第11話 精神病と妄想と

 学校で魔物と戦った日から数日経過した。

 彼女は、学校で魔物と戦った出来事が恥ずかしいように思えていた。皆の前で魔物と戦えば、少しは認めてくれるのではないか、見直してくれるのではないかと思っていた。しかし、結果はどうだろうか。随分と醜態をさらした。他の人もまとめることができずに、結局自身である彼と彼女だけで戦った。しかも、魔術の詠唱の一つとはいえ叫び声を上げたり、治療が痛いあまりに泣き叫んでしまった。

 他の人にとっては、あのDランクである魔物は強いものでもないらしい。そんなものに必死になったとなれば、それこそ馬鹿にされるはずだ。

 彼女は学校に行くのが恐ろしくてたまらなかった。何を言われるのかわからないのだ。


 彼女は体の一部を失ったことを理由に学校を休もうと思い至った。しかし、左腕を見れば、しっかりと吹き飛んだ筈の左腕はあるのである。彼の魔法による義手だ。代謝を行う生きた義手。見た目では絶対に義手だとは思われないほどのものだ。彼は生前、この義手形成の技を見て学んだのだとか。これを実用できるだけの技を既に備えていた。しかしそれをすることは彼女にはできない。彼女は彼が居なければ何一つできたことは無い。彼は自分であるというのに、彼女とかけ離れすぎている。それもまた恥ずかしく思えてしまった。

 仮に、痛くもないところを今さら「腕が痛い」と喚いたところで、親が休むことを認めてくれるとは到底思えないのだ。

 校庭を穴だらけにしたり、校舎を壊してしまったこともあり、数日の臨時の休校となっていた。彼女は学校の何かがが壊れたことに関しては気にしていなかった。それは学校側の不備だ。しかし、責められると思うと、どうしても不安に感じた。


 今日は学校がある日だ。


「義肢の技術は、見ていて知識だけはあったんだ。本当にやったことは無くてな。むしろ、生身の治療の方が難しい印象かな? 死後、はじめてやってみたんだ。聞いてる?」


 彼が後ろ向きに滑空しながら彼女に無駄な話を投げかけている。しかし彼女は一切反応を見せることなく、黙って自転車をこいでいた。彼女は学校で何か言われないだろうか、と不安なのだ。

 彼女は校門付近に人だかりができているのを見て、胸騒ぎがした。まるで、取材にでも来ました、とばかりにマイクやカメラを抱えた人が押し寄せているのだ。


 そう言えば、学校の外にも被害は出ていたな、と彼がぼやいた。学校が罪にとわれているのか、はたまた自分か。

 そう考えると、頭が真っ白になり、思考が硬直しそうになる。

 彼女は人にぶつからないように自転車から降りて、押して走り抜けた。彼女は駐輪場に自転車を止めて、安堵の息を吐く。しかし、駐輪場から校舎に入ろうとしたが、その時に取材の関係者がいるのに気が付いた。

 普通、学校の敷地に入るのは問題になる。しかし、彼女にとっての問題はそこではない。現に取材に来た人がそこに居て、学生たちに色々聞いて回っている。それが問題なのだ。


 完全に彼女は足がすくんでしまった。何故なら、取材の人は、彼女のことについて聞いていたからだ。そしてその質問を受けている学生は、彼女の事について喋っているのだ。しかも、随分と貶している。


「本当に頭がおかしい」と、さらし者にするかのように、笑いものにするかのように、何度も同じ言葉を使って非難をするのだ。


 取材の人も、「やっぱり皆が言うけど、そういう人なんだ」という反応をする。しかも、どういったことをしていたのか、さらに聞き出そうとしていた。今は、笹崎という生徒がどういったように彼女にやられたか、ある事ない事喋っているのだ。さらに、通りかかる生徒にさえも、確認するかのように話に引きずり込む。なんと不愉快なやり方だと、見ていた彼は思った。


 そんな通りかかる生徒を呼び止める中に、笹崎と白鳥という生徒と八幡がいた。白鳥は、一年の頃は彼女と同じクラスの男子生徒だ。笹崎とよくともに行動している。

 笹崎は話しかけられたが、「うん。ぼこぼこされた。だけど今は随分遠い存在になった。もう俺なんかじゃ眼中にないみたいだ。ぼこぼこにされる前に終わっちまう。そうだな、できたらもっかい相手してもらいたいけど」と虚ろな表情のまま、まともな受け答えもしないうちに校舎に消えてしまった。


