16話 リシン

僕は、目をあける。ボンヤリした視界。

さっきのとは、場所は違うようだ。

ゆっくりと上体を起こす。

どうやら、前園の組の事務所のようだ。

設定を変えているかは、まだ分からない。

絨毯が敷かれた床に寝かされていた。が、ここは『夢』の中でなので本来、感じる痛みはなかった。

「よお、大丈夫かい?」

小沢が、声をかけてくる。消してもらったはずのイレズミが、復活してる。

写真と幾つかの話しでしか、彼のことは知らない。その話しとは、彼は残虐非道な人間だった。目の前の男は、それと逆で温和な感じがでている。小沢の希望なのか、リシンが手を加えたのかは、分からない。

「・・・大丈夫です」

高校生役の僕は、そう答える。

「トイレで倒れてたんですよ」

リアルでは、小沢の部下だった田島が言う。

ストレス過多でアル中になったとか。まあ、気弱な人間だったと思われる。

「そう、ですか。それより、を進めましょう。快晴こころは、どこに?」

このストーリーを作っているリシンに会わねばならない。

福知と千由が、でてくるだろうがそれは、無視するつもりだった。

リシンを倒す、ただそれだけだ。

「千由さんと一緒に帰りましたよ。朝早いからと言って」

元自衛官の鈴木が、言った。

「そう」

短く答える。なら、会うか。

時間は、この世界には存在しない。

取りあえず、家に帰って寝て起きたら翌日になっている(当たり前だ)。

なので、帰ると僕は言った。

「万が一もある。一緒に帰るぞ?」

「・・・大丈夫ですよ。から」

立ち上がり、部屋を出る。

3人は、何も言ってこないし、追ってもこなかった。まあ、それでいい。

所詮、だ。

与えられた役割を何も、疑問すら感じず演技するだけ。生きていたら、さぞかし苦痛だろうな。

これを夢と認識していれば、移動は楽だ。

目をつむり、その場所をイメージすれば瞬間的に移動できる。

家の前に移動した。覚えのある、確かにこの家で少年時代を過ごした。

「・・・」

ホウキに乗った空浮かぶ少女が、いた。快晴の姿をしてるが、中身はリシンだ。

「久しぶりだな、リシン?」

嫌みをこめて言った。

「あら、覚醒してるの?」

「わざとらしいな。無理矢理、呼びこんでおいて。で、どうしたいんだ?」

怒りをこめて言う。

「魔法少女こころに吸収したいのよ」

「何が魔法少女だ。人の魂を勝手に吸収しやがって!」

宙に浮かんでいるリシンは、ジッと僕を見ている。

「確かに快晴には、そんな事妄想してたが。

けど、偽者に言われたくない。以前にも、言ったがこういう事は、やめて解放してくれ!」

間があった。

以前に同じ事を言った時は、ニヤニヤしながら聞いていた。が、今日は表情を硬くしている。機嫌が、悪いのか。

関係あるか! こっちは、被害者だ!。

「リシン!おい、聞いてるのか?」

すると、リシンはホウキから飛び降りた。

「・・・前にも言ったが、お前たちは完全ではない。私に吸収されれば、この世界で幸せになるのだ。なぜ、分からないのだ?」

「生きていることに意味が、あるって言ったはずだ。お前が、なんなのか知らないが解放を求む!」

必死の訴えを彼女は、ジッと聞いている。

「精神世界の住人とは、一緒にはなれないんだ。僕らには僕らの世界が、存在しているんだよ!そりゃ、死んだあとはこういう所に来るかも知れない。が、今は僕らは、僕らの世界に従うべきだ。違うか?

おい!何か言えよ!」

ずいぶん、間があったような気がした。

なぜ、答えないのか。なら、小馬鹿にしたように話してくるのに。

リシンは、腕を組んで何かを考えているようだ。

様子が、おかしい。観察なんかして、時間でもかせいでいるのか?否、ここは時間は存在しないはずだ。意味ある行動では、ないはずだ。なぜだ?

