5話 団地

やっぱり、素人だと思った。

目的の二人の男は、アパートからとくに警戒することなく、くっちゃべりながらでてきた

のだ。

プロならあの事件のあと、素早く動いて身を隠そうとする。 だが、警告を受けてもいつもと変わらない行動をとっている。

あの老人の怨恨だとニュースの言うことを真に受けてるのか? いや、あの事件の前後に相手から連絡を受けてるはずだ。

双子の男は、大通りをでるとタクシーを拾う。 行く先は、分かっている。 あの堤防だ。

社長が、もらった新しい情報だと昔、エンジェルキッスをさばいた元売人からドラッグの材料を運んでいる。 それをヤクザどもに渡してるそうだ。

双子は、そのヤクザから報酬金を受け取っている、とのことだ。

じゃ、その材料はどこで加工されてるのか。

まだ、調査中らしいがY市の港近くの倉庫らし

い。 なるほど、人目につきにくい場所で作り

一部は、海外に流す。 ヤクザどもは、常連客を中心に高値で売る。 そのうちの何割か、知らないが間違いなく、元売人に売り上げが流れている。

「質問だが、売人はどっから材料を仕入れてんだ?」

「なんとも言えないですが」

そう前置きしたうえで社長は、こう言った。

「竜の爪が、につながっているかもしれません」

「両方? 途中でパクられるかもしれない、大事な材料をわざわざ、売人に売ってそれを素人に運ばせて倉庫で作る。 しかも、ヤクザがどっかから引っ張ってきた人間に作らせている。 情報管理、できねぇじゃ?」

俺は、理解できなかった。

竜の爪の連中が、何考えてるか分からない。

確かに自分たちにも、金がはいってくるだろうが、遠くでまってるぶん危険は、高くなるはずだ。

「ばれたら、ヤクザも売人もまとめて捕まるな。そしたら、連中また、探さないといけなくなるな」

社長、田島、鈴木の視線が、俺にささる。

「なんか、変な事言ったか?」

じっ、と見られとまどう。

「今、1つの答えを恐らくですが言ったんで

すよ」

俺は、そう言われて考えてやっと、意味が分かった。

「なぜ、エンジェルキッスの話しがでてきたか。 つまり、すでに捕まった奴がいるからですよ。 でも、代わりの人間はいくらでもいるから問題は、ない」

「でも、捕まっちまったら商売、なりたたないんじゃ?」

「売人はまだ、捕まってないんですよ。 それから、工場は定期的に代えてるようです」

「え、じゃ、ヤクザは売ってるだけ?」

これは、鈴木だ。

「そうですね」

社長は、そう言って人指し指を眉間にあてる。

「つまり、竜の爪は、売人と工場を管理する。 金に困ってるヤクザたちは、都合よく使われる。 ヤクザが、捕まってもそいつらはたぶん、喋らないだろう。 喋れば、報復がまっている」

「秘密は、守られる、か」

「ヤクザも落ちたもんだ。 仁義とか、どこいっちまったんだ。 俺が、現役だった頃は使われたらおしまいって思ったがな」

「もしかして、ホームレスが殺されたのは秘密保持、ですか?」

田島が、そう聞く。

「でしょうね。使えるのは使って捨てる」

「ひどいもんだ」

鈴木は、そう言ってため息をつく。

「どこもそうだろうけど、命とらなくてもいいじゃないか」

怒りの情をこめて鈴木は、言った。

「と言うことは、あの双子も殺されるんじゃねぇか?」

俺の言葉にうなずく社長。

でも、面と向かって助けることはできない。

俺たちの命も危なくなるからだ。

「その材料が、なんなのか。 うまく、だけの情報を得たい」

「双子が、離した時だな。 どっかに置いた所に素早く動いて」

「パっと写真を撮り、材料の一部を持ち帰る」

田島が、俺のセリフの続きを言う。

「プラス、この辺で活動してる奴らの情報もだ。 そこまでは、押さえたいな」

「丸さんの話しだと、Y市の有名所どころの構成員がでてきてるらしい。 稼ぎが少ないらしい」

「わざわざ、お疲れ様だな」

そう言って笑う鈴木。

「こっちにアジトが、あるのか不明だから分かれば大きな成果につながるはずだ」

「まあ、あのホームレスが都合のいい、情報もってくるわけないよな?」

田島の質問に俺は、「そうだな」と答えた。


深追いにならないようとりあえず、途中までそのワゴン車を追った。

てっきり、Y市かと思ったが都内の工業団地にはいった。

「兄貴、どうする? 」

夜22時をまわっていた。 人通りも車の往来も少なくなっている。 確実にバレる。

「車種とナンバー、そして運転手の男の顔写真、おさえたから引き返しても問題は、ないだろう」

田島のセリフを合図に鈴木は、車を動かす。

「丸さんに話し、通してから動くのがいいだろう」

「あてにしていいんスか?」

「あっちに権限、あるからな。 勝手に動いて文句、言われたくないダロ?」

「ヘイ」

田島は、途中、社長に指示を仰ぐため電話をした。

堤防で張るという選択もあるが、双子が戻って来るのは、恐らく明け方近くになると思われた。

社長は、1度帰って来るよう言った。

「飯でも食って帰って来いだってさ。 明け方、堤防に行くから早目に休めだってさ」

「じゃ、スタミナつけないとな」

俺は、牛丼がよかったが兄貴がそれなら、ステーキにしようと言った。 無論、割り勘だ。


その頃、倉庫では社長が一人の男と対峙していた。

俺が、連れてきたホームレスの男だ。

右手にギラッとした金属状の物を持っている。 サバイバルナイフだ。

社長は、携帯を切り机の上に置く。

「何が欲しいんでしょうか? お金ですか?」

事務室は、そんなに広くはない。 スチール製の机が、部屋の中央に4つある。 飛びかかれば相手は、素早く動けないから捕まれてしまう。

そう、この机が生命線だ。 机に飛び乗るか左右どちらか回ってくるか。 どのみち、しっかりとかまえられる。

男は、懐から見覚えのある茶封筒をだした。

それを社長に向けて投げる。

「使ってないです」

ボソッと言ったその一言。

「あれは、演技だったんですか?」

男は、頭を左右に振る。

持っていたナイフを鞘に納め、椅子に座るとそこへ一人の男が、入ってきた。

「おや、追いつめられましたか」

ヤレヤレという感じでため息をついた。

殺意のある人間を相手にできるほど、能力は高くない。

半ば、諦めたように椅子に座る。

「さて、どうしたいんでしょうか?」

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