 白鳥という笹崎の友達である男子生徒は睨んでいた。それを取材されて面白おかしくしゃべる男子生徒は「ほら。言い返せないでいる」と喋っている。

 立ち去った笹崎はともかくとして、八幡や白鳥達どういった会話をしているのかわからなかった。しかし、少なくとも彼には面白くないと感じた。

 彼女は完全に思考が硬直してしまっていて、その場を離れることもできずに立ち尽くしている。彼が代わりにと、取材に割り込んでみた。


 取材をされている生徒が、「さっきの笹崎っていう生徒が、一方的にやられて」とか話している時、彼が会話に飛び込む。


「本当に長田って奴は頭おかしいよな!」

 大きな声で、取材を受けている生徒の肩に腕を回す。呆気にとられる周囲を構わず彼は一方的にしゃべり続けるのだ。

「一切手加減しないし! 例えばあれだ! 素手の模擬戦闘の時もだ。笹崎君ときたら武器召喚と二級魔術しか使ってないのに対して、素手で戦うんだから!」


 取材の人が疑問を持つ。


「さっきの笹崎って人じゃなくて、女の子の方が武器召喚したの?」

「は? あいつは武器召喚できねーすよ? 魔力の物質化しかできねーすよ。笹崎君が武器召喚と二級魔術しか使わないのに対して、素手で遠慮なくねじ伏せやがったんすから。マジで弱い者いじめ」

「は? 武器召喚と二級魔術って」

「もっとハンデつけるべきだったんすよ。二級魔術と武器召喚しかまともな戦闘しかできない相手に対して。例えば、手足切りつけてからとか、ハリツケにしたり、足の骨、一度折ってから模擬戦闘させるんす。はははは。楽しそうっすねそれ! はははは! マジでたのしそう!」


 笑っている彼の胸倉を八幡が掴んだ。


「お前、なんだよその言い方」相当怒った雰囲気で八幡が彼に言い放つ。

「ありゃりゃ? それツッコミ待ち? ヤタ君がいうんかい! ってね。ってかさ、クラスでこいつ貶しとけば、話題に困らないって流れがあるじゃないですか。ほら、せっかく話題にしてもらってんだから、何か喋れよ」


 そういって、彼は近くにいた彼女を前に引っ張りだすのだ。取材の人も、他の生徒も彼女の存在に気が付いていなかった。無理はない。気配消しの魔術を使っているのだ。気が付ける人はあまりいないのだ。

 彼は、まるで彼女を壁にでも使うかのように、彼と八幡の間に立たせる。驚く八幡は、掴んでいた胸倉を放して数歩後ずさってしまうのだ。

 驚いて言葉を失う周囲に、彼は彼女の眼鏡をはずし、結んでいる髪を解いた。彼女は抵抗もせず、人形のようになされるがままだ。


「ん? 気が付いていない? 眼鏡外しただけなんだけどわかるかな? 雰囲気違うかもだけど、今まさに話題の子」


 彼は「せっかくだし、何か喋れ」と言うのだ。「朝のホームルーム始まるって。予鈴も鳴っているし、速く早くハーヤークー」と。



 彼女は震えた声でしゃべる出す。

「ぁ、私。あの、だって、だって私、死にたくなかったから」しかし、次第に強い口調になるのだ。「死にたくなかったから! あんな弱い魔物で騒ぎ立てても、頭がおかしいって扱いされるし! 頭が異常だって言われても、死にたくないもの! あの時私が死んだら、誰が責任とってくれたの!? 誰かが私を生き返らせたりでもしてくれるの!? 私は死にたくないもの! 手足潰れても痛いし! 私は弱いもん! 心臓無くなったら生きていけないし、頭が潰れただけでも死んじゃうもん! てめえらの基準おしつけんな! クズなりにでも生きてんだ! うわああああ!!」


 彼女は半狂乱に暴れだし、彼が羽交い絞めにして抑えるという構図になっている。彼は「すまん! 遊び過ぎた! 悪かった! 落ち着けって頼むから」と詫びながら抑え込むのだ。


「あの時死んでたら、本当に誰が責任とってくれたの? どうせ死んだところで笑いものにされるだけなのに!」と、彼女はわーっと泣き出してしまった。彼女の周囲は、感情が暴走しているのか、漏れた魔力が形となってバチバチと炎とも電気ともとれるようなものを出している。取材の人のカメラが魔力の影響を受けて煙が上がる。

 彼もついにどうしようもないと判断したのか、指を鳴らして彼女の意識を奪った。彼女を担いで、「白鳥君でしたか? こいつ、今日は無理そうだし、休むって伝えてもらえないですか? すんませんが」と消えてしまうのだった。



2016年7月


2016年7月


 彼女は不登校に陥ってしまった。ただ、彼のイメージにあった不登校とは違って、家に引きこもることは無かった。どうやら学校に行くのも怖いし家にいるのも怖いらしくて、不登校でありながらよく出歩くことが多くなったのだ。ほとんど行く先は決まっていた。図書館か公園だ。小さな弁当箱を一つと勉強道具しか持ち歩かず、朝6時から夜10時まで家に帰らないのだ。

 彼女は普段から出かけたがっていて、台風だろうが天候の悪さも関係なく家を出ようとするのだ。特に魔物の封印は積極的に行っていた。それが彼女いわく、唯一の楽しみなのだという。


 ある日の事。彼女たちは早朝から家を出た。その時、謎の二人組がいた。まだ若い二十代くらいの男性だ。

 大きなあくびをしている男性二人。その二人とつい彼女は目が合ってしまった。彼女はつい、ぼーっとしてしまっている。こんな早朝にも誰かはあるいているのか、それにしてもどういった理由だろうか、思考能力が落ちた彼女はそのようなことをぼーっと考えてしまうのだ。その彼女からの視線を気まずく感じ、二人組のうち一人の男は、彼女に声をかけた。


