2話 扉が、開く
それは、ある日の事だった。
5月も終わり、梅雨の時期になった。とは言え、まだ雨は降る様子は、なかった。とりあえず、来週くらいまで晴天だ。
いつも通り、学校に行く。 同じクラスになってしまった
素晴らしき、いつも通り。 これが、本来の幸福なんだ。 多くを求めると天罰が、くだるんだな。あの時の事を思いだす時、つくづくそう思う。
福知とは、バイトがあるからと公園の入り口で別れた。 この頃になると、クラスのほぼ全員が、何らかのバイトをやり始めていた。 だいたい、家計を助けるか小遣いを稼ぐのを理由にしている。
この僕だって、と言いたかったが、残念ながら電話で累計30件(超えてから数えてない)、もう締め切ったと断れている。 快晴は、無理してやらなくていい、と親に言われているらしい。 国家公務員だとやっぱり、いいのか。
とりあえず、今は進路は横におこう。 自販機で炭酸飲料を二本買う。 彼女のおごりだ。 次は僕がおごるから、絶対。 多分、絶対。
UFOに見える物体にエイリアンの化けかた、妖怪に悪霊と友達になるには、どうしたらいいか。 ひいては、存在しないと言われているUMA(未確認生物)は、どうしたら発見できるか。 もし、友達になったらどうしよう。 あ、話しできるのかなぁ。 イエティなら人間っぽいから、話せそおだよねぇ? 名前、忘れたけど羽の生えたコウモリみたいのも、なんか会話できそうだよねぇ? ねねねね? ネッシーさぁ、は、無理だけどクッシーなら探せそおじゃない? 今年の夏休みに行かない? 大丈夫よぉ、千由と福知君も誘うつもりよ。 二人でなんか行きませんから。云々、等等。
毎度、たいして話しの軸を変えずによく話せると感心する。 あ、今回は宇宙人が最初にきたな。 うん、惚れ惚れするな、発見できた自分に。
そろそろ、宇宙とか神様とか魔法使いとか、壮大な話しに展開するだろう。
「でね、でね! ほら、ほら?」
左手で僕の右肩を叩く快晴。力加減してっ て。
彼女の指差した方をジュース、飲みながら見てみる。 頭が、すっかり禿げたネズミ色のスーツを着た、どこにでもいそうなサラリーマンだ。 きょときょとと辺りを見ながら、歩いていた。
片手に紙、もう片方の手に携帯を持っている。 いわゆる、取引先を探しているのかな?でも、この会社知らないって聞かれたらどうしよう。 この辺り、知ってそうで知らないのが、本当のところだ。
バチ当たりな言いかただが、幸い、そのサラリーマンはこっちを見ながら通り過ぎた。
きっと間違いなく、青春してるカップルだと思われたな。
一方の
「もし、もしもだよ? あのヨレヨレのオッサンが、マフィアのメンバーだとして・・・」
あ〜、はいはい。 今日の締めはそれですか。
そう思いながら、残りのジュースを飲む。
だいいち、マフィアなら道に迷わないでしょ。 ドラマなんかだと、こうササッて感じで動いているじゃん。 ええ、ドラマです。 何か言いたい事、あるんですか。 一般人なんてそんなもんでしょ。
そう思っていると彼女は、ガバッと立ちあがり両の手をギュッと握りしめる。 それで、こんな事を言い始めた。
「今夜あたり、何かしらの取引があるのよ。あのオッサンは、きっと下見をしに来たのよ」
取引?と僕は、聞いてみた。
「そうよ。場所の確認とヤバくなった時、逃げるルートを見つけだす役目で、ここに来たのよ。兄貴、こんな感じでどうっしょって」
役目だの、最後のセリフはそれこそ、どうっしょだよ。
そう、返す僕。彼女も、こう切り返す。
「何を言ってるの! 平凡に見えるから平凡だと思うこと自体、ナンセンスよぉ! もっと、こう逆の逆をいかないと」
それだと、元に戻ると思います。
呟く僕の右肩を叩く快晴。
「ほら、戻ってきたよぉ! 手に持ってた物、しまったみたいよ。何かを探してるみたい」
僕は、オッサンと目が合う前に なんだか分からないけど、早く帰るべきと思った。
きょときょとと辺りを見ながら、さっきより早足で歩くオッサン。 僕たちを睨むようにして見ている、その目は、何かのメッセージが
こめられていた。
じろじろ、見てんじゃねぇ。 失せろ。 そんな感じだ。 絡まれる前に帰ろう。
快晴の袖を引っ張っる。
「今日は、帰るよ。 もう終わりにしよう、ほら! 」
そう言いながら、立ち上がる僕。
快晴は、え〜と言って抗議する。 不完全燃焼なのか。 あれだけ話したんだから、今日は終わりにしてまた、明日にしよう。
ぶ〜ぶ〜言っている快晴の左手をつかんで、歩きだしたときだ。
さっきのオッサンが、Uターンしてきて呼びとめてきた。 相手に拒否させない、いわゆるドスのきいた声だった。
「オイオイ! てめえらぁ?」
一気に心拍数が上がった僕は、ドキドキしながら答えていた。
なん、なんでしょうか?
