼女が素手で武器を掴んでいる姿があった。


「鞘に納めっぱなしって。ははは。ははは! 侮りすぎ!」

「その顔で笑うな。能力解放」


 ヤタの持つ小刀の鞘が溶けるように消えた。鋭い刃があらわになる。瞬く間に刀身が伸びる。


「怪我じゃすまないぞ」

「上等ですよう!」


 彼女はつかんでいた小刀を離し、飛び退いた。ヤタが斬りかかろうと踏み込み、間合いを詰めた。その瞬間、踏み込んだ筈のヤタが吹き飛んでいた。

 一瞬の内に行われた打ち合いがあった。彼女がヤタの斬撃を受け止め、蹴り込んだのだ。


「げほっ! 何故、俺の剣が通ってない。そうか、武器召喚、固有魔術か」

「うえ? できますけど、武器召喚じゃないですよ、これ。物質化した魔力ですって。っつーか、本気できた方が良いですよおお!」


 彼女の手には、剣を構えるように黒い棒が握られていた。八幡は体勢をたてなおして繰り返し打ち込むが、容易く返されていく。


「ほい! さっきのはてめえの技だ! いい加減本気でこいやぁ!」


 八幡は彼女に地面に叩きつけられていた。


「武器召喚、どんな能力だ?」

「いやいやいや。そんなの関係無いじゃないっすか。ってか、手の内知ってるって、それだけで凄いアドバンテージ?」


 大きな影が彼女に向かって飛び込んだ。嘴を持つ化物だ。しかし、鎖に絡まって、呆気なく動けなくなっていた。


「ただの確認ですけど。これ。ヤタ君のグリフォン、使い魔でいいんですよね? あ、鎖は俺の武器召喚です。ろくすっぽ戦闘にゃあ使えません。の、筈なんですけどね。やっぱり手の内知ってるのがアドバンテージとしてでかすぎるんですか? 理性の鎖、戒めのイバラとかそんな感じの名前です。なはは」

「発動が早すぎる」


 彼女、彼は、グリフォンをけしかけるように、黒い棒で顔を突く。グリフォンも嫌なのか、嘴をガチガチとならしていて、今にも噛みつきそうだ。


「ま。幻獣相手なら、不足は無いですね」


 グリフォンを縛る鎖が消えた。わざと消したのだ。それと同時に、彼女に襲いかかろうと飛びかかる。彼女は鉤爪をのけ反りながら回避。スローとなる景色。彼女は、空を仰いだ体勢から、棒から手を離し、そのままファイティングポーズをとっていた。


「隙がでかすぎて」


 その光景は八幡には早すぎて、訳がわからない。衝撃音とともにグリフォンという幻獣が一瞬にしてやられた。

 彼女は上下逆さまになって浮遊して、視線をグリフォンから八幡に向けていた。武器らしき黒い棒は、手もとから無くなっている。少し離れてグリフォンがピーピーと鳴いていた。もう戦えそうにない。


「せっかく使い魔出したなら、コンビネーションとかできなくても波状攻撃とか色々あるじゃないですか。いくらなんでも傍観はなめすぎですよ」


 八幡は、彼女に組伏せられていた。目が回ったと思ったらこれだ。


「なあ? 君から言い出したんじゃないか。僕はヤタ君の実力、しってるんすよ」


 会話の中、誰かが割り込んだ。笹崎だ。

「やめろ! 結果は出てる!」

「いやいや、はっきりしてないですし、なめてるのが腹立たしいんすよ。生前の時から、見下してるのが不愉快だったんす。これしかできない。これができない。そういう決め付けが、腹がたってしゃあねえんだよおおお!」


 観客と化した生徒から、「あれ、女かよ」と声が聞こえた。幾人もの生徒が、離れたところから彼女と八幡の姿を見ている。流石に凄まじい戦闘音もあって、注目を集めすぎていたのだ。そんな一部の観客と化した生徒からの言葉。

「あれ、女かよ」その言葉にひどく反応する。


「それだ! その言葉ムカつくんだ! 女っぽいだ? 弟みたいだ? ふざけんじゃねえ! 俺は非力でもチビでもねぇ! ほんのわずかに劣ってるだけで決めつけやがって! 低いっても、僅か五センチメートルの違いだってのに! フリーク相手なら大した違いにもなんねえってのに、まるでそれが全てだと言いはるのが不愉快なんだ!」


「何を言ってる?」笹崎も八幡も同じことを言った。


「認めてくれてたのはザキザキだけだった! あんだけド突き合いに明け暮れたんだ! そんなザキザキが潰れて呆気なく死んだ日に何をしていた! 俺が殆んど一人で相手をしてなきゃあのまま井口さんも鈴さんも死んでた! あれから君は口を閉ざす! あれから見返す機会は完全に失われた! あれから俺は更に強くなったというのに! 今こそ未練を果たす時! だから戦え! 全力で! ただでさえこいつの肉体だ! 不足はねえんだ!」


「お、お、落ち着くんだ」笹崎は止めようとする。


「邪魔しねーで下さいって!」


 笹崎は一瞬で吹き飛ばされ、魔法によって張り付けにされた。笹崎の実力は既に八幡を上回っている。その笹崎が怪我もなく、この有り様だ。大きな実力差があった。グリフォンの時は、何か細工、トリックを疑っていたが、ここで完全に八幡の戦意は無くなった。

 彼女に再び抑え込まれる八幡。


「た、たかいたくない」

「状況わかんねえんすか。一回断る度に骨折るっすよ」

「でも嫌だ」


 彼女は組伏せた八幡を解放し、少し離れたかと思うと、「くそおお! ちくしょおおお! くそ! くそ! くそ!」と、しばらく声をあげる。八幡どころでなく、見ていた周りの生徒も言葉を失っている。気味が悪い。このまま人殺しに走るのではないか。そんな風にも見えた。

 土を蹴りあげ、一呼吸した。

 そんな様子のあと、彼女の目の前の景色が揺らいだ。そう思った時には、既に男が彼女の前に立っているのだ。言わずもがな、彼の事だ。

 すぐにペタンと彼女が、腰を抜かしたようにしゃがみこんだ。殺気のこもった鋭い目付きは無くなっており、訳がわからなさそうな、ボーッとした表情でいるのだ。

 目の前の彼と見つめあっていた。彼が彼女の顔を覗いているのだ。


「おーい。もしかして憑依って、脳に負担かかってた? 今の状況わかる?」

「私、何してたっけ? 何だっけ?」

「あー、とだな。後で説明する」

「どしたの? 凄く機嫌が悪いけど」

「さっきまで、お前の体で戦おうとしてたんだけどな。なんつーか、『やっぱ、やーめた』ってされた」

「? ふーん。よくわからないけど。……え?」

「どした?」

「……骨」

「骨?」

「あああ! 骨が突き出てる! いたい!」


 彼女はバキバキに折れた自らの両手を見て、ギャーギャー騒ぎ始めたのだ。彼の「義手だから、大して、いたかねーだろ」という言葉も聞こえた様子も無く泣きわめくのである。

 ギャーギャー叫び声をあげる彼女を、彼が引っ張ってどこかに連れていってしまった。


 しかし、彼女の姿が見えなくなったそれでも、周りの生徒達はしばらく口を開くことはできず、奇妙な沈黙が流れてしまうのだ。


 後になって彼から説明を聞いた彼女は、「一年生に自分の立場がバレてしまった」と落ち込むのであった。

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