「あははは。別に怪しくないよ。取材に来ててね。そだ! 名刺もちゃんとあるよ。ほら」


 そう言って名刺を突き出して見せた。


「『かくかくしかじかTV』?」と呟く彼女に、二人組の一人は説明する。


 どこか遠くの地方のローカル番組だそうだ。一人はカメラマンだ。この二人組の男性はテレビの取材か何かで来たようだった。

 彼女は「こんなところに取材に来るようなことでもあるのだろうか」と不思議に感じた。

 話を聞いてみれば、魔物と戦ったことのある人について取材しているらしかった。特に彼女と同じ高校の生徒が強い魔物と戦ったと、話題になっているのだ。別段珍しくもないと思ったが、県外であれば、魔物そのものが珍しいのだと思いなおした。テレビの人はその魔物と戦う生徒について話を聞きたいらしかった。どうやら、この近くにその探している人がいるらしい。


「ご、ごめんなさい。私、最近学校に行ってなくて、よく知らないんです。友達もあまりいないので」

「あ、あれ? なんでもいいから何か知らない?」

「本当に思い当たる人を知らなくて……」


 どうやら、取材に来た二人組の男は、勘違いをしているようだった。他の人の生徒に当たるにしても、この街ではあまり珍しいことでもないとも話してみた。本当にその高校の生徒であるのかは疑わしい上にその特定の人物を探すのは難しいと教えたところ、取材しに来た二人は気を落としていた。


「珍しくないの? 本当?」


 彼女は、取材しに来た男性が気の毒に思った。今は早朝五時なのだ。それが空振りに終わっている。きっとこの二人は会社に戻ったら上司から怒られるのだろう。彼女はそう思うと、この取材にきた男性達がかわいそうに思えた。それがいかに、取材が行き当たりばったりで、アポイントメントもとらない甘い考えが悪かろうが、少しくらいなら何とかしてあげたいと思ったのだ。

 そこで彼女は提案した。


「あの。ここではあまりそういった人は珍しくないんです。よく魔物はわいているので。魔物を取材するだけでも、県外の人には珍しい話になると思います。私、これから魔物を捕まえに行くんです。よければ一緒に行きますか? 貴方がたの言う強い魔物じゃなくて、あんまり大したものじゃありませんけど」


 取材の二人にとっては願ってもいないことだった。

 彼女は、「天候などで出現の予測ができる」「独特の気配がある」などと取材の人と話ながら移動した。取材の二人は、魔物についてひどく無知であった。彼女は知識をひけらかすのが面白く、ついついしゃべりすぎるのだ。


「私がこれから捕まえようとしているのは、危険度がDのランクの魔物です。皆は弱い弱いと言いますが、私にとってはすごく恐ろしいんです」「怖いのに捕まえるの?」「はい。怖いからこそこちらから向かわないと。自衛の能力の無い人間にとっては、十分恐ろしいんです。暴れられる前にこちらから捕まえる必要があるんです。他の人は放っておいても問題ないと言いますが、私にとってはいつどこで出るのかはっきりわかるわけではありません。出たら出たで、そしたら私は死んじゃうかもしれないんです。私は弱いからこそ必死になるんです。みんなは強いから、弱い私の必死さがわからないんです」


 彼女はふと足を止めた。


「ここです。今日はここに魔物が出るんです」

「ここで?」


 ついたのはただの住宅街だ。ごみをもって慌てて走るサラリーマンも見かける。


「ちょっとこれから、私おかしくなりますので」


 そういう彼女の傍らで、さっきから一言も話さない彼が、おろしたカバンから色々道具を漁りだしている。


「おかしくなるって?」問う取材の男性に、彼女は言った。

「独り言を叫ぶので」


 そう言って彼女は、彼に色々支持を出した。彼は色々手元でごそごそしていたりどこかに行っていたりしていたが、しばらくして遠くから「オーケー」と答えた。


「あ。カメラマンさん。あの家の屋根に、魔物が現れる予定です。いいよー! だしてー!」


 彼女の声が未だ静まった住宅街に響き渡った。同時にカメラマンが小さな悲鳴を上げる。カメラの先には、火の鳥のような赤い大きな鳥が浮いていたのだ。小さな家と、大きさは変わらないほどだ。それがはばたくこともなく浮いているのだ。

 彼女と彼の動きは早かった。彼女と彼は魔法などを使って、戦闘を開始した。結局三十分ほどで戦闘は終わり、彼女は取材の二人組に駆け寄った。


「あはは。すみません。さっきのは危なかったですね。変によけようとしなかったら、こちらも問題は無かったんですけどね」


 取材の二人は、魔物の攻撃をかすめていた。彼女が庇ったおかげで、無傷で済んだのだ。そんな二人に駆け寄る彼女は、取材の人をかばったせいで肘から先の腕が無くなっていた。

 隣にいた彼は腕をなくした彼女に対して、「バカ! そこに公園あるからそこで治療する。こっち来い!」と言って無理やり彼女の手を引いた。彼女は引きずられるように手を引かれながら「ちょっと休憩がてらに公園で休ませてください」というのだ。笑顔は絶やしてもいないし、引きつってもいなかった。

