009 固められた決意
ここ山手女子中学からの最寄り駅は、目白通りの直下を走行する都営地下鉄大江戸線の落合南長崎駅だ。
少し歩けば西武鉄道の新宿線にも乗れるが、五人に限らず多くの生徒はこのリニアモーター地下鉄を利用している。大江戸線は都心アクセスが良く、関東の大半の街に出やすいからだ。
「私たち、一緒に帰るのって初めてだね」
広い道を五人並んで歩きながら、悠香はふとそう口にした。
「そう言えば、そうだね。あたしとハルカは住む場所が近かったから、よく帰ってたけど」
「へえ、二人はどこ住まいだっけ?」
「杉並区だよ。荻窪って駅、知ってる?」
「あ、そこ知ってる」
「アイちゃんはどこ住まい?」
「川崎市の中原区ってとこ。……武蔵小杉、って言う方が伝わるかな。あそこのタワーマンションの三十階に住んでるんだ」
「三十階⁉」
想像もできない高さの生活を思い浮かべ、悠香も陽子も目を白黒させる。残念ながら荻窪駅前にそんな摩天楼はないし、二人とも自宅は一軒家だ。
すると、
「あー、それなら私が勝った」
隣で菜摘が呟いた。「私、川口駅前の四十階」
「…………」
そんな高いところの部屋、一体いくらしたのだろうか。唖然とする三人だが、その理由は亜衣と残りの二人では違うはずである。
「……レイちゃんは?」
恐る恐る尋ねた悠香に、麗は首をちょっと傾げてみせた。
「私の家は二階建て」
「ほっ……」
「庭が三エーカーあるけど」
「…………?」
知らない単位である。悠香は咄嗟に反応に困ったものの、ただ何となく、それが尋常でない広さである事は察しがついた。
──家は茨城のつくばだって聞いたことがあるけど、向こうにはそんな大きな家が並んでるのかな……。
考え事をしているとすぐ歩みが遅くなって、あわてて悠香は四人を追いかけた。街灯の光を受けてオレンジ色に輝く足元のアスファルトに、丸みを帯びた影が五つ、仲好さげに並んでいた。
他愛のない話題でも、五人もいればすぐに盛り上がる。
道端の電柱に掲げられた看板にも、脇の家の庭から必死に吼えてくる犬にも。関心はあらゆる方向に向かうし、一つのネタがあればどれだけだって話していられる。
悠香たちだって、習う内容は多少進んでいたとしても、厳しい入試のふるいに掛けられていたとしても、中身はどこにでもいるただの中学生なのだ。大人には分からない楽しさや可笑しさが、まだまだ身の回りには山のように溢れている。
だから、何気なく通過しようとした電器店の店先に置いてあった、大型テレビの放映内容に悠香がふと興味を抱いたのも、必然と言えば必然だったのだろうか。
「……ねえ、ちょっと待って」
前を歩く陽子の肩を掴み、悠香は言った。指が食い込んで、思わず陽子は「痛いっ」と声を上げる。
「何よ、いきなり」
「あれってさ、私たちが参加するロボコンじゃない?」
──何だって?