まさか、カップルに見える僕たちにいちゃもん、てやつをつける気なのか?
そうしたら、オッサンはこう言った。
「交番、この辺にないか? さっきの奴は、この公園の近くにあるっつったんけど!」
え? ああ、ほら、あの歩道橋を渡った所にあります。 そうです、あそこです、はい。
オッサンは、オウよと返すとそのまま、交番の方に歩いて行った。
ホッとする僕に対して快晴は、こう言った。
「なんだ〜つまらない! 交番に行ったらマフィアじゃないじゃん!」
それは、どうだろう。 必要が、あればマフィアだって交番使うでしょう。
「もう、帰る! つまらない〜!」
はい、帰りましょう。まったく、僕は、わきの下やら手のひらに汗をビシャビシャかいたというのに。
そろそろ、陽がおちはじめていた。 僕は、もう1回ホッとして帰路につく。
「あ、そうだ。 一緒に夕飯食べようよ。 そしたら、話しの続きができるじゃない。 名案じゃん! そう、思うでしょう?」
「いや、今日はいいです」
「やだ! やだやだ! 話ししようよ。 このまま、さよならしたくない」
快晴が、わがままを言い始めた。知らない人が、聞いたら誤解をまねきます。
結局、ゴリ押しされて一緒に食べるハメになりました。 普通の親なら、年頃の男女が二人きりを許さないだろう。 けれど、両家ともそういう事は、全く言わない。 どんどん、どうぞ、そんな感じです。
でも、この後あのオッサンが瞬足で戻ってきたことなんて知るよしもなかった。
更に「探し物」をしていたことなんか、もっと知るわけない。
一方の僕らは、なんやかんやで、22時くらいまで彼女の終わりのない妄想話しを聞くハメになりました。
夢にでてきそうだよ、本当に。
ついでに宿題で分からないところ、教えてもらいました。 こうでもしないと気持ちをごまかせません。
快晴から解放された僕の心は、穏やかな海のようだった。 さ、寝よう。寝るのだ。
その時、確かにサイレンの音が聞こえた。 消防か警察か。 救急車ではないな。 人間、自分に関わりがないと興味すらわかない。
僕は、クーラーのタイマーをセットして布団にはいった。
次の日。
いつもの公園に人だかりが、できていた。
なんだろう、と思いつつ通りすぎようとした。
警察官が、数えきれないほどいる。 パトカーだけでなく、消防車に救急車。 それから、ワンボックスタイプの車も、何台か見られた。
よく、見えないし、興味もわかないからさっさと学校に行こう。 多分、あの向こうにはドラマとかで見られる、黄色のテープで規制線てやつが、はられているのだろう。ということは、想像するに鑑識係が遺留品や証拠になりそうな物、犯人につながる物を捜してるのだろう。 刑事にあれこれ聴かれながら、もちろんドラマや映画の受け売りだけど、文句言われながらやってるんだろうな。
オイ、何かでてきたか?