 カメラマンは、先程光線が走った一部を映していた。わずかに掠ったであろう電柱の一部が熱によって真っ赤になってとけていたのだ。生唾を飲み込んだ後、カメラマンは遅れて後を追った。

 公園について彼女は、蛇口の近くに地べたに座った。そしてそんな座った彼女の先の無い腕を取り、彼は治療し始めたのだ。


「ちょっと! 君! 何やってんの!」


 取材の人が、そこでようやく声を出した。出した声は、彼に投げかけられる。

 そんな取材の人に、彼女が答えた。


「ごめんなさい。気持ち悪いのはわかっているんですが、このまま放っておくとつらいので治療させてほしくて」

「そういうことを言ってんじゃなくて! 素人が下手なことをしてる、のは……」


 言い終わる前に彼女の腕は、生えていた。生えるというのはおかしいかもしれないが、先程までたしかに無くなった腕は、いつの間に元の通りにあるのだ。


「驚かしてすみません。さっき失ったのは義手なんです。代謝を行う生きた義手。勿論これも義手ですけど」


 取材の二人は驚いていたが、説明を求めだした。主に治療した彼に。しかし彼女が取材の人の質問に答えるのだ。


「学校で、蘇生法だとか、治療を無理矢理習わせられるんです。私はしばらく行ってなくて、こんなお粗末な治療しかできないのですけど」

「学校で?」

「そうなんです」


 リポーターをする男性は、この男子生徒はその講習を受けているのかと納得する。それよりも、今の魔物についてばかりが気になっていた。


「救急車呼ぼうか?」「大丈夫です。義手ですし」という会話をした後、さっきのは何だったんだと尋ねた。


「? 魔物です。もしかして、見たことも無かったのに、取材に来たんですか?」

「ぁ、ぇ、さっきのが魔物?」

「はい。Dランクの魔物です。不完全ですけど。それでも私にとってはなかなか強くて」

「すごく危険じゃないか! 害獣どころじゃない! 世界の滅亡を目にしたのかと思った」

「ふふふ。大げさすぎますって。あれがDランクなんです。貴方たちみたいに自衛の能力がないと死んじゃうって話、理解してくれましたか?」

「だって、あれ、そういう規模じゃない……」

「この街では、そういうのが溢れていて当たり前なんです。ふふふ。私の気持ちを分かってくれる人がいて、すごく嬉しいです」


 取材の二人は随分呆然としていたようだった。彼女は「どうにかネタにはなりそうですか? それなら何よりなのですが」というのだ。取材の二人は、時間が許されるまで話を聞きたいと言ってくる。彼女は、久々の会話ということもあって、彼女は快く引き受けた。公園のベンチで話し込むことになった。公園には老人や、犬の散歩に来た人たちがまばらに出てきはじめた。


「待って! ちょっと待って! さっきのは本当に弱い部類なの?」

「はい。私はそう思いたくないんですが。みんなは弱いって言っています。それに私、学校でしてる訓練とかではあまりよくない成績ですし、他の人にもバカにされます。そんな私みたいな学生だけで戦うような相手だそうです。この前、学校でさっきのより厄介な魔物で戦っていましたし」


 カメラマンは静かに二人の会話を撮影し、彼は近くの鉄棒の上でバランスをとったりして遊んでいる。リポーターの男性と、彼女だけで喋っているのだ。


「他の人たちはどう戦っているの?」

「わかったら苦労しないですよ! 戦い方は、あんまり見せようとしない人が殆どなんです」

「なんでまた、魔物と戦っているの? 本当に危ないよ」

「先ほども言いましたが、『怖くて危ないから』です。この街の皆は強くて何も感じていません。自分の身を守るためにも必要と感じたからです。それと、わずかな自己満足ですか? ほら、取り柄が一つでも欲しくて。あと、ちょっとしたお金になります。五百円くらいになるはずです。道具とか考えたら全然割に合わないですけど」


 男性は彼女ばっかりについて聞いていたが、鉄棒で遊んでいる制服姿の男子についても聞いてみることにした。


「じゃああの子は? どういった関係?」

「あの、『あの子』というのはどういうことですか?」彼女が言った。

「そこの彼についても知りたいかなって思って」

「彼?」彼女が呟いた。酷く眉をひそめたまま、取材の男性を見つめる。「この公園には私たち以外に誰もいませんが?」

 話がかみ合わず、どう話しかければいいのか取材にきた男性はわからなくなった。彼女と男性はそのまま見つめ合ったまま沈黙が続く。


「ほら。だから俺はやっぱり存在するんだって」


 沈黙を破ったのは彼の声であった。知らぬ間に近くで逆さになってぶら下がっていた。魔法によるものか何かによるものだ。

 取材の男性たちは、彼の言葉の意味が分からないと言いたげな表情だ。そんな取材の人に、彼は大げさに着地して手を出した。

 「握手しましょう!」という。呆気にとられながらも、リポーターは握手。続いてさらにはカメラマンにも握手した。しかし、彼はカメラマンの手を握ったまま、彼女に見せつけて言った。


