6話 襲撃

あれから、飯食って倉庫に真っ直ぐ帰った。

社長は、いなかった。

珍しいと田島が、言った。 代わりにメールがきた。

どうしたんだろうと思いつつ、俺たちはその指示に従う。

堤防であの双子を張るよう、指示がでていたが、兄貴は変だと言った。

いつもは、もう少し具体的に書かれているそうだ。

「曖昧すぎる。 時間も場所も書かれていないのは、社長らしくない」

「どうします、兄貴?」

「ここに残る。 鈴木君と小沢君は、この指示どうり堤防へ。 動きが、ないようなら戻ってくるんだ。 いいな?」

俺と鈴木は、黙ってうなずく。


堤防には結局、なんの動きはなかった。

社長は、いつもどうり出勤してきた。

なんでも、丸さんが急に来たので接待していたと言う。 笑っているが、何かひっかかる。

指示が、中途半端だったのは申し訳ないと謝った。

「今後は、丸さん来たら来たでメールにいれます。 やっぱり、心配になりますから」

「・・・気を付けてください」

他の従業員が、いる手前もあるのでそれだけ言った。

仕事が終わり、このあと来るであろう、あの双子を堤防で見張った。

しかし、双子は売人らしい人間には接触していたが、ヤクザらしいのとは接触していなかった。

「材料を手にしたら、ヤクザに渡すんじゃなかったのか?」

「渡す方法を代えたか」

「まさか、レターパックか?」

「よし、危険だが双子を徹底的にマークしよう。 小沢さんは、鈴木君と一緒に行動してほしい。 私は、一人でも大丈夫だから」

更に綿密に打ち合わせをする。


「異常なし」

トランシーバーから田島の声が、響く。

夕方頃から雨が、しとしと降りはじめていた。 梅雨のはしりらしい。 今週末から来週にかけて天気は、わるい。

双子は、ほとんど毎日のように出かけている。

学校は、もうやめたらしい。 金の無駄遣いだなと思った。 親には、なんて言い訳したんだろうと余計に考えてしまった。

「そういえば、あのホームレスから連絡ないですね?」

「ま、しょうがねぇさ。 俺だってあんまり、期待してなかったしな」

「そうですか」

夜、22時をまわった。

あの双子を乗せたワゴン車が、工業団地にはいった。 ナンバーは、あっている。

「二人とも、頼みましたから」

「了解」

鈴木が、短く答える。

本当は、イェッサーとか言いたいんじゃねぇの、と心の中で呟いた。

ほどなくしてある一角に例のワゴン車が、ゆっくりとやってきた。 ライトを消している。

年配の男が、誘導しているようだ。

「随分、慎重だな」

「堤防に来なくなったのも、そろそろバレると判断した、と言う我々の推測もあっていると思います」

鈴木の言いかたが、機械的だと思った俺。

「よし、行くぞ」

音をたてないように、ゆっくりと車から降りて、連中の方に行く。

連中が、借りているらしい倉庫に着く。

蒸し暑さで額から汗が、流れていた。

数人の連中が、双子となにやら談笑しているようだ。

何を話しているかは、分からない。

1本の明かりでは、表情も分かりずらい。

その時、ポケットの携帯がブルった。

鈴木が、何かを見つけて警告をだしたのだ。

俺は、舌打ちして周りをサッと見てその場を離れた。

このまま、帰るのはもったいない。 もう少しだけ、近くに行きたいと考えた。

連中の近くにトラックが、止まっている。

いちかバチか。

俺は、身をできるだけ低くして移動をする。

1本の明かりは、脅威だが行くしかなかった。 目の前に趣味の悪いスーツを着た若い男が、あらわれた。 瞬間、心拍数が上がる。

とっさに建物の陰に身を潜める。

ジッポのカシャッ、という音が聞こえた。

おい、煙草は違う所で吸え! 俺は、やめたんだからよ。 いや、違う、そうじゃない。

その男は、なかなか移動する様子がなかった。 そっと身をかがめてゆうくりと、建物の陰から頭をだす。

心臓が、飛び出そうとはまさにこのことだろうと思った。

若い男のケツ付近が、ほぼ目の前にあった。

逆向きだったらアウトだ。

よし、やっぱり帰ろう。

ん?