いえ、まだですよ。 でも、手口からして殺しですね。 間違いないですよ。
ヤバイ、快晴のこと言えなくなってしまう。
学校に着いた。 教室のほぼまん中の座席だ。
福知が、来るなりこう言った。 「あの公園で事件が、おきたってさ」
へぇ〜と返す僕に話しを続ける福知。
「なんか、夜の22時くらいに騒いでた集団がいて、その仲間かは分からないけど」
うん、うん。
「リンチがあったらしい」
「リンチ? じゃ、死んだ人がいるってこと? まさか。 そんなのどこで聞いたのさ」
頬杖ついて言う僕。
福知は、しゃがみこんで声を小さくしてこう言った。
「ツイッターだよ。 ちょっと、探ったら、ほら見てみ?」
スマホをポケットから出して、そのツイッターを見せてくれた。 すいませんね、僕ガラケーですから。
なるほど。 それっぽいのがたくさん、でている。 特に写メ付きの部分は、まだ人だかりができる前のらしい。
え、え? モザイク処理してあるけど、これってどういうことだ?。
「第3発見者って奴が、さっき流したらしい。本当かは知らないけど」
福知は、続けて言った。
「まだ、ざっと見た感じだけどどうやら、死んだのは、二人らしいぞ」
すごい、興味があるのね。
どうやら、この写メは死んだ人を写したものらしい。 ピントが、ずれているような気がした。 こんなの写すとは、どういう神経してるんだろう。
すると、福知はこう言った。
「ヤッパリ、そう思うよな、人としておかしいよな? 俺も、なんとなくで見ていただけだから。 勘違いするなよ?」
「え、あ。 分かったよ」
そこへ、快晴が教室に入ってきた。 なんか、表情が暗い。 珍しくうつむいて足取りも、ふらついていた。
どうした、と声をかける僕。
まさしく一瞥した快晴は、窓際の自分の机にカバンをおくと僕たちのところに来た。
まわりを気にしながら、小声でつぶやくようにこう言った。
「 千由が大変なことになっているの」
「え? 何があったのさ」
これは福知。
「詳しいことは、分からないけど千由、朝刊配ってる途中で見ちゃったらしいの。ほら、あの公園よ。警察の人、いっぱいいたでしょう? その事件の被害者って言うの? まともに見たとかで、パニックしてて」
見た? じゃ、今警察か。
「ううん、家にしんちゃんと一緒にいるって」
しんちゃんは、千由の弟で正確には、新次だ。 2つ下のしっかり者の中2だ。
「とりあえず、放課後行くか、今先生に本当のこと言ってすぐに行ってあげるか。 どうしたらいい?」
いや、すぐに行ってあげるべきだけど。
「先生が、ダメって言うだろうよ。 さっさと勉強、しなさいって言われておしまいさ」
「だよね。 よし、じゃこうしようか」
なに? とハモって聞く僕ら。
「今日は、このままこっそりいなくなるから。だから、あとは見逃して」
「いいけど、もう来るぜ、先生」
「ああ、だね。快晴、行ってよ」
「担任につかまるなよ。 カバンは、なんなら陽斗が、預かるからさ」
やっぱり、そうなるか。 オーケーだ。
「ごめんね。 あとは、よろしく」
あんなに暗い快晴は、久しぶりに見た。 あれはいつのことだったか。 先生とは、ニアミスだった。 快晴が、教室を出て少ししてから先生が、入ってきた。
気づいていないのか、あいつはどこに行った、みたいな質問はなかった。
快晴のカバンは、机の横にかかっている。 他の先生も、おそらく気づいているはずだが、何も聞いてこなかった。 不思議だ。
早く、学校が終わってほしいと思った。 快晴のカバンを忘れず持って千由の家に行くつもりだ。 けれど、福知はこう言った。
「慌てるなよ。 まず、着替えておやつでも食べながら、あいつのところに電話しろよ」
おやつは、横におく。 帰る途中にしてみるよと僕は、返した。
「ワリイな、バイトがあっからさ。 事態が、悪化しそうならメールをくれ。 終わったら行くからよ」
うん、と返す。
まあ、ぞろぞろと人が集まるよりは、いいのかもしれない。 死体を初めて見て、きっと泣いたり、自分でも何言ってるか分からない程、パニックになってるだろう。 これが、自分でも同じようになるだろう。
でも、この時の僕は学校から一人の人間が、ついてきていたことに(当たり前だけど)、全く気づいてなかった。