「ほら。この通り、この人たちに俺は触れているし応じてもくれている」

「貴方たちは見えているんですか⁉ じゃあ私とおんなじで頭がおかしいんですね」彼女はパッと目を開いて、嬉しそうに笑いながら言うのだ。

「その言い方はねーだろ」

「ふふふ。ごめんなさい。ちょっと私の事、説明しますね。ねえ貴方、飲み物買ってきて。ダッシュで」彼が彼女に言われて公園を出た後、明るい様子で話し出した。

 彼女は最初に、私は精神病で妄想にとりつかれているのだと言った。そしてさっき飲み物を買いに行かせたのが妄想の人間なのだ、と。


「は? 妄想?」

「私、普段からその妄想の人と話しているんです。他の人には見えないらしくて、家族に説明したら病院に連れていかれて分裂症って診断されました。正直、何が現実か、自分ではわからないのです。痛みも感触もありますし、さっきの魔物だって、単なる私の妄想かもしれないです。それに貴方たちお二方も、妄想かもしれない」

「僕たちはちゃんといるよ」

「本当にいたとしても、貴方たちの存在を証明することができません。痛みも触覚も全てが私には疑わしいのです」

「それを言ったら、どうしようもないというか」

 彼女は慌てて取り繕うように声をあげる。「違います! 私は貴方たちが本当に居る人だと思っています。……でも、でも本当に貴方たちがいて、カクカクシカジカTVというのがあって、なおかつ魔物も本当に居るのだとするなら、よそ者がこの街に関わるのは危ないです。治療不能の怪我も十分に考えられます」

「うい! 買ってきた!」そこに彼が戻ってきた。

「有難う。どうぞカメラマンさんも。回す必要ないですよ。休憩しましょうよ」

 彼女の話は続く。

「こうして、ジュースも買ってきてくれたりお土産とかも買ってきてくれます。家に忘れ物した時も、私の代わりに取りに帰ってくれます。それも病院の先生に説明したら、家族からも『全部妄想だ』って言われてしまって。何度も言いますが、正直、何が現実かわからなくて不安だったんです。彼と話していたら、家族からすごく怒られてしまいますし。説明しようすればするほど、また怒られます。貴方方が本当に居るとするならば、これ程救われることはありません」


 取材の人が、「つまるところ、彼はなんなのか」と聞いたところ、二人はそろいも揃ってわからないと答えた。彼曰く「しいて言うなら、使い魔のつもりでいる」と答えた。

「つもりって……。クラスメイトとか色々あるじゃないか」と取材の男性は苦笑いで言う。

「だって、わからないもんはわからないですって」と彼。死んでから、気がついたらこの世界にいたのだから、とも言った。未来に死んだ人間であり、自分もこの世界では生きているし、と面白おかしく言うのだ。


「というのが私の妄想設定みたいなんです」と、彼の説明に付け加えた。

「設定って言うな。こうして取材の人たちと触れ合えるし言葉も聞いてもらえる。確かに俺はいるの!」

「取材の人も魔物も全部私の妄想だったら説明がつくけど」

「頼むから惑わそうとするのはやめてくれ。俺は死んでからマジで不安になってんだ。ただでさえ俺の記憶と違いすぎる世界なんだ!」

「ああ、この痛みも魔物も、全部妄想だったら嬉しいのにな……」

「聞いてねえや」


 そこで取材の人がようやく会話に入り込んだ。

「未来からきた……」「期待しないでください。あまりにも俺の記憶と違うので、未来予知とかできねーすから」「そういえば名前はなんていうの」「いや、テレビで言うわけないじゃないですか。この世界の俺にも混乱させることになりますし。こいつにも名乗ったことなんてないですぜ」「顔は映ってるけど」「いや、見た目じゃゼッテーわからないっす。見た目どころか境遇も違うので」「体はどうなってるの?」「いや、マジでわかんねえっす。有って無いような物質じゃないのかと」「一回死んでるんだよね」「今も死んでますけど」「はあ」「魔術はそれなりに知っていますよ。そん中にも未来の魔術もありますし。義手の形成も、世間では出回っている筈ですけど、詳細が知れ渡るようになるにはもう少し先の事です。ちなみに彼女に着けた義手は、あらかじめ作っておいたのを無理矢理ひっ付けた感じすかね? 折角だし作り方も教えますよ! いい情報が出回れば、それだけ死の危険性が無くなります!」


 彼は、「魔力を物質化させて」とか、「体の拒絶反応を抑え込むのと、拒絶しない構成に変えるのと二通り」「簡単な疑似毛細血管だけは道具、設備が必要」「これが筋肉の代わり」などと説明していた。


「本当はこんなもんより、生身がいいけど。こいつよく馬鹿みたいに他人かばうから、もう義手に変えてしまったんす。そうすればまだ痛みは幾分抑えれますし、怪我もしにくいです。生身で骨の形成から治療すると、どうしても一週間から二週間は手足無しで過ごさなきゃならなくなりますし、リハビリもしんどいです」