若い男が、携帯で何か話している。

おい、仕事しろ。 あ、見張りが仕事か。

その時、確かに聞こえた。

「そうだよ、あのボケに公園に来いと言っておけって! あ? 元郷公園だ。 噴水のある。

あ? 日にちは、追って連絡すって言っておけよ。 分かったかよ、あ?」

相手を威嚇する暴力的な話し方。

元郷公園? どっかで聞いたような気がする。

まあ、いい。 キーワードになりそうな単語を聞いたしな。

鈴木が、手のひらサイズの暗がりでも見えるなんちゃらスコープを通して、心配してるだろうから帰ろう。

「おい、ジジイ! あにしてんだぁ? アア?」

背後に若い男の怒鳴り声が、聞こえた。

殴って逃げるか。 いや、ダメだ。 今は、一人じゃないんだ。

異常なくらいに心拍数が、上がる。

とりあえず、すっとぼけてごまかそう。

相手の方を振り返る。 若いと思っていたが、もうちょい年はありそうだ。

痩せていて血色も悪そうだ。

「あにしてっか知らんが、見張りしっっかりヤレや! このジジイがぁ。 仕事ねぇっつうから使ってやってんダロが! あ、文句あんの?」

どうも、この腕のイレズミを見て仲間と思ったようだ。 ジジイ呼ばりは、腹立つが。

「す、スミマセン!」

顔を覚えられないよう、うつむいて返事をした。 汗が、ハンパなく吹きでてくる。

「そのハゲ頭みたいに何にも無くすぞ」

そう、言い捨ててその場をあとにする若い男は、また携帯を耳にあてる。

俺は、身辺を警戒しつつ、かつ怪しまれないように逃げる。

鈴木が、手招きして誘導している。

トラックの陰に隠れて座りこむ。 まるで全速力で走ったあとのように 、呼吸が荒かった。

鈴木が、何か言ってるが自分の呼吸の音が、激しくてよく聞こえない。

少し休みたかったが、鈴木が、俺の手をとって早く動くよう、うながしてくる。

俺は、ろくに呼吸が整わることなくそこを離れる。


「危ないことは、しないように」

田島の兄貴にそう、注意された。

怒りをおさえて言ってるから、声が震えているのが分かった。

「す、スミマセン」

鈴木が、運転する車の中の空気は最悪だ。

後部座席でシートベルトもしないで兄貴は、

体ごと俺の方に向けている。

車内は、時たまスレ違う車や建物の明かりが

、はいってくる。 それで兄貴の顔が、怒りで歪んでいるのが分かった。

キット、殴りたいんだろうと感じとった。

「こんな時に社長は、電話にでないしな」

鈴木は、黙っている。 この場は、兄貴に任せたといったところか。 二人とも怒らせて何やってんだ、俺は。

最悪な状況のまま、倉庫に戻ってきた。

車が止まり、俺はスライドドアを開けようとした。 兄貴が、無言で俺の右肩をつかんだ。

頭を左右に振っている。

「まさか、このまま俺を埋めに行く・・・のか?」

「馬鹿な事は、言わないで下さい。 様子が、変ですよ」

鈴木が、シートベルトをはずしながらそう言った。

薄暗いなかをよく見ると、セダンの車が少なくても3台あるのを確認した。

「ゆっくりな、小沢さん」

俺は、何も言わず時間をかけてスライドドアを開けた。 鈴木も、同じようにしてドアを開けて外に出た。

本来、閉まっている倉庫の金属製のドアが、開いていて明かりが、漏れている。

「団地のヤクザ共が、気がついて襲撃して来たか」

「いや、都合よすぎるダロ? 俺、家の場所教えてないぞ?」

発信器は、と思ったが敵は既にいるからそれは、無いかと思い直した。

兄貴が、車から木刀を2本だしてきて俺と鈴木に渡す。

「私が、先に事務室に行って様子を見てきます。 二人とも、倉庫の入り口で待っているように」

うなずく、俺と鈴木。

一応、自分たちの家兼仕事場だから、都合はこっちにある。

背後に気配を感じた。

棒切れを持った、体格のがっしりした男だ。

相手の一撃をギリギリよけて、反撃をするもののよけられた。

「小沢さん!」と叫ぶ鈴木。

数人の男に囲まれている。