「本当に熱いね。制約だらけの世界が、そんなにいいのか?苦しいだけじゃ、ないか。

こっちに来れば楽になるのに」

「お前の操り人形なんか、誰も望まない」

「そうか」

リシンが、右手をあげると場所が変わった。

学校の校庭の真ん中だ。

真夜中の学校を舞台にして、何をしようとしてるのか。

「残念だけどおしゃべりは、終わりだ。強制的に吸収する」

「なんだって?ずいぶん、セッカチだな」

「お前たちが、いろんな生命体を食らうように私も、そうしないとこの世界を維持できないのだ。さあ、はじめるぞ!」

リシンの右手の平から、白っぽい糸状のものがほとばしり、僕の体にそれが突き刺さった。

声が、でなかった。体も固まって動かない。

「く、ちょ・・・」

予定外だった。

いつもなら、くだらないおしゃべりでこっちをイラつかせるのに。

その間にを仕掛けるはずだった。まさか、見破られていたのか?

だとしても、早すぎる。

「!?」

まるで、彫刻のような硬い表情のリシンを見る。

なんて言うか、冷静さを感じられない。獲物を逃がさないぞ、と焦っている獣のようだ。

ただ、本能的に僕を狩ろうとしている。

奴の目が、赤く鈍く光った。

「!?」

もう、ダメだと思ったときだ。

ほとんど身動きとれない僕は、目をつむり顔を背けていた。

何かの衝撃が、この糸状の物から伝わってきた。

ソロリとゆっくり、片目だけ開ける。

まるで鋭い刃物で切られたように糸が、バッサリと切られたのだ。

どういうことだ?

仲間なんていないはずなのに!

僕は、体にくっついている糸をもぎ取りながら、辺りを見る。

「え?」

が、もう一人いる!

ホウキに乗った彼女は、宙をかけぬける。

2回ほど通りすぎて、僕の近くに空中停止するリシン。

彼女は、なぜか頭をブンブン振る。腰まである長い黒髪が、舞う。

快晴が、好きだった青色の服を着たリシンは、叫ぶようにこう言った。

!よくも、人の世界にドカドカと入りこんで、許さないから!」

僕の思考が、瞬間とまった。

え?ユリン?え、え?

「いい、陽斗?コイツは、私を幽閉してを乗っとったのよ!」

「えーと?」

「そう。名前は、ユリン。ズルい奴よ」

ああ、そう。ちょっと待てよ。つまり?

「つまり!あなたが、高校の時に会った私はコイツよ!いい、陽斗?」

待て。まだ、状況を理解してない。

じゃ、今まで戦った敵はそのユリンで。

「リシンは、関係ない?いや、待て。こうなった原因は、お前だろ?」

やや、強い風が吹きつける。

「バレては仕方ないな。ソイツが、言うように私は、この世界を乗っとるためにやってきたのだ。ま、お前ら人間どもと一緒だ。気に入った場所を占拠、征服する。

だが私もな、愚かではない。

陽斗、お前を吸収すれば撤収してもいい」

ユリンが、腕を組んで睨みながらそう言う。

「それで、『はい、どうぞ』と言うと思ったの?バカじゃないの?陽斗も、何か言いなさいよ!」

片手を腰にあて抗議する快晴を見る。

「?」

話しかたに疑問を感じる。

声色も違う。リシンは、どちらかと言うと男性にちかい声色で、小馬鹿にした感じの話しかただ。

今日のは違う。

低めの声調、テンポが弱冠早い。これは?

「だいたい、アナタさ、自分の世界ってのもってないの?精神世界の住人なら、皆あるんじゃないの?

がさ、言ってたよ。

『ユリンは、頭がかたくて融通がきかない。多分、素直にでてかないだろう』

どおだ、合ってるだしょ?

ああ、いい加減私の姿、やめてくれない?

陽斗が、混乱しちゃうんじゃん!

ほら、早く。

え?気に入った?

ふざけないでよ、本人がやめろって言ってるんだからぁ~。

もぉぉ~。

ん?