「痛い事には変わりないけど。それに義手義足になってから、維持しなくても十全に力発揮できるし、こっちのが効率はいいし。デメリットと言えば、体鍛える意味が無くなったのと、体型が変わらないくらい。鍛えても鍛えてもずっとこの手足の細さ。右足と左足のももの太さなんてまるで違う。自分で見ていて気持ち悪い」と独り言のように彼女は呟いた。取材の男性は、「手だけじゃなく、足も義足なんだ」ともらす。

「それはそうです。私にとっては恐ろしい魔物なんですから。生きているのが不思議なくらいです」


 彼はそこで会話から離れ、「お前も義肢万能派か。肉体に固執してるん、俺だけなんか……」などとぼやいて空中に腰かけた。

 しかしリポーターの男性は『未来』というのは怪しいものの、未知の技術に関心がいってしまったらしい。彼にばかり話しかけるのだ。

 彼ばかりに話がいってしまい、途端に彼女はつまらなくなってしまった。さっきまで魔物について説明していたのは自分だったのに、と。悔しいのもあって、意地悪く言う。


「あの。本来の取材はいいんですか? というか、さっきのはDランクでも最弱ですし。分かってはいると思いますが、さっきのあれだけでは取材にもなりませんよ? ほんの一部にすぎないはずです」

「え? いや、満足だけど……」

「一応、今日の夕方に、歴としたDランクの魔物と戦う予定です。さっきの不完全とは違って、文句なしのものです。多分、戦い方も含めて、取材するべきところはもっとあると思いますが」

「では、一緒についていかせてもらっても?」


 彼女は「ええ」と、彼は「ぜひとも」と答えた。彼は他の人にも認知されるようなきっかけになればと思えたのだ。たとえ県外のローカル放送で、この地域には一切映ることが無いとしてもだ。一方で彼女はほんのいたずら心で取材の人を誘ったのだ。先程であんなに驚いていたのだったら、桁違いの自然発生型であれば、どれくらい驚くのだろうか、と。



 少し時間が経って。




 取材の人は彼女らと昼に待ち合わせをして、そのまま出現場所まで向かった。彼女たちはどこかの山にまで来た。


「どこか誰かの私有地。ばれたら怒られちまう。不法侵入だ。こういうことに目を瞑ってくれてるのは嬉しいな。俺はこういう場所でするの、本当に気が進まないけど」「真昼間から出歩いていることに関して触れないでくれるのは不登校の私には嬉しい」「今日、土曜日」


 取材の人は相当疲れてしまっているようで、もう何も聞いてこない。


「ペース早い」「もう着きます」「ここいらだな」


 短い言葉を伝えた後、何やら道具を出したかのように見えた。

 レジャーシート、水筒、お弁当などを出した。そして二人はいかにもくつろぎだした。


「これから待機になります。それまで体力温存します」と取材の人たちは説明を受けた。取材にきた二人は彼女らの雰囲気につられて、侮っていた。

 取材の二人は、一時間後に後悔した。

 リラックスしていた彼女と彼だが、片づけをし始める。そして「始まるから身構えてください」と言った。


 地獄の光景がはじまった。


 帰れるものならば、すぐにでも家に帰りたい。むしろ逃げたい。取材の二人はそういう心境だった。


「ふーっ、ふーっ」


 彼女の荒い息遣いが聞こえる。日が暮れて辺りは暗い。その周囲は魔術の閃光が幾筋もはしっている。戦い始めて四時間は過ぎた。しかし、終わる様子はない。魔術は絶えずに放たれ続け、彼女たちに休める気配はわずかにしか無い。一時間に五分ほど。その間、男子生徒が彼女の抜けた穴を負担する。ため込んだ千に及ぶ魔法陣を一気に放つのだ。男子生徒は休むことなく四時間ひたすらに動き続けている。

 一歩間違えれば死ぬ。そんな作業を延々とつづけているのだ。

 さすがに彼女も最早動く気力を失くしてしまっているのか、移動や回避は殆ど彼が抱えて対処している。彼女に残るわずかな体力は、言葉を紡ぐなどの詠唱を行うことに全てを費やしているのだ。

 気力だけが彼女を動かしている。そんな状態だ。


「よし。とらえた」


 そんな聞こえるか聞こえないかの小さい声で彼が言った。その途端、棒を杖のようにどうにか立っていた彼女が崩れるように倒れてしまった。彼は彼は駆け寄りたかったが、封印を完全に行うことが優先だ。十分ほど時間が経って彼が駆け寄れば、完全に体力を消耗してしまっているようだ。土や草や虫がついているにも関わらず、彼女は横になったままなのだ。疲れきった彼女を背負って二人に言った。


「すんません。結構やばかったっす。帰れそうですか? 申し訳ないんですが、このまま帰らせてください。マジで余裕なくて」


 もう時間にして七時間。取材にきた二人は動くことも喋ることもできなかった。魔物について詳しく知ろうとも思えない。生きている。それだけで十分だった。帰り道がわからない、疲れた、といったことなどどうでもよかったのだ。


 そして二日後。例の取材にきた二人が、彼女の家を訪ねようとしていた。見かけた彼と彼女は背後に回り込んで声を掛けたのだ。気が付いた取材の人はまず彼女に声を掛けた。


「大丈夫なのかい?」


 そんな取材の二人に彼女は身を案じてくれたのが嬉しく感じた。それに、彼の存在を認知してくれてもいるのだ。彼女はそれなりに親近感を持っていた。自分の事を知ってくれるのは嬉しいのだ。


