7話 木下
皆川は、確かに傷害罪で俺と同じ刑務所にいた。 職を転々としたあげくの犯行と言葉少な に話していた。 出所したあとは、一応俺と同じように派遣で生活費を稼いでいたはず。
けれど、結局転がりホームレスになった。
何の特徴もない平凡な男だと思っていた。
その平凡で退屈な男が、今正に牙をむこうとしているのだ。
「皆川、理由はなんだ? と言うか、なぜ相談してくれなかったんだよ?」
なんか、杓子定規的な言いかたしか思いつかない。
「アンタは、嫌いじゃなかった。 でも、やり方が思いつかなかった。 話し、してくれてありがとうだ。 今まで本当にだ、感謝だ」
訛のある特徴的な話し方は、やっぱり皆川だ。
「小沢さん、ひょっとして今生の別れじゃないですか?」
鈴木が、嫌なこと言う。
「それより、社長を離せよ! 」
「何が目的か、と言いたいんべさ?」
皆川の表情は、あまり変わらないように思った。 怒りとか悲しみとか、感じない。
「おでと社長は、親族べさ」
辛うじて聞こえた一言は、かなり重い意味をもっていた。
「親族? 本当ですか、社長!」
田島が、叫ぶようにして言った。
社長は、うつむいたまま何も言わない。
ということは、つまり限りなく正解にちかいわけだ。
「時間が、もったいないから代わりに言おうか」
木下が、ニヤニヤしながら言った。
「時間が、もったいないから手短に言おう。
うちの組、1回解散してるんだが、その時の組長の息子が、ソイツだ」
俺たちは、一斉に皆川を見る。
青天のヘキレキってこういうことか。
さらには、社長と親族らしい。 どういうつながりなんだよ。
「じゃ、ウチの小沢さんが憎くてこんなことをしたっていうのか?」
田島の兄貴が、やっと言ったセリフがこれだ。 確かにイロイロ、やりました、それは認めよう。 てか、冷静じゃないな。
チッ、今頃かよ! ヤクザやめても、こういうことは、ずっとつきまとう。 イラつく。
「じゃ、社長が捕まっているのは協力しなかったから?」
鈴木も、相手の言うこと信じている。 仕方ないか。
「ここ追い出された息子さんは、とある地方の田舎町で暮らすことになった。 そん時、世話したのがこの社長の親だ。 けれど、なんやかんや言って腫れ物、触るような扱いうけて関係ないのにとばっちり食らって。 それはそれは、ヒドイ暴力を受けましたとさ。
皆川、そうダロ?」
「そう、間違いないだ」
木下の声量に比べると随分、小さい。 ミュート一歩手前ジャンよ。
「お、小沢さんはともかく社長は、生かしてくれよ! 頼むからよ」
鈴木、聞きずてならないゾ。
と、倉庫の入り口付近が騒ぎはじめる。
なんだ? 応援の連中か。
「木下さん、連れてきました‼」
小太りの男が、言った。
手錠をかけられた、ドレッドヘッドの体格のいい男が、数人の男たちに囲まれて姿を現れた。顔にアザが、見受けられる。
「・・・え? 丸さん? なんで」
その丸さんは、度々抵抗していた。 相当、怒っている。 ニラミが、ハンパない。
ここで一度、整理したいと思った。
つうか、簡単に集まりすぎじゃねぇ?
木下が、拍手するかのように両手を叩いた。
「よーし、とりあえず全員そろったな。 ハン!
一部、撤退だ。 そろそろ、近所の人間が気づく頃だ。 皆川は、こっちに来い。 そのデカいのは、ワイヤーで巻いておけ。 なんなら、杭で地面にくっつけておけ! そうだ、早くやるんだよ、バカたれが」
その勝ち誇った顔をこの拳が、ブッ壊れるくらい殴りたい。
「では、話しをしようじゃないか、諸君!」
なんだよ、それ。 どっかの政治家か。
「キミたちは、これからしばらく我々のために働いてもらおう。いやだ、と言った瞬間社長の頭に穴が、開くからな。気をつけろよ。
ハハ・・・」
「なんだよ、もったいぶってないで早く言えよ!」
鈴木が、イラつきながらそう言う。クールな感じは、もうなかった。 平常心て言うか、なんか大事なモン、とられてパニックおこしかけている。
田島の兄貴が、落ち着かせようとなだめている。 二人とも、あとちょっとでその心がブっ壊れそうだ。
「そうか」
社長とこの二人は、信頼関係は相当ツヨイんだなと理解した。 どうつながったかは、知らないが一緒でないともう、ダメなんだな。
そういや、俺もそうだった。
盃、かわした兄貴たちとは絶対の関係だった。どんなにツラくても、ガマンした。 ま、結局裏切られて刑務所に行くハメになったが。
今、再会したらどう反応するかは分からない。 殴るかもしれないし、無視するかもしれないし、自分でも分からない。
そうしてる間に木下の話しが、始まった。
「まず、俺たちのテリトリーを荒らしている奴らは、知ってると思うがY市を中心に活動してる、キノワ(鬼の輪)ってチームだ」
「チーム? ヤクザの組じゃないのか」
「ヤクザもいるが、半グレの集まりだ」
「その半グレのリーダー格が、竜の爪とつながっている。主だった取引をやっているようだ。 さらに言えば、例の双子を使ってヤクザどもにエンジェルキッスをさばいている」
皆川が、まるでシナリオライタのようにスラスラ、言った。
「今までは、リスクを分散するのに材料と商品のルートを分けていた。 でも、今じゃ買いに来る連中が、いてな。 そのうちの1組が、こっちで商売始めてな。 警告をしてるが、ガンシカト状態だ」