ひろっちゃん、どおしたの?」

クルっと上体だけ後ろに捻る。

人なつっこい表情で僕を見ている。

赤みがさした頬。優しさと温かみのある目。

話したら止まらない口。

「・・・お前、まさか?」

「え~、あ~、バレてしまったかぁ~。ん~、もうちょっと引っ張ろおと思ったんだよねぇ」

「お前、確かチョコ好きだったよな?」

おそるおそる、聞いてみる。

ならちゃんと答えられるはずだ。

「ん~?え?何を言ってるのさ?私は、ココアがいいのだ。名前が、こころだから」

怒りでプルプルしてる、ユリンのことほっといて彼女は、ニカっと笑う。

一方の僕は、目から熱いものがボロボロと流れる。

「なぜ、ここにいるんだ?快晴?」

リシンに吸収されて死んだはずだ。

「ん?その話しはあとだね。ユリンが、ほらさ、震えているから」

確かにユリンは、顔を炎のように真っ赤にして僕らを見ている。

いや、なんらかの攻撃をしようとしている。

「大人しく、下がらないのね?分かった」

「消えろ!」

ユリンの右手の平から、炎がほとばしる。

「なんの!」

快晴は、バリアみたいのを張って攻撃を防ぐ。

「ど、せぇェーいい!!」

それは、返す刀で同じくらいの大きさの炎をユリンに仕掛ける。

が、ユリンは腕くみしたまま一喝してそれを消してもらってしまった。

文字どうり、一声で無くしてしまったのだ。

まあ、精神世界だから思ってることはほぼ、できるらしいから不思議感は、ない。

問題は、どうやってかたをつけるかだ。

このまま、やりあったところで文字どうり、収拾できない。

それは、さすがにこの二人は、分かってるらしく戦闘は、続かなかった。

「俺は、気に入ったものは必ず手にいれる。

経験の乏しいお前に勝ち目は、ない。

引き下がるなら、今のうちだぞ?」

「あら、やだよ! そんなに顔を歪めないでよ?ひろちゃん、恐がりなんだからぁ」

それは、幼少の頃の話しだ。

どうするんだよ?

相手は、下がらない。戦いは、ほぼ永久的に続くじゃこっちは、もたない。

「安心しろ!まとめて、吸収してやる!」

ユリンが、突っ込んできた。

快晴と僕は、左右に別れて逃げる。

「無駄だ!」

醜い悪魔のようなソイツが、僕を捕まえる。

そこそこ鍛えた拳は、この『夢』の中ではなんの役にもたたない。

殴っても手応えなし。

そういえば、福知も同じことして負けた。

終わるのか、ここで?

結婚の約束(一方的だが)してこんなんで、死んでしまうのか?

奴の体から又、糸状の物が無数に出て来てそれが、僕とつながる。

もう、無意識に抵抗していた。

はじかれて、はじかれて。

たまたま、右の拳が奴の顔にめり込んだ。

「?」

右の拳が、奴の顔をとらえた。

一瞬、よろめいたようだ。

なぜ、ができたか考えず僕は、さらに攻める。

余裕をかましていたユリンは、何事かを叫び糸状の物を引っ込めた。

「やったね、ひろちゃん! 戦いかたが、分かったんだね?」

「・・・」

リアルなら肩で息しながら、状況の把握をしているだろう。

そのときの僕は、なぜかボウとしていた。

高熱をだしたときのそれのようだ。

「君たちは、この世界に取りこまれないようにほぼ、意識がある状態だった。でも、それをやめればああいう事が、できるようになるのだ。ん?まだ、理解してない?」

僕にかけよってきた快晴が、早口に言う。

「まあ、なんとなくって感じ」

自分の手を見ながら言う。

確かに今まで、意識に抵抗していた。それを失うことは、敵の思うがままと考えていた。

まさか、意識つまり物事の認知をしないことが、この『夢』世界では当たり前とは。

「ずっと、敵に負けてたまるかと思っていたんだ。それが、足かせになっていたなんて」

「ひろちゃん!来るよ!」

又、二手に別れた。

ユリンは、快晴の姿から少年の姿になっていた(これが、本来の姿か)。

赤髪の鷲鼻の細身の少年。

手に斧を持っている。

獣のように叫びながら、僕を攻める。

快晴が、火の玉で攻撃するがまったく、かすりもしない。

『夢』世界なら命中させろよ、と毒づく。

僕は、校舎に入ろうとあちこちのドアに手をかける。が、どれも開かない。

「これ、お前の世界だろ?なんで、開かないんだよ⁉」

「まだ、ユリンの支配下にあるの!自力で負かすしかないわ」

「無理だって!あ、ぶねぇェー!」

斧をかわしたときだ。

僕は、つまずいた。

痛みは、感じないが最悪の展開だ。

斧を頭上高く上げたユリンが、視界にはいった。ひどく、顔が歪んでいて怒りとか憎しみとかで支配されてるのが、分かる。

ユリンは、その態勢のまま快晴に光の球で攻撃をする。

距離が、どんどん明けられていく。

なんとかしようと上体を起こそうとする。

が、ユリンに胸を踏みつけられる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る