014 完成!






 結果として。

 ライントレーサーロボットTX-2は、あまりにもあっさりと完成した。


 ……もっと正確に言うと、組み立ての器具類を使わない部分に二時間と、使う部分に三十分。

 配線に──麗曰わく、二十五分。

 ハンダ付けには八分。たった八ヶ所しかなかった。

 プログラミングには十二分。なんと専用ソフトが附いてきたので、ただ漫然と数値入力をするだけでよかった。

 すなわち、接着のために放置する時間を除けば、総じて三時間弱しか掛からなかったのである。


「……なんか、やり甲斐なかったな」

 呟く陽子に頷く全員。正直、肩透かしを喰らった気分である。

「あのものすごい知識、あんまり使わなかったしね。何のための努力だったんだか……」

 ため息混じりの亜衣の言葉に、悠香が口を挟む。「でも、これで超初心者の私たちでもロボットが作れることが立証できたんだよ? 取りあえずでも一台作るのと作らないのじゃ、大分違うんじゃないかなぁ」

「同感かな。まあもうちょっと大変な奴だと良かったんだけど」

 のんびり口調は菜摘のものだ。途端、冷たい視線が一斉に飛んだ。今回ばかりはさすがに分担が不平等だったのである。

「偉そうに言わないでよね、あんたが一番働いてないんじゃん」

「えー、何その言い方! アイだって大して働いてないくせに!」

「何を!」

 言い合いはどんどんエスカレートする。あわや、口喧嘩か。なすすべのない麗や陽子には、ただ黙って傍観している事しかできなかった。


 が。

「おー。走った走った」

 ……険悪な空気を破壊する無邪気な悠香の一声に、亜衣も菜摘も言い争いを忘れてそっちの方に顔を向けた。

 亜衣、叫ぶ。「ハルカずるい! 勝手に始めないでよ!」

 いつの間にか起動していたライントレーサーが、今まさに床の黒っぽい模様を辿って実験机の下へ潜り込もうとしているところだった。ごめんごめんと適当に謝りながらも、悠香はライントレーサーから目を離そうとしない。

「すごーい。こんなぼんやりした線でもちゃんと認識出来るんだ!」

 感動しきりである。

 思わず見入ってしまう光景に、亜衣と菜摘は顔を見合わせた。怒気がどんどん抜けていくのが分かった。

「……なんか和むよね、こうやってちゃんと稼働してるのを見ると」

 陽子の目も、孫を眺めるお年寄りのように遠くなっている。


 五人はしばらく、忙しなく走り回るロボットを眺め続けていた。

 すっかり言葉を失ったまま。

 ぐるぐる走るその後を、ただ目で追いかけていた。


 当然、誰も時計など気にしてなどいなかった。

「……って、もう五時半じゃん!」

 ふと腕時計を見やった悠香が、叫んだ。ふと気づけば、外はもう真っ暗だ。前もこんな展開があった気がするが……。

「どれくらい見てたんだ?」

「多分、四十分くらい」

 待て、見ていた時間はどうでもいい。肝心なのは現在時刻だ。

 彼女たちは顔を見合わせる。それが、すうと上から順に青く変じてゆく。

「……確か、この部屋借りられるのって……!」

「ヤバい!」

 大急いで片付けを始める五人。そうだ、厳命されていた退去時間は五時半ではないか。こんな事で怒られて、活動場所を失うわけには行かない!


 結局、鍵を返したのは五時三十二分。

 ラッキーなことに、高梁はこの日休みだった。

「お願いします! 高梁先生には遅れたこと言わないで下さい!」

 そう懇願すると、出てきた若い物理課の非常勤講師は、曖昧ながらも応じてくれたのだった。




「ところでさ、次はもうちょっと実用的なロボット作らない?」

 帰り道。悠香の口から、こんな言葉が転がった。

「実用的?」

「そっ」

 悠香は秋葉原で貰ってきた『TSUKUBA』のパンフレットを捲る。「『積み木』を積み上げるなら、やっぱり人型がいいんじゃない? 『積み木』を探して、掴んで、積む作業になるわけでしょ」

「それもそうか。三台いれば相当な戦力になるだろうし」

 戦場やら救助現場で働くパワードスーツを思い浮かべながら、他のメンバーも頷いた。しかしながら、本当にそんなの作れるのだろうか。まだ中学生のこの五人に? 

「何かいいのないかなあ」

 その辺の心配はまるでしていなさそうな悠香、次々とページを捲っていく。

 と。

「……これは、どう?」

 麗がふと、一つを指し示した。

 二足歩行ロボットのようだ。真っ白な面にはLEDの瞳が輝き、まさにロボットらしさの塊である。

『ADL-27S 高度な機動性と探知能力を持ち、家事も任せられる高機能マシン \157,000』

 などと、大層な説明がしてある。

 値段を見た瞬間、陽子たちの顔は土気色に変色した。

「……やっぱ、お値段は張るんだな」

「一人当たり三万超えはキツいよ……」

 口々に放たれる不安視の声。だが、麗は首を振ってそれらを打ち消す。


「ううん。これ、うちにある」


「えええええ⁉」

 きっかり三秒遅れて、叫び声が地下鉄のホームにこだました。

「なんであるわけ⁉」

「未来のネコ型ロボットのポケットじゃあるまいし!」

 まるで麗を責めているみたいな語調だ。麗は申し開きでもするように、おどおどと答える。

「……この間、部屋を整理してたら、見つけたの」

「えらーい」

 感心したようにそう言ったのは悠香だ。部屋にあったことではなく、整理したことの方に反応したのである。

「私なんてここ五年くらい部屋の掃除してないや」

 確かにしなさそうだな、悠香なら。その時、他の四人全員がそう思ったはずだ。

「いや、五年って……。せめて中学になった段階で部屋の掃除くらいしときなよ」

陽子が苦言を呈すると、悠香は口を尖らせて反論する。「だってめんどくさいんだもーん。今のままが完璧だしー」

「幾つの子供だよ……。いや、言い分は分からないでもないけどさ」

「私もそれ解るなあ。今の配置が完璧なのにすぐ親が片付けろ片付けろって五月蝿いんだもん、ほんと鬱陶しいよね。掃除できそうな所だけルンバに任せたい」

「こら、そこ同調するな!」

「──あのさ」

 亜衣が横から割って入った。「話、ずれてない? 人型ロボットの話してたんでしょ?」

 三人はハッと我に返った。白熱するとすぐに脱線してしまう。

「……そうだよ、せっかくいいモノがあるのに作らないなんて勿体ないよ」

 悠香はパンフを指でパシッと弾いた。「具体的な仕組みを知るなら、やっぱこういうのがいいんじゃない?」

「いやあのさ、みんなそこんとこは大丈夫なんだよ」

 と、陽子。

「問題は時間だよ時間」

 と、亜衣。


 時間を取るか、それとも経験値を取るか。

 難しい二者択一に決定打を打ったのもまた、麗であった。

「私は、いいと思う」

 そう小さな声で言ったのだ。

 途端、掌を返したように陽子たちは賛成派に回った。「よし、やるか!」


「……なんで私が言っても聞いてくれないのに…」

 半泣きの悠香を慰めてくれる存在は、ここには誰もいない。






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