012 冷たい論調
午後五時半。
机の上には、概ね組み立ての終わった本体──車輪と脚部カバー、モーターの搭載される胴体、赤外線センサーの取り付けられるアーム等が、ずらりと並んだ。
「あー、疲れた……。意外に進むもんだねー」
後ろに手をついて座り込む悠香。
「大半が嵌め込みだったからね。実際に作るときはこんな楽じゃないでしょ」
冷静なことを言う陽子を悠香は軽く睨む。「ヨーコ、人が喜んでるときは水を差すような言動は控える方が身のためだよ?」
「へいへい」
適当にいなす陽子。むうっと頬を膨らませる悠香の横から菜摘もマシンを覗き込み、しきりに感心している。
「でもほんと、よくこんなに進んだもんだよねー。てっきり一週間とか掛かると思ってたもの」
「それはさすがに長すぎ」
「ま、確かにいい演習にはなったんじゃない」
亜衣の間延びした声が狭い実験室内に響いた。仕事が少ないのを良いことに、完全に他人事である。
「本番はまだだいぶ先だろうけど、もっと面倒な組み立てになるんでしょ? 今のうちこうやって器具類の使い方覚えとけば、いざ使う時になって戸惑うってことも無くなるだろうしさ。ハルカはそういうとこ覚えいいもんね」
「えへ。まぁ、ね」
誉められたのが嬉しくて、悠香は照れたように頭を掻いた。その横から余計な補則をする菜摘。「そういうとこは、ね」
「ウガーッ!」
菜摘に飛びかかる悠香を尻目に、陽子は肩の力を抜いてちょっと笑った。
「……ま、いいか。ともかくあたしたちの任務はこれで終わったわけだし、確かにちょっと気楽になれたかも。んじゃ後、頼むよ」
「持って帰って、配線組んでくる」
麗が胴体を持ち上げる。
中に入っているナットが、カランと乾いた音をたてた。
◆ ◆ ◆
その日の玉川家の、夕食後の事である。
「そう言えばハルカ、今週の『週刊読売』の目玉は山手女子の載ってる特集記事だったみたいだぞ」
残業でたった今帰ってきたばかりの父が、ソファで新聞を眺める悠香を視界に入れた途端、こんな事を言ってきた。
悠香より先に、友弥が反応する。「へぇ、また何か揶揄する記事?」
「ま、そんなところだな……」
父は買ってあったらしい『週刊読売』をソファに放った。新聞を床においた悠香が付箋の貼られたページを開くと、派手な見出し文字が目に飛び込んできた。
曰く、
『没落の一途、関東女子四天王校! 受験生大幅減の理由を徹底分析。』
である。
好き勝手書いてくれるなぁ、と思う。
悠香の父はこの手の記事を頻繁にチェックしていて、少しでも山手や山手女子に関する記事が出ると、すぐに悠香たちに教えてくれていた。だからこういう中傷紛いの記事を見るのも、もう慣れっこなのだった。
それにしてもこの見出しはまた一段と痛烈だ。──『没落の一途、関東女子四天王校!』
関東女子四天王校とは、古くからの伝統と文化を有する私立学校界の名門女子中高に与えられる名称だ。東大への進学者数も多い傾向にあり、受験業界では四天王校への入学者数が実力を示す数値としても扱われていた。最近はそうでもないらしいと、先日父に教わったばかりだった。
──確か、ウチと梅宮中と扶桑女子中と、あと大崎女学苑中の四ヶ所だったかなぁ。
中学受験時代の知識を、悠香は頭の中に呼び戻した。この記事の話が本当なら、他所の三校も山手女子と同じように喘いでいるのだろうか。
「なになに?」
友弥が横から覗き込んでくる。
「〔近年どんどん受験者を減らす、『名門校』の代名詞たる関東女子四天王校。もはや凋落としか言いようがないが、その発端は一体どこにあったのだろうか。我々は各校の校長に独占取材を申し込み、遂にその理由の切れ端を掴んだ!〕。へー、今回はいつもより強気な感じがするなぁ」
「友弥もそう思うか? どうもこの間、梅宮中の学校説明会で校長が何か失言をやらかしたらしくてな、それがきっかけになって深追いが始まったみたいだ」
着替えに行った父の声が、階段を伝って聞こえてくる。
またその手のあげつらいか、ほんと週刊誌はこういう過激な物言いが好きだよな。友弥の小さな呟きを耳元で聞きながら、悠香は黙って記事を読み進めた。
〔……
〔……彼等の生まれた九十年代後半から二千年代初頭にかけての日本の姿とは、どういうものであっただろう。バブル崩壊に伴う不景気、止まらぬ超少子高齢化、雇用や社会基盤の不安定さ、失業などに対する絶望感から増え続ける自殺者……。そういった閉塞感漂う環境に囲まれ、将来に対し夢や希望といった前進的な感情を持てずに育ったことが、所謂『覇気』というものの減少に繋がったのではないかと思われ……〕
〔……同校の理念として、自ら考える力ある人物を目指すとする『享有理想』と呼ばれる概念が存在するのは周知の事実であるが、実際のところこの『享有理想』を守っている生徒がどれほどいるだろうか。小名木校長はこの理想について『遵守は義務ではなく、それをどのように捉え、考え、実行に移すかは生徒次第。言わば目標であり、我々は強いるという事は一切しない』などとしているが、目標程度というのは甘くはないだろうか。創立当初から守ってきた理念と聞くが、往時と今とでは状況が違うだろう。ゆとり教育にも由来するこうしたある種の『甘やかし』が、同校の生徒の質を著しく落とし、また心身の人間的成長を妨げていると考えると……〕
〔……【元山手女子OG:
該当の部分を読み終えても、なんだかまだ読み切っていないような気がした。
『聞き手:社会部記者、
「ねえお父さん、これちょっと借りていい?」
悠香は二階から下りてきた父に、『週刊読売』を振って尋ねた。
「別に構わないが。もう飽きるほど読んだしな」
存外すぐに答えが返ってくる。友弥はもう興味を失ったのか、またテレビに目を戻していた。
貰ったはいいが、どうしよう。迷ってうろうろする悠香を、母が急かしてくる。
「そっちもいいけど早く風呂入んなさい。もうとっくに涌いてるんだから」
「……はーい」
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