008 勉強会!
そんなこんなで、木曜日がやってきた。
「そーいうわけでみんな、勉強してきた?」
席に座るとさっそく、悠香は切り出した。
「ちょっとボリューム下げて。ここ、図書館」
早々に亜衣が注意する。叱るタイミングでも窺っているのか、向こうの方から図書館員が鋭い目付きでこちらを見ているのだ。
「……一応、こないだ言われた範囲まではね。けど、半分は復習みたいなもんだったし、割と楽勝だったな。ま、これでもCPU研究同好会員だもん、電気制御の部分は余裕かなぁ」
そう豪語するのは菜摘である。本当なら頼もしいのだが。
「私は大丈夫」
何ということもなしにそう言うのは麗だ。そうでなければかなり危険なので、一同はほっと胸を撫で下ろした。
「ビミョー。あんまり時間無かったから本は借りてきて読んだけど、頭に入ってる気がしないよ。ていうか、量がハンパなかったし……」
情けない声を出したのは亜衣だった。量が半端ない、という項目は誰もが同意する点であった。菜摘がなぜかうんうんと頷いている。
それらの返答を聞き終えると。
「実はさー」
悠香は用意しておいた辞書大の本を、机の上に置いた。
ドンッと大きな音が館内にこだまし、亜衣と陽子は思わずしかめ面をする。図書館員の目がギラリと光ったが、悠香がそれに気づく様子はなかった。
タイトルは、ずばり『これでアナタもロボコンに出場できる! ロボット工学の基礎知識』である。
「このなんかすごそうな本をヨーコが区立図書館で見つけてきたんだ。だから二人で読んでみたんだけど、さっぱり理解できなくて。題名からして役に立つとは思うんだけど……」
「確かに題名すごいな」
亜衣が呟いた。「って言うか、そのまんまじゃん……」
逆に考えれば、初心者向けにシンプルで分かりやすい編集になっていると捉えることだって出来るだろう。シンプルイズベストである。もっと魅力的なタイトルやイラストで読者を釣ってくる参考書は多いが、結局のところ中身が難解であるのに変わりはないのだから。
「で、何が理解できないの?」
「全く、ってわけじゃないんだけどね」
陽子は幾つか付箋の貼られたページをめくる。昨日あらかじめ、分からない部分をピックアップしておいたのだった。
「基本的な原理の辺りはともかく──まぁ、ハルカはそれすらも怪しいけど、(途端『ヨーコひどい! これでも私、勉強したんだから!』と悠香が叫んだ)──、応用ともなるとあたしたちじゃさっぱりでさ。レイなら解るかと思ったから」
言いながら陽子は『シーケンス制御』の項を開いた。シーケンス制御とは、ロボットのひとつひとつの動きを定める一連の命令を纏めた、指令書のようなものだ。ロボットで一般に用いられるのは『プログラマブルロジックコントローラ』というタイプのものなのだが、陽子が指し示しているのはその部分の説明である。
「まず、この自己保持回路って要は何なの? 『電源がONした状態を自ら保つ回路』とか書いてあるけど、説明が遠回りすぎてわからなくなっちゃって」
「あっ、私もそこ怪しかったんだった」
菜摘が身を乗り出してきた。耳を疑うその発言に、亜衣が苦い突っ込みを加える。「……電気制御は余裕じゃなかったんかい」
まぁ、今のうちに理解してしまえば同じ話だろう。そう思ったのか、麗は図を指し示しながら説明を始めた。
「普通、制御回路には途中リレーが──リレーは大丈夫?」
「アレでしょ? 接点の開閉に使うやつ」
「端的に言えば、そう。──つまり、リレーを幾つか繋ぎ合わせると、『論理回路』っていう、判断機能を持つ回路が作れるの。例えば、この図の通りに配線すると……」
◆
比較的静かな図書館の一角で、麗はもっぱら説明する側に回り、残りの四人は聞く側に回る。
そうして、二時間が経過した。
「うーん……、これで大体、大丈夫じゃないの」
頭の後ろで腕を組んだ亜衣が、欠伸混じりに言う。何せここまで、殆ど休憩なしだ。
気づけば二月初めの寒空は、すでに暗闇の支配下に落ちていた。そりゃ欠伸も出るよな、と呟いた亜衣の隣で、もっと大きな欠伸が上がる。
「……あれ、もう……夜?」
机に突っ伏したまま、すっかり寝ぼけ眼の悠香であった。陽子が腕時計を一瞥する。
「まだ五時二十分だよ」
「なんか、三時あたりからの記憶がほとんど無いんだけど……」
半開きの目と口元の涎を拭いながら惚ける悠香を前に、四人は言い様のない気持ちになった。ハルカ、三時半にはもう夢の国にいたんだよ。そう思っていたが、口には出さないでおく。
リーダーがこんな有り様で、本当に大丈夫なのか?
「ま、あれだよ。ともかくあたしたちは分かんないとこは取りあえず無くなったし、作る過程で分からなくなったらまた見りゃいい訳だから」
悠香をフォローする気があるのかないのか分からないセリフと共に、陽子はパタンと本を閉じた。麗が説明のために描いた図が、風圧でフワリと浮いた。
しかし、今日はもう二月十二日。
大会が五月の頭である事を考えると、
「……悠長に構えてる訳にも、いかないよね」
白紙のままのノートを鞄に仕舞いながら、悠香はふと何か閃いたように言い出した。
「そうだ。知識の次はやっぱり実践だよ。日曜日、
「……もっともだけど」
亜衣が両腕を机の上に投げ出した姿勢のまま、不満げに反論する。「ずっと寝てたハルカが言えたセリフでも無い気がするな」
とは言え、発想としては悪くない。
「レイちゃんはどう思う?」
同意を求めて悠香が問い掛けると、麗は即答した。
「それで特に問題は無いと思う」
麗の賛成が得られれば、決まったも同然だ。ちょっと嬉しそうにする悠香を横目に、帰宅の準備を始めながら陽子が場をまとめた。
「んじゃそれでいくか。待ち合わせ場所と時間決め、よろ」
「アキバの待ち合わせ場所って、あんまり著名なのが無いんだよね……。んじゃ、JR線の電気街口の改札前でいいんじゃない?」
「いいと思う」
「はい! 時間は正午くらいがいいです!」
「は?」
四人は揃って悠香を見た。お前は何を言っているんだ、そんな思いの詰まった薄目に曝された悠香は、途端にトーンダウンする。
「……だ、だって日曜って、起きられないんだもん……」
情けない。即座に陽子がその案と悠香の根性を切り捨てた。
「却下だな。じゃあ、九時でどう?」
「賛成」と、菜摘。
「余裕」と、亜衣。
「大丈夫」と、麗。
「……はい、頑張ります」
と、震え声の悠香。
やっぱり頼りないリーダーなのであった。
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