「結局、ろくな説明ができずにすみません」と謝るのは彼女だ。


 彼女は二人を、せっかくだから私の部屋に見せたいものがあります、と言って部屋に招いた。何故か二階の窓から案内されてしまったが、もはや聞くつもりにもなれない。あまりに感性が違うのは、一日目で理解していた。それに魔術に触れるというのもめったにない経験だ。見えない階段をのぼる。さながら空中浮遊のマジックにも取材の二人には思えた。

 彼女は部屋にはいると、取材の二人に向かって微笑みながら立てた人差し指を唇にそえた。静かにしろと言うジェスチャーだ。取材の二人は、つい色っぽい仕草にドキリとする。

 彼女は見とれる二人を気にする事なくクローゼットの扉を全開にしてみせた。そのクローゼットには、沢山の水晶が丁寧に並べられていた。その水晶は、どれもが鮮やかな光を放っている。赤や青、緑に黄色。様々だ。


「これっ! 封印されてる魔物!?」


 取材の人も、昨日に二個も見させてもらった封印後の水晶だ。

 彼女はカメラマンの大声に驚いて跳び跳ねた。今度は焦った表情で、また静かにしろというジェスチャーをする。

 潜めた声で、「全部君達が?」と聞けば、満足そうに笑顔で頷くのだ。そして彼女は昨日の魔物を封印した一際大きい水晶を抱えてつき出した。見覚えがあると思えば、そのひと際大きい水晶は昨日のものだ。ボーリング玉より、もう少し大きいサイズのものだ。「記念にあげる」とひそひそしゃべるのだ。


「なんで小声なの?」


 彼女は不意に部屋の隅に手招きした。そして何かと思えば、コンセントをこじ開けたのだ。そして見るからに怪しい黒くて小さい物を二人に見せて、わざと「カンカン」と物音を出してみせた。その瞬間、彼女が取り出したスピーカーから音が重なって聞こえた。

 彼女の言いたい事が伝わる。


「え? マジ? 盗聴?」


 取材の二人は口だけ動かして伝えた。彼女はこくこくと頷くのだ。彼女が部屋を恐れる要因の一つだった。

 彼女は盗聴機器のことはおいといて、と、魔物の説明、自慢が始まった。全て小声だ。

 見せられた大学ノートには、女の子らしいかわいい文字で魔物の図鑑が書かれていた。愛らしいデフォルメされて描かれている動物らしきイラストは全て魔物だそうだ。彼女はこれを手書きで作り上げたのだと言った。現実の魔物を見た後では、取材に来た二人にとってはかわいらしいイラストも気持ち悪く思えた。

 また奥のクローゼットには、大きな紙に町の地図が手書きで書いてある物がある。これはどうやら魔物の分布図のようだ。捕獲場所を記したのだと。

 そして封印されている水晶には、全て魔物の強さの評価も書き留められている。最大保有5、瞬間放出3、回復2、安定度2、といった具合だ。最大保有エネルギーはヒットポイント、瞬間放出は攻撃力、安定度はエネルギーが漏れない力すなわち防御力。そういう説明だった。彼女のノートには、キツネは回復特化、フェニックスは攻撃怖いけど回復しないからまず打ってこない、ゲンブ雑魚、モンスターボールは謎が多い。という特色があるようだった。この魔物たちの名前も意味がわからないが、そんなものだと取材の二人は無理矢理納得した。正式な名称は別にあるようなのだが、彼女たち二人で通じ合うだけの名前であり、正しい名称は知らないのだそうだ。


 彼女達は一通り自慢が終わると、また窓から家を出た。

 彼女は「あんな小声で喋り続けるのも疲れますし」と言えば、外を出歩くことになった。どこに行くのか聞いたが、目的場所もない。どうすればいいか彼女もよくわかっていなかった。「少なくとも、見せる物もないし、あんな部屋にはあまり居たくない」という。確かに取材の二人もそう感じた。妙な雰囲気を彼女の部屋からしていたのだ。まるで、監視されているかのような視線を感じていた。

 彼女はこのままお話しすることありませんし、取材するにしても私に聞く事なんてもうないですと言う。しかし、取材の二人はもっと話を聞きたかった。結局、適当に歩く彼女に取材の人もついていくのだ。


「いつから魔物を捕まえるように?」「つい最近です」「怖くないの?」「だから怖いですって」「怪我したりして親は心配していないの?」「腕を無くしてひと月くらい過ごしてた時がありますが、特に何も言われなかったです」「いつか死んでしまうよ」「いつ死んでもいいように生きてますけど」「死んだら親御さんは悲しむよ?」「私には弟がいるので。私よりもずっとしっかりした、できた弟ですし問題無いですよ。勉強もスポーツもできるし、学校でも――」「弟君の事については特に必要ないかな。もっと話したいんだけど、どこか店にでも」「あまりお金がないです。公園とかは?」「ちょっと遠いし。お金出すからさ。あそこの喫茶店のケーキはおいしいんだけど」「ふふっ。ナンパされているみたい」「あ? 何言ってんの? 女子高校生に手を出したりしないから」「もう、じょうだんですって」


