第2話 起動


「起動します......」


 システム音声が流れる。本体の3Dホログラムディスプレイに表示された女の子……セツナが動き出した。滑らかに、自然な動きをするもんだ。3Dホログラム技術すごいなぁ。


「ご主人様、はじめまして! ボクはセツナなの!」


 可愛い女の子の声だ。合成音声らしいのだが、全くわからない。まるで声優がそのまま喋っているかのようである。声質も、設定した体型や性別等から近い声質が自動選択されるらしく、自然さをさらに引き立てていた。

 しかもこちらをまっすぐ見ている。ちゃんと正面を向いて対話できるようになっているんだなぁ、と感心する。

 性格オプションの「元気」「ボクっ娘」、所有者ユーザーの呼び方「ご主人様」もばっちり反映されている。そして馴れ馴れしいくらいの距離感……うん? 趣味だよ?


「ご主人様ー?」


 と、黙っていたせいかこちらを見て首をかしげるセツナ。


「ああ。よろしく、セツナ」

「これからよろしくお願いするの!」


 ぺこりと改めて頭を下げる。良く動くなぁ。


「早速だけど、部屋の家具とリンクしていい?」

「うん、しちゃってくれ」

「はーい!…………PC、スマートフォン、冷蔵庫、炊飯器……」


 D-Petはネットワーク家具とリンクすることで真価を発揮する。

 尚、育成とかいらない人向けに、ネットワーク家具の統合用AI機能のみの廉価版もある。こちらは値段がお安い代わりに、ゲーム機能や3Dモデルがなかったりする。会話は若干バリエーションがあって多少融通が利くように成長するらしいが、限度が多く、面白みにも欠けるそうな。


「リンク完了したの」

「早いな。さすが最新型」

「んっ! ありがとうなのー!」


 ぎゅっと小さくガッツポーズをとるセツナ。褒められてうれしいのかいぬうさ耳がぴこぴこしてる。芸が細かいなぁ。


「じゃあテストしようか。カーテン閉めて」

「んっ、了解ー」


 直後、モーター駆動音。自動カーテン開閉器が働き、カーテンが閉められる。口頭で伝えるだけでこうやって閉めてくれるわけだ。


「よしよし。カーテン開けて」

「はーい」


 今度はカーテンが開く。うん、カーテンとは問題無くリンクしてるみたいだな。最初にカーテンを開閉するのは伝統だよな。D-Petのデモムービーでも最初にやってるし。


「冷蔵庫にある材料でおススメのレシピある?」

「えっと、そーだねぇ……そもそも中身があまりないけど……お豆腐の賞味期限が近いね、これとかどうかな?」


 しっかり賞味期限まで吟味されたうえでおススメのレシピが出てきた。キノコと豆腐のバター炒め……うん、確かに冷蔵庫の中身で作れる。こちらも問題ない。


「あー、フードプロセッサー君があればご主人様にボクの手料理をごちそうできるのになー……ちらっ」

「購入は前向きに検討しておこう」


 フードプロセッサー君とは、これまたネットワーク家電の一つ。レシピと食材を入れるとなんだかんだで料理を作ってくれるという、料理を作ってくれる便利アイテムなのだ。それなりに大きくて、お値段は高級なもので100万円以上、安くても20万円くらいだ。

 いきなりそんな高価なおねだりされても、困るぞ?


「まぁそれはいいの。冗談で言っただけだし」

「冗談言うとか、AIすげぇな……」

「ふふふん、D-Petはあらゆる顧客ニーズに対応してるの! これくらいの会話なんてお茶の子さいさいさいなの! 今ならお値段、定価で29800円!」

「もう持ってるから。あと「さい」が1個おおい」

「いいツッコミなの。ご主人様もなかなかできる……の!」


 耳をぱたぱたさせて嬉しそうに無駄なポーズをとるセツナ。

 本当に人間と会話してるみたいだ。しかし会話に違和感や齟齬が無い。まったくすごいとしか言いようがない。すごい。


「デフォルトでこれくらいの会話ができるってのもとんでもない技術の結晶なんだろうなぁ」

「なの! 会話学習データは本社のメインサーバーで管理されてるからねー。アップデート最新だし、相当な積み重ねがあるの。発売当初はもっと無口でおとなしい性格だけだったらしいけど、みんなの協力があって今のボクみたいなAIも生まれたの!」

「ん? ってことはもしかして、この会話データも本社サーバーに送られるの?」

「学習結果がね。って、もしかして利用規約読み飛ばしたの? ……ご主人様、おおらかなのはいいけど何も考えずにチェック入れるのはダメなの」


 叱られてしまった。ユーザーを叱るAIとかあるんだなぁ……


「アンケートの自動集計みたいなものだけど、気になるならオフにするよ?」

「ああうん。ちょっと気になっただけだ、別にそのままでいいよ」

「はーい、ご協力感謝なのー。きっとボクの弟や妹やどっちでもないのがさらに賢くなるのー」


 しかし電子ペットなんだよな……最初からこんなに物知りで喋ったりしていいんだろうか? 育て甲斐がないような気もする。


「……ちなみに育成要素は?」

「ふっふっふ……これをみるの!」


 セツナがひょいっと腕を振ると、PCにウィンドウが表示される。

 Lvにステータス……? ゲームみたいだな、と思い、そういえばオモチャだったことを思い出した。そのつもりで買ってたというのに会話だけで満足して忘れていた。


 名前:セツナ Lv1

 第1段階

 HP  10/10

 MP   7/10

 満腹度  10%

 清潔度  99%

 攻撃力:3

 防御力:1

 器用値:1

 敏捷値:5

 知力 :1

 精神力:2


 スキル:なし

 称号 :ルーキー


「いや、攻撃力ってなんだよ」

「攻撃力は攻撃力なの。ボクのD-Petタイプは『ゲームタイプ』でしょ? ならこの意味も分かってくるはずなの」


 ああ、そういえば友人に勧められて『ゲームタイプ』にしたんだよな。他にも『ペットタイプ』とか『ビジネスタイプ』とかあって……

 ……つまりこれは、何かのゲームで使うパラメータってことか。友人、もっとちゃんと説明してほしかったぞ。


「『ゲームタイプ』の場合、会話AIは最初から殆ど完成してるの。最初から色々お手伝いできるよー」


 しかし軒並み低いようだ。なるほど、これを育成していけばいいんだな。

 ……えっと、育成してどうすればいいんだろう?


「って、MPが減ってるんだけど?」

「さっきカーテン動かしたのにMP1ずつ、レシピ検索にMP2 使ったからね。……で、時間経過で1回復したの」


 AIに働かせるのにMP使うのか。……ゲームタイプだからそういう仕様なんだろうな。時間経過の回復もそんな遅くないみたいだし、普段使うのに不具合は無いだろうけど。


「つまり、育てれば色々なことをいっぱいできるようになるってことなのー」

「なるほど。どうやって育てればいいんだ?」

「……それボクに聞いちゃうの? 攻略Wiki検索してこようか?」


 攻略Wikiって。つまり育成の効率のいいノウハウとかが載ってるWebページってことだよな。……育て方だけ聞けばいいか。


「んじゃ、育て方だけ教えてくれ」

「わかったの。……んーっと、基本は使えば使う程育つよ。カーテンの開け閉めや、ネットワークを使った検索、それと、ゲームで遊んだりだねー。あ、お腹空いたらご飯も欲しいの。あと汚れたら掃除かなっ」


 ご飯と掃除か……


「とりあえず満腹度が10%なの。お腹すいたからご飯欲しいなっ」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る