4話 双子

その週末、俺たち3人は動いた。

住宅街のなかの古いアパートの1階の角の一室を監視していた。 そろそろ、太陽が昇る頃だ。

「あの、兄貴たちはなんでこれに加わるようになったんスか?」

ワンボックスの車の中は、暑い。 クーラーをつけてほしいと思った。

昨夜、仕事が18時に終わってから急いで風呂に入り、飯を食べた。 バタバタしてる感じのまま、確か3時間くらい寝たと思う。

このは、田島を兄貴として指示を仰ぐよう社長に言われた。 社長は、あの倉庫で待機している。

ここに来て交代で張り込みをしている。

ほとんど、喋らない鈴木が朝飯を買ってきた。 おにぎりと菓子パンと冷たい缶コーヒーをビニール袋から 取り出す。

「ちょっと、散歩してくる。 体が、痛くなってきたぜ」

表情を変えず、田島はそう言った。

田島が、鈴木と代わって運転席を降りアパートに向かう。 たぶん、いるはずの目的の二人の若い男を確認するのだ。

「結局、答えてくれなかったな。 鈴木さん、話ししねぇか?」

どうせ、答えてくれないと思っていた。 いつも、返事はするが会話はあまりしないのだ。

「小沢さん、話していると肝心なときに動けないですよ」

小さい声だが、しっかりとした口調で答える鈴木。 その視線は、しっかりアパートを見ている。

「わ、分かりました」

思わぬ反応に戸惑ってしまった。

「あの二人は、学生だそうですが、少なくとも去年の夏くらいから学校に行っていないそうです。 ネットででていたらしい、裏のハローワークで運び屋をやってる。 まあ、本人たちが、中身を知ってるか分かりませんが」

「知って、良心がはたらいたらすぐやめるってか?」

「さて、どうですかね。 それより、小沢さんは張り込みは、経験あるんですか?」

「待ち伏せなら。 現役の頃は、気が短かったからな」

「そうですか。 それより、そのイレズミのことなんですが」

「やっぱり、気になるよな。 まあ、暑いから勘弁な」

「いや、いいですよ。 とくに背中の虎が。 僕も、現役だったらこんなこと、言いません」

「・・・え、ありがと」

初めてほめられて戸惑いを感じた。

「兄貴、戻ってきました。 どうします、行きますか?」

「警察来たら、すまんな」

俺は、そう言って車を降りる。 一応、公園のトイレを探すフリをする設定だ。

田島こと兄貴が、いったん車を通りすぎたあと俺は、スライドドアをゆっくり開けて外に出る。 周りを警戒してアパートの方に向かう。 ジリジリと暑い、まだ朝6時になったばかりなのに。