田島の兄貴が、若造共相手に一人で戦っている。 素手では、無理だ。 鈴木が、応戦しに行こうとするが、はばかれる。

最早、乱闘だ。 動物のように叫び、襲撃者たちと戦う。

この時俺は、なぜか1つの考えが閃いていた。 いやいや、それより、今はコイツらだ。

「ドあ、ららー‼」

田島の兄貴を倒した奴の頭を、思いっきり木刀で殴る。 血を吹きだしながら、一発でソイツは、沈んだ。

俺たち3人は、格闘しながら事務室に移動する。

「社長っ!」

叫びながら敵を殴り、いるはずの社長を探す。

事務室の電気は、ついていたが人気はなさそうだった。

「やめろ‼」

その声と同時に倉庫の明かりが、ついた。

「オイオイ、ざけんなっ!」

鈴木が、騒ぐ。

「サッサッ、それ捨てろよ」

最悪な展開だ。

社長にリボルバーの銃を突きつけている男が、ニタニタしながら俺たちを見ている。

「しゃ、社長! 大丈夫っすか?」

俺たちは、完全に狼狽していた。 組織の頭をとられるとその下の人間は、判断力を失いやがて崩壊していく。 マズイ、それが現実になりそうだ。

その時、聞き覚えのある声が背後からした。

「人の心配は、しなくていい」

、ゆっくりと俺たちに近づく。

さっきの俺の考えが、見事に的中した。

ホームレスのあの男だ。 なぜかスーツを着ていたし、髪の毛も短めにカットしていた。

「全部、ウソだったわけか」

「金までもらっておいて」

「よし、決めた。 誰かが死んだらお前、殴りまくってやる」

俺たちを挟むようにして、襲撃者たちは様子を見る。 そして、確信したようだ。

勝利者は、自分たちだと。 フザケんなよ。

「すまない。 最初からマークされていたらしい。 そのホームレスの男は、コイツらに頼まれて見張っていたそうだ」

社長の一言に驚く俺たち。

なんてことだ。 俺、一番バカじゃないか。

やっぱり、このイレズミが災難を呼びこむのかと思った。

さっき、倒した連中がゾロゾロと復活してきた。 もう、逃げられない。 非常口も、見張りがいるだろう。

「さて、どうしようか」

社長に銃を突きつけていた男は、そう言った。 部下の男が、社長に手錠をかける。

「ここ最近、チョロチョロと人のテリトリーを動きまわってる奴らが、増えてムカつくんだよ。 ん?」

「あんたらに関わる気は、全くない! 社長を離せよ」

「そうだよ! ちょっと、頼まれて調べてただけだよ!」

鈴木からいつものクールな感じ、いや無味乾燥なイメージが、すっかりなくなっていた。 完全に我を見失っている。

「早く、早く離せよ!」

だが、敵は冷静にこっちの様子を見ている。

田島の兄貴は、壊れたメガネを持ったまま、ただ辺りを見ているだけだ。

余裕もへったくれもない。 動揺しまくりじゃねぇかよ。

とは言え、俺もどうしていいか分からない。

所帯もちは、やはりツラいな。

「二人とも、しっっかりしろや! まだ、終わってねぇ!」

叱咤激励なんてガラじゃ、ねぇんだがやるしかねぇよ。

「そうよ、やるしかねぇんだよ!」

ある意味、自分を鼓舞するために言ったようなものだ。

周りをグルっと敵に囲まれて、絶体絶命のこの状況でビビらないのが、どうかしている。

敵のリーダーが、何か言いはじめた。

「この辺、縄張りにしてる前園の組の木下だ。 覚えてるかな? 小沢よ、アンタにちょい昔に赤羽で殴られたもんだ」

あんだって⁉ 覚えてないぞ、ありすぎて。

「写真、見た瞬間に記憶がよみがえったんだ。 こう、ぶわっとな」

両手で円を書く。

「最低」

さりげない一言が、心の臓に突きささる。

「まあ、そんな恨み事はひとまずおいとく。

むしろ、用があるのはそっちの皆川だ」

皆川、つまりホームレスの男の名前だ。

俺たちは、ほぼ同時にその男に注目する。

どうなってるんだよ、全くよ。

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