 冗談を言いながら、いかにも楽し気に話していた。彼女は年相応の明るさと愛嬌があった。彼女はもともと、他者と会話が苦手でありながらおしゃべりは好きなのだ。楽し気に話している中、彼女は足を止めた。楽し気な会話の途中に、いきなり足を止めたのだ。


「あれ? どうしたの?」


 しかし、彼女は応えない。彼女は顔面蒼白で俯きがちでありながら、目は動揺したかのようにきょろきょろと動いているのだ。まるで、何かから怯えているような様子なのだ。


「ねえ! いきなりどうした? やっぱり調子が悪い?」


 取材の一人が寄る。そんな彼女は口をわなわなと震わせていた。明らかにおびえている。

 彼女はいきなり、取材の男性にすがるようにしがみついた。そして独り言をぼそぼそと呟いている。「ごめんなさい、わかっています。わかってるんです。大丈夫です。わかっているんです」と。何があったのか聞こうとするが、彼女はずっとぼそぼそとおびえたように何かを呟くのだ。男性から離れる気配は無い。力強くしがみつき続けている。


「もう無理! お願いします! つけられています! どうにかしてください!」


 取材の人間は何をどうすればいいのかわからなかったが、後ろをついてくる男子生徒がそれを理解していた。彼女が指さす方向に向けて、魔法の詠唱などを行っていたのだ。取材の人がどういうことかわからずにいると、彼女の姿をした何かが何人か現れた。彼女の姿をした何かは、それぞれどこかへ行ったのだ。

 彼女の姿をした何かを、幾人の人間が後を追っているさまが見て取れた。そこで取材の人は、彼女が後をつけられていたのに気が付いたのだ。


「ストーカー⁉」

「お願いします。こっちに来てぇ」


 彼女は今にも泣きそうな震えた声で、しがみついたまま取材の人間を裏路地まで引っ張っていった。おびえたまま、速足で移動をつづけた。

 そのまま、どこかの公園に来たのだった。


「何に怯えてたの?」


 彼女と取材の人は公園のベンチに座っている。


「ごめんなさい。少し妄想に取りつかれてしまったんです。それだけなら全然平気だったんですが、学校の苦手な人がいて。今日月曜日なのに……」

「友達? 何か問題があった? それと今日は海の日で祝日だげども」

「私、不登校でして。あまり学校の事好きじゃないんです。ある程度なら取り乱さずにいられるんですが、少し心が不安定な時に遭遇すると、わけがわからなくなってしまって」

「何から逃げていたの?」


 取材の男は、何者だったんだという意味で聞いていた。ある程度予想はできたが、彼女が認識しているかで、言葉を選ぼうとしたのだ。別のテレビ局からの取材の者だろう。


「ごめんなさい。私、時々、頭がおかしくなるんです。誰かからストーカーされてたりする妄想したり、さっきの私の部屋に盗聴器つけたりして『誰かのせいだ』って無意識に自作自演してしまったり。統合失調症の弊害です。ははは……」

「自作自演?」

「盗聴器なんか、外しても外しても、また部屋のどこかにつけられるんです。私自身わからなくなって……。さっきも、集団ストーカーされてるってばかり妄想してしまいます。頭では妄想だと分かっているのに、怖くてたまらなくなるんです」

「あれ? 統合、失調……症? 少なくとも君のはそういう病気じゃないような……。気のせいというか、気のせいじゃないというか……」


 彼女は、休ませて下さいと、公園のトイレに入っていった。

 入れ替わるように彼がとんっと、地面に降り立った。最初の挨拶からずっと喋らずにいた彼はようやくしゃべりだした。


「あちゃあ。多分、一時間は出てこないっすよ。狭い空間で、しばらく心を落ち着かすんっす」

「なにか、学校であったり?」

「さあ。でも、首を掻っ切られたのが、切っ掛けとして一番でかいはずっす」

「聞いてもいいわけ?」


 彼はぜひとも聞いておいてほしいと言った。彼女は不審人物から首を刺されたのだ。勿論、そのまま死に至る大怪我だ。そして彼女は、すぐに被害届を取り下げた。勝手にといっていいほどに、一人で慌てるように弁護士と両親をだまし、誘導して取り下げたのだ。

 彼は言った。


「俺は犯人を見ていない。だけど、あいつは『見てない』と一点張りしてるけど、見ていたと思う。多分、仲の良かった誰かだと思う。それをかばってるんだと思う。首の傷は、消そうと思えば消して治せるのに、こだわるように残してる。多分、戒めなんだと思う。『自分が仲が良い』と思っていても、相手もそう思っているとは限らないってことを忘れないようにしてるんだと。あいつ、何にも言わねえからわからないんですけど」

「え? 刺されたの? 知人から?」

「推測では。何も言えませんけど」


 彼は、妄想の事として、彼女には伝えないほうがいいと思うと言っていた。ストーカーされている程に嫌われているというのも、盗聴器をつけられていたりなどの行為を身近な人物がしていたと知れたら傷つくだろうから、と。

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