事件のあった公園は、まだ警察の人が規制線をはっていてうかつに一般の人が、入らないように見張っていた。 それよりも、ブルーシートがやたらに主張しているのが、気になった。
おや、マスコミがたくさん集まっている。道行く人にインタビューをしていた。
僕は、それらを避けるように少し遠回りして千由の家に向かう。 途中、快晴の携帯にかけた。 なんか、来てくれるのはうれしいけど、しばらくそっとしてほしいらしい。
そうか、分かったよと言ってきる。 快晴のカバンは、あとで取りに行くから持っていてと言われた。
宿題でもしながら、待つかと思ったときだ。
僕は、声をかけられた。誰だろうと振り返 る。 昨日のサラリーマンだと思い出すまでに数十秒かかった。 あのネズミ色のよれよれのスーツを来た、ごつい感じのオッサンだ。
「ヨオ、坊主。 話し、あんだけど」
ジロリとにらみながら、オッサンは言った。
僕は、心拍数が一気に上がったのを感じた。 呼吸が、苦しい。
「聞きたいことが、ある。 ここじゃ、マズイから場所、変えてな。 何、おとなしくしてればすぐに終わるさ」
僕は、逃げようと思った。 けれど、ドレッドヘッドの背の高い男が、あらわれた。 筋肉隆々のがっしりした体格。 ジロッと睨むその目は、相手に恐怖を与える。
僕は、あきらめた。 言われるがまま、携帯も渡した。
やっぱり、マフィアだったんだ。
最悪な展開が、頭の中でグルグル回る。 いやいや僕が、一体何をしたと言うのか。 快晴と一緒にいたから? 幼稚すぎるだろう。
気づくとワンボックスタイプの車の中にいた。 2列目のシート、車の右側だ。 この車の後部は、左側とまあ一番後ろしか開かない。
つまり、僕をここに座らせたのは、逃げられないようにするためだ。 2つのカバンは、後ろの荷台に置かれたようだ。 そうだよね、証拠なんて置いてかないよね。
油っこい汗が、額を流れる。 手のひらは、汗をかきまくっている。 心臓も壊れるくらい、ガンガンいや、ドコドコ。 あ〜何でもいい。
とにかく鳴りまくっていた。
逃げる、逃げないと殺される。
オイ、小僧。 山と海どっちが好きだ?
なんて聞いてくるんだろうか。やだ、死にたくない。
何かの間違いだ、間違い。確信を自信をもって言うんだ。
ドレッドヘッドの男は、車の外で見張りをしているようだし、運転席にも痩せた男がいる。 バックミラーでこっち の様子を見ているようだ。 どうしようと悩んでいるとあの、禿げたオッサンが姿をあらわした。
ゆっくりとした動作で車に乗り、僕の隣に座る。 僕の左肩に手をおき、こう話してきた。
「さて、君が座っていたベンチな、重要な物があったはずなんだよ。 いや、絶対にな。 知らないかな? 持って帰ったならそう言ってくれよ、小僧」
顔を近づけてそう言ってくるオッサン。
じ、重要なもも物? いや、いえ、なかったと思います。
明らかに声が、震えている。 早く、帰りたいよ、無事に五体満足で。
オッサンは、言う。
「ベンチの下に箱があってな。 そう、その靴が入るくらいの大きさだ。 本当に知らないのかどうか。 指定された時間、つまり俺とお前の目があったあの時間だ。 赤色と緑色のトレーナーを着た男が、あそこに箱を置いていったんだ。 それは、俺の仲間が確認しているんだよ。 他の場所も確認していてな、間違いはないんだよ」
かなり、ドスのきいた声で僕に聞いてくる。
僕は、ひたすら震えていた。
うわずった声でひたすら、知らないと答えるものの、オッサンは納得してないようだ。
「さて、どうしようか! 俺の忍耐も限界だ」
オッサンの顔が、ものすごく歪んでいる。
「・・・じゃないと彼女、大変なことになるよ。 いいのか」
運転手の男が、唐突にそう言った。
え、ええ。快晴がが・・・。 でも、あそこに座っていただけで。 そうだよ、わざわざ足元なんか見ませんし、む、無関係です。
「お前ら何の意味もなく、あそこにいたっつううのか⁉」
怖い、怖いよう。
「しょうがない、一回帰そうか」
「けれど、それじゃ信用なくしちまうぜ。 兄貴よぉ、いいのか」
「住所と学校、おさえた。いつでも会えるさ。