と、アパートのドアが開いた。 目的の部屋の隣だ。 年くった男だ。 杖をついてふらふら、足元を気にしながら歩いている。

俺の未来を見ているようだ。 なぜなら、その男の左腕にイレズミが、あったからだ。

その男が、アパートの敷地を出たときだ。

背後からバイクが、走ってきた。

随分、スピードをだしてると思った。 バイクにもう一人、乗っているのを認知した。

まさにその時だ。 乾いた音が、2回。 知ってる音だ。 ここから、見えないが後ろの人間が、撃ったのだ。

俺は、後ろを振り返る。 兄貴が、こっちに来いとジェスチャーしている。俺は急いで車に戻る。

アパートの近所の人間が、何事かと外に出てきた。 そのうちの一人が、地面に倒れている老人に駆け寄る。 その人間は、携帯を取り出したぶん、救急車を呼んだ。

俺たちは、1度倉庫に戻ることにした。

怪しまれないよう、車はゆっくりと走りすぐに角を曲がる。

俺たち3人は、冷静を装おい後ろを振り返ったり、叫んだりしなかった。


「なぜ、その老人が撃たれたのか」

倉庫に戻り、社長にすぐに報告した。

兄貴もとい田島の声は、緊張でうわずっていた。

「その老人に怨みがあったか」

俺は、腕を組んでそう言った。

「偶然に誰かに対する警告に利用されたか」

これは、社長だ。

「あとは、なんだろう? 誰かと間違えられたとか?」

鈴木が、クチビルを噛みながら言う。 ひょっとして、気性は荒いのか。

「どのみち、しばらくは行けなくなった。 手がかりは、若い男しかないんだ」

「社長、ちょっといいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

「今、ホームレスやってる昔の友達に声、かけていいっすか?」

「何をやらせるんですか、小沢さん?」

田島が、聞いてきた。

「ちょっと、目的の部屋をのぞいてもらうだけ、ですよ」

答えがでるまで時間が、かかった。

「のぞく、だけですよ。 それ以外はさせません。 それから、その人に何かあっても知りませんから。 それだけ、約束させて下さい」

「分かった。 じゃ、すぐ行ってくる」

「どこに行くんですか?」

そこの堤防と言って俺は、でかけた。

田島が、一番不安に感じてるだろな。


倉庫に帰って来た時、14時になろうとしていた。

「遅かったですね? それとも、早かったと言うべきですか?」

「すぐに帰ってこれたんだがな。 風呂行ったり、飯食っていたらこの時間になっちまったよ」

ニカっと笑って答える俺。

「ひょっとしてそちらさんが?」

周りをキョトキョト見ながら、あらわれた白髪頭の男。 髪は、のびきって後ろで結んでいる。 髭ものびきってたが、さっき風呂行ったときにバッサリ剃った。

「お? ああ、社長さん? 初めましてだ」

間延びした言いかただ。

「思っていたより、きれいですね。 失礼ですけど」

「んあ」

人に会うのに失礼だから、比較的まともな服を着てきたのだ。

「俺が、刑務所にいる時に知り合いになったんだ。 それより、コイツの話しを聞いてくれ。 参考になるはずだ」

社長ら3人は、怪訝そうな顔をしていた。


「なるほど」

倉庫の中にある事務室で缶の麦茶を飲む。

ホームレスの男の話しに興味を示したようだ。

「てっきり、ただの学生と思ってたんですがね」

田島が、饅頭をつまみながら言う。

ホームレスの男の話しでは、いつもジャージを着ている似た顔をした、若い男二人が堤防にあらわれるそうだ。 型の古いワゴン車が、やって来るとそれに乗っていくそうだ。

最初は、気にとめなかったが、確か2、いや3月くらいに黒っぽいセダンに乗った男に箱を渡していたそうだ。

「車に乗ったり、箱を渡したり。 いったい、なんだろう?」

腕を組んで考える。

「んあ、あれはいつか忘れたけんど、ワゴン車の時は材料をゲットしたっと言ってた」

「材料をゲット・・・」

「それより、その若い男はコイツか?」

鈴木が、例の写真を見せる。

「んあ、そうだな。 ほとんど夜中だべん、ライトで照らされたとき、この顔だったよ」

「ほ、他には?」

「鈴木、そうあわてるな」

田島が、そう注意する。

ホームレスの男は、饅頭を2つ食べてからこう言った。

「何回か忘れたけんど、オラの仲間使って運ばせたことが、あっただ。 チラッと聞いた話しだと、え~と・・・ そうそう、なんか乾燥した葉っぱみたいのって言ってただ」

目をつぶって、右手をプラプラさせながら話す。

「なるほど。 その人は会えますか?」

社長が、直球で聞く。

ホームレスの男は、饅頭の包み紙をいじくるばかりでなかなか、答えようとしない。

まさか、金を要求しようとしているのか。

やっと言った言葉に愕然とする。

「忘れるっか! 今年の2月の15日、アイツ殺されて川に浮かんでたんさ。 あ、アイツ見つけたのオラよ。 くそ寒いなか土手さ、歩いてたらアイツが、アイツが・・・」

両肩が、震えていた。 涙を流し、嗚咽する。

「もう、今日は

社長が、ホームレスに同情を示す。 茶封筒をさりげなく渡した。

「何かあったら、またお願いいたします」

ホームレスの男は、一礼して倉庫をあとにした。


「社長、さりげなく情報収集を頼みましたね? 見てましたよ」

田島が、そう言って椅子に座る。

俺たちは、倉庫の裏側にあるコンテナの中に移動した。 そう、俺がこの探偵団にはいることを決めたあの、コンテナだ。

中は、想像より広い。 とはいえ、暑い。 換気扇が、一生懸命回ってるがこもった熱は、なかなか抜けない。 扇風機、つけても気持ち程度しか変わらない。

もあるけど、諸刃の剣ですからね。 こっちの存在がばれて、敵さんに金をつまれたら、終わりですから」

「まあ、今は、アイツを信じてくれとしか言えない」

「分かってます。 でも、ですね・・・」

急に言葉を濁らす社長。

「少し前に危ない目にあったんですよ。 最後まで信じてたメンバーが、犠牲になりましてね。 以来、そういうことは慎重になってるんです」

田島が、社長に代わって言う。

「なんだって⁉ そんな事が、あったのか」

元ヤクザも、ビックリだ。

「ま、まあ。 気をつける、いや、肝に命じておく」

どんくらいの時間かか分からないが、俺はそう言った。

「忘れないで下さい」

社長の視線が、しっかり俺をとらえていた。

なんか知らんが、この探偵団は実はドロッとした歴史があるんだと理解してしまった。

きっと触れてはならない、知ったら後悔するような事が、あるんだ。

そこへ、鈴木があらわれた。

ニュースでは、あの老人が殺されたのは怨恨によるものだ、と伝えていた。

イレズミしてる奴は、ヤクザ。 ヤクザが、殺されたら怨恨、杓子定規じゃねぇか。

老人の名前を聞いてもピンとこない。 末端の人間だったんだろう。

「話しを総合して考えるに目標の二人に対する、警告とみて間違いないでしょう」

鈴木の発言は、たぶんそれでいいと思う。

「動機は、なんだろうな?」

「動機って・・・」

「仮説だが、恐らく の値段をつり上げようとした、或いは他に転売しようとした。 けれど、うまくいかなかった」

社長は、そう言って俺たちの反応を見る。

俺は、とりあえず仮説としてこう言った。

「あの小僧どもにそういう考えが、あったとしても実行に移すのは難しいと思うぜ。 何せ後ろ楯がないからな。 いざ、て時に守ってくれる奴がいないと取り引きは、難しくなるんじゃねぇかと」

「なるほど、そうですね」

「じゃ、ホームレスが殺されたのも警告だったということ、ですかね?」

「いや、今はそれは切り離して考えよう」

田島が、そう提案する。

「それがいい。 今は彼らが、このあとどう動くかだ」

「そうしたら、夜だろうな。 静かになった頃にな」

その時、社長の携帯が鳴った。

「すまない」

そう言って指先で宙に円を描く。

丸さんですよ、と田島がコソッと教えてくれた。

電話は、すぐに終わった。 呼ばれたから、これから行くそうだ。

「新しい情報ですかね?」

「だといいがな」

「今夜、出かけて様子を探ってくれ」

俺たちは、うなずいた。

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