陽子は一歩戻ると、悠香に倣って電器店のディスプレイを眺めた。なるほど、中に置かれた大画面テレビが、どこかの局の番組を放映しているのだ。
『全日本ロボットコンテスト THE-BATTLE2014』
右上の番組タイトルは、確かにそうなっている。となるとこれは、去年の再放送か。
「ほんとだ……」
陽子が呟くと、他の三人も戻ってきた。声が聞こえたようだ。
「どうしたの?」
「……これ」
言葉少なな陽子は、もうすっかり映像に見入っている。見るようにすすめたわけではないが、亜衣たちも同じように画面を見つめた。闇に包まれた駅前商店街の一角にある電器店の軒先を、五人の女子中学生が横に並んで一斉に覗き込むという、少し可笑しな光景が出来上がった。
画面の中には巨大なホールらしき空間が映し出され、その上で何人もの人やロボットが動き回っている。地面にはテープか何かで真っ赤な丸が幾つも描かれていて、その中心には数多くのボールが転がっていた。人の大きさから察するに、バスケットボール大のようだ。
「何してるんだろうね、これ」
悠香の言葉に、スマホをささっと操作した亜衣が答える。「公式ホームページを見た感じだと、どうもラグビーボールを集める競技みたいだよ。『自陣を設定して、制限時間内に限られた数のボールを奪い合い、ホイッスルが鳴った時点での自陣内のボールの数の多さで優勝が決まります』だってさ」
「へぇ……」
となるとこのロボットたちは、ボールをかき集めるためのロボットなのだろうか。どうりでスコップやブルドーザーのような形状のロボットが多いわけか、と悠香は納得する。
《残り一分で時間です!》
画面の中の実況ががなり立て、人の動きにいっそう激しさが増す。時おり拡大される映像には、疲れを滲ませながらも懸命に走り回る選手たちの姿がありありと映っている。
「あっ────!」
不意に悠香が声を出した。
悠香ばかりではない。亜衣が、菜摘が、その時同じことに気づいていた。
テレビカメラが山手女子
と、再び画面が移り変わった。フィジックスの陣取るエリアに向かって、数台のロボットが一斉に走っている。
《おおっと──! ここで『
《さすがはチームワークの閏井、動きが違いますね……》
《『山手女子フィジックス』、このまま抵抗を続けていられるのか⁉ それともまたしても、破れてしまうのか……⁉》
実況のマイナス発言など撥ね除けんばかりに、山手女子フィジックスもロボットを発進させる。だが、『Armada閏井』と呼ばれたチームのロボットは努力も虚しくフィジックスのロボットの脇を掠め、その巨大な腕を伸ばしてフィジックス陣のボールを底曳き網式にさらって行ってしまった。十五は奪われただろうか。全速力で駆け戻るロボットを『山手女子フィジックス』のロボットは追いかけるが、早すぎてとても追い付いていない。そうこうしているうちに、ホイッスルが鳴ってしまった。
ピリ──────ッ!
鳴り響くのは、遠吠えのような悲しい音色。
がっくりと膝を折りその場に座り込むフィジックスの姿は、喜びに沸く閏井チームへと切り替わったせいですぐに見られなくなってしまった。
「……負けちゃった、のかな」
「じゃない……?」
「最後の方、優勢だったように見えたんだけどなぁ……。あそこでごっそり持って行かれたのは痛かったよね」
悠香たちは口々に感想を言い合った。自分たちは観ていただけなのに、それも最後の数分を目にしただけだったのに、まるでついさっきまで現場で観戦していたかのような気分だった。
そのくらい、この映像には臨場感があった。いや、この映像にあるのではない。悠香たちにあるのだ。
「……三ヶ月経ったら、私たちがあの場に立ってるんだね」
ぽつり、悠香はそう口にした。
映像にはロボット同士がぶつかり合い火花を散らすのが映っていた。ボールを投げ合ったり、何やら飛び道具のようなモノを打ち出して敵を阻止するロボットまでいた。つまりそれだけ、何でもありのロボコンということなのだ。
しかも、その参加者たちの作るロボットはどれも高性能で、見ていて惚れ惚れするくらいかっこよくて……。
「……だから早く、あの舞台に立ちたいな」
悠香は結局、そう言い直した。ああ、これでしっくりきた気がする、そう思った。
「あたしも。あの閏井ってチームと当たってみたいなぁ」
伸びをしながら陽子が同意を示すと、みんなは頷く。実のところ、今この五人が纏っているのは緊張ではない。高ぶって
「ま、私たちならあのくらい行けるっしょ!」
「豪語しすぎじゃ……」
「私も行ける気がする」
「レイまで⁉」
コントのような言葉の応酬に、あはは、と笑いながら、誰にも見られないように悠香は左手をぎゅっと握っていた。
目指す夢が、一歩、また一歩と現実に近付き始めていた。
ロボコンまで、あと八十四日。
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