そうだ、警察に言ってもこれくらいじゃ、相手にしてくれないから。 覚えておけ」
言い返させない、感情のない言葉が突きささるのを感じた。 涙流しながら何度もうなずく僕。
「いいな、誰にも言うなよ。 彼女、大事なんだろう? おとなしく黙っておけよ」
僕は、泣きながら携帯を返してもらい、2つのカバンを持って自宅に向かう。 ほぼ全力で走るようにいや、振りかえず逃げた。
2つのカバンを部屋に置き、顔を洗う。 それでも、あの男たちのことが忘れられない。
当たり前か。 台所の方からお帰りの声が聞こえた。 お袋が、夕飯を作っているのだ。
僕は、いつものようにテレビの電源をいれた。 別に見る番組は、ないのだが習慣的なものだ。 夕方のニュースであの公園の事件のことをやっていた。
被害者は、二人とも20代から30代。 赤色と緑色のトレーナーを着ていたこと。 指紋をとられないよう、刃物でズタズタにされていたこと。 顔を焼かれていたことなどが、僕の耳にはいる。
赤色と緑色。 あのオッサンが、言っていた人たちじゃないか! そう思った瞬間、体が震えて立てなくなる。
殺されるんだ。 きっと同じように体中、元の形なくズタズタにされるんだ。
お袋に言ったらどんな反応をするだろうか。
馬鹿なこと、言うんじゃないよ! この子は、何を考えてるのかしら。
世の中の大部分の母親は、残念ながら大概そう言うようになっている。 助けを求めたのに聞かなかったばかりにあとで、必ず後悔するのも親という生き物である。
どうしよう、どうしよう。 なんで? なんでこんなことになるんだろう?
その時、玄関のチャイムが鳴った。
まさか、あのオッサンか? この家を丸ごとやることにしたのか?
お袋が、怒鳴る。
頭を両手でかかえていた僕は、これで平常心を取り戻した。
快晴に思いきって言おう。 このままだと、おかしくなりそうだ。
僕は、快晴と一緒に自分の部屋に行くとあのオッサンの話しをした。
意外にも彼女は、努めて冷静に話しを聞いてくれた。 ひょっとしたら信じていないのかもと思った。 それでもいい。 今は、話しを聞いてくれるだけでも、ありがたいよ。
なんか、少し楽になったよ。
快晴は言った。
「たぶん、近いうちにまた、そのオッサンに会うかもしれないね。 そしたら、僕は持っていません。 絶対に絶対にって言い続けるしかないわね」
「でも、信じてくれないんだよ? 完全に決めつけているし」
「相手も馬鹿じゃないから、そんなすぐに実行しないでしょう」
「ず、随分、楽観的だな。 人が、こんなに困っているのにさ」
「それより、千由のことなんだけど。 話しをしてもいいかな?」
「え、ああ」
僕の心、今グロッキーなんですけど。
「千由さ、朝刊配るの遅くてショートカットであの公園、ぬけようとしたんだって」
「うん」
「朝の5時くらいてまだ、薄暗いらしいんだけど。 この蒸し暑いのにフード、深くかぶった人が二人くらいとすれ違ったんだって」
「うん」
「とくに気にしないように無視しようとしたらね、そのうちの一人にこっちに来るなと怒鳴られたらしいよ」
「え、じゃ、朝学校で言っていたのは?」
「千由、ビックリして自転車ごと倒れたのよ。 れっきとした被害者でしょう?」
「確かに。 じゃ、テレビでやってる事件とは、関係ないんだね?」
「そう、そのあとよ。 怪しい二人が、慌てて逃げたあとね」
「うん」
「自転車を押しながら歩く千由は、一人の男を見かけるの。 何をしてるのかなぁて見ようとしたら、その人に来るなって言われたの」
「うん」
「死体があるって言われて。 でも、手だか頭がちらって見えて。 思わず叫んで。 で、その人が携帯で通報してね。 あ、なんかジュースおごってもらったみたいよ。 君、大丈夫かい?みたいな感じかしら。 その人、泣きだした千由を慰めてくれたって」
「それで千由は、大丈夫なのか?」
「うん、そうだね。 警察の調べのとき、その人が一緒だったって」
「その怪しい二人のことも話しているのかな?」
「いろいろとオーバーに言ったらしいね。普段が、おとなしいのに。 怖いわね」
「お前、なんでそんなに落ち着いているんだよ? 友達だろ、もっとこう親身と言うか、僕が受けとめる的な言いかたになれない?」