感情のこもっていないその話し方は、かえって緊張する。
「俺たちが、聞いていたのは売人から双子、双子からヤクザだった。 それは、どうなんだよ? 」
俺の質問は、きっと無視されると思っていた。
「アア、まさしく最初はそうだった。 でも、売人が他の組織に手をのばした。 竜の爪の意向では、ないらしい。 で、その売人を切ってルートを変えた」
「え、ああ。 そうなんだ」
「じゃ、あの老人が殺された事件って・・・ まさか、売人がムカついてやったのか!」
「ま、そうダロな。 欲をだしすぎたんだ」
「で、俺たちに何をヤラセるつもりだ?」
「言っておくが、殺しとかそう言うのは、絶対やらないからな!」
田口の兄貴が、反抗する。
そしたら、木下は突然笑いだした。
思わず驚く俺たち。 丸さんは、さらにブチ切れそうになっている。
「ハハ・・・。 何も素人にはヤラセない。 下手にやってこっちにサツが、来るのは勘弁だからな」
「とっとと要件、言えよ!」
丸さんが、怒鳴る。 数人の男たちが、必死に押さえつけようとする。
「まるで猛獣だな、え、おい」
余裕を見せつける木下。 俺たちには、そんなのはミジンもない。
「とりあえずだ。 公園に行ってブツをクスネテきてくれ」
「公園って元郷?」
俺は、ついそう言ってしまった。
木下は、左手であごを触りながら俺を観察する。 他に何かないか、と探ってるようだ。
「確実な日にちが、判明したらその公園に行ってもらうゼ。 いいか?」
いいも何も、まだそしゃくしきってねぇよ。
けど、田島の兄貴が、力強く頭を縦に振っていた。
鈴木も、なぜか両手を上げて「分かった」とそれを連呼した。
そうして木下は、右手でサインを送る。
「!?」
兵隊どもが、ほぼ一斉に撤退し始めた。 随分と訓練をつんでるな。
自分に巻かれていたロープと手錠が、はずされた瞬間、丸さんは吠えた。
猛獣よろしく怪獣だな。
「フザケやがって。 テメェラ、覚えておけよ!」
その目は、炎のごとく燃えている。
木下は、それに対しても余裕を見せている。 相当、自信家なのか。 それとも、他に策を打っているのか。
社長も、手錠をはずされていたが、座ったままだ。 田島の兄貴と鈴木が、そばに寄って声をかけていた。
「小沢さん、ちょっといいカ?」
思わず、ドキッとした。 皆川が、俺に話しかけてきたのだ。
「話しなら、ここでしろ。 疑われたくないからな」
「うん」
木下と確か、ハンと言われてた男がこっちを見ている。
「ま、あとでな。 皆川よ」
不敵な笑みをうかべて木下たちも、倉庫から出て行った。
「クソったれがっ! ムカつくゼ。」
丸さんが、握った左拳を右手の平にバシバシ、やりながら言う。
「で、皆川。 話しってなんだ? 短めに言ってほしいんだけどよ」
今は、木下たちはいない。 鈴木が、ザッとまわりを見てきた結果だ。
つまり、皆川一人だけがここに残った。
ま、人質にしても向こうさんは、痛くもかゆくもないわけだ。
「おでが、今もホームレスなのは、変わらない。 おでが、それを続けるにはこういう、付き合いが必要なんダ。 木下さんのおかげなんだ」
「で、その木下さんは何をしようとしてんだよ? ハッキリ、言ってもらおうか?」
丸さんが、怒気を含めて聞く。
皆川は、俺たちを一瞥してからこう話した。
「簡単に言えば自分の庭にこれ以上、好き勝手やらないよう、何らかの手を打つ。 けれど自分の組が、動けば警察も相手にしないといけない。 効率よく動くには、どうしたらいいか? 手始めにおでのような死んでも、いいような駒を使って情報を集める」
そこまで言うと皆川は、丸さんを見る。
「実は、早い段階でそこの方に頼まれていたんです。 でもほら、守秘義務ってやつです。
なのでさすがに一人では、無理なので信頼できる仲間に協力してもらいました。 依頼内容は、ほとんど一緒ですから結構早く、終わると楽観的に考えてました」
若干の訛で標準語を話すその表情は、憂いの感じがある。
「その彼は、疑いもせずにおでの言うとうりに、手伝ってくれました。竜の爪の元メンバーの居場所を見つけたり、売人を尾行したりと危険なことを進んで、引き受けてくれました」
「アア、おかげで双子とエンジェルキッスのことが、思ったより早く判明したんだ」
丸さんが、吐き捨てるように言った。
明らかに苛立ちを押さえきれてない。
あの時の静かに話していた人間とは、思えない。
「危険だと思ったらヤメロと言ってんだ。 けど、もう少しだからと言って続けたんだ」
まるで自分には、責任がないような言いかただ。 一番嫌いなタイプだ。
けど次の一言で撤回した。
「こっちもスタッフを送っていたからな。 失うわけには、いかないと思ってな」
「結果、殺されたんですか?」
田島の兄貴が、言って反応を見る。
この時、鈴木が外の自販機でコーヒーとかスポーツドリンクを買ってきて、みんなに配った。
「アア・・・。 ソイツの仲間がな」
「おでが、駆けつけた時は既に敵はいなかった。 腹に銃を撃たれていて、血ダマリができていて・・・」
皆川の体が、震えている。 丸さんが、「ヤメロ」と短く言う。
皆川の両目から滴が、こぼれおちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます