Ⅱ章 ──99%のがむしゃらと、1%の進歩
010 秋葉原クエスト
日曜日、JR秋葉原駅電気街口改札前。
真っ先に来ていたのは、誰あろう悠香である。
「……やっぱりね」
二番手だった陽子は、柱に寄りかかって居眠りをしている悠香の姿が視界に入った瞬間、全てを悟ってそう呟いた。遅刻しないように目覚ましをかけたら普段の通学の時間に起きてしまい、かといって二度寝はアウト。だから仕方なく超早く来て、他のメンバーを待っていたら眠っていた……どうせそんなところだろう。
「ハルカ、起きなって」
肩を揺すると、悠香は眠たそうに目を開けかけ、陽子の顔をそこに認めた途端に瞳に光が宿った。
「ふふーん、ヨーコ二番手だったねー。残念だけどこの勝負、私の勝ちのようで!」
いつ競ってたのよ、と嘆息する陽子。
「あのさ、ここで眠るのはマジで危ないからやめときなって。こう言っちゃなんだけど、こういう大きな街って危ない奴もうろついてるかもしれないんだからさ」
「そうなの?」
「そうなのって……」
周りを指して示そうかと思ったが、やめた。これだけ人がいると、誰かを指差してしまうかもしれない。日曜日の秋葉原とは、そのくらいには混んでいるのだ。
「お待たせー」
と、背後から亜衣が声を掛けてきた。「ごめーん、混んでて乗り換えに苦労しちゃって。待った?」
その姿を見つけた二人の顔が、輝く。
「あ、アイちゃんおはよう!」
「大丈夫大丈夫。まだレイとナツミが来てないから」
「あー……」
亜衣が納得するのも無理はなかった。普段、ギリギリに来ることの多い二人のことだ。今さら驚いたりはしないのである。
「……むしろ私、遅刻常習犯のハルカが間に合ってるのがすごいと思った」
「ほんと、それね」
「ひどい! 私だってやれば出来るんだもん!」
秋葉原駅前に複数の店舗を構える、『TSUKUBA』。その名の通り茨城県つくば市に事業所を構える、パソコン関連製品や電子工作部品の老舗だ。JR総武線の高架線路からでもよく見えるその看板を目印に、悠香たちは店を探し当てた。
何層にも重なるフロアには、所狭しと商品が並べられている。
「すごーい! これみんなロボット⁉」
棚に飛び付くように駆け寄ると、悠香はあちこちを見上げながら瞳をきらきらと輝かせている。こういう店に来たのは、今日が初めてなのだ。
「みんなってわけじゃないけど、かなりね。指定したプログラム通りに動くロボットだよ」
後ろで陽子がそう言うが、果たして聞いているのかどうか。あっちこっちよそ見をしながら悠香は一歩後ろに下がり。
ドサッ!
知らない男の人にぶつかった。
「痛っ! ……あ、すみません……」
いえいえ、と笑いながら男の人は歩いて行ってしまった。ほっと息を吹き出した悠香の首を、陽子はむんずと掴む。
「だから言ってたじゃん。興奮するのは分かるけど、ちょっとは大人しくしてなさい」
「はあい……」
しょんぼりとする悠香。まったくもう、と陽子は商品棚に目を戻した。三人が後ろで苦笑いしている。
五人の先頭を歩くのは、亜衣だ。
「しっかしさすが、ここはこの手の工作キットは品揃えがいいよねー」
まるで、この店を前から知っているような口調である。
「来たことあるの?」
菜摘は尋ねた。その背中が濡れているのは、ここに来るまでのダッシュの証しだろう。
「まあね。うちの父さん、ビルとかの設計を請け負う会社に勤めてるんだけど、よく模型作ってるからかプラモとか電子工作が好きみたいで、今でもたまに買いに来るんだ。私も前は、よく付き合ってた」
ずらっと並ぶ箱や電子部品のパッケージを、亜衣は撫でた。きっと、亜衣の手先の器用さを活かすのには、もってこいの趣味だったのだろう。
その仕草に、唐突に今日の任務を思い出す悠香。そうだ、今日はある程度の目星をつけるためにやって来たのだ。
「でさ、レイちゃんはどれがいいと思う?」
「…………」
暫く陳列されている品々を眺めていた麗は、ふと何かに目を留めたようだ。白い腕が、すっと伸びる。
「これなんか、どうかな」
奥から引っ張り出してきた箱には、ハイパーレスキュー辺りが持ってそうな感じのするマシンの完成予想写真と、『TX-2』という商品名が書かれていた。
「それ、なに?」
亜衣が聞くと、麗は派手な文字だらけの面を見せた。
「ライントレーサーマシン。引かれた線を認識して、その線の上を走行する簡単なロボット」
「いいかもね」
呟いたのは、菜摘である。
「走る仕組みとかは参考になるだろうし、ややこしいプログラミングも必要ないんでしょ?」
「……まぁ」
悠香も乗ってきた。「私もそういうのがいいなー。初っ端からあんまり大変なのに取りかかると嫌になっちゃうかもしれないし」
「……あんたのメンタルそんなに脆いんかい」苦々しい声を放つ陽子。
「冗談! 冗談だよ!」
悠香は慌てて取り繕った。本当はめんどくさい、なんて口が裂けても言えない。マニュアル通りに作るのはつまらないが、経験を積むのも大切なのだから。
◆
目的のモノを早々に手に入れ、意気揚々と店舗から出てきた五人の少女たち。
その姿を眺めながら、道端の電柱の脇で休んでいる男たちがいた。
「……あ、あの真ん中の子かな」
一人が言うと、残りの二人は指差された先を見た。喚ばれたと勘違いしたのかコスプレ姿の客引きが寄ってきたが、睨んで追い返す。
「本当だ、大所帯みたいだねぇ」
「見た感じは中学生っぽいな。あれじゃないか、授業で使う工作キットを探してたりとか。今どき工作キットを授業で採用する学校なんて、さして珍しくないらしいぞ」
「それを買いに来たってことか」
なるほどね、と最初の男は顎に手を宛がって呟く。言われてみれば、彼女たちはそのくらいのノリだった。どことなく重たい空気を湛えたこの三人とは、大違いだ。
──ま、さすがに僕たちと同じ土俵に上る事はないだろうな、きっと。
ふふ、と口元を歪める。
「ともかく、俺も
一人のその言葉に、三人は秋葉原駅に向かって歓談しながら歩き出した。高くなってきた陽がビルの合間から差し込んで眩しい。どんな派手な照明や看板よりも強く、男たちの足元を明るく照らし出している。
ふと。
ふとした思い付きで、最後尾を歩く男は背後を振り返った。
あの五人の少女たちもまた、賑やかに笑いながら歩いていた。
なぜだろう。その姿に彼は、自分たちとは──それどころかこの秋葉原中のあらゆる人々とも違う空気を、はっきりと感じる。
「……どうかしたのか、
仲間から掛けられた声に、慌てて男は笑顔を繕って返した。「ああ、何でもないよ。早く帰ろう」
──気のせいだ、きっと。
不思議がる残りの二人の背中を無理やりぐいと押しながら、まるで何かを誤魔化すように力を込めながら、もう彼は振り返りはしなかった。
三人の男たちは、それきり黙って秋葉原の人の波の中へと消えて行った。頭上を走る総武線の音が、妙に乾いて聞こえている。
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