「あらやだ。 こういうときこそ、冷静になってきちっと話しを聞かないとダメよぉ。
とくに陽斗、慌てんぼで落ち着きないんだから。 両手ブンブン振りながら、どうしよう、どうしようって騒ぐんだから」
「それ、小学生のときです。3年生で卒業しました」
「あら、気づかなかったわぁ。 じゃ、やっとこさ普通になれたのね。 よかった」
「ひどいな。 だいいち、快晴の言う普通ってなんだよ」
「よかった」
「うん? よかった?」
「やっと表情が、柔かくなった」
「え? 」
「陽斗、すごく怖い顔してた。 本当は、話しずらかったんだからね。 いつもののほほん、とした顔に戻しなさい」
愛想笑いをうかべて言う快晴。
「戻すなら箱を持っていないと証明するしかないんだけど。 だいいち、中身がなんなのか、分からないんだ」
「お金、何かの書類、まさかバクダン?」
「どうだろう。 僕の靴が入るくらいの大きさらしいんだよね」
「うーん。 やっぱり、取引があったのね。 こんな身近でおきるなんて。 きっと相手を信用させる、マジックアイテムよぉ。 何かしら」
「マジックアイテムって。 もっと真剣に考えてくれよ」
「分かった」
「そうだよ」
「うん、明日までの宿題ね」
「宿題・・・。 あの、僕死んじゃうよ?」
「そうそう。 千由と一緒にいた男の人、大学3年だって。 メガネかけた、えっとリクルートスーツ?を来た人よ。 もし今度会ったら、あいさつして」
「いや、それよりも・・・。 ん? 会う約束でもしてるの? て言うか、快晴。 その人に会ったのかよ?」
「え、千由の家でお茶、飲んでいたよ。 おもしろいのよ。 しんちゃん、その人と千由の間につねにいたのよ。 姉ちゃんは、絶対わたさないぞみたいな感じ」
「そっち、安心ならこっちをどうにかして。 もう明日でもいいから」
僕の「怒りますメーター」が、半分を越えた。 正直、人のことより僕を優先してくれと思っていた。 人間、自分がピンチになると周りのことなど、どうでもよくなるらしい。
もしかしたら、次の一言は彼女を傷つけるものだったかもしれない。
まさしく、口をひらいた瞬間快晴が、こう言った。
「それより、そのオッサンたちに携帯の番号とメルアド、教えてないよね?」
僕の全身の血の気が、さ~とひいていくのを感じた。 大丈夫とはっきり言えない。
そうだ、あのオッサンたちに渡ったんだ。
「ちょっと、今携帯チェックして」
快晴の表情が、緊張でかたくなる。
僕は、恐ろしいものを見るようにガラケーを開き、普段ほとんど使わない、メール機能と着信履歴を見る。
案の定ってやつだ。 迷惑メールに一件。 不在着信が一件、はいっていた。
「どうやら、いつでも、陽斗君を呼べるみたいね。最悪。 うーん」
「最悪ですね、最低ですね。 好きにいじって」
力なく床に座り込む僕。
困ったことだぞ。 24時間365日好きな時に呼べるわけだ。
「陽斗君、オッサンたちは、これをネタに君をどうにかしようとするだろう」
「はい、そうですね。 もう、終わりですねぇ」
その瞬間、快晴がキレた。
「ふざけるな! 弱気になるなんて情けないよ! 確かに陽斗君は、何の特徴も秀でているところもない。 けれど、さっさと諦めるなんて私、許さないから。 一緒にいて支えてくれ、ぐらいのこと言ってよ!」
「ご、ごめん」
即行、謝る僕。
仁王立ちになっている快晴は、顔を紅潮させて僕をにらんでいた。 こんなに怒ってるのはいつ以来だろうか。
僕は、なんて言いのか分からず彼女から目を背けた。 口に手をあて何かを考える。 完全に目をあわせずらい。
快晴は、その場に正座をする。
じっと、僕を見ていて何か言うのをまっているのが分かった。
「ごめん、快晴。 なんて言えばいいか、分からないけどもうちょっと、ちゃんとするよ」
ボソボソとどうにか、それだけ言えた。
「うん、それで? 他にはないの?」
「・・・1つ、聞きたいんだけど」
「何を?」
「絶対に嫌なこと、面倒なことに巻き込むことになるよ? 本当にいいのか。 今なら僕だけですむはずだよ」
「アンタ、馬鹿? 私も一緒にいたのよ。 遅かれ早かれ、私も関わるハメになるわ」
声を大にして言う快晴。
僕は、考えて言った。
「そう、だよね。 そうなるよね。
「もう、いいから。 もう悩むのは、終わりにしよ。 ね?」
「うん、明日までの宿題にしよう」
快晴は、つくり笑いをうかべて答える。
僕は、頭をなでられた。 そして、体をぎゅっとハグされた。
「私、逃げない。 だから陽斗君も逃げないで」
快晴の体が、震えている。 たぶん、泣きたいんだ。 それをこらえているんだ。
「大丈夫、逃げたりしないよ」
ほかに言いたいことはあったけど、今はそれが、精一杯だった。
このあと、玄関で別れた。 努めて冷静にいる彼女が、心底うらやましいと思った。
正直、僕の心は絶望で今にも壊れそうだ。
お袋には、痴話喧嘩なんて言われたけど、理解してくれるのは、彼女しかいない。
けれど、期末テストが終わるまでの約2週間、あのオッサンから連絡は、なかった。 会うこともなかった。
「まさか、探していたものが、見つかったのかな? どう思う、快晴」
「楽観的に考えれば、それがいいよね」
この頃になるとテレビのニュースでは、ほとんどあの公園の事件は、とりあげられなかった。 亡くなった被害者の身元も、今のところ分かっていないようだ。
「手がかりまでないんでしょう? 結局、犯人もしくは、団体あいや、組織は何をしたかったのかしら?」
学校から快晴と歩きながら、話していた。
途中、福知がはいってきた。
「お二人さん、相変わらず、仲がいいね」
からかう福知は、へらへらしながら僕の首に手をまわしてきた。 何かがあるサインだ。
「どうしたの、福知君? いつも、さけてるのに。 良いニュース?」
かるく聞く快晴。
「そうだな。 悪いニュースに化けるかもな」
「え、なになに? 早く言ってよ」
そうしてあの公園に着いた。 事件のあと、閑散としていたけど最近は、また人が集まるようになった。
「あ、千由。 どうしたの? まさか、デート?」
快晴は、親友の千由を見つけると笑いながらそう、言った。 隣に僕の知らない若い男性が、いる。
「ほら、前に話したでしょ? 事件のとき、お世話になった人だよ。 今日は私服だね」
「え、ああ・・・?」
9割りほど忘れていた。 そう言えば、そんな事言っていたっけ。 いやいや、僕だってあのオッサンの件で、それどころではなかったんだぞ。 いつ、また遭遇するか分からない恐怖が、こうつきまとっているんだ。
黒のフレームのメガネをかけた、その人はベンチから立ち上がる。
抑揚のない口調で話す。
「神崎です。 この学校の3年生。 ゼミとかバイトがあって今日になってすみません。
なんでも、反社会的勢力の人につきまとわれているとか?」
学生証をおもむろに見せる。 誰でも知っている大学だ。 経済学部を専攻しているようだ。
「実は、先週のはじめにおれ、千由から怪しい人につきまとわれて困ってるって相談をうけていたんだ」
「それなら、すぐに言ってくれないと」
「テスト期間中でしょう。 陽斗君、複数同時にできないでしょ? 」
「だから、快晴と福知君に会って話しだけ聞いてもらったの」
千由が、そう言った。
「別に仲間はずしってわけじゃないよ。 私たちだけじゃ、解決は無理だろうから神崎さんに話したの。
で、今日その問題を解決したいんだが、陽斗も困ってるんだろ?」
「え、まあ。 と言うか、快晴はどこまで話したのさ?」
汗を拭きながら僕は、そう言った。
「電話番号とメルアド、知られたって言っただけよ」
「そう」
「で、千由はつきまといだ。 警察は、証拠かケガしたとかじゃないと動けないらしい」
福知が、言った。
「被害まってたら死んじゃうじゃん」
快晴が、ブーと頬をふくらませる。
「このベンチ、見覚えあるかな?」
神崎が、そう聞いてくる。
「え? あ、ありますよ。 事件が、あるまで快晴と一緒にここでよく話していましたから」
「そうか」
「とりあえずよ、暑いから陽斗の家、行こうぜー」
福知が、そう提案すると皆が、賛成する。
なにも僕の家でなくてもいいじゃないか。
「分かった。 そうしよう。 わ~い」
結局、僕の家に行くことになった。 狭いのに。
古エアコンをつけ、台所から冷えた麦茶を持ってきた。千由が、コップに注いだ。 お袋は、パートに行っていて家には僕らしかいない。 気にしないで話せる。
麦茶で一息つくと神崎さんは、こう聞いてきた。
「陽斗君は、なぜ襲われたんだい?」
僕は、正直に話した。 神崎さんは、うんうんとうなずきながら聞いてくれた。
少し時間をおいてこう話す。
「まあ、僕のところにも仲間か分からないけれど、紫色のパーカー着た奴があらわれた。
やっぱり、似たような事聞いてきたよ。 あのベンチにお前、座っていただろって。 確かに座っていたけど、知りませんと答えたよ」
「あの、さらわれたりは?」
「ないよ。 運が、いいと言うべきか先輩の知り合いに弁護士、目指してる人いて。 所属してる弁護士の名前、だしたら来なくなった。
でも、油断はしてないよ。 そっちがダメだったら又、来ると考えてる」
「いいですね。 弁護士なんて、僕ら高校生にはどだい無理です」
「いや、それより連中は何を捜してるんだろう?」
「箱、これくらいの大きさです」
両手でおおよその大きさをあらわす。
「まあ、素人でおよそ犯罪と無関係であるボクたちには、想像すらできないね」
「やっぱり、そうですよね」
「陽斗君は、今のところそのオッサンの件だけだ。 天野さんは、今もつきまといが続いている。 捜し物は、なんなのか分からないけれど今、言えることは1つ」
「え?」
僕ら4人、ハモる。
「予測だけどまだ、連中にはそれが見つけられていない。 つきまといが、続いているからが理由だ」
「うっかり、ベンチに座ってこんな事になるなんてね。 でも、なんでそこなんだろう? こう言うのもなんだけど、茂みの中か収集の終わっているごみ箱とか、考えなかったのかしら?」
快晴が、そう言った。
「それだったら、収集するフリしてごみ箱が、いいんじゃね?」
「それより、僕の話しを続けていいかな?」
「あ、はい。 どうぞ」
「連中も馬鹿じゃないと思う。 思うけどちゃんとした組織とは、言いがたい。 なんらかのはずみで被害にあうかもしれない」
「そんな、何もしてないのに」
千由が、唇をかみしめる。
「あっちの都合よくいかないためにだ。 とりあえず、証拠を常にとること」
「証拠?」
福知が、腕を組んでそう言った。
「何月何日、その時間と場所。 相手の人数や特徴、あとケガした箇所の写真。できるだけ細かく記録すれば、警察だって動かざるをえないはずだ。 分かったかな?」
「反撃は、しちゃいけないですよね?」
「もちろん。相手に材料をあげちゃいけないいよ。とくに君たち未成年だからある意味、有利なんだから」
「ふうん。分かりました」
「また、相談したくなったら電話、ちょうだい。 あ、番号は天野さんが知ってるから」
神崎は、立ち上がり部屋をでる前にこう言った。 というより、警告だ。
「くれぐれも、間違っても自分たちでどうにかできると思わないこと。 世の中、ドラマや映画みたいには、いかないから。 甘く考えていると、とんでもないしっぺ返しをくらうことになる。 何かあったら、証拠を集めて警察に行くんだよ。 いいね?」
一瞥する神崎の表情は、どこか憂いているように見えた。
「わ、分かりました。 ちゃんと覚えておきます」
陽斗は、そう返事したものの不安要素は、たっぷりあった。
玄関で神崎と別れたあとのことだ。
「あ~いうこと言われるとかえってやりたくない? 」
快晴が、腰に両手をあててそう言った。
僕らは、即行否定する。
ブーと頬をふくらませる快晴。 さっきもやりましたよね。 おとなしくしようよ。
「どのみち、悪い連中は、私たちの誰かを人質にとってでも、欲しい物を手にしたいはずよ。 絶対にね」
「でも、先輩さんはおとなしくしろってたった今、言われたじゃんよ」
福知が、言いかえす。
「いいえ、私たちは、どうあれ実行致します。 で、提案を聞いてほしいのよ。 聞いて、聞いて」
自分の世界にはいり、周りのクレームを聞かなくなった快晴には、もはやなにも通じないのだ。 経験で分かる。
有無を言わさず相手をまきこむのだ。
「さ、始めましょっ!」
こうして、物語は始まるのであった。
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